星をなぞる日   作:四樹

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※いつもよりも過激な表現(暴力)が多い話となっております。
危ないと感じましたら読まずにお戻りいただきますようお願いいたします。


シェダル:炎の矜持(前編)

雨の中、ゴミ捨て場に女生徒が一人佇んでいる。

彼女の目の前にはカルボウが倒れていた。炎のゆらめきが消えそうなのを見て、それが雨で濡れてしまわぬようにと傘を傾けた。ポケットに手を突っ込み、ボールを投げてポケモンを繰り出す。

たちまち辺りは湯気と煙に包まれたが、空は晴れていった。雨がすぐに降り止んだので傘を閉じ、カルボウを抱き上げる。煙のすき間からこちらを伺うコータスに声をかけた。

「手伝ってくれ」

足元に転がっている壊れたモンスターボールをゴミ袋に入れ、彼女たちはその場から離れた。

 

 

建物裏の影で身を寄せ合う三人。カルボウをできるだけ温めようと、コータスが膝の近くにきてくれている。甲羅の中の燃える石炭が、きらきらと輝いてあたりをぼんやりと照らした。女生徒は懐からオボンのみをふたつ取り出し、そのうちのひとつをコータスの口元に持っていく。すると匂いでわかるのか、くんくんと鼻を鳴らして目を開けずともきのみを見つけると、ご満悦そうな顔でもぐもぐと食べ始めた。

膝の上のカルボウの炎が一瞬弾けたが、すぐに小さな火に戻ってしまった。きっと気を失いながら雨に打たれていたのだろう。その上、身体にはところどころ傷が見受けられる。人為的なものではないとは思いたいが、壊れたモンスターボールと何かが関係あるような気がしてやまない。

嫌な予感が彼女の胸を曇らせる。だがそれを阻止するように、柔らかいものを食べているような咀嚼音が聞こえてきた。なんと、コータスがきのみを食べ終わったことに気づかず、目の前に靡く彼女の長い髪を、はむはむとくわえてしまっていたのだ。

「あっ!食うな!ばっちいんだぞ、これ!」

片手でなんとかコータスをたしなめながら、くわえていた髪を軽く引っ張って取り上げる。声の大きさに驚いたのか、カルボウがうっすらと目を開けた。

「お、起きたのか…?」

火の大きさが先ほどと変わらない。眼差しがまだまだ苦しそうだが、今は体力回復が最優先だ。楽に食べられるようにきのみを口元に持っていき、祈りながら話しかける。

「ほら、少しでいいから食え。そうしたら、体が良くなるから」

言葉が伝わっているのか、かりかりときのみをかじる小さな音が聞こえてくる。

「そう、そうだ。ゆっくり…」

コータスも助太刀をするように、自らの石炭からあたたかな火の粉を舞踊らせた。カルボウの炎もそれにつられて燃え上がり、大きさを変えてゆく。そっと背中を支えてやると、ゆっくりとではあるがようやく一人で座れるようになった。両手にきのみを抱えてぱくぱくと食べ進めているので、彼女はそれを見ながら安心しつつも、通常時の個体よりも若干炎が小さいことに気づいていた。カルボウ自身がだいぶ活力を取り戻してはいるが、まだ油断はできないようだ。彼女はコータスと顔を見合わせると、カルボウを膝から下ろす。しかしまだ恩人のぬくもりが恋しいのか、食べかけのきのみを置いてまで膝によじ登ろうとしている。寂しそうな目つきでこちらを見つめる様子に、つい本音がこぼれてしまう。

「かわいい…」

その直後、彼女は表情を変え、ぶんぶんと首を降った。

「ち、ちげえし。なんでもない」

コータスだけが嬉しそうな顔をしている。仕方がないのでカルボウを抱っこし、倉庫を目指して歩き始めた。

 

 

体育倉庫の近くに、大分寂れた小さな物置がある。近くにあったホースから水を出し、汚れを洗い落としていく。外側が終わったら内側も同様にすすぎ、落ちていた布切れを洗い雑巾代わりにして拭き上げる。コータスとカルボウが物置をのぞき込んでいるが、乾きが早くなるため二人にはしばらくそこにいてもらうことにした。

その間に資材置き場に移動し、汚れていないダンボールをいくつか見繕う。カッターで切り分けながら乾き上がった物置の床に敷き詰め、扉が動くことを確認したら、簡易的ではあるがカルボウの寝床の出来上がりだ。

「これなら雨風もしのげるだろ。……おい」

彼女はしゃがんで、ちょうどきのみを食べ終えたカルボウに声をかけた。

「今日からここで暮らすんだ。ここにいれば雨に打たれなくて済む。またきのみを持ってくるから、待っててくれ」

コータスをボールに戻し、そこから立ち去ろうと背を向けて歩き出す。少ししてから、後ろからパタパタと足音がついてきていることに気がつく。

 

「来るんじゃねぇ!!!」

 

彼女は振り返らずに声を荒げた。カルボウは驚いた様子で歩みを止める。

「ついてきたら、オレはもう二度とここには来ねぇ。いいな」

沈黙がしばらく続いたが、先に折れたのはカルボウの方だった。彼女の言うことを聞いて、名残惜しそうに一人で物置に戻っていく。

「……いいんだ、これで」

満足しているような、でもどこか寂しそうな声が、夕暮れ時の風に飛ばされていった。

 

 

ばしゃり、と頭から水をかけられる。

女子トイレの個室の中、彼女はうつむいていた。殴打されながら無理矢理に押し込められてしまったのだ。

「頭冷やしてから来てね。ほんっとうに、ムカつく…」

黄色い笑い声を撒き散らしながら、数人の女生徒が個室を取り囲むように立っている。

「トイレの水だから臭そうだよね。戻ってこられるのかな」

「無理無理!臭い時点で帰るでしょ!」

時刻はまだ3限目前だ。授業そろそろ始まろうとしているが、制服が水浸しになってしまったので乾くまでは移動できない。

「じゃあそこで、一人でいるしかないよね。メロコちゃん」

吐き捨てられた言葉が、呪いのように彼女に巻き付いていく。足音が少しずつ遠ざかっていくのを聞きながら、喉を締め付けてくる苦しさに身をかがめ、自分自身を抱きしめては目を閉じる。

 

 

まるで、深い深い海に急に放り出されて、重りをつけられ、暗闇の底へと沈んでいくことしかできなくなったような感覚だ。塩水が染みているのか、先ほど殴られた左肩やお腹ががぴりぴりと痛む。

「これだから、水は苦手なんだ…」

言葉さえもあぶくに閉じ込められて聞こえない。酸素が取られて、じき呼吸ができなくなりそうな恐怖が芽生え始めてきた。こういうときには決まって、彼女は記憶をまさぐる。心の奥の宝箱に、大切にしまったあたたかい思い出を辿るために。

 

 

幼い頃の自分が泣いている。生まれて初めて、赤い髪を馬鹿にされた日のことだ。当時のメロコには悲しみの手放し方などわからなかった。できることといえば、涙を流すことだけだ。

ひとりぼっちの部屋の中、気がつくと近くにいてくれたはずのコータスがいなくなっている。まぶたを拭ったばかりなのに、また涙が滲んできてしまう。

「コータス…どこ…?」

辺りを見回すが、おもちゃだらけで何も見当たらない。すると後ろの方から、何かが倒れる音がした。

びっくりして振り返ると、赤くて四角いものが棚からはみ出ている。口にくわえて引っ張ろうとしていたので、メロコは慌てて駆け寄った。

「たべちゃ、だめだよ…!」

コータスはメロコが来てくれたことが嬉しかったのか、そっと足に擦り寄った。頭をなでてあげようと目線を下げると、そこには絵本があった。まるで燃える火のような、赤を基調とした表紙の絵本だ。コータスは自分にこれを見てほしかったのかと思い、二人でそれを読むことにした。

 

パルデア王国が滅ぶ前、「炎の騎士」と呼ばれた英雄がいたという。誇り高いその騎士は、「火の戦士」なるポケモンを連れて様々な人を助けていた。言葉の意味がすべてわかるわけではなかったが、メロコは気になった文章を声に出してみた。

 

「いたみを しるならば けんを おさめよ

ねたみにて うまれゆく あらそいに なんの いみがあろう

にくしみは なにも かいけつ しては くれまいぞ…」

 

中盤のワンシーン。炎の騎士が、彼の活躍や栄光に嫉妬をしているものたちに罠にはめられ、卑怯な攻撃をされたときのセリフだ。彼は傷だらけなのに、やり返そうとはしていない。自分を傷つけた相手を諭そうとする騎士が、幼いメロコにはとても誇り高く映った。

また、劇中は騎士が戦うシーンがとても少ない。物語終盤、仕えている姫君が襲われたときだけに彼は怒りながら、相棒のポケモンと共に炎と剣を奮った。

 

「わが いかりよ ひだねとなりて ともへ ちからを わけあたえよ

このみ はいと なろうとも ひめの かなしみ はらすまで

もえる ことなど たやすいことよ…」

 

人々の争いが描かれた後、絵本の中の騎士は安らかに眠っていた。そばにいた「火の戦士」が、その亡骸に花束を手向け、物語は幕を閉じた。赤い炎のエンブレムが、本の背表紙に刻まれている。

「…わたし、こんなふうになりたいな。

このひとみたいに、かっこよく、つよくなりたい。

……ちがう、なる。ぜったいなる。だから、みててね!」

コータスに約束したあの日から、二人はいつも一緒だ。

つらい日は本を読み返して、心の中に誓いを立てた。

 

意味のない争いはしない。

戦うのなら、誰かのために。

 

 

その思い出だけが、彼女を水底から波打ち際へと引きずりあげてくれる。

ぶはっと息を吐きだして、まぶたをゆっくり開けた。そのときまつげに前髪がかすり、つい目線がそちらへつられた。蔑まれ、乱暴をされるきっかけとなったものだ。

小さいころは自分の髪の色がとてもお気に入りだったが、今はどう感じているのかすらわからない。いつしか容姿までも否定され始め、それを隠すように髪を伸ばし続けた。

言動に現れる針のような言葉遣いは、まるで自分を守るための棘だ。この姿は、あの騎士とはあまりにもかけ離れすぎている。

「燃えてすら、いねえのか…」

メロコはうなだれたまま個室を出て、投げ捨てられた鞄の中身を拾い集めていく。タオルを首元にかけると、ふらふらとしたその足で体育倉庫へ向かった。

 

 

外の日差しはきらきらと輝いており、そのおかげで制服が乾いてきている。タオルを鞄の中にしまい、ふと前方を見ると物置の扉が開いていた。耳を立てると、何かと何かがぶつかるような音がどこからか聞こえてくる。

音に導かれ、体育倉庫の裏へ向かうと、なんと昨日助けたカルボウが技の練習をしていた。石でできた足場へと炎を放っている。あれは『ひのこ』だろうか。

それにしてはあまりにも命中率が低すぎる。まっすぐに炎を打ち出せていない上、軌道がすぐに下がってしまう。カルボウは両腕を高く掲げ、『ひのこ』を放とうと必死になって火をかき集めているが、うまくまとまらない。いや、これは量が足りないのだ。

よく眺めると昨日と同じで、頭上の炎が他の個体よりも一周りほど小さい。それの影響なのだろうか。

それでもカルボウは何度も『ひのこ』を放った。まるで自分自身を焚き付けるかのように。その姿はメロコに、おとぎ話の「火の戦士」を思い出させた。

 

「炎の騎士」という言葉が生まれたのは、彼の隣に「火の戦士」がいたからだ。騎士を支えるため、誰よりも強くあろうと鍛錬をし続けるシーンが劇中にある。その鍛錬の甲斐あって、戦士は相棒の剣に炎をまとわせるという偉業を成した。煌々と輝く炎の剣を振りかざし戦う姿から、騎士には異名がついたのだ。

 

メロコは、久しぶりに胸が熱くなっていくのを感じていた。

なんとかして、カルボウの力になってやりたいと願う気持ちが溢れてやまない。身体のほうが先に動き出して、気づいたらボールを投げていた。

 

「手本見せてやれ!コータス、『かえんぐるま』!!」

 

ボールから繰り出されたコータスの、いつもののんびり顔が精悍な顔立ちに変わる。宙に浮いたままターゲットの石の足場を確認すると、甲羅に頭と足を引っ込め、スピンをかけて高速回転した。溢れ出る煙はやがて炎となり、甲羅ごとの激しい一撃を見舞う。

大きな衝撃音の後、コータスは足を広げてふわっと着地した。ひょっこりと首を傾け、優しげないつもの表情でカルボウを見つめている。

突然の出来事にカルボウは驚き、メロコとコータスをかわりばんこに見つめた。そして嬉しそうに、小さな炎をぽっぽと吹かせて目を輝かせた。

そんなカルボウの頭をそっとなでるメロコ。穏やかな瞳で、小さな「火の戦士」に語りかける。

「カルボウ、オレはお前に火をもらったよ。だから力になりてえんだ。

…一緒に、強くなってくれねえか」

その言葉に答えるように、燃えるような声を出しながらぴょんぴょんと飛び跳ねる。両腕をぶんぶんと振る姿は、喜びを伝えてくれているようだ。

メロコはそのカルボウに『ボウジロウ』と名前をつけ、毎日会いに行っては特訓するようになった。遊んだり、きのみを食べたり、共に過ごす時間はとても幸せだった。

 

 

 

 

だからこそ、ゲットはしなくていい。

あれから三ヶ月経っても、ボウジロウの炎は小さいまま。

一緒にいたら、いじめに巻き込まれて水をかけられてしまうかもしれない。そうなれば、炎が今よりも小さくなってしまう可能性だって0ではない。ボウジロウが傷ついてしまうと思うと、メロコは気が気でならないのだった。

だから耐え続けた。どんな痛みだって、自分だけが引き受けるのなら構わない。生まれついたものを否定されることには、慣れきってしまった。

登校中に捉えられ、目立たないようにと路地裏に引きずり込まれるのはよくあることだ。ただ何故か、いつもよりもいじめっ子達が苛立っている。

「あんた…よくも私に恥をかかせて…」

なんの事だか分からないので黙りこくるしかなかったのだが、その態度が相手をヒートアップさせてしまった。それを見て、メロコの腕を掴んでいる女生徒が耳元で囁いた。

「今日のこの子、ヤバイよ。憧れの先輩に、アンタを理由にふられたあとだから」

言葉尻に嫌な含み笑いが潜んでいる。理由を言われたとて、何かを発する気にはなれなかった。

「なんとか言えよ!!なんで黙ってる!?

私よりお前のほうが可愛いとか、ありえないんだよ!!

それで私がふられるとか、あっていいはずねぇだろうが!!」

激しい音が耳を裂く。左頬が熱くて痛い。この感覚は知っている。

叩かれた。しかも、見えるところを。今まではいじめを隠すために、服で隠れるところばかりを殴られていたのに。

目線を相手へと向けると、もう一度叩くつもりなのか、右手を振り上げている。

「泣いて詫びろ!!すいませんでしたって!!ほら、早く泣けよ!!」

 

メロコは目を閉じた。

 

今日から、鏡も見られないな。

でも、いいんじゃないだろうか。だってずっと、嫌いだった。自分自身の何もかもが。

コータスに謝りたい。また心配をかけてしまうから。

 

そんなことを考えながら、覚悟をして唇を噛み締めた。

だが、叩かれる感覚は走らなかった。

 

「………あんた…なに…」

「なにって、言われてもね。割り込んだだけだよ。

ポケモンの技だと『ふいうち』的な?」

 

目を開けると自分を守るように、一人の男子生徒が立ちはだかっていた。いじめっ子の右手は、彼の左頬の近くで止まっている。

 

「あっ、キミら、動かないほうがいいよ。アレ、わかるっしょ?」

 

彼の目線の先には、スマホロトムが飛んでいた。

いじめっ子の顔色がみるみる青くなっていく。

 

「ここでボクを殴っても、キミらのいじめの証拠は消えない。

もうバックアップバッチリだし。

むしろ、殴ったら余計なものが増えるんじゃない?……この意味、わかるよね?」

 

彼の睨みに、女生徒たちは何も言わずに走って逃げた。捉えられていた腕がようやく楽になり、身体が倒れかけたが、男子生徒がすかさずそれを支えた。

「おっとっと…」

優しく手を貸してくれたのだが、メロコはそれを振り払おうとした。だか、うまく力が入らない。

そもそも、今何が起きているのかもわかっていない。混乱したまま、威勢のいい言葉だけが出てくる。

「さわんな!!…テメー、誰の差し金だ!?」

「やっぱこうなるよね…とりあえず、手当しよう。怒るのはそれからでも、遅くないっしょ」

「オレを怒らせるつもりか!?」

「ごめん、てっきり今怒っているのかと思って。それが普段のキミなんだね。

そうだなあ…できれば、怒られたくはないかな」

その言葉を聞いて気がついた。

笑顔を向けてくれる彼の腕は震えていたのだ。

あんなふうに力を振るわれそうになって、怖くないはずがないのに。

「………チッ」

ついにメロコは観念して、黙ってついていくことにした。

 

 

そのままつれて来られたのは、校舎端の古ぼけた教室だった。

初めて入るその部屋は、楽器や録音器具、スピーカーだらけだ。けれども整頓されていて、居心地は存外悪くない。

男子生徒は奥の戸棚に向かい、ごそごそと中を探り始めた。

「確か、このへんに…あったあった、救急箱!

ほら、座ってよ。まず消毒しないと…」

次の瞬間、彼の制服のポケットから、唐突にスマホロトムが飛び出てきた。そして声を発し始める。

「ピーちゃん、大丈夫!?かなりやばそうだったけど…」

「ボクは無事だよ、ありがとう。それよりもボス、『あれ』はやってくれた感じ?」

「うん。あの二人のSNSにDMでさっきの動画おくっといた。

これで、少しはその子…いじめられずにすむはず」

「さすがボス!完璧なさわりだね。さて、これからどうするどうするか…」

彼らの話していることが分からず、メロコは固まってしまった。動画、とは先程の一部始終だろうか。だが、それよりもなによりも、聞きたいことはひとつだけだ。

 

「テメーら、なんでオレを助けた…?」

 

メロコは手負いの獣のような眼差しで二人を見つめている。まるでそれをなだめるかのように、男子生徒はゆっくりと話し始めた。

 

「改めまして、ボクはピーニャ。こっちはボス」

「…………ちは………」

「ほらボス、もっと声出して」

「………こ、こんにちは……」

「ボクら二人、キミと同じで『いじめられてる側』なんだよ。いじめがひどすぎてボスはアカデミーには来られないから、こうして話してるってわけ」

「ほんとは直接、話したいけど………ごめんね……」

「さ!自己紹介が済んだなら消毒しよう。ここ、座って」

 

ピーニャに消毒をされながら、メロコの中には罪悪感がほとばしっていた。いじめを受けている人達が、自らを顧みずに助けてくれていたのだ。それなのにきつい言い方をしてしまう自分に腹が立つ。

「ひどい…女の子の顔に、こんなことするなんて…」

ボスがスマホロトムからこちらを見ているのか、悲しそうにつぶやいた。

「かなりひどいケースだと思う。顔以外も、もしかしたらやられてるのかも。あいつらは、『見えないところ』に傷をつけるのが得意だからね。例えば…『心』、とか」

左頬に大きなガーゼを貼り終えて、応急処置は完了した。のだが、思い出したようにピーニャは立ち上がる。

「忘れてた!腫れがひどいなら冷やさないと。ちょっと氷もらってくるね」

慌てて出ていく彼の背中を呆然と見送りながら、メロコの気持ちは揺らぐままだった。これだけしてもらっても、心は未だに閉じようとしているし、「かなりひどいケース」であるいじめに巻き込んでしまったことへの後申し訳ない気持ちがある。どうしようかと考えたとき、メロコの出した答えは、とてもさびしいものだった。

 

「…助けてくれたことには、感謝してる。アイツが戻ってきたら、わりいけど伝えておいてくれ。

……それから、もう二度とオレに構うな」

 

ボスに声を発する余地も残さずに、彼女は走って出ていってしまった。

一瞬だけ、氷袋を持って戻ってきたピーニャとすれ違う。つい彼女を目で追ったが、引き止めることなく教室に入ると、ボスが後ろめたそうな声で話しかけてきた。

 

 

 

 

「……これでよかったん?」

「うん。あの子の傾向を知りたかったからね。先手なら打ってあるし、問題ないよ。さて、作戦を展開しようか」

 

 

 

 

 

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