星をなぞる日   作:四樹

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セギン:「正しさ」の証明(後編)

スマホロトムが彼に寄り添うように浮遊する。停電が続く部屋の中、二人は会話を続けていた。

 

「……生徒会長のうわさ、SNSで出てた…

…みんな、ひどいこと、いっぱい書いてた…」

 

まるで画面の向こうでうつむいていそうな、悲しそうな声だ。

 

「そんな、キミが悲しむことないよ。生徒会長なのもついさっきまでだったし」

「な、なにが起きたん…?」

「…先生に呼び出されてさ。直々に降りろと言われたよ。

ボクのこと知ってるなら、ボクが作った校則も知ってるでしょ?」

「…うち、ひきこもりだから、あんま知らなくて…

校則は、確かにネットで見かけたけど…悪口ばっかで気分悪いから、あんまり見ないようにしてたんよ。待って、今、調べる…」

 

声が途切れた。ピーニャはその間、床に座り込んだ自分の身体がおかしいほどに重たいと感じていた。冷えてはいないがただ、重い。内蔵が誰かに引っ張られているような、或いは全身に鎖を何重にも巻かれているような感覚だ。膝を抱える腕にまでそれはのしかかり、前を向くことも叶わず、ついに頭(こうべ)を垂れるように、彼は膝に顔を埋めた。

 

 

どうせ嫌われる。

どうせ嫌がられる。

誰一人、本当の気持ちに…

込めた思いに、気づかないんだから。

 

 

心の中の、姿さえ見えない自分が叫んでいる。

その感情や気持ちだけが彼を掴んで離さない。

 

「…なんでだよ…そんなこと……望んでない、くせに…」

 

そう言い返すように口を動かしたつもりだったが、声は出なかった。それを言い切る気力すらも見つからないのだ。

「あ、見つけた。なになに…」

スマホロトムから声が返ってきたが、彼はうずくまったままだった。

「…うわ、エグ…『えりあしの長さは3cmまで』?こ、こまか…

他のもめっちゃ細かい…しかもたくさんある…ええ…」

 

「…そんなの、ない方がいいって思うでしょ?」

 

そう聞きながらゆっくりと瞳を閉じる。息を呑み、唇を噛み締め、まるで嫌われる準備をするかのように。

 

「ごめん、うち、言い方キツくて…あっ、でも、これ。

『生徒同士でポケモンバトルをするときには必ず自分が所属するクラスの担任•もしくは学年主任に双方合意の上、届け出を出してから行う事』ってやつ。

この校則は、すごくいいと思う。…うちが通ってる頃にも…あったらよかったのに…」

 

ピーニャの両目が開かれた。そんな答えが帰ってくると思っていなかったのだ。

心臓が息を吹き返したようにうるさくなり始めた。

希望と恐怖が入り交じった感情が、滝のようになだれ込んでくるのを必死にせき止める。

きっと聞いてはいけない。でも本当は聞きたい。

そう感じてしまった心は止められない。

気づけば言葉が口をついて、出ていってしまった。

 

「…ど、どうしてそう思うの?」

 

少しの沈黙をはさんだ後、画面の向こうの「彼女」は答えた。

 

「……前に、課題だからって、バトルに誘われて…

怖くて断れなくて、うちのこ、ひどい目にあった……から……

あなたの校則があれば、そんな風にならずにすんだかなって…」

 

悲しさと悔しさ、怒りが入り交じる声が、頭の中に優しく響きわたる。

この言葉は、彼が何よりも望んだ言葉だったのだ。

まばゆい一筋の光が胸を貫く。そのあたたかさと眩しさに、涙が出そうになる。

 

「…ありがとう……そう思ってくれて…」

「な、なんでお礼!?」

 

「…知ってたんだ、アカデミーにいじめがあること…

でもボクは、それを見て見ぬふりしかしてこなかった…

生徒会長に選ばれたとき、ボクは浮かれてた。ボクにしかできないやり方で、償うチャンスが来たんだって」

 

 

 

 

1ヶ月ほど前、クラスの生徒たちからの推薦があり、ピーニャは生徒会長となった。前任の生徒会長が突然学校をやめてしまったので、穴を埋めるような形ではあったが反発する生徒はいなかった。

当時の彼はやる気と活力に満ち溢れていた。目立つような存在ではない自分が選ばれたことに意味があると感じたのだ。常に手元にノートを携えては、自分のすべきことを探して書き記した。

朝の校内の見回りも自主的に始めたものだった。先生たちには感謝され、まれにいじめの痕跡らしきものを見つけることもできた。それらの記録を書き溜めたノートから作られたものが、『校則』だった。

もう見てみぬふりなどしたくない。見えないところで誰かがいじめられないように、誰もが笑ってアカデミーで過ごせるようにと願いをこめて言葉を繋いだ。

夜通しかけて作られた彼の校則は無事に受理された。それが校内中に周知された数日後、事件は起きた。

 

「…はいるな?」

 

立ち尽くすピーニャの眼前には、教室に続く扉に大きく書かれた文字があった。真っ黒なペンキで乱雑に書かれた、誰が書いたのかもわからないような暴力的な言葉に、彼は恐怖を覚えていた。

クラスメイトも集まり始め、あたりが話し声でひしめき合う。中にはその光景を動画に取ったり、写真に収める生徒もいた。

これをどうにか消さなければと思い、雑巾を取りに行こうと扉に背を向けたとき、騒ぎに気づいた先生が近づいてきた。

「ちょっと、これ…一体何が起きているの?誰がやったの!!

全員静かになさい!知っている人は手を上げて!!」

その一声であたりは静まった。その中、一人の男子生徒がゆっくりと手を上げた。

 

「…生徒会長が書いてました。

俺達校則守ってないから、教室に入るなって」

 

小さな悲鳴が上がったのを革切りに、辺りはまたざわめきに包まれる。一瞬にして、ここにいる全員の目線がピーニャに注がれた。

 

「確かに厳しい校則だとは思ってたけど、ここまでする…?」

「クラスに恨みでもあんのかな…」

「校則変えたくらいだから、アカデミー自体が嫌いなんじゃない?」

「だからあんなに細かいんでしょ。それしか考えられないよ」

 

背筋が冷気に包まれるように凍りはじめている。

誰かを守るために、アカデミーをより良くするために考えた決まり事は守られるどころか、疎まれていた。彼はその事実に絶望するしかなかったのだ。

「静かに!静かにして!

…ピーニャくん、本当なの…?」

戸惑った先生と目があったその時、周りから注がれ続ける視線には気持ち悪いほどの悪意が込められていることに気がついた。

それを感じてしまっては、うまく喋れるはずもなかった。喉の奥にまで到達した冷たさで震えてしまう。

 

「…違います…ボクはこんなことしてません…

校則だって…みんなを、守るために…」

 

「一人だけ、逃げようとしてるくせに」

意地の悪い独り言のような言葉があらわにしたのは、ただ一人扉の方を向いていない生徒会長の姿だった。

「…違…っ、これは…」

反論をしようと、いくつもの言葉を頭の中に浮かべたが声を出すことは叶わなかった。周囲から放たれた心ない噂声が、彼の頭を蝕んだからだ。

 

「俺らに出ていってほしかったとか?」

 

…違う。

 

「そんなこと考えてたんだ、怖…」

 

違う。

 

「みんなを守るとか、あの校則で?無理だよ。

守れもしない決まりごとなんて、もはや嫌がらせでしょ」

 

違う!!

 

気づけば「違う」という文字ばかりが思考にこびりついていく。

そのまま意識が立ち行かなくなってしまった彼は、周囲に促され、一人で「はいるな」の文字を消し始めた。

他のクラスメイトがみんな授業を受ける中、雑巾で扉を擦る。

 

これは罰だ。

いじめられている子を見捨て続けた、自分への。

 

罰ならば受けなければならない。

咎められようが拒まれようが当然なのだから。

なのになぜ、こんなにも苦しいのだろう。

 

「…………ボクは、なんのために…」

 

力がうまく入ってくれない腕を痛くなるまで動かしては、懸命に文字を消し続けた。日常が音を立てて、崩れ始めた瞬間だったのである。

 

 

 

 

慌てたような声で、「彼女」はピーニャに問いかける。

「…つ、償うってどういうこと?『えりあしの長さは3cmまで』っていうんは…」

「…髪を、引っ張られている子を見たから…それを防げるかと思って…」

「『自分より背の低い生徒と会話する際は必ず着席し、できる限り互いの目線を揃えること』は…?」

「…身長が低いってだけで、馬鹿にされてしまっていた子がいたから…」

「じゃあ、これは…?『履物にはつま先とかかとの2ヶ所に、目立つように名前を書く』」

「…ゴミ箱に、靴が捨てられているのを見つけて…派手にしておけば、捨てられることはないんじゃないかって…」

「すごい…ぜんぶ人を、誰かを守るための…」

 

質問に答えるたびに、彼はあれだけ重たかった身体が軽くなるのを感じていた。自分をがんじがらめにしている「何か」が一つずつ解けていく。首ももう苦しくない。だが、胸の中に引っかかるがものが一つある。

 

「キミも、いじめられているんだよね?」

 

スマホロトムを見つめながら聞いてみると、困り声が返ってきた。

「やっぱり…バレてた…」

「キミのストラップなんだけど、紐が不自然なくらいにきれいに切れていた上に、人の出入りが少ない教室に隠されてた。それでもしかしたら、って思ったんだよ」

「どうやって見つけたん、そんなの…」

「朝礼前に、教室を見回って備品の点検とかしてたんだ。

みんなから望まれてはないにせよ生徒会長だったから、少しでも学校生活が快適になればと思って…」

「うわ、真面目…ともかく、ストラップのことは、本当にありがとう。うちのポケモン、みんなイーブイの進化系なんだけど…

その子達が進化する前に、一緒に作った大切なものだったから…

みんなからちょっとずつふわふわの毛を分けてもらって作った、本当に大切な……」

 

泣きそうな声が涙のようにスマホロトムからこぼれるたび、悔しさや後悔が内蔵をひっかき回していく。抑えきれない衝動に彼は立ち上がり、まっすぐに頭を下げた。

「ごめん!!見てみぬふりを続けなければ、どこかでキミを助けられたかもしれないのに…許されるだなんて思ってないけど、ボクにできることがあるならなんだってするよ」

「わっ、わっ、待って!謝られるようなことなんて、ひとつも…というか…

一人でいじめの責任を負うとか、違う気がするけど…?」

「え?」

思いもかけない「彼女」の言葉に、ピーニャは驚いた。自分の概念にまで揺さぶりをかけられたからだ。

 

「見てみぬふりをしてる人なんて、他にも大勢いるし…

その中で戦ってくれる人なんて、なかなかいないと思う。

確かに、校則は煙たがられちゃったけど…さっき教えてもらったから。ぜんぶいじめをなくすために、作られたものだって」

 

彼には理解できなかった。何故顔も知らない人が、「自分」をわかってくれるのか。何故望んでいた言葉をくれるのか。

ぬくもりを求めてはいけないと思っていたのに、こうも突然に与えられてしまっては、気持ちに歯止めが効かなくなってしまう。

 

「そう…思って、いいのかな…」

「えらそうかもだけど…少なくともうちは、いいと思う。

それに、お礼もしたいし。ありがとうって、もっと伝えたい」

 

悪夢が覚めていくように、やわらかな感情が彼を包んでいった。「傍観者は加害者側だ」と感じたときから、自分を許せないでいた。そのくせにいじめられる側になって、「苦しみたくない」とのたまう自分が嫌いだった。

頭の中のもう一人の「自分」が泣いている。許されたいと、楽になりたいと叫んでいる。

 

「大丈夫。すぐには難しいけど、一緒に許していこう」

 

小さな声で言い聞かせるようにつぶやいた。

心からの気持ちや思いが、彼の願いを言葉に変えていく。

 

「…お礼をもらえるなら、あだ名がほしい」

「あだ名!?」

「そう。ボク、今までにそういうの一つもなくて」

「えっ、そ…そんな…うちが、つけていいん?」

「うん。キミがいい」

「え、えと…うんと、どうしよ…うちも、あだ名考えたことなんて…」

「彼女」が早口になるくらいそわそわとしているのが伝わってきて、なんだか笑顔になってしまう。嬉しいのに困っている様子が安易に想像できてしまうので、こちらもこそばゆい気分だ。

「………………ピ、『ピーちゃん』……とか………」

単純明快で可愛らしすぎるネーミングセンスに、思わず息を吹き出してしまった。

「ふふっ、あははははっ!!」

「え!?だめ!?ごめん!?」

「ふふふふっ…ううん、いいよ。すごくいい!」

「ほんとにそう思っとるん!?」

「本当だよ、ありがとう。ふふ、ふふふっ…」

少しずつ笑いの波が収まってきたころ、彼は顔つきを変えて「彼女」に声をかけた。

「…できれば、キミの名前も知りたい。どんないじめを受けてきたのかも、よかったらだけど聞いてみたいな」

ピーニャは「彼女」がどんないじめを受けていても、助けたいという覚悟のもと質問をした。向こうもそれを察したのか、ぽつりぽつりと話し始める。

「…うちの名前は…教えられない…いじめのことも、詳しくは言えないけど、掃除とか、宿題やらされてた。『うちにしかできないこと』だって言われて…」

「その気持ち、わかるよ。ボクも生徒会長になった後、色々な雑務があって…ボクは選ばれたんじゃなくて、押し付けられただけなんだって。それなのに校則に手を出したから、あんなふうに…

だからこそ、助け合っていければと思ったんだけど…」

 

「だめ!!」

 

つんざくような叫び声に、身体が一瞬たじろぐ。

 

「うちと繋がってることが、他の誰かに知れ渡ったら…どんなひどい目に合わされるか…

ピーちゃんのこと、巻き込みたくない…巻き込めない…!!

…さっき、無理やりバトルさせられたこと、話したと思う…

今度はポケモンじゃなくて、ピーちゃんに直接攻撃を仕掛けてくるかも…」

かなり動揺をしている様子が痛みとなって襲ってくる。「彼女」も自分と同じなのだ。周囲の悪意に閉じ込められて、身動きが取れなくなってしまっている。それを助けないという選択肢はもはやなかった。

「それ、キミが悪いわけじゃないんじゃない?怖がらせてきたのは向こうでしょ?」

「…でも、悪い予感はしてたから…逃げればよかったって…

うちが間違えたから、ニンフィアはあんな目に…」

「考える力を奪う時点で、どうかとボクは思うよ。間違えるとかじゃなくて、そうするしかなかったんじゃないかな」

「…でも、でもでも…そもそも相手二人いたし、感付ければよかったって…」

「待って。…『二人』って?」

「あ…あの……最初は一対一だと、思ってたんだけど…

あとから急に二体一になっちゃって…そのままバトルを、止めてもらえなくて…」

 

身体を裂くほどの熱が走る。

殻を破るように現れたのは「怒り」だ。

「彼女」を萎縮させないよう、言動や態度に出ないように、奥歯を食いしばってこらえる。

 

「そんなの、どう考えたって相手が悪いよ。キミは悪くない」

「…違う…うちが判断できなかったから…」

「それは脅されたからだよ。いじめっ子が二人もいたら、怖くないはずないでしょ?」

「……そうかもだけど、でも…うちに勇気が、もっとあれば…

嫌なことを嫌だって、ちゃんと言えてたら……」

 

まるで自分から暗闇に隠れるように狼狽える姿が、つい先程までの自分と重なってゆく。

こうなれば多少強引であろうとも、気持ちをぶつけるしかない。

 

「…これからボクの言うことを、どうか受け止めてほしい。

ありったけの力で、シャウトするから」

 

肩にヘッドホンがかかっているかのように、右手で耳を覆う。

そのとき、ライヴステージにライトの光がほとばしるかの如く、部屋の中の電灯が次々につき始めた。

「彼女」に気持ちが伝わるように、左手をスマホロトムに向ける。

 

「多勢に無勢 一目瞭然

はたから見てりゃ 至極当然

相手する価値なし 暇もなし

食らえ BarkOut!全員即座にチルアウト!!」

 

「何!?急に…ラップ!?」

「ボク、実はラップとか音楽が好きで。ライムのファンなんだ」

「普通にすごいし!韻ふめてるし!」

「人前で即興やったのは初めてなんだけど、よかった。

…じゃなくてさ。これでも、だめかな」

「な、なにが…?」

「キミは悪くないよ、何一つだって。ボクはそう思ってる」

 

肩で息をする彼を見て、「彼女」は感じ取る。

これは彼の本心。「魂の叫び」なのだと。

「ありがとう…ピーちゃん…」

安堵したピーニャは、ようやく停電が治っていることに気がついた。改めて部屋を見てみると、椅子や机がいくつかと、画面がチカチカしているパソコンが1台置いてある。棚もあるが荷物はなく、ほぼもぬけの殻の状態だ。

それを見て彼はひらめいた。

 

「ねえ、この部屋って、今はあんまり使われてないっぽいよね。ボクも初めて入ったし」

「え?…あ、その部屋…まだ学校行ってたときの、うちの隠れ家。誰も来ないから、使っちゃってた」

「なるほど…ねえ、一つお願いしたいことがあるんだけど、いいかな。明日の朝、もう一度今日みたいに電話をかけてきてほしいんだ。ボクがここに来れば、人の目を気にしなくていいし」

「その部屋は、好きに使ってくれて大丈夫だけど…じゃあ、今度は強制的につなぐんじゃなくてちゃんとかけるから、出られるときに出て」

「ありがとう、助かるよ。こんな時間だからそろそろ寮に戻らないとね。じゃあ、また明日!」

「ま、また明日…」

 

会話が終了すると、いつものスマホロトムの画面に戻った。

それをポケットに入れると、彼は部屋の電気を消し、その足で寮ではなく、テーブルシティに赴くのだった。

 

 

 

 

「ピ、ピーちゃん!?そのかっこ…どうしたん!?」

翌朝、彼は風貌をがらりと変えていた。頭にはキャップ、首にはヘッドホン、左手にはノートパソコン。そしていつの間にか「彼女」の隠れ家は、楽器や機材だらけになっている。

「いいっしょ、これ。周りの声が気になったら、ヘッドホンつけちゃえば聞こえないし」

「その喋り方も何!?」

「どちらかというと、こういうのがボクよりなんだよね。

…いじめられて、自分らしさとかわからなくなってたけど、昨日キミが助けてくれて、久しぶりにシャウトできた。だから思い出せたってわけ」

「…確かに、なんかピーちゃんというか、ラッパーぽい。すごくいい。ヘッドホン、似合ってる」

二人はくすくすと笑った。ピーニャは手元のノートパソコンを閉じると、真剣な面持ちでスマホロトムと向き合った。

 

「昨日、キミに助けられて、わかったことがある。

いじめって、人の心を削って奪ってしまう。それこそボクみたいに、自分を見失ってしまうほどに。やつらの前だとあったことはなかったことに、なかったことはあったことにされる。『悪意』を持って接してくるから、会話すら成り立たない」

「それは…うちもそう思う。どうしても、変なふうに受け取られちゃうし…」

「そういうやつらは、ボクらが何を言っても変わらない。その上に、自分こそが正しいと思いこんでる。だからボクはやつらの『対極』になろうと思うんだ」

「『対極』?」

「そう。そうすると存在感が際立つからね。光が強いほど、影が大きくなるのと同じだよ」

「でも、『対極』になるって、どうやって…?」

「そこで、キミの力を借りたい」

「う、うち!?」

「そう。ハッキング、かなり得意そうだなと思って。ちなみに、昨日はどうやってボクが取り囲まれてるってわかったの?」

「あ、え、えと…気分が悪くなったらもうしわけないけど…

ピーちゃんにお礼が言いたかったから、まず位置特定をして…

一番近くの監視カメラの動画を見てたら気づいた…」

「ボクのこといじめてたやつらのスマホロトムも、ハッキングしてたよね?」

「…生徒会長がいじめられてるってSNSに書いてあったから、ピーちゃんのクラス全員ハッキング済み…」

「と、とんでもないね…」

「ご、ごめん…」

あまりの規模の大きさに唖然としつつ、ピーニャは話を続ける。

「きっと、まだ出会えてないだけで、アカデミーの中にはまだいじめられてる子がいるはずなんだ。そういう子をもう放っておきたくない。でも下手を打つと、いじめが悪化しかねない。

作戦はボクが考える。だから、ボクといっしょにいじめられている子を助けてほしい。

もちろん、キミも学校に無理に来ることはない。キミにひどいことをされるリスクが高まるからね」

「で、でも、そしたら…表立っちゃうのがピーちゃんになっちゃう。いじめっ子にもっと目をつけられちゃうかも…」

「それでいいんだよ。『対極』になりたいからね。いつかいじめっ子全員に、堂々と『嫌なことは嫌』だと言える環境を作りたいんだ。

それに、ボクはもう一人じゃない。キミと出会えたんだから」

「うう…そんなん言われたら、断りにく…」

これは画面の向こうで頭を抱えているな、と感じた彼はしめしめと笑いながら、一言「王手」を指した。

 

 

「わるだくみ、付き合ってよ」

 

 

ついに観念したのか、大きなため息が聞こえてくる。

「……わかった!わかったから、無茶はしないって約束して!」

「ありがとう、約束する。んじゃ、今日からよろしくね、ボス!」

「は!?ボス!?」

「うん、キミのあだ名も無いと困るから」

「なんで…なんでボス?」

「…あいつらは、自分たちのことを『正義』だと呼んだ。

だから対極になるなら、やつらにとっての『悪』になってやろうと思ってさ。その道のトップって、『ボス』って呼ばれることが多いっしょ?だから、ボス。

まあボクの場合、キミに『忠誠を誓う』っていうニュアンスが大きいんだけどね」

「い、意味わからん…」

 

意味は伝わらなくていい、と彼は感じていた。

「彼女」に助けてもらったことが、自分を取り戻せたことが、どれだけ嬉しくて幸せなことだったか、知っているのは自分だけ。

心の中にこびりついた「違う」という文字ですら、リリックに変えてしまえそうなほどの喜びは一生忘れない。

だから自分だけが「悪」でいい。誰かがそれを「正義」だと呼んでくれたとき、「彼女」が一番に輝けるように。

 

 

「もしかして見た目変えたのって、『悪』っぽくするため?」

「そう!だから色々つけてみた。キャップは昨日買ってきたんだ」

「真面目か!」

「あと今、授業さぼってる」

「真面目だな!!」

 

 

 

 

 

 

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