「畜生、死にたくない!
せっかく参謀長まで出世したのに、今までの苦労が水の泡だ!!
誰でもいい、助けてくれ!」
我が愛娘ジュラ送信の思考、心象《イメージ》を基に精神感応増幅装置を調整。
数秒後に断末魔の思考、悲鳴が脳裏に響き渡った。
「落ち着け、馬鹿者!
希望を棄てず、逆転の可能性を探れ!!
死を恐怖する者は死に、死を覚悟する者が生き延びる!
大宇宙不変の理《ことわり》、鉄則《ルール》を忘れるな!!」
時を超えた思考波の受信は睡眠の浅い段階、半覚醒状態に限定される筈だが。
娘の指示した相手は驚き、錯乱気味の思考も即座に停止《フリーズ》。
どうやら私と同様、超能力者《サイキック》の素質を秘めている模様だ。
ハハーン共に精神融合状態を強いられ、記憶を共有した際の経験を応用。
精神測定《サイコメトリ》同様、表層の情報《データ》を探る。
当世界では地球人類が銀河系全域に進出後、自由惑星同盟《フリー・プラネッツ》が独立。
銀河帝国と戦闘状態を継続しているが青色人、非人類種族等の痕跡は無い。
「私は異世界の実戦経験者だが、役に立てるかもしれん。
精神交換に応じる意思が有れば、君の名を教えて貰いたい」
相手は柔軟に異常事態を受け容れ、都合良く解釈。
熱烈な《逃亡》の衝動が迸り、強引に私の意識を吸い込む。
一瞬、眩暈《めまい》に似た違和感を覚える。
星暦20万年の異世界に遠隔移送、精神交換の衝撃とは質的に異なる模様だ。
軽く頭を振り、状況を確認。
様式は異なるが、誤解の余地は無い。
此処《ここ》は、宇宙戦闘艦の艦橋《ブリッジ》。
大スクリーン上に星の海が瞬き、両軍の態勢を表示。
味方の艦列は潰乱の一歩手前、悲惨な状況に在る。
「壊滅を避けるには時計回りに最大速力で突き進み、敵艦隊の後方を襲うしかない!」
ジャン・ロベール・ラップ少佐、第6艦隊の参謀(後で知った)が絶叫。
私の裡に《何か》が煌き、直感を強力に推した。
「そうだ、勝てるぞ!
環状の軌道を描き、膠着状態に持ち込め!!」
第一発言者の参謀に罵声を浴びせる直前、機先を制された男が私を凝視。
宇宙人を見る様な眼に疑問を抱く間も惜しみ、逆襲の戦策を論理的に説く。
艦隊指揮官の脳裏は『敗北』の二文字に占領され、思考停止《フリーズ》状態に陥っていたが。
『勝利』の二文字は常に、折れた心を立ち直らせ戦局を挽回する可能性を秘めている。
第6艦隊の最高司令官ムーア提督(後で知った)は豪放、粗野とも評されるが無能に非ず。
想定外の事態を脱する勝利の方程式が示され、本来の艦隊指揮能力を取り戻した。
「よし、全艦に命令!
現在位置に留まるな、敵の後背に廻り込め!!
推進機関が焼き付いても構わん、最大戦速で前進せよ!」
『反撃』の二文字に闘争心を掻き立てられ、矢継ぎ早に命令を下す艦隊指揮官。
主将の戦意高揚に伴い幕僚の士気も回復、各戦隊に手際良く指示が伝達された。
脆弱な後背部の艦艇も極力速度を上げ時計回り、環状軌道に乗る第6艦隊主力を追尾。
大きく数を減らしながらも後方からの追撃を振り切り、敵の後背部に喰らい付く。
「『我、敵艦隊を拘束中』と打電せよ!
恥を掻かせてくれた報いだ、一隻たりとも逃がさん!!
味方の到着するまで喰らい付き、袋の鼠にしてくれる!」
ムーア提督の怒号が艦橋に響き、幕僚が首を竦めた。
敵の艦隊指揮官も無能に非ず、消耗戦の膠着状態を打破する為に戦術を転換。
二手に分かれ異なる軌道を描き、T字砲撃の態勢に入らんとする。
「右45度に転針、第2艦隊と合流する!
命が惜しければ俺に続け、遅れる奴に用は無い!!
全艦長に伝えろ、二者択一だ!」
部下を見捨てる非情な宣告ではあるが、理に叶った合理的な選択肢でもある。
約1万隻に撃ち減らされ、単独で約2万隻を擁する敵艦隊に真っ向勝負を挑めばどうなるか?
数の上で約2対1、集中砲火の威力は二乗となり約4対1に達し敵に軍配が挙がる事は確実。
「参謀長、ありがとうございます」
ラップ少佐が戦隊指揮官に命令伝達、確認の合間を縫い私に囁く。
機を見るに敏な男、精神交換に即応した相手は参謀長であったのか。
「的確な献策、卓見に感謝する。
何か他に気付いた点があれば、遠慮無く言ってくれ」
本来であれば、参謀が艦隊を動かす事は厳禁だが。
ムーア提督は報告せず、不問に処すであろう事と期待するしかあるまい。
2方向から全速力で追撃する艦列の砲撃を浴び、後方火力のみで応戦しながら第6艦隊は疾走。
約1万5千隻の味方が到着すれば、敵艦隊を数の上では凌駕し優劣は逆転する。
反撃の機会を窺う第6艦隊、各個撃破を図る敵艦隊の追走劇《ドッグ・レース》が展開された。
約1万3千隻の第6艦隊は優勢な敵艦隊の追撃を受け、約4割を喪失。
約8千隻にまで撃ち減らされ、敗色は濃厚であったが。
一縷の望みを託し戦術的撤退、逃走劇の苦労は報われ前方に第2艦隊が出現。
約1万5千隻を擁する援軍が翼を拡げ、包囲攻撃を企てる。
敵は第2艦隊の参戦にも怯まず、縦深突破戦術を選択。
環状砲撃の意図が透けて見える、広く薄い布陣を逆手に取った。
一斉射撃を浴びせる直前、単縦陣が複数に分裂。
3頭の竜と化し、第2艦隊の包囲網を噛み破る。
「パエッタの阿呆、何処を見ている!
寝惚けやがって、足手纏いめ!!」
ムーア提督の怒号が再び艦橋に響き、幕僚の間に緊張が走った。
最大の兵力を擁する第2艦隊が壊滅すれば、後は無い。
遙か彼方の星域に駐屯する第1、第3、第5艦隊から援軍は望めず第6艦隊も潰滅する。
敵の無線妨害で第4艦隊の壊滅を疑い長年の友人、パストーレ提督の救援を試みた指揮官は。
功績と栄達を賭け競い合う相手の助言も間に合わず、既に重傷を負い医務室に直行していた。
約1万2千隻の敵艦は優雅に舞い、陽動に吊られた第2艦隊の艦列は其処彼処で重複。
機を見るに敏な艦隊指揮官は急角度で軌道を曲げ、猛烈な集中砲火を浴びせ一気に突き崩す。
期待の新手は旗艦も含め約1万5千隻の大半が被弾、損傷の為に戦力半減の憂き目を見た。
「まだ、間に合う!
提督の仰る通り、突撃あるのみ!!
単縦陣で敵の背後に喰らい付け、と第2艦隊に急報せよ!」
ジャン・ロベール・ラップ少佐の知己、ヤン・ウェンリー准将が献策を即座に採用。
鮮やかな手並みで混乱する艦列を纏め、単縦陣に転換するが。
敵の指揮官は第6艦隊の強襲に備え、約8万隻の敵艦が邀撃に専念。
第2艦隊の救援を試みる余裕は無く、連係攻撃の意図は完璧に粉砕された。
約4万隻の敵艦は第2艦隊を襲った本隊と同様、強引に縦深突破戦術を駆使。
別の約4万隻は単座戦闘艇を多数、発進させ第6艦隊の行く手を阻む。
動と静の連係攻撃《コンビネーション》は見事に嵌り、ムーア提督が顔を顰める。
静の提督は瞬間物質移送装置の開発を推進した艦載機運用術の名手、ドメル将軍の上を行く。
動の猛将も宇宙戦艦ヤマトに体当たりを試みた勇者、冥王星前線基地シュルツ司令官に劣らぬ。
斯くなる上は三十六計逃げるに如かず、捲土重来を図り活路を拓く他に道は無い。
第6艦隊は強引に単座戦闘艇の包囲網を突き破り、第2艦隊と連係し相互支援の態勢を構築。
追撃する敵艦を交互に叩き、2対3の消耗戦を打ち切り戦場から離脱した。
ムーア提督は第6艦隊の壊滅を免れた要因、ラップ少佐の機転を認め報告書に明記。
睡眠時間の到来と共に精神交換、元の世界に帰還の夢は叶わなかった。
参謀長の《声》は響かず、夢の回廊を開く術も見出せぬ儘に時は過ぎる。
自由惑星同盟《フリー・プラネッツ》の艦隊は数日後、首都ハイネセン周辺宙域に帰還。
私は参謀長の役を演じ続け、何とか事情聴取を切り抜けたが。
漸く解放され、ジャン・ロベール・ラップ少佐と懇談した後で。
エル・ファシルの英雄、ヤン・ウェンリー准将も現れた。
「私は第6艦隊の戦術に倣い、艦長達に敷衍を命じたに過ぎないんですが。
ラップ少佐と参謀長殿も総司令部で散々、誹謗中傷の猛烈な集中砲火を浴びた模様ですね。
出世競争を勝ち抜く為の陰謀と喚き、真実を否定する頑迷な輩の共喰いには付き合いきれません」
冗句を飛ばした青年は悪戯っ子の様に微笑み、同志を食堂に誘導。
痩せ気味の身体に似合わず、旺盛な食欲を見せた後で芳醇な香気の漂う紅茶を唇に含む。
小声で不味い、と呟いた後に敵の指揮官と情勢の展開に関する考察を披露。
穏やかな青年の裡に稀代の軍師、冷徹な戦略家の影を垣間見た私は密かに戦慄を覚えた。
パエッタ提督の後任人事には様々な思惑が絡み、第4艦隊も練習艦隊に格下げとなった。
第2艦隊の最高指揮官は空席となり、第13艦隊の創設が決定。
エル・ファシルの英雄は混成部隊の指揮官に抜擢され、無理難題を押し付けられたが。
最高評議会は根拠の無い楽観論を掲げ、
戦力の維持に必要不可欠な補給を無視した暴論、アンドリュー・フォーク准将の試案。
帝国領侵攻作戦の概要を説明する為、艦隊司令官と幕僚が召喚された。