星をなぞる日   作:四樹

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ルクバー:月下にうたう(中編)

丁寧にしみを抜いたパーカーを乾燥機にかけて、ようやく一段落した。隣にいるプクリンが服の裾をちょいちょいと軽く引っ張り、何かを訴えている。思い出したように彼は背筋を伸ばすと、ジャケットを被ったままの青年に頭を下げた。

 

「…助けてくれて、ありがとう。お礼にできること、ない?」

 

プクリンもつられてぺこりとお辞儀をした。服のことで頭がいっぱいになっていたとはいえあんな接し方をするなんて、と恥ずかしい気持ちが込み上げて来るためいかんせん耐え難い。あれで良いのかも分からないので怖さと申し訳無さもあるのに、青年はとても嬉しそうな、にこやかな顔をこちらにむけてくれている。

 

「こちらこそ、でござる。お礼なぞ、しみ抜きで十分でござるよ。我のパーカーをあの様に扱って下さるとは、見習わねばならぬな」

「…あれが普通じゃないの?汚したらきれいにするのは当たり前でしょ。お礼になる気がしないけど…」

「いやはや、そんなことは。『普通』かと言われると…ユーくらいの年頃であれば、服は寧ろ泥だらけにしているような気が…。

しみ抜きの知識や技術は、どのように磨いたのでござるか?」

「教えてくれる人が居るの。服のことは、お手入れや洗濯も含めてずっと勉強してたから。あとは実際に練習したりとか…」

「ふむ…では、ずっと努力をされて来たのでござるな」

 

心臓が大きく、飛ぶように跳ねた。

どうして初対面の人が、自分がどこかで見てほしいと願っていたことを暴いてくれるのだろうか。

周りの子どもたちは「結果」ばかりを見ては褒め、その過程を辿ろうとしない。

 

「なんでわかるの?会ったばかりなのに…」

 

胸元を軽く抑えるオルティガに、青年は答えた。

 

「『分かる』と『出来る』は別物にござるから。技術は己のものになるまで、それ相応の『対価』…経験が必要でござる。それを払える人もいれば、払えない人がいることもまた然り。払ったとて、身につけられないことさえもあるでごさる。その歳で繊細な技術をものにするには、相当な時間をかけられた…そうではござらんか?」

 

答えを聞いてようやく気づいた。

自分は青年の言う「払える側」であり、「身につけられる側」なのだ。同じような境遇をたどっている子の中でも取り分け異質なのは、恐らくではあるが様々なことをできるようになるために払った時間や力が、いわゆる人並みではないからなのだろう。天が与え給うた力か、それとも努力で成し得たのかは分からないが、自分の中には得体のしれない力の根源のようなものが潜んでいる。だとしたら孤独を作り上げ、鳥かごの中に心を閉じ込めたのは、他でもない自分だ。努力をすればするほどに、周囲から浮いてしまうのだ。けれども頑張らないという選択肢は取れないし、取ってはいけない。父と母の思いに答えられなくなっては、また居場所をなくしてしまう。

 

知らないふりをしていた。見ないふりばかりをした。明らかに自分が優勢なバトルも、簡単すぎるテストも。それを直視してしまっては、仲間はずれの烙印を己に焼き付けるようだったから。

 

バカみたいだ、と自己嫌悪が胸をひねり潰す。過去に「一人でもいい」と望んだ結果がこれなのだ。人付き合いの苦手さも、あの頃から解決策を考えていればもう少し違ったかもしれないのに。全て自分がまいた種なのだと思うと、種から蔦が伸び、更に鳥かごをがんじからめにしていく。

 

もう、誰かに「見てほしい」なんて望んだりしない。

こんなにつらい思いをするくらいなら、一人の方がずっといい。

 

そう思ったオルティガは、ステッキを片手にその場から去ろうとした。プクリンが心配そうに見つめているが、答えられる余裕はない。

 

「そのジャケット、返さなくていいから。

パーカーならあと少しで乾くはずだよ。じゃ、さよなら」

 

つかつかと早い足音を立てながら遠ざかる背中を眺め、ぽつりと青年は呟いた。

 

「…あの表情は……」

 

 

 

 

食堂に立ち寄ると、こぼれたスープや置きっぱなしにしてしまった食器はきれいに片付けられていた。スタッフの人にお礼を言ってから、落ち込んだ気持ちを晴らすため、廃材置き場の近くに作った工房へ向かう。そこで気持ちを切り替えて、なんとか授業に戻らなければと考えたのだ。

いじめは一人ではどうにもできない。ならば、耐え続けるほかない。この学校を出るまで、父にも母にも隠し通さなくてはならない。

そう思うと初めて、授業に出たくないという気持ちが牙を向いた。あの教室に戻りたくないという声が出てしまいそうになったので、ぶんぶんと頭を振る。

その際に視界に入った、後ろをとぼとぼと歩くプクリンがいたたまれなくなって、初めてアイコンタクトを取らずにボールに戻す。

 

「ごめんね…」

 

聞こえてはいないだろうと思いながらも、謝ってからポケットにボールを入れた。引きずった気持ちが泥のようにまとわりついて離れないので、せめて振り切ろうと改良中のバイクにかかっていた布を取り、ノートに書いた製図を見直した。

ついこの間ジョイントしたばかりのパーツのメンテナンスを行いながら、自作して取り付けたサイドカーのシート部分を眺める。

乗り心地を試したかったが、協力してもらおうにもポケモンたちに合わせる顔もない。そっと腰を掛けてみると、広さに余裕はあるのだが、つけたいパーツをどこに付ければ最適なのかがわからない。資料をもう一度読み直そうと、立ち上がったその時だった。

 

「お呼びでござるかな?」

「わあっ!?」

 

なんと、先程の青年が後ろに立っていたのだ。

 

「失敬。お邪魔するでござるよ」

 

しなやかに一礼をされ、姿勢の美しさに目を持って行かれそうになった。秀逸なデザインのパーカーを身にまとったその姿は、まさに芸術(アート)と呼ぶにふさわしい。

だが、こんなことを考えている場合ではない。オルティガはサイドカーから降りると、立てかけておいたステッキを握り、先端を青年に向けた。

 

「…尾行し(つけ)たんだね?オレの跡を。じゃなきゃここがわかるはずない。

早く出て行って。不快だよ」

 

敵意を向ければ距離を取られる。こちらが向けたつもりが無くとも。過去に言葉遣いを咎められたことを思い出し、相手を突き放そうとした。

けれども今ひとつ効果がないようで、また頭を下げられてしまった。

 

「申し訳もござらん。無断で尾行されては、気分も悪くなろう」

 

嫌な顔一つせずに謝られ、いよいよどうしたらいいかがわからなくなってきた。こんな記憶は過去にはないうえに、助けてくれた人にこれ以上強い言葉は使えない。仕方がないので外に出るよう促す方へと舵を切り替える。

 

「そう思うんだったら出て行ってよ。ほら、あっち」

 

ステッキを入口側に向けたのだが、青年の眼差しはオルティガから離されなかった。

 

「…少々図々しいことをさせていただきたく。

お陰様で我のパーカーはご覧の通り、しみ一つなくきれいになったでござる。こちらのお礼がしたいでござるよ」

「…はあ!?だからそれは当たり前のことだって言っただろ!むしろお礼をしなきゃいけないのは、こっちのほ、う…」

 

反射的に口を塞いだ。普段通りの言葉遣いで話してしまったことと、自分から言い出したお礼さえ忘れて逃げてしまったことに気づいたからだ。

焦りと申し訳無さでうろたえてしまうが、青年は膝を折り、跪くようにして顔の高さを合わせてくる。

 

「我が名はシュウメイ。お礼をいただけるのなら、名前を教えてほしいでござる。

それに、スープをかぶったのは我の意思に他ならぬ。だからこその、お礼の気持ち故。お借りしていたものも、お返しするでござる」

 

ジャケットを受け取るように、鳥かごを囲う蔦に手を伸ばしかけたが、一人でいることを決めてしまった心はそれを許しはしない。青年…シュウメイの意図も分からないままだ。あんな接し方をした上で逃げ出した自分に、何故ここまで興味を示すのか。否定ではなく同意までしてきて、一体何を考えているのだろう。

助けてくれた恩人には違いないが、繋がりができてしまったことで迷惑をかける可能性もある。それを防ぐために今できることと言えば、最低な手段だけが思い浮かぶ。自分がされて嫌だったことをするしかないのだ。

 

「…オレは、オルティガ…。これでいいでしょ…。

お礼の気持ちがあるなら、一人にしてくれない?」

 

近づいては離れてゆくような言葉を伝えるだけで、クラスメイトとの記憶が蘇る。本来であれば思い出したくもないが、今の自分にはお似合いだ。申し訳ない気持ちを隠しながら、ジャケットを羽織りつつシュウメイに目線をやると、真剣な顔でこちらをじっと見つめている。そして思いもよらない答えを返した。

 

「一人にするのは嫌でござる」

「…えっ?」

「先程のお言葉を借りるでござるよ。オルティガ殿を一人にすることは、お礼になるとは考えられぬ故。バイクについて悩まれていたようにお見受けしたが、そちらでお手伝いできることはないのでござるか?」

 

苦しい思い出を噛み締めてまで言葉を選んでも、相手に何も伝わっていない。それどころか言動までも真似をされ、この状況からの脱出方法が一つも無くなってしまった。どうしようか考えている最中にも、シュウメイは楽しそうにバイクを眺めている。

 

「さあオルティガ殿、何なりとご用命を。

役立(やくだ)てることがあるならば、どのようなことも承るでござるよ」

 

こっちの気持ちも知らないでと危うく怒りそうになったが、そうしてしまってはランドリーにいた時の二の舞いだ。であれば距離感を保ちつつ、失礼のないように振る舞う。そうすればこの場を切り抜けることができるはずだ。

 

「…じゃあ、バイクとかの乗り心地を、知っていたら教えて。できるだけいいものを作りたいんだ。乗り比べをしてくれたら、それが一番のデータになると思う」

「作る…?このバイクは、オルティガ殿が作ったのでござるか?」

「厳密に言うと、本体部分はバイク1台分のパーツを組み替えただけ。サイドカーなら1からだよ。

…ほら、手持ちのポケモンにライドポケモンがいない人もいるでしょ?オレもそうだし。それにもし足が悪かったら、ポケモンたちと旅に出たくても難しくなっちゃう。だったらサイドカーつきのバイクがあれば、そういうの気にしなくても、行きたいところに行けるかもって思ったから…。

だから、どっちのシートも快適な座り心地にして、乗っている人やポケモンになるべく負荷がかからないようにしたいんだけど…」

 

求めているものが伝わるようにと話していると、唐突に両手をがっしりと掴まれた。驚いてシュウメイを見ると、ふるふると身体を震わせている。

 

「………しい……」

「…しい?」

「素晴らしいでござる!!」

 

がばっと顔を上げられ、きらきらの青い瞳に撃ち抜かれるように見つめられた。

 

「オルティガ殿、このバイクを欲しがる人はきっといっぱいいるでござるよ!我も、つい最近まで手持ちにライドポケモンがいなかった故、気持ちがよくわかるのでござる。海や山へ行きたいとき、日が暮れるのが早く、もどかしい気持ちになっていたでござるから。

加えてサイドカーがあれば車体のバランスが取りやすく、足をつかずとも走行・停止ができる…そうすれば足が悪くとも問題ない…よく考えて作られているでござるな!」

 

凄まじい食いつきにこちらがポカンとしてしまう。そのまま手を優しく引かれ、テントの外へと連れて行かれた。何が起こるのかとシュウメイを見ると、にっこり笑ってモンスターボールを取り出している。

 

「乗り心地を知りたいのであれば、実際に体験するのが一番でござる。

力を貸してほしいでござるよ、ブロロローム!」

 

空を駆けるように繰り出されたブロロロームは、大きな体を浮遊させながらぴっとりとシュウメイにくっついた。頭を撫でられて喜んでいるところを見ると、どうやらとても懐いているようだ。

 

「すごい、この子。立派な身体だ。大きいね…」

 

思わずそう言うと、今度はこちらに身体を寄せてきた。瞳がご機嫌そうににこにこしていて、とてもかわいらしく感じる。どくタイプのポケモンはあまり得意ではなかったはずなのだが、今は大丈夫なようだ。

その様子を見ていたシュウメイは、オルティガにきのみを3つ渡した。どうやらブロロロームとの交流を計っているのか、食べさせてあげてほしいらしい。少し背伸びをして口元に持っていってあげると、器用に舌ですくい上げ、おいしそうにがぶがぶと食べた。

 

「エネルギーまんたん、でごさるかな。さあ、参ろうか」

 

気づけばシュウメイの腕に抱かれ、いつの間にか二人でライドしている。

 

「えっ!?な、ちょっと待っ…」

「行くでござるよ、ブロロローム!いざ、風とならん!」

「う、うわああああああ!!」

 

 

 

 

海の見える湾岸沿いの道に、爽やかな風が吹く。空にはキャモメやペリッパーが飛んでおり、水面(みなも)には太陽の光がきらきらと反射している。やや強引に連れ出さたが、これだけ美しい景色を見せられてしまっては、文句の一つも出てこない。

気持ちのいい潮風が心を落ち着かせてくれるので、軽めの深呼吸を繰り返していると、後ろに座っているシュウメイから声をかけられた。

 

「乗り心地はいかがだったでござるか、オルティガ殿」

「全然つらくないよ。ライドポケモンって、やっぱりすごいね」

 

道をぐるりと周り、テントへと戻る。そっと降りてからブロロロームに労いの意を込めて、背中をさすった。

 

「乗せてくれてありがとう。ゆっくり休んでね」

「お疲れ様でござる、ブロロローム。とても楽しかったでござるな」

 

満足気な顔でボールに戻って行くのを見送ると、ふと頭の中にアイディアが降りてきた。急いで再現をしようとバイクの元へ走り、製図に施策案を書き出す。工具箱や素材箱を近くに置き、シートの微調整を行い始めた。

追いついたシュウメイは邪魔にならないようにと、静かに見守っていた。日が落ちて作業も落ち着いてきたころ、片付けを進めようと箱を持ち上げようとしたとき、先にひょいっと持ち上げられた。

 

「これぐらいは、させてほしいでござるな」

「場所、わかるの?」

「鉄骨棚の中段、一番右奥でごさる」

「…当たり」

 

彼の優しさに触れると、「忘れるな」と言わんばかりに、いじめに巻き込みたくない気持ちがとぐろを巻き始めていく。ブロロロームと触れ合わせてくれたことやライドさせてもらったことも、いきなりではあったがとても嬉しかった。

あんなに楽しい時間をもらったのに、自分は何もできていない気がする。意を決して話しかけようと振りむいた瞬間、先に声を出したのはシュウメイの方だった。

 

「…やはり分からぬな。オルティガ殿のような方が、何故いじめられなければならぬのか」

 

気まずさに口をつぐむ。助けてもらったときに、気づかれていた可能性が高かったことは想定していたが、実際に聞かれてしまうとどう返したらいいか、全く言葉が出てこない。

 

「こんなにも誰かのために頑張れる、とても優しい御仁(ごじん)にごさるのに…」

 

悲しげな表情が見ていられない。自分自身の嫌いな部分をそのままに話したら、少しは納得してくれるだろうか。

 

「…クラスのみんなには、そう見えてなかったんだって。『いつも偉そう』、『上から目線』に見えるって言われたし、オレもそうなのかもって思うし。

ほら、ランドリーにいたとき、ひどい接し方したでしょ。テントに入ってきてくれたときも…」

「オルティガ殿は、誇りと慈愛に満ち溢れておられた。パーカーのことばかりを心配してくれていたのに…」

「誇り…ね。持つべきものだと思ってた。

オレのために、貴重な時間や知識を与えてくれた人がたくさんいる。その気持ちやありがたさに答えることを表してくれるものが、『それ』なんだと考えてたけど…そうじゃなかった。

オレなんかが持ってても、仕方のないものだったんだ」

「そんな…!」

 

シュウメイが両肩をそっと掴んでくる。一つしか見えない空色の瞳が曇りかけているのに、何かを伝えようと必死だ。

 

「我は、あの姿こそオルティガ殿に相応しいと…。

気高く、愛らしく、けれども時々恐ろしいような仕草や笑顔は、オルティガ殿の魅力にござる。それに我は…何一つ嫌ではなかったでござるから…」

 

少しうつむいて肩に乗せられた手を掴み、ゆっくりとおろした。

言うべきときは今なのだ。息を整えて、ぐっと涙をこらえる。

 

「もうオレに、関わらないで。お願いだから。

……ごめんね、シュウメイ……」

 

握っていた手を離し、寮へと一目散に走り出した。全速力で自室へと戻り、扉を閉める。夕食すら食べることもままならず、しばらくベッドで横になっていた。

 

 

その晩、父と母に向けた「手紙」を書いた。

いつもは返事が来てから書くのだが、今日はどうしても記録に残しておきたいのだ。生まれて初めての宝物を、この手にこぼれるくらいたくさんもらったことを。

 

爺やによろしくねと伝えながら、パピモッチに手紙を渡す。少し扉を開けてやり、走っていく背中を見届ける。

一人で寝転がりながら暗い天井を見上げると、シュウメイがくれた言葉たちがあたたかく照らしてくれるような気がした。

それさえあれば、どこまでもがんばれる。

どんなにつらくても、壊れないでいられる。

 

「きっと、そうだよね…」

 

涙が溢れて止まらないが強烈な眠気に誘われ、そのまま短い眠りについた。

 

 

翌朝の目元はひどいものだった。まぶたはむくみ、クマは相変わらず消えていない。かわいくないものばかりが揃ってしまっているので、ついため息が出る。身体がふらついたせいで足を机にぶつけてしまったが、置いておいたモンスターボールがころころと落ち、怒った顔のマリルリとプクリンが出てきた。プクリンは身体まで膨らませて、いつもよりもぷくぷくになっている。

謝ろうと思ったのもつかの間、二人はてきばきと身支度のお手伝いをし始めた。シャツやネクタイの用意をしたり、先程ぶつけた足の手当をしようと救急箱を出したりとせわしなく動いている。が、プクリンの身体の制御がだんだん効かなくなってきているらしく、どんどん上へと向かっているので、ついにマリルリが飛びついてぶら下がった。

これは止めねばとマリルリに抱きついて、二人をなんとかベッドの上まで下ろす。目を覚ましたパピモッチも足にしがみついてくれたので、ぎりぎり重さが足りたようだ。

 

「ふ、二人とも、なんで…?

なんで怒ってるのに、手伝ってくれるの?」

 

その問いかけに、マリルリがよしよしと頭を撫でてきた。怒り顔は寂しそうな笑顔になっていて、まるで「大好きよ」と言われているみたいだ。

たまらず三人を抱きしめると、ぷしゅんと大きな音がして、プクリンの身体がもとに戻った。

 

「…ごめんね、寂しい思いさせちゃって…

今日からは、ちゃんと一緒に寝ようね」

 

ポケモンたちと笑いあってから身支度を済ませ、いつもどおりに教室へと向かった。

 

 

 

 

「キミがオルティガ、だね?」

「ど、どちら様、ですか…?」

 

もうすぐ教室につくというところで、見知らぬ人に話しかけられた。黒い髪にヘッドホン、ポップな柄のキャップ。そして自分よりずっと高い背。周りの生徒たちがざわつく中、その人は目線を合わせるように膝を落とした。

 

「急でごめんね、びっくりするよね」

「あ、あの……目立つので、後で…」

「わざと目立つようにしてるんだ。その方が…」

 

その時、冷たい目線が放たれていることに気づく。友人だった男子生徒がこちらを見ていたのだ。危険を察知し、目の前の人の服を掴んで走り出す。

 

「早く!こっち!」

「ど、どこいくの?」

 

 

角を曲がり、ようやく人気(ひとけ)のない場所へたどり着いた。

息を切らしていると、黒髪の青年は背中をさすろうとした。その手をばっと払いのけ、乱れた呼吸のまま質問をする。

 

「なんで、オレの名前、知ってるの…?」

 

背負っていたリュックを開け、中をごそごそとしながら彼は答えた。

 

「とりあえず息を整えようか。大丈夫、全部説明するから。

ボクはピーニャ。キミの名前はシュウメイから聞いたよ」

 

その名前に心臓が高鳴った。小さなペットボトルを渡され、飲むようにと促されるが、動揺のあまり口をつけることができない。

 

「ボクらはシュウメイから、とある『お願い』を受けてる。

それを叶えたくてさ」

「…なら、なんで…なんであんな目立つことするんだ!」

 

感情がぶわっと胸の中に押し寄せてくる。怒りと悲しみを混ぜたような、熱くて冷たい液体のようなものが身体をのっとっていく。

 

「オマエに何かあったら、悲しむのはシュウメイなのに!

それなのにあんな風に目立つようなことして…!オレにちょっかいかけてくるやつらの親は、みんな権力があるんだよ!?何をされるか…!」

「目立つ方が、いじめへの抑止力になり得るからだよ。

…シュウメイの言ったとおりだ。やっぱりキミは自分じゃなくて、誰かのために必死になるんだね。

だったら、そんなキミのために、ボクが必死になってもいいでしょ?ボクだってキミのこと、放っておきたくないんだよ」

 

優しすぎる理屈が胸を刺した。これだから困るのだ。頑張って泣きそうになるのを我慢しているのに、いとも容易くそれを崩そうとする。

 

「いやだよ…オレのせいで、誰かがつらい思いするなんて…。

だから、放っておいてよ…!」

 

その場から逃げるように、ステッキをつきながら重い足を引きずって走った。逃げることが多くなったのは、自分の気持ちしか考えていないからだ。そんな自分は彼が…ピーニャが言うような、そんな優しい人間なんかじゃない。優しい人とは、ピーニャやシュウメイのことを言うのだ。痛い思いをしてでも、誰かを助けようとするような人のことを。

 

彼らを見ると思い知る。

痛い思いをしたくなくて、鳥かごの中に閉じこもる心があることを。

 

「なんだよ…ちくしょう…」

 

 

 

 

 

その場に残されたピーニャの元へ、シュウメイが合流した。二人は拳を突き合わせてグータッチをし、並んで座る。

 

「ピーニャ殿、感謝申し上げる。此度(こたび)のご協力、誠に心強いでござる」

 

「いいって!ボクらもやりたくてやってるしね。それにシュウメイの願いだもん。叶えないわけにはいかないっしょ。

…あんなにクマができるまで、追い詰められているなんて。どうにかしなくちゃね…」

 

「お気持ち、ありがたく頂戴するでござる。本当に、あれは痛々しい…。ゆっくりと眠れるような日々を送っていただきたいでござるな。

して、次はどのような一手を?」

 

「接触は完了したから、そろそろケンカを売られると思う。ボクにも、オルティガにも。メロコとボスには声をかけておいたよ」

「いやはや、凄まじい手腕でござるな。我も準備を進めるでござるよ」

 

「…あの大きいビーズクッション、何に使うの?」

 

「出来てからのお楽しみ、でござる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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