1限目が終わる鐘の音で目が覚めた。焦りながらも何があったかを思い出していく。ピーニャとの出会いがあって、その後に教室へ戻って、遅刻扱いとなったが授業を受けて…その後は何も覚えていない。気を失ったように眠ってしまっていたのだ。周りを見ると、苛立ちの視線が注ぎ込まれている。男子生徒が突然に服を掴み、乱暴に教室の外へと連れ出された。クラスメイトが複数人、それを追いかけるようについていった。
外へ出て校舎裏へ着くと殴るように突き飛ばされ、ステッキを投げつけられた。背中と腹部がずきずきと痛み、追い打ちをかけるように、機嫌の悪い罵声を浴びせられる。
「俺らのこと、バカにし過ぎじゃない?
眠っても問題なく勉強できますってことだよね?」
生徒たちにとっては、授業の居眠りがとても大きなネタになったようだ。ここぞと言わんばかりにこういうことをしてくるということは、よっぽど癪に障ったのだろう。
けれども、普段とは何か違うような違和感がある。休み時間でもないのに外に出るなんて、他にも原因があるはずだ。探りを入れることも兼ね、様子を伺いながら返事をする。
「…そんなふうに思ったことなんか、一度もない…」
「そんなの信じられるわけないじゃん。それに今朝、高学年の人と話してた。俺らに何かしようとしてるんだろ?もう父さんに声はかけてあるから、何もさせないけど。まあ、退学コースかな」
「は…?」
嫌な予感は的中した。生徒たちは焦っていたのだ。こちらに味方がついたなら、いじめが白日のもとへ晒される可能性が高くなるからだ。それを恐れて脅しをかけ、妨害しようとしている。
しかも攻撃対象はピーニャだ。卑怯なやり口を許せない気持ちが湧き出てきて止まらない。みるみると怒りがエネルギーのように、腕や足に走る。ステッキをつきながら立ち上がり、組んだ両手を乗せた。頭の中が煮えたぎり、強い言葉ばかりが生まれていく。
「…あの人に何かやってみろ。ただじゃあ済まさない。オマエの家とオレの家、全ての関わりを断ってやろうか。
販売ラインを考えてから物を言うべきだね。オマエの家は貿易業もやってるけど、実質
凄みに怯んだのか、急に男子生徒の目線が泳ぎ始める。
「そんなこと…お前にできるのかよ。たかが子供のお前に!」
「できる。商品開発に携わったのは、一度や二度じゃないから。あいにくだけど、一緒に仕事をした人ならみんな仲間になってくれる。各方面の職人、デザイナー、パタンナー、素材を売ってくれる人…。子供でも知識や技量があれば、貢献することは可能なんだよ。知らなかったの?
あと、最後にいいこと教えてあげる。オマエの家が売ってる商品のうち、何割がオレの家から出ているか。
…でも、もう知ってるか。家のことだもんね。知らないわけないよね?」
その姿は、場にいた全員を圧倒していた。説得力と影響力の凄まじさは、屈服せざるを得ないような恐怖を醸し出している。
クラスメイトたちがひそひそともうやめておこうと言う中で、言い負かされた男子生徒だけがわなわなと肩を震わせていた。
「…昔っから、ずっとそうだよな…。
偉そうに見下して…自分が優れてるからって…。俺のできないこと、見せつけるみたいに全部やってのけて…。
だから…だから、壊してやろうと思ったんだよ!!」
奪い取られたステッキは、勢い良く頭上へと振りかざされた。その時の男子生徒の表情が憎悪にまみれていて、友達だった頃の面影は全て消えてしまったことに気づく。
驚きと悲しみに飲み込まれて動けないでいると、突然に現れた誰かに、ばきんという音とともに身体を押されて倒れ込む。
包みこんで守ってくれたのは、真紅の髪を靡かせた少女だった。
「わりいな。怪我ねえか」
いかつい喋り方とは裏腹に、こちらに向けてくれる目線は優しげだ。かばうように右腕を広げて立ち上がると、折れかけたステッキを持った男子生徒をきつく睨む。
「どんな道理があろうとも、暴力を振るっていい理由にはならねえ。オレは忘れねえぞ。テメーがこいつにしようとしたことを。
力を振りかざすなら、それ相応の覚悟があるんだろうな?」
予想外の展開の連続についていけなくなったのか、全員が尻尾をまいて逃げていった。少女は投げ捨てられたステッキを手にするとすこぶる険しい顔になったが、頭を下げながらそれを渡そうとしてきた。
「これ…大事なものなんだろ?…すまねえ、守りきれなかった」
かばってくれただけで十分なのにと思いながら受け取ると、いつも気にかけてくれる優しい人を思い出す。歩くのをずっと助けてくれた大切な思い出の品は、あまりにも痛々しい姿へと変貌してしまった。それを抱きしめるようにしてうずくまると、頬にひと粒涙が流れていく。
「爺や…」
気持ちの整理がうまくできない。怒りと悲しみ、喜びと苦痛。喜怒哀楽のすべてが混ざり、感情の高ぶりだけが心臓を動かしている。
その状況を見かねた少女はしゃがみこむとハンカチを取り出し、ぶっきらぼうだが頬を拭った。エメラルドのような瞳を向けて、背中をさすりながら声をかけてくる。
「つらいな。大事なもの、壊されんのは。
…もしかしたら、シュウメイなら直してくれるかもしれねえ。ピーニャだって、手先が器用なんだ。
オレはメロコ。あいつらのいる場所に行くぞ、オルティガ!」
少女…メロコが手を繋いでくれる。そのあたたかさが、まるで寒い日の暖炉のようにやわらかい。頭は回らないままだが、ゆっくりと手の引かれる方へ歩いた。
ぎしぎしと音を立てながら開かれた扉の向こうでは、ピーニャがデスクトップタイプのパソコンに向かって悪戦苦闘していた。スマホロトムがふわふわと浮きながら、それを眺めている。そして人の声が発せられ、通話状態なのだと気づいた。
「ピーちゃん、いけそう?」
「メモリの拡張は問題ないはず、なんだけど…なんで動かないんだろう」
すると扉の近くにいたシュウメイが、ひょっこりと顔を出した。縫い物をしていたのか、抱えていた大きな布地を机に置くと、ステッキを預かってくれた。
「こちらは修理が必要でござるな。後ほど手をつけるとして…
メロコ殿、おかえりなさいでござる。オルティガ殿はようこそでござるな。
ここは我らの拠点…通称『隠れ家』にござるよ」
部屋の中には楽器や機材が所狭しと並んでいる。サイケデリックな布が壁にかけてあるが、あれはシュウメイが作ったものに違いない。イーブイのぬいぐるみにお菓子の入った箱、さらには電気ポットまである。
「た、ただいま。ボス、ピーニャ!戻ったぞ」
呼び声に反応した二人は、急いで振り返った。
「おかえり!オルティガ、よく来たね」
「お疲れさま、メロちゃん。…また無理したな?見てたよ?」
ひっ、と小さな声を上げて、メロコは少したじろいだ。
会話の中のどの言葉に反応したのかと考えると、気になる点が一つある。
「見てたって、どういうこと…?」
シュウメイが説明をしようと身を乗り出したが、それを遮るようにスマホロトムが飛んできた。
「…いつもみんなから言ってもらってるから、うちから言う。
ざっくり言うと、校内をハッキングしてるんよ。監視カメラとか生徒のSNSアカウント、スマホロトムも含めて。だからさっきの『見てた』って言うんは、ハッキング済みの監視カメラから見てたってこと」
「なんで、そんなことを…!ばれたらここにいるみんな、危なくなるのに!」
慌てふためくオルティガの前に、ピーニャたちが立ちふさがる。複雑そうな表情だが、目はとてもまっすぐだ。
「オルティガ、どうかボスをせめないで。ボスがいなかったら…ボクらはいじめられ続けたままだった」
「やってることがいいことかって言われると、そうじゃねえかもしれねえが…少なくとも、オレは助けられた側だからよ」
「それは我も同じ。恩義は無くならぬ」
「…みんな、なんで…」
驚きを隠せていないオルティガに、理解を得ることは難しいのかもしれないと、3人は渋い顔を見合わせた。だが納得できていないことは、ハッキングの方ではなかったようだ。
「なんで、いじめられなくちゃいけなかったの…?
みんなみんな、優しいのに!シュウメイも、ピーニャも、メロコだって!
もしかして、あの…ボ、ボスも、それがいやだったから、みんなを助けてくれたの?」
ぷくぷくのほっぺをふくらませながら全員を交互に見るその仕草に、周りは笑いをこらえきれなかった。愛くるしさのかたまりのようなリアクションは、どうやらボスのスイッチを押したらしい。
「かっ、かわいっ…美少年、よき…」
「えっ?」
「…じゃなくて。あなたの言う通りだよ。みんなのことをいじめた人たち、許せなくて…
他にもね、アカデミーでいじめられてる人がいる。でも、データを集めて証拠を掴んでおけば、止めることができる」
「だからさっき、パソコンを治そうとしてたの?」
その発言に、ピーニャが指を鳴らした。
「ご名答。動画の保存先を確保したかったんだ。クラウドストレージにも限界があるからね。
でも、ここにあったパソコンは最初からちょっと調子が悪いんだ。だからボスと見ながら、なんとかならないかなって話してたんだよ」
パソコンの周りを見ると、工具やパーツが並べられており、まだ作業途中といった感じになっている。全貌をぐるりと眺め、状態を確認してから手袋をぬいで近づき、ドライバーを取り出して本体の分解を始めた。
「オルティガ!危ないよ!」
ピーニャの言うことは最もだ。ボスも心配なのか、スマホロトムがひゅんと飛んできた。自分の体格では、大きなパーツを運ぶことが難しい。けれどもこれは役に立てる場面でもある。
「なら、手伝って。ちゃんと直すから」
「もしかして、乗り物以外も得意な感じ?」
「機械工学全般、って言ったらわかるでしょ」
二人の掛け合いに感心しながらも、メロコはシュウメイに声をかけた。シュウメイもシュウメイで、縫い物を再開している。
「あいつ、すげえけど…休ませなくて大丈夫なのか?ひでえクマだ」
「それはもちろん、あとで休んでもらうでござる。
今は…とても楽しそう故、邪魔はできぬ」
「それは、そうかもしれねえな。めちゃくちゃいい顔してるじゃねえか。
…テメーは何作ってんだよ」
「『かわいい』もの、でござるよ」
程なくして、無事にパソコンの修理が完了した。ボスの遠隔操作も問題なく行えるかどうかもテストをし、うまく行ったので一息つく。
「ほんとにすごい。あっというまに直っちゃった…」
「ボスの言うとおりだね。ボクなんてちんぷんかんぷんだったのに」
「…役に立てたならよかったよ」
二人に返事をしていると、ふと男子生徒の言葉を思い出した。
「俺らに何かしようとしてるんだろ?もう父さんに声はかけてあるから、何もさせないけど。まあ、退学コースかな」
その言葉が本当なら、面識のできてしまったメロコにまで被害が及ぶ。情報を探られたら、きっとシュウメイのことも知られることになる。ボスは姿こそ見せてはいないが、繋がりのある生徒の特定は、大人にとっては難しいことではないのかもしれない。正当防衛をするために怒りを伝えたが、それが「脅迫」として伝えられてしまったら…。
怒りばかりで、親がどう対応してくるかまでを考えられていなかった。どのような手を打ってくるかが全く読めない状態では、更に危険にさらしてしまう。
居場所は元より無い。それに気づいてシュウメイを突き放したはずなのに、どうしてここにいるのか。
それは、嬉しかったからだ。助けてもらえたことが、今まで感じたことの何よりも。そうであるならば尚のこと、ここにいてはいけない。優しい人たちによりかかりすぎてはならないのだ。そろそろこの部屋から出ていかなくてはとドアの方を向いたその時だった。
「オルティガ殿…?いかがなされた、ぼーっとしておられたようにお見受けしたが」
「えっ!?あ、あの…」
つい身体がびくっとしてしまう。心配をしてくれているのがひしひしと伝わってきて、罪悪感のあまりに目をそらした。
「…こうすれば、こちらを見てくれるでござるかな」
シュウメイがそう言いながら持ってきたのは、修理されたステッキだった。レースやリボンが結ばれており、かなりかわいらしくアレンジされて、魔法の杖のようになっている。
「木製故、木工用の接着剤でくっついたのでござる。傷跡が目立つ所や、折れが心配な部分には、リボン等を貼ったり巻いたりしたでござるよ。さあ、不備が無いか、受け取って確認していただきたく。
あっ、その前に休んで頂くことこそ肝要…!オルティガ殿からのインスピレーションで、あのような大作ができたのでござる!」
指を差した方を見ると、人ひとり眠れそうなほどのビーズクッションが、ピンクとホワイトのふりふりだらけになっている。小さなハートのモチーフの配置がバランス良く、差し色のゴールドがアクセントになり、かわいくも上品な印象にまとまった。これほど大きいクッションカバーを作り上げるなんて、かなりの時間と労力がいるはずだ。その証拠に、ピーニャもメロコもびっくりしている。ボスの方からはシャッター音が聞こえるので、きっと写真を取っているのだろう。
「こんなすげえやつ作ってたのかよ!」
「いやー、化けたねえ。シンプルなクッションだったのに」
「かわいい…ブイブイたち、ここで寝かせたい…
これ売ろう…いい値で買う…」
「フフ…我にかかれば朝飯前でござるよ。余り布で、蝶ネクタイも作れたでござる。オルティガ殿のことを考えながら作るのは、とても楽しい時間でござった」
たくさんの贈り物がとてもきらきらして見える。だからこそ、自分がしなければならないことはそれの正反対だ。
汚くて醜い、人を遠ざける言葉を述べていくだけ。
「…受け取れない。そんないいやつ、もったいないもん。
作ってほしいとか…言ってないし」
メロコがぴくりと反応したが、すぐにピーニャが片手で制止した。
「…オルティガ殿?」
「放っておいてって言ったでしょ。パソコンも直ったし…オレ、そろそろ行くね」
これでいいんだと扉に手をかけようとしたが、阻止するようにシュウメイが腕を掴む。
「…なんのつもり?」
「まだ話は終わってないでござる」
力を込めて睨んだつもりだったのだが、相手の方がより強い目線でこちらを見ている。目の奥から突き刺さるようなエネルギーを感じ、心臓がどくんと高鳴った。
「それは、オルティガ殿の…誠に望んでいることなのでござるか?今ここから出ていくことが、本当の気持ちだと?」
「…そうだよ。これが本当のオレ。ずっと言ってるでしょ、一人になりたいって」
シュウメイの指が、そっと目元をなぞった。
そして悲しそうな声で言うのだった。
「ならば何故、涙を…」
ばっと離れて顔を触ると、気づかなかったが涙がぼろぼろと流れていた。それを慌ててごしごしと拭いても、次から次へと止まらない。ついにシュウメイに背を向けてしまう。
「見ないで!こっちにこないでよ!!…オレは一人でいるべきなんだから!!」
「…ではどうして、我らがいじめられなければならないのかと、言ってくれたのでござるか?」
「オレのは…自業自得だから…。人と接するの得意じゃないし、何やっても浮いちゃう…。それを繰り返すことしかできなかったから、ずっと前に一人でいるって決めたの!
だから『助けて』なんて言ってない!!」
「自業自得のいじめなどござらぬわ!!!!」
普段は穏やかなシュウメイからの喝に、身体が一瞬震えた。
大きな声に驚いて振り向くと、瞳が怒りで震えている。
「オルティガ殿には特別な才能が、確かにあるでござる。ただ一つ、言わせていただく。それは妬んでも、
仰るとおり、『助けて』と言われてはおらぬ。なればこそ、好き勝手やれると言うものよ!巻き込まれたのは我らの意思。オルティガ殿が自身を責める理由にはならぬ!!」
「…だからって、巻き込んでいいのかよ!痛い思いも、つらい思いも、ここにいるみんなにさせたくない!でも、オレがいたら…させちゃうかもしれないから!!」
「痛くて結構!つらくて上等!分かち合うための感情を、拒む理由などありはせぬ!!」
透き通った力強い衝撃が、鳥かごを覆っていた蔦を砕いたような気がした。
光が差し込んでとても眩しい。扉の向こうで繰り返すように、誰かが何度も名前を呼ぶ。自分でかけた鍵を取り払い、かごの外へと走り出す。
ふらついた小さな身体をシュウメイが支えた。そのままぽんぽんと背中を叩き、腕を回して抱きしめる。
「…ここにいて、いいの…?」
そばにいなければ聞こえないくらいの、かすれた淡い声。
押しつぶし続けた祈りの蕾が、ようやく開いて花を咲かせる。
「ここに、いてほしいでござる。
…よく、よく耐えたでござるな。もう、何も我慢しなくていいのでござるよ。いじめられることにも、納得せずとも良い。我がピーニャ殿へ向けた願いは、『オルティガ殿がオルティガ殿らしくいられるようにしたい』、ということでござるから…」
腕に力を入れて、ぎゅっと抱きしめ返す。
嘘の仮面は剥がれ、本当の願いが溢れてやまない。
「…ここに、いたい…。
オレ、みんなと、ここにいたいよ…!!」
叫ぶような泣き声が部屋中に響く。
涙を流せば流すほどに、自分に触れる手が増えていった。
頭を撫でてくれるメロコ。涙を拭ってくれるピーニャ。それが心地よくて、あたたかくて、深いまどろみがやってくる。
受け入れてもらえることの幸せをかみしめていたいのに、意識は遠のいてゆくのだった。
泣き疲れて眠りについたオルティガを、シュウメイがそっとクッションへと寝かせた。かけてあげたひざ掛けもばっちりピンク色のレースつきで、凝り性が発揮されている。
「やっぱり、ぴったりでござるな」
「特注品みてえだな…。売り物にしか見えねえよ。
…シュウメイ、テメーは最初っからわかってたのか?こいつが心から願ってたことを。じゃなきゃ、あんなふうに諭せねえだろう」
メロコの問いかけに、シュウメイは目を丸くした。
「メロコ殿が我にしてくれたことを、そのままやっただけにござるよ?」
「な!?」
「己を貫くことや、自分らしさを捨てないことがどれだけ大切か…。オルティガ殿は、そのどちらにも不自由になっておられた。悪意に囲まれ、恐怖を植え付けられ、オルティガ殿が悪くなくとも、悪いと言われてしまうような…。
だからこそ、我は我のやりたいようにやったのでござるよ。メロコ殿が、我にそうしてくれたように」
笑顔を向けられて照れてしまったのか、メロコはぷいっとそっぽを向いた。
同時にノックの音がこんこんと聞こえたので、パソコンをいじっていたピーニャが扉を開けると、そこにはカルボウが立っていた。
「ボウジロウ、おかえり!見張りありがとう。これ、お礼ね」
ドーナツを渡されたカルボウ…ボウジロウは、大好きなお菓子に飛びつくこともせず、不安そうな顔でピーニャを見つめた。メロコとシュウメイも駆け寄ったところにスマホロトムがふんわりと飛んできたが、画面にはとても大きな高級車と、そのナンバープレートが表示されている。
「ピーちゃん、本当に一人で行くの?」
ボスが口ごもりながら聞いたが、彼は笑顔で返した。
「卑怯な手を使われたときは、油断させるのが吉。力が弱いと思わせるのが、今回の作戦の肝だから。
招待状もボクをご指名だ。…みんな、オルティガを頼んだよ」
確かに、ピーニャの声が聞こえた気がした。まぶたを開けると、シュウメイとメロコが椅子に座りながらこちらを見ていた。
「起きたでござるか、オルティガ殿」
「腹減ってねえか?サンドイッチ、あるぞ」
身体を起こして周りを見ると、時刻はお昼を過ぎている。そして大切な人が一人、見当たらない。
「オレは大丈夫だけど…
ねえ、ピーニャはどこにいったの…?」
彼らは顔を見合わせた。そのうえでこちらに来るようにと手招きされたので椅子に座ると、目の前にカップケーキやマフィン等を置かれた。久しぶりにお腹が空いているのでいただきますをしてから、がっつくように食べる。
その姿を確認して安心したのか、メロコが話しだす。
「あいつなら、けじめをつけにいってる」
「けじめ!?」
動揺でぽろっとマフィンのかけらを落としてしまった。すかさずシュウメイが手拭きを渡してくれたので、それを拾いながらも話を聞く。
「脅迫みてえなこと、してくるやつがいてよ。動画を送りつけて来やがって、損害賠償とか言い始めてる。この車、見覚えねえか」
スマホロトムが映した高級車を見て、かつての友人を思い出し、背筋が冷たくなった。
「あいつの…父親の車だ……」
何度も見たことがあるので、ナンバーも間違いない。胸がざわめいて、一気に落ち着きがなくなってしまう。
「どうしよう…!ピーニャになにかあったら…!」
うろたえるオルティガに、ボスが優しく語りかけた。
「大丈夫、そのためのうちらだから。ピーちゃんの居場所も割り出せてる。現場で何が起こっているかも、うちにはわかる。今は目的地に向かっているだけだから、安心して」
シュウメイとメロコも何やら企んだ顔をして、お互いにアイコンタクトを取り合っている。
「ピーニャ殿が珍しく、無茶をしたのでござる」
「そうそう。相手が大人だから、一番年上の自分が行くんだって聞かなくてよ」
「来ないでって言ってたけど…やっぱ放っておけないよ。
改めてよろしくね、お、オルくん…!」
ボスに初めて名前を呼ばれ、がぜんやる気が出てきた。
自分はみんなの仲間なのだと、役に立ちたい気持ちがみなぎる。
「まかせて。全力でやるよ」
食事を終えた後、ボス以外の3人はオルティガのテントへと足を運んでいた。ボスが言うにはこれから全員で合流したいのだが、シュウメイのブロロロームには、3人も乗ったら負荷をかけすぎてしまう。そこで注目されたのが、オルティガのバイクだったのである。
「座り心地はまだ気になるけど、問題なく走行できるよ。挙動が変なところもないし、エネルギーも十分ある。操縦も簡単にできるようにしたから、ちょっとだけ説明させて」
本体部分に乗るのはメロコに決まった。背の低いオルティガがサイドカーに乗り、サポートを行う形だ。一通り説明が完了すると、シュウメイがブロロロームを繰り出した。
「そろそろ出立の時間にござる。
ナビゲーションはボス殿がしてくれる故、参るでござるよ」
メロコがヘルメットをかぶってバイクにまたがると、スマホロトムが飛んできて地図を映した。オルティガがシートベルトをつけたことを確認し、エンジンを起動する。
「車体が温まってきたよ!加速モードに移行して!」
「目指すはハッコウシティ近辺のビルだな。行くぞ、テメーら!」
「承知。ブロロローム、全速前進!」
その頃、ピーニャは高層ビルの待合室に来ていた。逃げられないようにと仕向けられた、高級車の迎えに乗じたのだ。
周りの人にばれないようにポケットに手を入れ、中にあるスマホロトムを操作してボスに情報を送る。すると、黒いスーツにサングラスをかけたSPのような人物に声をかけられた。
「社長が最上階にてお待ちです。こちらへお越しください」
「…わかりました」
エレベーターに乗ったのは彼一人だけだった。見張りもつけていないことに、大分なめられているなと感じる。
「それか、他の人には見せられないようなことを…するつもりなのかな?」
上を見上げると、監視カメラと目が合った。
「子供相手に、必死だねえ」
メロコのスマホロトムに、通知音とともにピーニャの状況が送られてきた。
「はあ!?ターゲットと接触まであと5分だと!?
しかもなんだこれ…相当高い場所にいやがる…」
「メロコ、情報見せて!」
オルティガは画面をのぞき込んだ。ビル群はもう目の前なのだが、その中でも一番高いビルの最上階が目的地となっている。
「ここからでは間違いなく5分以上かかってしまうでござる…どうすべきか…」
ここまで来て引く訳にはいかない。絶対に仲間を助けると決めたのだ。意を決し、サイドカーから手を伸ばした。
「シュウメイ、ごめん!オレたち、先に行くよ!
これはただのバイクじゃない。どこへだって、行けるように作ったんだから!!」
レバーを思い切り引っ張ると、本体とサイドカーに跨ってついている大きなパーツのハッチが開き、大きい翼のような帆が姿を表した。エネルギーの放出方向がどんどんと下へ向き、車体が浮き始める。
「本当に飛ぶのか!?こいつが!?」
「操作は地上と変わらない。落ち着いて、説明通りに操縦して!」
「ビビってねえ!空を飛ぶなんて最高じゃねえか!
思いっきり加速するぜ!シュウメイ、あとで必ず来いよな!」
「承った!二人とも、気をつけるでござるよ!」
空を駆けていく二人に手を降っていると、ブロロロームが羨ましそうに身体をぴょこぴよこさせながら見上げているので、優しく頭を撫でる。
「我らも、あんな風に飛んでみたいでござるな…」
「…失礼します」
壁一面がガラス窓できた、とても広い部屋に通されたが、ピーニャは身震いすらしなかった。それどころか、恐怖すら宿していない眼差しを向けている。
椅子に座ったままの男性は、蓄えたあごひげをさすりながら話した。
「あなたがピーニャ君ですね。送った動画は、見ていただけましたか?」
「もちろん。そのうえで、お伺いしたいことがあります」
所詮子供の企みだと、余裕でいる声の主が招待状を送ってきた張本人だ。この街に本拠点を構えている卸業の社長である。大きなモニターに動画を映してにこやかにしているが、その目は笑っていない。
「では、もう一度見てみましょう。疑問があれば、教えてくださいね」
動画の音声がスピーカーから流れ始めた。画面の中では、オルティガが複数人の生徒に囲まれている。
『いじめじゃなかったら、なんだって言うんだ!!』
『そんなこと、わかんないよ。みんなにそうしてくれって言ってるわけじゃないし』
『…無視も、悪口も…意図してないって、言いたいのかよ…』
『それって、タイミングが悪かっただけとか、被害妄想なんじゃないの?言いがかりつけられても、困るんだけど』
オルティガの発言は全て、自分がされたことに対してのものだったが、相手はあくまでもそうではないと言い切っている。その対応に怒ったオルティガばかりを映していて、かなり気分が悪い。
「おや、動画が終わってしまいました。疑問点は無かったのですか?
彼は…オルティガ君は、我社とは切っても切れぬ関係ですから…。息子にこんな言いがかりをつけられては、会社同士の信頼問題にも発展いたします。ですから、人権侵害の対応…損害賠償のみを請求しているのですよ。
気色の悪い目線から、ピーニャは逃げなかった。スマホロトムを取り出し、指で操作をする。
「疑問点は、動画内には無いんですよ」
「…?ならば、何を聞きに来たというのですか?お金の借り方、とか?」
大人気ない煽りだなあとため息をつく。操作が完了したので、にこっと笑った。
「その動画のフル尺って、ご存知ですか?」
社長の肩がぴくりと動く。
「残念ですけど、その動画はイントロまでしか写ってません。サビは、そこじゃないんですよ」
「…なんですか、その喋り方は。礼儀を知らないのですか?」
「質問に質問で返すほうが、礼儀がないと思いますけど。あなたの息子さんと、そっくりですね。あっ、逆か」
「失礼なことを……!躾のなってない子供が、こんなことをして許されると思っているのか!?」
その言葉に、ピーニャの笑顔が消えた。
「ならば聞きましょう。いじめは許されるものだとでも?」
「それは言いがかりだ!言葉すら通じていないじゃないか!」
大きな音を立て、机を叩き立ち上がった。相手が怒った今がチャンスだ。すかさずモニターを指差し、視線を誘導する。
「あなたの息子さんがボクらの仲間…オルティガに何をしたか、見せて差し上げます。
手始めに、そのモニターをお借りしますね」
言葉通りに動画が表示され、社長は慌てる他なかった。
「勝手に何をしてる!これこそ罰に値するぞ!」
「ボクのアドレスに不正アクセスしたこと、お忘れですか?動画の入手経路も、だいぶ怪しいですが。
それよりもほら、お静かに。あなたの息子さんのショータイムですよ」
スピーカーすら乗っ取られているのか、音声も流れ出す。
冷たい空気が辺りに漂い始め、動画に目をやる他ない。
『俺らのこと、チクるつもりなんだろ。いじめられたって嘘ついて』
冒頭の言葉は異なるが、画角や写っている人物、背景は全く同じだ。脅しに使われた動画では、大方都合の悪い部分を切り取っていたのだろう。ボスのデータベースには、加工前の動画がごまんとある。これはそのうちの一本なのだ。
『それって、タイミングが悪かっただけとか、被害妄想なんじゃないの?言いがかりつけられても、困るんだけど』
動画はここで途切れず、続きが流れる。
『言いがかり、なんかじゃない。実際やってるじゃないか!』
『だから、やってないっての』
『…なら言うよ。認めないことこそ、なによりの証だ!
先生や親にばれたら、まずいって気持ちがあるからこそ、認めないんだろう!?』
そう言い放ったオルティガを、男子生徒が突き飛ばした。
『…うるせえ。黙ってろよ。
完全無欠のお坊ちゃまが、人間関係だけは能無しだって、いい気味じゃねえか!』
生徒たちがオルティガを残して立ち去り、画面が真っ黒になった。
ピーニャの笑顔がもう一度、冷や汗をかいている社長に向けられる。
「暴力行為と暴言、あとは根拠の開示。証拠揃いましたけど、どうされます?これでもまだ、オルティガがいじめられてないって言うんですか?
あと、まだ映してないですけど、あなたの息子さんがクラスのみんなに、根回ししてたときの動画もありますよ。然るべきところに提示すれば、罰が下るのはあなた方の方だ」
観念したのか、社長の身体の震えが止まった。だか、急に大声を出して笑い始めた。懐からモンスターボールを取り出して放り投げ、丸腰の相手にポケモンを繰り出す。
「ピーニャ君…その笑顔、消しましょう。うちの子のいじめの証拠も、全て!!
カラミンゴ、『つばさでうつ』!!」
スマホロトムを狙った攻撃が、ピーニャ自身にも当たるかと思われた次の瞬間、衝撃が走った。
「マリルリ!『アクアテール』!!』
窓ガラスが割れ、ピーニャとカラミンゴを遠ざけるように、水とともに大きなバイクが突っ込んでくる。そのままマリルリはピーニャを守るように降り立った。
壁に衝突したかと思われたバイクは、エネルギーの放出方向を変えた事により、なんとか衝突を避けられたらしい。傷はできているものの、宙に浮いたままだ。
「その声…オルティガ!?」
駆け寄ったピーニャの上には、ぐったり気味のメロコと、少々怒っているオルティガを抱えたプクリンがいた。
「おい、言った通りに衝突回避モードにしたぞ…」
「メロコが突っ込むって聞かないからだろ!まあ、一番良い手段だったけど…。マリルリ、ピーニャ!お願い!」
メロコの身体がゆっくり降ろされ、力強くマリルリが受け止める。ピーニャもそれを手伝い、彼女をたしなめた。
「二人とも無茶して!怪我したらどうするの!?」
「今回はテメーに言われたかねえな。それより見てみろよ、あいつのこと」
部屋全体を包んだ飛沫が徐々に消え、虹色の光が差し込む。プクリンと手を繋いだままふんわりと降り立ったオルティガの姿は、まるで妖精が舞い降りたかのようだ。シュウメイの直したステッキに両手を組んで乗せ、相手をじとりと眺める。
「お久しぶりです、おじ様。僕の友達に、ポケモンで攻撃を仕掛けたのは何故ですか?」
「…それをあなたが聞きますか。あなたがすべての原因です。オルティガ君がいなければ、こんなことにはならなかったのですよ」
メロコはたまらなく悔しくなって間に入ろうとしたが、ピーニャが腕を引いた。つられてオルティガの表情を見てみると、瞳から光が消えていない。
「へえ…そういうこと言うんだ。ここからは、お行儀悪くいこうか。礼儀を知らない相手に礼儀はいらないからね」
彼の変貌ぶりに、社長は更に大きな声で笑った。
「あはは!ついに、ついにボロを出しましたね!
もみ消し、理不尽はこの世界では当たり前のこと…あなた方をひねり潰せば、何も証拠は残らない。覚悟は…よろしいですね?」
「誰に向かって言ってるわけ?覚悟がいるのはそっちの方でしょ。オレが負けるとか無いし。
おいで、マリルリ。プクリンは、みんなを頼むね。
…オレの仲間に手を出すなら、黙っちゃいない。フェアリータイプのかわいくないとこ、どこまでも体験してもらうよ!!」
その声を革切りにバトルが始まった。
速さで先制を取ろうと、カラミンゴが距離を詰める。
「厄介な相手は動かさなければいい。『エアスラッシュ』!」
飛び上がったカラミンゴは舞踊るかのように、身体を回転させながら衝撃波を放った。
「そんなの当たるはずないよね、マリルリ!!」
その声に答えるように、なめらか且つ軽快な動きですべてを交わしていく。
「すごい…まるで空中を泳いでるみたい…」
ピーニャからの言葉にファンサービスなのか、両手をほっぺに当てたきゅるきゅるのスマイルを返してきた。ハートマークが浮かぶようなかわいらしさに、メロコは思わず反応してしまう。
「か、かわいい…」
はっとして横を見ると、ピーニャとプクリンが目を覆っている。
「何も見てないよ!」
「嘘つけ!!」
彼らのやり取りに便乗して、オルティガは指示を出した。
「なら、もっとメロメロにしてあげる。後ろから『あまえる』!」
マリルリはカラミンゴの背後に近寄ると、まさかのハグをした。驚いたカラミンゴはぱっと離れたが、寂しそうな顔のマリルリに罪悪感を隠せないのか、ちらちらと様子を伺っている。
「あれは攻撃力下がっちゃうね…」
「しかも2段階だからな…」
見ていてほっこりするようなポケモンたちのやり取りに、焦っているのは社長だけだった。攻撃をかわされ、ステータスまで下げられて、後がないのだ。
「くそっ!相手は敵だ!惑わされるな!!」
「残念だったね。魅了こそがフェアリーの真骨頂…。
かわいさ
このままでは本当に負ける。
その恐怖がすぐそこまで迫っている。
ついに大人の矜持を捨てるような言葉を、オルティガに向けて吐き捨てた。
「だったら…必中の技でいたぶればいい。瀕死になるまで…!
カラミンゴ、『ブレイブバード』!!」
その指示にカラミンゴは一瞬うろたえたが、翼に力を溜め、床を蹴り上げて激しい一撃を繰り出した。空中に打ち上げられたマリルリを逃すまいと、更に指示を加える。
「動け!もう一度だ!!」
「やめろ!そんなことしたら…!」
主人に答えるため、カラミンゴはオルティガの声も聞かず、反動でつらいはずの身体を無理に動かした。そして先程にも劣らないような激しい猛攻をけしかける。
「マリルリ!!」
早すぎる攻撃に、マリルリはふっとばされてしまった。カラミンゴは反動に耐えきれず、立つのがやっとだ。そのすきに駆け寄ると、なんと傷だらけなのに持ちこたえてくれている。
「オレのこと、悲しませないようにって…」
マリルリは笑顔でいつものように、オルティガの頭を撫でた。それは、「大好きよ」の合図だ。
「ありがとう…オレも、大好きだよ」
二人で身体を寄せ合って立ち上がる。その姿を恐れたのか、社長は声を荒げた。
「何故…!?何故だ!?2回も食らって、立ち上がれるわけが…」
「どれだけ同じ時間を過ごしてきたと思ってる?オレのかわいいマリルリをこんなにひどい目にあわせたこと、絶対に許さない。カラミンゴだって、つらかったろうに…。もう、全部終わらせてやる」
オルティガの意志がわかるのか、何も言われずともマリルリはカラミンゴへと近づいた。
ステッキを振りかざし、パートナーと心を一つにして、戦いの幕を閉じる一撃を放つ。
「…あざといの、食らえ。キュートな強さに悶絶しろ!!
マリルリ、『じゃれつく』!!」
つぶらな瞳で擦り寄ってくるマリルリにカラミンゴは翻弄されたが、唐突に急所へと打撃をもらい、何が起きたのかもわからずに倒れた。
ピーニャが走って覗き込み、カラミンゴの戦闘不能を確認した。腕で丸印を作ってこちらにサインを送ってくれたので、それを見たオルティガはマリルリに飛びつき、プクリンも続いた。メロコがきのみを取り出して、マリルリに食べさせてくれている。
「アツいバトルだったぜ!お疲れさま」
「オボンのみだ、ありがとう!ゆっくり食べてね、マリルリ…」
喜ぶオルティガたちを横目に、カラミンゴをボールに戻した社長は逃げようとしていた。
「どこへ行くんです?」
ピーニャが引き留めようとしたが、距離がありすぎる。が、ドアを開けた先にいたのはシュウメイだった。
「やや、偶然」
シュウメイは躊躇わず、そのまま歩みを進める。社長は見事に部屋の中へと戻された。そしてモニターからは、ピーニャとのやり取りや、バトルシーンが再生されている。
『その笑顔、消しましょう。うちの子のいじめの証拠も、全て!!』
『もみ消し、理不尽はこの世界では当たり前のこと…あなた方をひねり潰せば、何も証拠は残らない』
『だったら…必中の技でいたぶればいい。瀕死になるまで…!』
ふう、とシュウメイが息をついて腕を組む。
「…これが大人のやることでござるか?」
「うるさい!どうやって入ってきた!?見張りはどこへやった!!」
「それならば我と我のポケモンたちとの力で、全員ご退場いただいたでござるよ。セキュリティーもがばがばだった故、ボス殿の暇つぶしにもならなかったでござる」
本当にこの子供たちだけでやったのかと実感しているのか、社長は固まってしまった。
「オレたちを見くびったから、こういうことになるんだよ。
力の差、思い知った?降参するなら今なんだけど?」
オルティガの笑顔にたじろぎながら、今度はピーニャに目をやり、とんでもないことを口走る。
「その子じゃなくて私の味方をしてくれるなら、いくらでも金を積もう!!赤い髪の子も、そこの忍者…?みたいな子も!
賢いピーニャ君なら、このメリットがわかるだろう!?」
「謹んでお断り申し上げます。
ボクらは望んで、オルティガのそばにいるんです。その気持ちに、値段はつけられませんので」
きっぱりと断られた社長は、へなへなと膝をついた。同時にスマホロトムから、音声つきの通知音が鳴る。
「オルティガ さま から おふりこみ が ありました」
見上げると画面には、かなり高めの振込額が表示されていた。
「窓ガラスは割っちゃったし、部屋も汚しちゃったから、オレのポケットマネーから修繕費代わりのお小遣いあげるね!余ったらお菓子でも買ってよ。
…出血大サービスだけど、このことなら黙っておいてあげる。
でもその代わりに、こういうことは二度としないでね。次にやったら、どうなっちゃうか…ね?」
目線を向けられたピーニャは、にまにましているオルティガのほっぺを軽くつっつく。
「意地悪いこと言わないの。
…でも、あなたの息子さんのいじめの証拠なら、あると言う事だけお伝えしておきます。
さあみんな、帰ろう。遅くなっちゃったけど、ボスが待ってるから!」
「行くぞオラアアアアアアアア!!」
「うわあああああああああ!!!」
割れたガラス窓からバイクが1台飛び降りたが、美しい軌道で滑空し、地面へと着地した。メロコは空飛ぶバイクがお気に入りのようで、余裕のあったサイドカーにはピーニャが乗っている。
「し、死ぬかと思った…」
「こんなに楽しいのに、死んでたまるかってんだ」
そこへブロロロームに乗った、オルティガとシュウメイも合流する。
「ピーニャの大声、結構たくましいんだね!」
「そうでござるな。いい声でござる」
「ネタにしないでよ…」
茜色の空には、紫色の雲が広がり始めている。じわじわと日が落ちてくると、やがて大きな満月が顔を出した。
「もうこんな時間かよ!」
メロコの声に空を見上げると、あれだけ嫌いだった夜がとても美しく思えた。これならば、眠れなくとも怖くない。月の光は冷たく輝き、星々を照らしている。
「お月さま、スポットライトみたい…あっ!!」
「オルティガ殿、どうしたでござるか?」
「ピアノのおけいこ!すっぽかしちゃった!…うう、次のときに倍の時間やることにしよっと」
「ピアノ…なら、解決できるかもよ!」
ノートパソコンをいじり始めたピーニャは、とてもご機嫌だ。
隠れ家の教室に着くと、ろうそくの火が爆ぜるようにボウジロウがお出迎えをしてくれた。お昼寝をしていたのか、いつもよりも目がぱっちりと開いている。ステージの幕を上げるように、ピーニャが全てのカーテンを開けると、なんと月明かりだけで部屋の中が見えるようになった。
メロコが窓辺に駆け寄って、スマホロトムに話しかけている。
「おい、ボス!空見てるか!?」
「えっ、空?ちょっと待って。
……うわ、すご……。今日、めちゃめちゃ星が見えるね。ブラッキー、おいで!お月さまが大きいよ!」
女の子たちが楽しそうにしている間に彼が用意していたのは、キーボードだった。つい嬉しくて声が出てしまう。
「これ、ピーニャの!?」
「音楽なら基本、なんでもやるよ。でも得意なのはギターとか、曲のミックスとかだけど…。
これがあれば、オルティガもここに来たいときに来れるでしょ?」
「粋な計らい…よかったでござるな、オルティガ殿」
シュウメイが座れるようにと椅子を出してくれた。メロコも音色が気になるのか、キーボードをまじまじと眺めている。
「どんな腕前なんだ?聴かせてみろよ」
「チューニングなら、もう済んでるよ」
ピーニャのOKマークに促され、オルティガは椅子に腰掛けながら、鍵盤に両手をかざした。
「…そんなに言うなら、弾いてあげる。
だから、ついてきてよ!」
一番最初に聞こえたリズムは、誰でも聞いたことがあるものだった。
「これ、ポケモンたちが元気になるときの…!」
気づいたピーニャに笑顔を向け、音階とリズムを変えて繰り返し、一つの曲のように奏でた。
一区切りつくとみんなが楽しそうに笑っていて、お気に入りの曲を弾きたくなった。
一音一音丁寧にテンポを下げて、ちょっぴりアレンジを加える。
「このイントロ…うち、知ってる!『アカシア』だ!」
「テレビで流れてるやつじゃねえかよ!」
全員が頷いたのを見て、曲のテンポをもとに戻す。
「ピーニャ!オレのプレイにうずかないの!?」
「えっ?…そういうことね、OK!乗らせてもらうよ!」
エレキギターを取り出したピーニャはアンプにコードを繋げると、ピアノアレンジとは逆に、力強く音をかき鳴らした。
「シュウメイ、メロコ!楽器は揃ったのにボーカルがないよ!」
「う、歌えってのかよ!?」
「歌ってくれなきゃやめるけどー?」
声を出したのはシュウメイの方だった。
「いつか君を見つけたときに
僕も君に見つけてもらったんだな
今…」
「あっ、おい!」
「聞きたいのでござる、オルティガ殿とピーニャ殿のセッションを。ほら、メロコ殿も歌うでござるよ!」
「チッ…ボスも声出せよ!」
「う、うちも!?」
メロコとボスのたどたどしい歌声が楽しそうになってきたのを聴いて、ピーニャとオルティガも声を出した。
月明かりの下、幸せな時間と、みんなの歌声が流れてゆく。
どんな最後が待ってようと、もう話せない。
手を繋いだよ。
隣で、君の側で、魂がここがいいと叫ぶ。
そして理由が光る時、僕らを理由が抱きしめる時、
誰より、特等席で、僕の見た君を君に伝えたい。
アカデミーの外を、女子生徒が一人歩いている。どこからか聞こえる音色に気づくと、モンスターボールからコノヨザルを繰り出し、手を繋いだ。
「すごくすてきな曲がかかってるの。一緒に聴きながら帰ろう!
ほら、星もあんなにきれい!」
楽しそうな二つの影は、曲を口ずさみながら帰路へとついた。
翌朝、隠れ家にやってきたオルティガのまぶたのむくみはしっかり取れていたが、シュウメイが気になったのはそこではなかった。
「お、オルティガ殿、その蝶ネクタイは……」
「…せっかく作ってもらったんだもん。つけなきゃもったいないでしょ」
「似合う……!!似合うでござる…!!
やはりそのデザインでドンピシャ!繊細なラインにリボンチックなモチーフ、それにホワイト!オルティガ殿の靴との相性もばっちりでござるうう………!!」
写真をめちゃくちゃに撮られてうげっとしていると、ピーニャがやってきたので後ろに隠れた。
「ピーニャ、シュウメイがボスみたいになっちゃった…」
「いいんじゃない?オルティガはかわいいんだし」
「オマエまでそう思ってんのかよ!」
ボウジロウが朝なのに寝床から出てこられないので、起こそうとしていたメロコもふと、とあることに気づく。
「テメー…ステッキ、変えたのか?金ピカじゃねえか」
「ゴールドね!金ピカじゃない!
あのステッキは…飾ることにしたの。壊れたら、いやだから」
照れているオルティガの写真をボスが取りまくっている。
「
あっ、まだクマある。早く消えるといいね…」
「んじゃ、消すか」
メロコはコータスを繰り出した。
「ま、まさか…」
「コータス、『あくび』」
ふわあ、と目の前で「あくび」をされ、急にまぶたが重くなる。
「…メ、ロコ…。おぼえて、ろ…」
見事にオルティガの身体を抱きとめ、そのまま寝かせると、メロコもクッションへと突っ伏した。
「まずは…健康になれ、ってんだ…」
夜ふかしをしたせいか、眠気を誘われたのはここにいる全員らしい。
「起きたら…激怒必死にござるな…」
「…なんだか、ボクも眠くなってきたかも…」
「みんな寝るの?じゃ、うちも…おいで、エーフィー…」