星をなぞる日   作:四樹

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シー:孤独を手放す時(後編)

眠りにつく前の薄明かりの下、ベッドの上で座禅を組む。机の上にはモンスターボールが二つと汚れた本が一冊。乾いた布で拭き上げた所、部屋に置いても良いくらいに綺麗になったので、実物を見せてポケモン達への報告をしようとしていた。嬉しいことがあった日は、決まってベトベトンやスカタンクと抱き合いながら幸せを分かち合っていた名残だ。今はそれが出来なくとも、明日の今頃には変わっているかもしれないのだ。

 

瞼を閉じて、明日の手筈を思い出す。まず朝礼の時間にアカデミーの門の近くでメロコと待ち合わせてから隠れ家の教室に行き、みんなに見守ってもらいながらポケモン達に気持ちを伝える。結果がどうなるかは分からないが、見つけた希望の兆しもある。仲間たちだって居てくれる。昨日の自分とは違うのだ。

 

「……伝えてみせる。必ず」

 

固い決意を述べ、身体を横にすると、降ろされた夜の(とばり)に身を委ねるかのように眠りについた。

 

 

朝、何時もより早く起きた彼はいつも通りに手際良く身支度を済ませた。一つだけいつもと違う事は、モンスターボールを持っていく…ポケモン達を隠れ家の部屋へ連れて行くと言う事だ。両の手で(すく)う様にゆっくりとボールを拾うが、腕から力が抜けることはなかった。その感覚に安堵し、そのまま懐へ入れて彼は部屋を後にした。

 

待ち合わせが朝礼の時間と同じであれば人目がつきにくいだろうと、ピーニャが提案してくれたので朝食を軽く取り、目的地へ向かう。

アカデミーの門から少し離れた所に、多少なりとも人気(ひとけ)のないエリアがあるのでそこで待ち合わせをするようにと言われた。ボスの監視カメラも行き届くので打ってつけの場所である。

もう少しで合流できると早歩きをしていた所に、スマホロトムの着信音が鳴り始めた。こんな時間にかけてくる相手等誰一人思い浮かばない…ということは、普段かけてくる人ではない可能性がある。嫌な予感がするまま通話を開始すると、相手はボスだった。しかもかなり動揺している。

 

「シュウメイ!!」

「ボス殿、如何(いかが)なされた!?」

「早く待ち合わせ場所に行って!

メロちゃんが、危ない!!」

 

その言葉に背筋が冷える。だがそれに構っている余裕はない。走って現場に向かうと、本を奪ったいじめっ子たちがメロコの手首を掴んでいた。

 

「メロコ殿!!」

 

急いで駆け寄ろうとすると、けたたましい音に包まれ足が止まる。音の元であるスマホロトムの電源をいじめっ子達が切り始めた。男女の力の差が有り過ぎるのか、片手だけでも余裕そうにメロコを捕えている。

 

「随分と見つけやすいなあ。赤毛の女」

 

昨日メロコと出会った際、いじめっ子達は彼女の赤い髪に目をつけてしまったのだ。だがそれに臆することもせず、立ち尽くしているシュウメイに気づき、そちらに目をやった。

 

「来るな。テメーにはやるべき事があるだろ?

ここは任せな。後でピーニャも来てくれる。早く行け!」

 

力強くそう叫んだ彼女の眼差しが「逃げろ」と言っている。

 

「やっぱり釣れると思ってたぜ。必死になって、いいザマじゃねえか」

「お前が巻き込んだんだからな。可哀想に」

 

生徒達はメロコを連れ去ろうと歩き出した。

その姿に、ついに堪忍袋の緒が切れたシュウメイは感情のままに走り、メロコを抱きかかえると無理矢理にいじめっ子から引っぺがした。

そのまま彼女が怪我をしないように、自分の身体が下に来るようにと地面に倒れ込む。それを逃すまいと、いじめっ子の一人がシュウメイの胸倉を掴み上げた。

 

「やめろ!!」

 

悲痛な彼女の嘆きが耳を(つんざ)く。掴んだ服に違和感を感じた生徒はにやりと笑い、懐へと乱暴に手を入れて、彼のモンスターボールを奪う。

 

 

「…これが狙いだったって言ったら、どうする?」

 

 

そう吐き捨ててシュウメイを突き飛ばすと、汚い笑い声を撒き散らかしながら生徒達は去っていった。

 

 

 

 

呼び声が聞こえる。自分の名前を呼んでいる。

薄っすらと目に映る白い手首には、掴まれた際に出来たであろう赤い痣が浮かび上がっている。それでようやく、目の前にいるのは彼女なのだと知る。

 

「シュウメイ!おい!シュウメイ!!」

 

目を見開くと、両手を握りながらメロコが泣きそうな顔でこちらを見ていた。

 

「…メロコ殿…」

「…テメー、急に固まっちまって…けど、無理もねえよ…あんなこと、されたら…」

 

その言葉で自覚した。大切な友達を奪われてしまったことを。

自分の怒りで、彼女の思いを無下にしてまで。

その事実がまるで命を奪う様に彼の喉を締め上げた。走馬灯の如く、彼らとの出会いの記憶が流れ込んでくる。

 

 

 

 

あれは5歳くらいのときの出来事だ。ベトベトンは、出会った頃はまだ進化前だった。絵本を捨てられて、ゴミ捨て場で泣きながら探していたとき、動く袋を見つけた。手を伸ばしてみるとそれはベトベターで、手が触れてしまわぬようにと身体を引っ込めてくれたことを昨日のことのように覚えている。その後は逃げられてしまったが、シュウメイは初めてポケモンに興味を持った。無くした絵本の代わりに図鑑を読むと、ベトベターの身体はヘドロで出来ており、ばい菌だらけだと書いてある。あの子は自分をそれらから守ってくれたのだ。

優しいあの子に会いたくて、毎日ゴミ捨て場に通った。会えずに落ち込む日もあったが、めげる事はしなかった。しばらくして二人は再会を果たしたが、彼の姿に怯えるようにベトベターは逃げようとした。

 

「まって!」

 

シュウメイはこの日の為に用意していたマスクと手袋を付けてベトベターに抱きついた。

 

「もう、どこにもいかないで」

 

その日の夜は両親に無茶をするなと怒鳴られた上、即座にお風呂に放り込まれた挙句、病院にも連れ回されたが、楽しい気持ちの方がずっと多かった。ベトベターが自分のモンスターボールに入ってくれたのだ。

 

 

それから数ヶ月経った雨の日に、家の近くの草原でスカタンクと出会った。群れからはぐれてしまったのか、とても立派な身体つきだ。傷だらけなので助けたいが、威嚇をやめてくれない。(にお)いが強烈なのでマスクをしつつ様子を見ると、技を使って来ない為、身体を動かせないのではと気づく。助けを呼ぼうと(あた)りを見回すと、丁度旅人らしき青年が通りかかったので勇気を出して声をかけた。

旅人かと思われたその人はポケモントレーナーだった。少し離れているようにとシュウメイに指示を出し、スカタンクをなだめようとする。彼もボールからスカタンクを繰り出し、仲間がいるという事を伝えて安心させようという目論見だ。唸り声が徐々に収まってきたら()ぐにキャンプを設営し、治療を始めていく。穏やかな顔つきで眠り始めたスカタンク達を見つめると、シュウメイにこちらに来るように手招きをした。

雨の下、シュウメイはトレーナーの青年と温かなココアを飲みながら、様々なお話を聞かせてもらった。聞けばどくタイプの専門だというので、質問を一つさせてもらうことにした。

 

「ベトベターが、ふしぎなたいそうをするんです」

「不思議な体操?」

 

実際に見てもらおうとベトベターを繰り出すと、嬉しそうな顔でシュウメイに近づこうとした。だがそれを止めて、身体や腕を伸ばして何かの体操のような動きを始めた。

彼はそれを「ヘドロのコントロールの練習」だと言った。身体のヘドロとばい菌をコントロール出来れば、マスクや手袋をつけなくても直接触れ合うことが可能になるという。嬉しくなったシュウメイは、一緒に身体を動かし始めた。

 

すると小さく泡立つような音が聞こえ、ベトベターの身体から湯気らしきものが出ていった。変な匂いもしないので何が起きたのかと思うと、青年が大喜びしている。がんばったね、もう大丈夫だよと伸ばした彼の手を、迷いながらもベトベターが握り返してくれたので、特製のウイルス解析装置を当てる。検知反応は出ておらず、ヘドロのコントロールができるようになった事が証明された。

感激の余り、ベトベターが勢い良くシュウメイに抱きつく。微笑ましいシーンを眺めていると、スカタンク達が目を覚ました。

 

足には包帯が巻かれているが、それ以外は大分回復しているようだ。青年は自分のスカタンクにご褒美のきのみをあげると、もう一つをシュウメイに渡した。彼の真似をして口元に運んであげると、ゆっくりと食べ進めてくれている。

 

「ふわふわ、いいねえ」

 

シュウメイの笑顔が嬉しかったのか、鼻先をくっつけてくる。その様子を見た青年が快くボールをくれたので、スカタンクともお友達になる事が出来た。

 

 

彼はシュウメイに本を渡し、旅路へと戻って行った。どくタイプ使いのジムリーダーの活躍が描かれた本の隙間には、メモ書きが挟まっている。

 

「どくタイプのポケモンは、好かれにくく疎まれがちだ。僕はその認識を変えたいと思っている。

君も知っての通り、共存が難しい分、彼等はとても優しくて頑張り屋さんだ。だからどうか、その子達を離さないでほしい。

またいつか、優しい君と、君のポケモン達に会える日を心待ちにしているよ」

 

 

 

 

(ちか)いは……果たせなかった……」

 

胸の空洞が広げられ、その中に延々と猛毒を流し込まれている様な気分だ。ポケモン達を怒らせたまま仲直りすらできず、メロコ達まで巻き込んで、最悪の結末を迎えてしまった。こうなってしまえばボス達に合わせる顔も無い。自分を呼び戻してくれた彼女の手を離し、その場から立ち去ろうとした。

 

「おい、どこ行くんだ!」

 

メロコの声に足を止め、振り返らずに返事をする。

 

「……もう、いいのでござる。全ては我の未熟さ故…

メロコ殿、申し訳も無い……(さぞ)かし痛かったでござろう…

これ以上、みんなを巻き込む訳にはいかぬ……」

「…ポケモン達、どうすんだよ。きっとテメーのこと、待ってるのに…」

 

「そのような事、有る訳なかろう!!」

 

大きな声に彼女は驚いた。

彼はもう、絶望しきってしまったのだ。

 

「こんな不甲斐ない、中途半端な我など…誰が許してくれようか!

我が我でいた事が……この様な結果を招いたのだ……」

 

メロコは耐えられず、シュウメイの手を掴んで顔を見上げた。

 

「もう一度、言ってみやがれ。

オレの顔を見て言ってみろ!!」

 

彼が(うつむ)いているのにも構わず、彼女は話し続ける。

 

「否定すんのか?今までのテメーを。好きなもんを今ここで、全部諦められんのかって聞いてんだ」

「……諦める…。諦めるでござる。もう、全てを…」

「なら、なんでその喋り方をやめねえんだ?諦めたくなくて、必死なんじゃねえのかよ!?」

 

火の玉のような言葉の痛みに、ついに彼はメロコの手を振り払った。

 

「……我慢ならぬ。話し方など(じき)に治る。放って置いて、下さらんか」

 

それでも彼女はシュウメイの手を握る。幾度となく離そうとしたのに、何度でも食らいついてくる。

 

「…どうして、そんなに悔しそうな顔してやがる」

 

その言葉に顔を上げると、彼女もまた、悔しいと表情で物語っていたのだ。ようやく目と目が合うと、段々とメロコの表情が柔らかくなっていった。

 

 

「……オレらも、テメーと同じで、『いじめられた側』だからよ…『助けてほしい』って言われたとき、力になりてえって思った。だから分かんねえんだ、テメーの『放っておき方』ってやつが。

それにな、シュウメイがシュウメイを貫いたから、オレはまた助けられた。なら、何一つ諦めなくてもいいじゃねえか。夢を追うなら、胸を張りやがれ!!」

 

 

彼女の炎が温かい理由は、痛みを知っているからだ。そして燃やし尽くそうとしているのは、心では無く毒の方だ。絶え間なく注がれるのならば全て蹴散らしてしまえばいいと、業火が毒の源を焼き切るかの如く燃え盛る。それが痛くて辛くとも、火が消えた後に残った物こそ(おのれ)の本当の願いだ。

 

「……また、痛い思いをさせてしまうやも知れぬのに……

頼っても…いいのでござるか…」

「まかせろって言ってんだろうが」

 

二人の肩に軽く手が置かれた。そちらを向くとピーニャが笑顔で立っている。

 

「シュウメイ、メロコ。お疲れさま。遅くなってごめんね」

「ピーニャ殿…」

「必ず取り戻すよ。作戦なら思いついてる。まずはメロコの手当だね、隠れ家へ急ごう」

 

彼についていくように歩き出すが、メロコの顔だけがなんだか青い。

 

「こいつがキレると一番怖いんだよな……」

「何か言った?」

「なな、なんでもねえ!」

 

 

 

部屋の中には所狭しと食べ物や飲み物が置かれていた。ピーニャはサンドイッチを片手に、ノートパソコンからモニターを操作しつつもボスと話し込んでいる。つい先程メロコの手当をしながら、シュウメイのポケモン達とも仲良くなりたかったのでサプライズパーティーをしようとしていたことを告げられた。

 

「シュウメイ、おにぎり食うか?どれが好きだ?」

「あっ……では、梅を…」

 

フィルムを開けて食べていると、ボウジロウが中身の具材に関係なくシュウメイの前におにぎりをわんさかと積み始めた。

 

「どうしたでござるか!?」

「しゃけはオレのだ!」

「そこ、取り合いはちょっと待って」

 

まるでピーニャが保護者であるかのようにその場を取り仕切る。

 

「大丈夫。ちゃんと1種類につき二つずつ買ってきてるよ。

シュウメイには、今回の作戦の(かなめ)になってもらう可能性が高い。だからいっぱい食べておいて」

(かなめ)、とは…?」

「一度説明がほしい所だね。ボス、お願い」

 

スマホロトムが飛んで来て、彼の前でぴたりと止まった。

 

「あの…シュウメイが得意な動きって、どんな動き?武道の流派とかあれば、教えてほしい」

 

そう質問してきたボスの意図はまだ汲み取れていないが、作戦を立てる為にならと答えた。

 

「合気道、はご存知でござるか。相手の力を受ける・(かわ)す事に長ける武術にござる」

「なるほど…やっぱそうか。実践は、したことある?」

「実践無くば力は育たぬ故、休日に稽古をつけて貰いに行くでござるよ」

「ふむふむ…なら、シュウメイから見て、あのいじめっ子二人の動きってどう見える?」

「至極単調でござる。ただ力に任せている動き故、武道の嗜みが有るとは…」

「うんうん。…ピーちゃん、予想以上。いけるかも」

 

未だに会話の内容に追い付けていないメロコとシュウメイははてなを浮かべているが、ピーニャは前歯を見せて微笑んだ。

 

「パーツが揃ってきた…いいプランが組めそうな感じだね。

題して、『ずるくないふいうち』作戦!

目には目を、歯には歯を、毒には毒を…。ボクらの力、存分に味わってもらおう」

 

 

 

放課後のテーブルシティの路地裏で、スマホロトムをいじりながらいじめっ子達が話し込んでいる。

 

「あいつらの顔見たか?泣きそうだったよな。本当にいい気味だったぜ」

「ここまでやったらアカデミーにももう来ないだろ。しっかし、スマホロトムうるさかったな…噂聞いてなかったらやばかったかも」

「まあ、なんとかなったしいいんじゃねえの。後はこいつらを廃棄するだけ…けどよ、めちゃめちゃいいタイミングだったな。あいつがポケモン持ってくるのなんて、いつぶりだ?」

「そうそう!タイミング良すぎて、狙った感満載だった!つい言っちまったよ。最初からそのつもりだったって!」

 

 

「なるほどな。つまり、狙ってなかったってことか」

 

 

聞き覚えのある声にばっと顔を向けると、メロコが立っていた。

片手を腰元に当て、まだ諦めていないと言わんばかりの怒りの目線を向けている。

 

「あいつの大事なもの、返してもらうぜ」

 

彼女が繰り出したのはコータスだった。相手をかなり見下しているのか、ポケモンも出さずに余裕の表情で生徒は言い返す。

 

「一人でこんな場所にくるとか、いじめられに来たんだろ?無策で無謀…お前らがやりそうなこった」

「……(はな)から言っとくが、テメーらの相手はオレじゃねえよ。

コータス、『クリアスモッグ』!」

 

鼻から一気に空気を吸い込んだコータスは体内でそれを煙へと変え、口から外へと打ち出した。だが、打った先はいじめっ子達ではなく地面だった。砂とともに煙が立ち上り、一気に視界が悪くなっていく。

 

「技も当てられないポケモンとか、連れてる意味あんのかよ!見本見せてやる。行くぞ、ドジョッチ!」

 

一人がモンスターボールを出そうとしたとき、とある違和感に気づく。

 

「…えっ?」

「おい、何してる!」

 

慌てる二人を横目に、メロコはコータスをボールに戻しながら(つぶや)いた。

 

「だから言ったろ。

テメーらの相手は、オレじゃねえんだよ」

 

「…無い…ドジョッチのボールが……!!」

「なんだと!?こうなったら…」

「やめろ!ボールを出すな!」

 

生徒は慌てながらモンスターボールを探し、弱点を(さら)け出すように右手で取りだした。そこに目がけて煙の中から、音もなく二本の腕が伸びてくる。

 

 

 

「標的、捉えたり……」

 

 

 

その声に驚いた生徒はしゃがみ、間一髪でボールを守った。

やがて煙は収束し始め、慌てて周りを確認する二人の前に立っていたのはシュウメイだった。

 

「…シュウメイ、推参」

 

彼の指の間には、ドジョッチの入ったモンスターボールが握られている。

 

 

 

 

「シュウメイ、これからボクらは、キミにとても負荷をかけてしまうかもしれない。もし、嫌だと思ったら、断ってくれて構わない」

 

隠れ家の部屋で作戦を展開しようとした時の出来事だ。

 

「ピーニャ殿、そんな顔はしないでほしいでござるよ。二人を取り戻す為になら、命など惜しくない…それくらいの気構えでござる。みんなの役にも立てるなら、それが一番。今こそ参謀殿の手となり足となる時。さあ、ご用命を」

 

ピーニャを勇気付けるように、彼は笑顔で応じた。それに安堵してエンターキーを押すと、追加で小さなモニターが三つ展開された。

 

「この作戦は大まかに分けると3フェーズある。でも、全てのフェーズでシュウメイの力がいる。ここまではOK?」

「無論。問題無いでござる」

「ボスが撮っておいてくれた動画と、SNSの投稿を調べた。あいつらはボク達をかなり下に見ている傾向にある。それを逆手に取る」

「どうすればいいのでござるか?」

「正々堂々と奇襲をかける。メロコ、行けるよね?」

「こっちは燃えてんだ。何でも言いやがれ」

 

 

 

ーまずはコータスに頼んで、煙で目くらまし。

その隙にシュウメイは、ドジョッチの入ったボールをやつらから取っておいて。煙が出るまでは近くに箱があるから、その裏に隠れて。

 

 

ここまではピーニャの計算通りだ。いじめっ子がドジョッチのボールをしまっていた場所は、ブレザーの右ポケットで変わっていなかった。ボールに小さな声で謝り、そのまま懐へと入れる。

 

「てめえ…何してくれてんだ!!」

「された事と『全く同じ事』という認識でござる」

「その喋り方、なめてんのか!?」

 

 

ーやつらが怒りに任せて手を出そうとしたら、メロコを連れて走って。広場の方を目指すんだ。

 

 

「メロコ殿!」

「おう!位置、送られてきてる!」

 

走り出した二人を逃すまいと、いじめっ子達がかなりの速さで追いかけて来ている。もう少しでメロコに手が届きそうになったところで角を曲がると、そこには人だかりが出来ていた。

 

 

ー今ならその広場で、ジムグッズの期間限定ショップが開催されてる。人の波に乗じて、メロコは離脱して。シュウメイは二人を誘導しながら、この場所へ向かって。ここなら、ボスのカメラがあるから。

 

 

「クソが!なんでこんなに人がいやがる!」

「おい!フードがあっちに行った!」

「あいつ一人ならなんにもできねえ。シメるぞ!」

 

そのころシュウメイは二人に見つかるように、わざとゆっくり走っていた。案の定追いかけてきたので、「決戦」に向けて息を整える。スマホロトムにはイーブイと星の絵文字のついた通知が来ており、それが無事にメロコが離脱した合図だ。

 

「…全く、末恐ろしいでござるな。参謀殿は…」

 

 

 

誰もいない路地裏へ、いじめっ子達は彼を追い詰めたと言わんばかりに走ってきた。それもそのはずで、その道は行き止まりなのだ。立ち止まるシュウメイに、生徒達は暴言を吐いた。

 

「殴られてもいいよな、ここまでやったんなら!覚悟できてるんだろうな!?」

「結局一人じゃねえか…お前は俺らには敵わねえんだよ!!」

「……戯言(たわごと)、でござるか。何とも面白みの無い。

さあ、かかってくるでござるよ。真剣勝負を相見(あいまみ)えようぞ」

 

指を曲げて挑発すると、二人とも一斉に跳びかかってきた。

 

「おらあ!」

 

向かってきた(こぶし)の二の腕を手の甲で弾き軌道を逸らす。もう一人は腹部を掴もうとしてきたので、間合いを詰めながら身体の軸を回転させて(かわ)す。攻撃が当たらないことを偶然だと思っているのか、闇雲な暴れ方をしている。

 

「誘い込まれたね?シュウメイのステージに」

 

スマホロトムを眺めながら、ピーニャは約束の場所へと向かっていた。

 

 

 

ーあいつら二人は絶対に手を出してくる。かなり難しい事だけど、二人の攻撃を避け続けるんだ。でも、こちらからは攻撃をしないようにする。そうするとただの喧嘩として処理される可能性があるから、あくまでも消耗させるのが狙いだよ。

シュウメイ、こんな大役を任せられるの、キミしかいない。必ずサポートする。一緒に戦おう。

 

 

二人分の猛攻を()け、(かわ)し、受け流す。人生初の大役に、彼の体力は無尽蔵と化していた。役に立ちたい。期待に答えたい。ポケモン達を取り戻したい。心からの願いが、どこまででも動ける力をくれる。

段々と日が落ちて、景色が暗くなって初めて、彼等は仕掛けた攻撃が当たってないことに気づく。疲労の色を浮かべ、困惑した表情で、息も切らさないシュウメイを見ている。

 

「………こんな、ことが……」

 

「相手の手の内は読むもの…

毒はじわじわ回るもの…で、ござるよ。

…これが狙いだったと言ったら、どうするでござるか?」

 

余裕の無くなった生徒の一人が、ポケットに手を入れる。

 

「……こんなことが、あってたまるか!!」

 

手を出そうとしたが、目の前に何かが見え、そちらに気を取られた。

 

 

ーラストスパート。ポケモンを使われそうになったら、スマホロトムを投げて。

 

 

「頼んだでござる!ボス殿!!」

 

その言葉で、(あた)り一面が瞬間的な閃光に包まれた。

カメラ最大のフラッシュが炊かれ、いじめっ子達は見事に怯んで尻もちをつき、ボールをその手から落とす。それが転がっていった先はシュウメイの足元だった。優しくボールを拾い上げると、丁度スマホロトムがこちらに帰ってきた。

座り込んでいる二人を見下ろすように、ボールを二つ持ったシュウメイが立ちはだかる。

 

「…さあ、等価交換と参ろうか」

 

ついに声も出なくなったのか、彼等は後ろへ腕を伸ばして逃げようとしたが、退路を断つようにピーニャが現れた。

 

「キミたちのシュウメイへの暴行は、一部始終録画済みだよ。もちろん、赤い髪の子…メロコにしたことも。全て多勢に無勢、一目瞭然。誰が見ても、擁護できないだろうね。

退学になりたくないのなら、やるべき事、わかるっしょ?」

 

暗い中、圧倒的な恐怖を植え付けてくる低い声に震えたのは、いじめっ子達だけではなかった。

 

「これが『げきりん』に触れる、でござるか……」

 

メロコの言っていた、「こいつが怒ると一番怖い」の言葉を思い出しながら、彼がボールを二つ受け取る様を眺めていた。

 

 

 

「ピーニャ殿の読み、全て当たっていたでござる。その思考力、侮り(がた)し…」

「シュウメイこそありがとうね。シュウメイがいなかったら、この計画は成り立ってないよ。ポケモン達を取り戻せて、本当によかった…」

 

いじめっ子達にボールをしっかりと返した後、二人は隠れ家の部屋へと向かっていた。扉を開けるとメロコとボウジロウが駆け寄ってきて二人のことをじろじろと眺め始めた。

 

「どうしたの?」

「怪我ねえか見てんだ。動くな」

「一番怪我をしたのはメロコ殿では…」

 

迫りくる二人にたじろいでいるピーニャとシュウメイに、ボスから声がかかった。

 

「二人とも、お疲れさま。メロちゃんチェックは受けたげて。ボウジロウと一緒に心配してたから」

 

確認が完了すると、彼女はボウジロウを抱きあげながら、照れくさそうに目線を下げて(つぶや)く。

 

「……お、かえ、り」

「ただいま。…ほら、シュウメイも」

「た、ただいま…でござる」

 

そう返すと彼女は満足気に微笑んだ。何気ない挨拶を交わしただけなのに、「ここにいて」と言われたような気持ちになる。今日一日を乗り越えられた事に涙が出そうになったが、隣にいたピーニャにボールを渡された。

 

「さあ、お待ちかね。仲直りしよう!」

 

その言葉に頷き、深呼吸をしてからベトベトンとスカタンクを繰り出す。二人は初めてこの場所に来た為か少々驚いていたが、シュウメイを見つけると落ち着いたようで、周りのみんなの顔をきょろきょろと眺めた。

ポケモン達は怒っていない。まるでボールの中から全てを見ていたかのように、ただ彼を見つめている。

シュウメイの頬を涙が伝う。あの日のように土下座をし、二人に気持ちをぶつけた。

 

「ベトベトン……スカタンク……

会いたかった…ずっと、会いたかった……!

もう会えないかと、思ってしまったでござるが…また会うことが出来た……!!

二人とも、…そばにいてくれて、ありがとう……!

これからも、そばにいてほしいでござるよ……!!」

 

土下座をひっくり返すように、ベトベトンが抱きついてきた。スカタンクもそれに続く。久しぶりの二人のぬくもりに、涙が止まらなくなってしまう。

 

「一件落着、だね!」

「よ、よかった…」

 

嬉しそうなボスとピーニャの隣で、何かに気づいたようにメロコが話しかけてきた。

 

「…オレの気のせいかもしれねえが、ベトベトンとスカタンクが怒ったのは、シュウメイ…テメーのためなんじゃねえのか?

突き放す側にも覚悟がいるんだよ。じゃなきゃ、こんな『さびしかった』って顔、しねえんじゃねえかな」

 

よくよくポケモン達の顔を見てみると、二人揃って寂しげに目が垂れている。そういうことだったのかと、力を入れて強く抱きしめ直した。

 

 

「……孤独ほど、(つら)い毒はござらん…

解毒するには、自分らしさこそ肝要(かんよう)だったのでござるな……

ありがとう、みんな…助けてくれて……」

 

 

シュウメイに泣きやんでほしいのか、ベトベトンは近くにいたピーニャの腕を引っ張った。

 

「わっ!?」

 

そしてそのままシュウメイと一緒にぎゅっと抱きしめたのだ。

びっくりしている彼の顔に、メロコが吹き出した。

 

「ふ、ふふっ…お、驚きすぎだろ、テメー…」

「だって、突然だったし…でも、初めて触ったかも、ベトベトン!結構すべすべなんだね…」

「…そうなのでござる!意外な触り心地なのでござるよ。ほら、メロコ殿にも触れてみてほしいでごさる」

「い、いいのか…?」

 

膝を曲げてのぞき込んだ彼女さえも抱きしめようとベトベトンが引っ張ったので、大変なことになった。

 

「ま、待て!やめろ!重たいだろ!!」

「ベトベトンは力持ち故平気でござるよ」

「そっか、スカタンクも支えてたもんね。ねえ、お菓子食べる?ビスケットは好き?」

 

わちゃわちゃしていたところに、「ビスケット」に反応したボウジロウまで突っ込んでいったのでドミノ倒しのようになってしまった。スカタンクはスマホロトムに興味を示し、しげしげと眺めている。

 

「…この子、かわいい!もっふもふ!

こっち向いて!おくち、みせて!スクショスクショ…」

 

賑やかで楽しい時間が心を癒やしていく。

これからは何一つ諦めはしないと、シュウメイはポケモン達に固く誓うのだった。

 

 

 

 

「…誰だテメー!!」

 

翌朝、隠れ家の教室の入り口でメロコが叫んだ。

 

「メロコ殿、おはようでござる」

 

「シュ、シュウメイ…!?」

 

彼が着ているのは、サイケデリックで毒々しいパーカーだ。個性の溢れるデザインにより、ついに右目しか見えなくなってしまったのだ。口元には相変わらず黒いマスクをしている。手には指先の出る、マスクと同じ色の手袋まで嵌めており、こだわりの強さが伺える。

 

「…いかがでござろうか。『毒』と『忍者』を、アーティスティックに表現してみたでござるよ」

「これ、シュウメイの手作りなんだって。すごいよね。

さっきイーブイのぬいぐるみ作ってくれたんだけど、もうボスが夢中で……」

 

最早ボスは無言で撮影会をしている。シャッターを乱発する音だけがこちらには聞こえてきている状態だ。

 

「メロコ殿がお望みとあらば、炎のポーチを新しく作ることも可能でござるよ。この間、ほつれが気になった故…」

「ほ、本当か!?」

「パーカーの生地を仕入れた際に、赤い生地もいくつか仕入れておいたのでござる」

 

彼が袋から取りだした深紅の生地は、メロコの炎のイメージにぴったりの色をしている。彼女は扉をバタンと閉めると、生地を受け取って机に広げた。

 

「手伝う。早く作ってくれ!」

「ではでは、裁断から……

我が切る故、抑えておいてほしいでござるよ」

 

部屋が賑やかになって楽しくなってきたピーニャは、いい曲をつくれるかもしれないとノートパソコンに向かった。が、突如大声が聞こえてくる。

 

 

「メロコ殿おおおお!!真っ直ぐううう!真っ直ぐでごさるううう!!!」

 

「ん?こ、こうじゃねえのか?」

 

「アーッ!!斜めになってしまったーッ!!やり直しでござる!!」

 

「……チッ!!布なんて抑えたことねえんだよ!ピーニャ、代わりやがれ!!」

 

「えっ、ボク?」

 

ノートパソコンを畳み、メロコの見様見真似で生地を抑えると、シュウメイが急にごきげんになった。

 

 

 

 

「…ハアァ…ピーニャ殿最高……あっ、そのまま、そのまま…

よし、切れたでござる」

 

「わかった、次ね。こうかな?」

 

何故(なにゆえ)お分かりになられるのか!?最高でござるが?

フウ…先程のストレスは何だったのやら…心が洗われる程の快適さでござる…」

 

「………もう!手伝わないんだからな!!」

 

「でも作るでござるよ?」

 

「…なんなんだよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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