星をなぞる日   作:四樹

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※前編に引き続き、いつもよりも過激な表現(暴力)が多い話となっております。
危ないと感じましたら読まずにお戻りいただきますようお願いいたします。


シェダル:炎の矜持(後編)

階段の踊り場で、大きくため息をつくメロコ。ついさっきまで走っていたせいか少し息が上がっている。心臓もいつもより大きく跳ねているので、もう一度ゆっくりを息を吐いて、身体を落ち着けようと試みた。1限目の時刻は回っているが、今は授業のことなど頭に入ってこない。助けてくれた人達を無理に引き剥がしたことの苦しさに悶えているからだ。

左頬にそっと触れると、ピーニャがきれいに貼ってくれたガーゼに手が当たる。頬はまだ痛みや熱を帯びているが、優しくしてもらえたことが頭から離れない。腕や膝の小さな擦り傷に貼られた絆創膏が目に入る度に、葛藤が込み上げて来る。ひどい目に合わされる人が増えることはとても嫌だ。それなのになぜ、あの場所はあんなにもあたたかかったのか。ひだまりの中でまどろむようなぬくもりが、こんなにもつらいだなんて。

「オレに、何が起こってる…?」

 

「困ってるなら、力になるよ」

ばっと顔を上げると、氷袋を持ったピーニャが立っていた。

「なんでここに…」

「だって、早く冷やさないと。痛みが長引いたら大変だし」

彼の優しい言葉に、心臓がずきずきと軋む。メロコはそれに耐えかねて、また走って逃げてしまった。

「まいったなあ。氷、とけちゃうのに」

スマホロトムが通知音を鳴らし、画面を確認した彼は、次の目的地に急いだ。

 

「なんで…なんでなんだ…」

メロコが向かっていたのは、通れないように紐を張られている別階段の奥だったのだが、すでにピーニャに先回りされていた。

「待ってたよ。今度こそ、ほっぺ冷やしてもらうから」

「テメー、オレに何した!?なんでここにいる!?」

「タネ明かしは後でね。そろそろ観念してほしいな。

…きっと、苦しいから逃げるんだよね?ボクはボクの都合で、キミの近くにいることにしてる。だから、『それ』はボクのせいにすればいいよ」

見抜かれている。思っていること、感じていることが全て。その上で、この人は相手を苦しめないように、助けようと言葉を選んでいる。

そう思うと、膝から力が抜けていってしまった。対応方法が何一つ浮かばないのだ。その場にへたり込んだメロコの頬に、ピーニャは氷袋を当てた。

「ボスが待ってる。あの部屋に戻ろう」

 

 

扉を開けると、スマホロトムが浮遊しながら待っていた。

「お、おかえり…」

ボスは口ごもりながらも、二人の帰りを喜んでいるようだ。覇気の抜けたメロコの表情に心配を隠せないのか、少し慌てた様子で問いかける。

「まだ痛いよね…?ちょっとでも腫れが引くといいけど…」

ピーニャが椅子を出し、座るように促してきたのでゆっくりと腰を掛けた。胸の中はまだざわついていて、気持ちも絡まったままだが、今自分にできることはきちんと会話をすることだけだ。こちらを思ってくれている相手に無視をすることは、礼儀に反する。

「…さっきは悪かった。オレのことはあんまり心配すんな。なれっこだから」

「なれっこ?…って言うことは、今までもずっとずっと、こんなことされてきたってこと?」

会話の雲行きが怪しい。メロコはメロコなりに心配をかけまいと努力したつもりだったが、逆効果になってしまった。

「ま、待て。テメー、オレのこと見えてるんだろ?ほら、オレの髪、目立つから…目ぇつけられやすいの、わかるだろ」

「………確かに目立つかも…きれいな色だし。でもそれでいじめられるとか、おかしくね?」

ボスの言葉で、絡まった何かが余計に絡まり始めてしまった。頭がパンクしそうだ。いじめられるのがおかしいと、今まで考えたことも…考えようともしてこなかったのだ。考えてしまったら最後、あの暗くて冷たい水底から、帰ってこられなくなってしまう。

 

「どうしていじめられなくちゃ、いけなかったの?」

 

幼いときに手放したはずの思いが今になって何故、よみがえってしまうのか。

それは光を知ってしまったからだ。あたたかい場所で自分の願いが叶ってしまった。心の奥に封じ込めた、本当に自分がほしいものを与えられた。まるでそれが当たり前であるかのように。

 

動揺でうまく話せなくなってしまったメロコを見たピーニャは、なんとかその場の空気を変えようとボスに話しかけた。

「そうだ、さっきのタネ明かし。あれはボスがやってくれたんだよ。ね」

「え?…あ、うん、そう。気分悪くしたらごめん…あなたのスマホロトム、少しいじらせてもらった…

だから位置を特定して、ピーちゃんに共有して先回りしてもらってたん」

されたことのインパクトの大きさに、メロコはそちらに気を取られてしまった。だがいじめっ子達に動画を送った会話を聞いていたので、されてもおかしくないのかと納得をしかけたが、重大なことに気がついた。位置が知られてしまっては、この二人をもう振り払うことはできないのだ。

「最初から…そう仕組んでやがったのか?」

「さっき、『ボクの都合で』って言ったっしょ。今キミをいじめてる子達に、ボクは『いじめの証拠を持ってるヤバいやつ』として認識されてる。ということは、ボクが近くにいるだけで、キミへのいじめの抑止力になりうるってこと。

だから、キミを一人にしないって決めたんだ」

「…うちも、会話できるのはこの部屋しかないけど…監視カメラとか映像のぞけるから、危ないことがあったらピーちゃんに連絡するし…」

二人の本気がマグマのように燃えている。怒りや悲しみといった負の感情すら、誰かを助ける力に変えることを平然とやってのけてしまうなんて、今まで誰一人として見たことがない。それこそおとぎ話の「炎の騎士」の再現のようだ。

その熱意が自分自身にも引火してゆくのを感じる。この二人といればもしかしたら、自分を変えられるのかもしれない。今胸に灯された、希望の炎を手放したくない思いが彼女を動かした。

「……メロコだ。オレの名前。さっき、名乗ってなかった」

うつむきながらぼそぼそと話す彼女を見て、ピーニャは笑顔になった。

「よろしく、メロコ」

「うんと、うんと………よろしくね、メロちゃん」

「は!?」

「え!?」

大声に驚いたボスは、メロコの顔が真っ赤になっていることに気がついた。可愛らしすぎるあだ名が恥ずかしいようだ。でもまんざらでもないらしく、顔をぷいっとそらしたくせに、なるべく目を合わせようと、そっと顔の向きをなおそうとしている。

「あだ名って、最初はずかしいよね」

「うるせえ」

「そういえば『ボス』もあだ名なのに、つっこまないんだね」

「…?あだ名につっこむ理由なんてあんのか?」

会話をしながら、メロコの良いところが垣間見えたなとピーニャは嬉しい気持ちになっていた。けれど、だからこそいじめられてしまったのだなと感づいた。そして気がかりだったことを聞ける瞬間は今かもしれないと、慎重に踏み込むことにした。

「…実は、ずっと聞きたかったことがあるんだ。いじめられてるキミを見たとき、逃げようだとかやり返そうだとか、全然考えてないのかなって思った。それって、当たってる?」

メロコの身体が一瞬びくりと揺れる。長い深呼吸を一度挟むと、彼女はうつむきながらも話し出した。

「……やり返したところで、意味なんてねぇから。『炎の騎士』のおとぎ話、知ってるか?」

「うち、知ってる。あの赤い絵本、よく読んでた」

「わかる。ボクもあの話結構好きなんだよね。騎士が誇り高くて…」

「オレは、あの『炎の騎士』になりたかったんだ。無駄に争うこともせず、誰かのために戦えるような……

今のオレじゃ、話にもならねぇけどな」

意気消沈するメロコに、ピーニャは語りかけた。

「ボク、結構あの騎士とメロコ、似てると思うけど。ほら、戦うことを好まないところとか」

「……え…?」

「ボクなりの解釈だけどね。やり返さないのは、相手を傷つけるのが嫌だからなんじゃないかな。誰だって痛いことされるのは嫌だし。メロコはいじめっ子にも、優しい気持ちでいたんじゃないの?」

「ち、違う!だってやり返したら、いじめが激しくなるから…」

「そうだよね。戦うこと、望んでないんだもんね」

ピーニャの強引すぎる解釈に、メロコはついていけなかった。なのに心が少しずつ、共鳴し始めている。自分を守るためにやり返さないでいたはずなのに、いつの間にそんな本音が隠されていたのか、自分の知らない自分が何故ここで現れるのかが理解できない。

うろたえるメロコを見て、少々申し訳なさそうな声でボスが質問をしてきた。

 

「…あのさ、うちも、少し引っかかってることがある。

メロちゃん、さっき『誰かのために戦えるような』って言ったよね。

…なんでその『誰か』の中に、メロちゃんがいないん?」

 

共鳴した心は、未だかつてないほど燃え広がっていた。今までの考え方や価値観を、突然に180度ぐるりと路線変更をされたような気持ちになったのだ。ボスとピーニャに導かれ、振り返って自分自身を見つめると、泣きながら何かを言おうとしている。

それを拒むように、メロコは両手で口をふさいだ。

 

「……わりい。ほんの少し、一人にしてくれ」

 

苦しそうな顔に、ピーニャたちは何も言えなかった。

 

 

体育倉庫裏で膝を抱えながら、メロコはなんとか頭を整理しようとしていた。自分のスマホロトムを連れていくことを条件に、彼女は外の空気を吸いに行った。今日一日の出来事が怒涛の大波だったので、せめていつもと同じことをしようとボウジロウと特訓をすることにしたのだが、指示を出す気力がなかなか出ない。ボウジロウもそれを察しているのか、心配そうにしながらメロコの隣に座っている。

ボウジロウをよしよしと撫でてやりながら、まるで問いかけるようにメロコはささやいた。

「ボウジロウも…あの日、こんな気持ちだったのか?」

初めて出会った日の思い出は、今も全て色鮮やかに残っている。雨の中傷だらけで倒れていたことや、寂しそうな瞳で膝に乗りたがっていたことを思い出すだけで心は痛い。けれどそこからボウジロウは立ち上がり、頑張って特訓までし始めた。きっかけはメロコの助けではあったかもしれないが、立ち上がること自体はボウジロウの強い意志が成し得たものだ。

「…強いな……本当に……」

これ以上心配はかけられないと、メロコはアカデミーに戻っていった。ボウジロウも寝床である物置に戻るかと思われたが、彼女のことが気になるのか、そっと後をつけ始めた。疲れ果てていたメロコはそれに気づくはずもなく、校内へと足を踏み入れるのだった。ピーニャ達のもとにも戻らずに、寮の自室で休むことだけを考えていた。

 

 

翌朝、いつもどおりにメロコは起きられなかった。時計を見ると10時を回っている。昨晩は昨日起きたことが全てフラッシュバックしていたため、寝付けなかったのだ。もともと授業にはあまり出られていなかったのだから仕方ないと感じながら、せめて途中からは出ようと身支度をして寮を出る。

教室へと続く道の途中、ピーニャらしき人影が走っているのが目についた。何故かその腕にはカルボウ…ボウジロウが抱かれている。何事かと思い追いかけると、昨日メロコが待ち伏せされていたところへと向かっているようだ。

壁からそっと除くと、ピーニャはなだめるように、ボウジロウの背中をさすっていた。ポケットからビスケットを取り出し、ボウジロウの元気が出るようにと食べさせてあげている。その左手には、なんと切り傷が見えた。

「その傷、どうしたんだ!?」

黙っていられなくて飛び出してきたメロコに、二人は驚いた。ボウジロウがすぐさま駆け寄ってきたので、身をかがめて抱きとめる。

「ああメロコ、おはよう」

ピーニャは何もなかったように、さり気なく左手を隠した。それを見たメロコはつかつかと近づくと、彼の左手首を掴んだ。

「いたっ!!」

悲鳴が上がったので、ついぱっと手を離す。

「わ、わりい。けど、隠さないでくれよ…」

悔しそうな表情を浮かべる彼女に、ピーニャは抗えなかった。

「…ごめん。あったこと全部話すから、そんな顔しないで」

 

 

ピーニャが隠れ家の教室に向かう際、メロコをいじめていた女生徒達が怯えるボウジロウを取り囲んでいたのだという。女生徒達が言うには、つい昨日ボウジロウがメロコを追いかけてゆくのを見て、それが彼女の弱みになるのではと目論んでいたらしい。それを通りかかったピーニャが助けたのだが、女生徒達はいじめの証拠を彼に取られていることに焦り、逃げようとしたのだ。そのときに開けっ放しの鞄からいくつか荷物がこぼれ落ちた。その中のハサミがボウジロウにぶつかりそうになったので、彼はそれをかばったとのことだ。

「この子、ボウジロウって言うんだね。鞄からモンスターボールを出されなくてよかったよ」

彼は笑顔でいてくれているが、メロコの心はどす黒い感情でいっぱいだった。絶対に彼らを傷つけたくなかったのに、自分が希望なんて見出したばかりに、傷つけてしまった。

 

「ひとりでいるしかないよね。メロコちゃん」

 

脳内で流れた、いじめっ子の言葉に頷いたあと、メロコはピーニャに話しかけた。

 

「……頼みがある。今日の放課後に、ゴミ捨て場に来てほしい。話したいことがあるんだ」

 

ボウジロウを離し、彼女は歩き出した。

「……絶対、来てくれよ」

「…わかった。必ず行くよ」

返事を確認して少しだけ振り返ると、彼が心配そうな顔をしていたので、それを見ないように背を向ける。歩きながら、内なる心の種火が消えるまで、何度も何度もバケツで水をかけた。やがて消えた種火はくすぶったまま、彼女の中に残るのだった。

 

 

 

 

放課後、ピーニャは約束通りゴミ捨て場に現れた。

「おまたせ。話したいことって、何?」

メロコは彼に背を向けたまま、ゴミ袋が山積みになっている所を指差した。

「…三ヶ月くらい前、ボウジロウはそこに倒れてたんだ。壊れたモンスターボールも近くにあった。きっとそのせいで、あいつの炎は小せえんだ」

「壊れたモンスターボール…?確かに少し気になるね。それぐらいの時期、このあたりでヤミカラスをたくさん見かけたことがあったけど、それだったのかな。あのあとなるべく荒らされないように、対策はしておいたよ。あのネット、ボクの案なんだ」

三ヶ月前には見かけなかった紫色のネットは、彼のおかげで設置されたものだった。それを知ったメロコは安心した。自分がいなくても、この人がいてくれれば大丈夫なのだと。

「…ありがとよ、元生徒会長。ボウジロウのこと、頼むな」

「…え?どういうこと?頼むって…」

 

 

「ドーミラー、『さいみんじゅつ』」

 

 

後ろから聞こえた声に気づいたときには、ピーニャはドーミラーから発せられる催眠周波数を喰らっていた。そのまま眠らされ、膝下から砕けるように倒れ込む。奥からいじめっ子達がメロコを見つめているので、その目線に答えるように彼女はピーニャのポケットの中からスマホロトムを出し、ロトム自体も眠っていることを確認した。

「……ボスも、ありがとう。さようなら」

位置情報がばれないようスマホの電源を落とした後、メロコは女生徒二人に腕を掴まれ、連れられて行った。

 

 

 

 

「裏切り者のメロコちゃん、気分はどう?」

校舎裏でお腹を蹴飛ばされ、倒れた身体にかかとを落とされる。叩かれた左頬は殴られたことによってさらに腫れていた。その様子の一部始終を女生徒の一人が撮影している。

「……好きなだけ殴れ。オレだけ見てろよ。約束通り、あいつらには手を出すな」

「口答え、つまんないよ?」

脇腹に蹴りが入り、バランスを崩す。打ちのめされ続けるメロコを見ながら、女生徒達は話し始めた。

「ご丁寧にお手紙くれてまで、守りたい人たちだもんねー。ねえ、カメラずっと回ってるよね?」

「回ってるけど、ちょっと充電減るの早いかも」

「へぇ…じゃあもっと、キツイことしなきゃね」

エスカレートした蹴りが至るところへ刻まれる。倒れたメロコの右手を、女生徒は思い切り踏み潰した。

「ああああああっ………!」

あまりの痛みに叫んでしまう。ここまでなぶられ続けられるのは初めてだ。いじめっ子たちはメロコがやり返してくるのを狙い、その動画を手に入れることで、いじめの証拠を消すように脅しをかけようと企てている。

「ほら、早くやり返さないと、もっと辛い目にあっちゃうよ?」

女生徒は鞄からハサミを取り出すと、力加減もせずにメロコの髪を引っ張り、そのまま乱暴に切り落とした。

目の前に、大嫌いな赤い髪がはらはらと落ちてゆく。彼女はそれを見つめながら、自我が破壊されていくのを感じていた。けれども守りたい人がいることが、彼女をなんとかこの場にとどめている。

何もしてこないメロコに苛立っているのか、女生徒の口ぶりがどんどん荒くなっていき、ついに決定的なキーワードが発せられた。

 

 

「…ねぇ、あのカルボウ…私が捨てたって言ったら、どうする?」

 

「…は…?」

 

「だって…強い技覚えないんだもん。バトルでもすぐに負けるし。だから、捨てたんだ」

 

 

すべての辻褄が合っていく。

あの日、どうして一人で雨に打たれながら倒れていたのか。

捨てられたモンスターボールをヤミカラスがつついたのなら、ボールの外に出てしまってもおかしくない。ボールを狙われ、壊されてしまっては、安全なところへは戻れない。知らないポケモンたちに囲まれて、どれだけ怖かっただろう。それにもし、ボールの中から、自分が捨てられる様を見ていたら、どんなにつらかっただろう。いじめっ子たちに怯えていたのも、その記憶があるからではないだろうか。

膝に戻りたがったあのときの気持ちはきっと寂しさではない。

「捨てないで」という恐怖だ。

訓練を一人で始めたのも、もう二度と捨てられないように強くなろうとしていたからだ。

 

「…ごめんな……」

 

目元の雫を拭い、メロコは足を震わせながら立ち上がる。

「なぁんだ、立てるんじゃん。ほら、早くやり返しなよ」

へらへらと笑う相手をぎろりと睨む。暴力を振るっていた女生徒は、メロコのあまりの眼力に、一瞬肩を震わせる。

 

「ま、まだ元気あるんじゃ…」

 

「うるせえ!!!!」

 

ぼろぼろの姿からは想像もできないほどの大声。

怒りの炎が相手にも見えているのか、いじめっ子達は半歩後ろへとたじろいだ。

 

 

「………教えてやるよ。やり返さねえ理由を。

痛みは何も生まねえ。それがオレの信条だ。

それにな、意味もなくやり返したらテメーらと同じになっちまう。

わかんねぇか?オレは死んでも、テメーらと同じ土俵には立たねえって言ってんだ!!!!」

 

 

メロコの叫びに呼ばれるように、ボウジロウが宙から舞い降りた。その炎は以前とは比べ物にならないほど巨大化し、メロコを優しく包んでいる。

「ボウジロウ…なんで…」

建物の影から、息を切らしたピーニャが姿を表した。その手には今朝のビスケットの袋が握られている。

 

「メロコ、戦え!自分のために!!

大丈夫、ボクたちがついてる!!」

 

「ピーニャ…」

女生徒は流石にこの状況をまずいと判断したのか、ドーミラーを繰り出した。

「ド、ドーミラー!『ねんり……』」

いち早くそれを察知したメロコはすかさず、ボウジロウへ指示を出す。

 

「させるか!ボウジロウ、『おどろかす』!」

 

ボウジロウは『ねんりき』を出そうと集中しているドーミラーの前へと跳躍すると、頭上の炎を今にも叫び出しそうな人魂に変化させて見せつけた。ドーミラーは怯み、浮いている身体のバランスを崩す。

 

「今だ、焼き尽くせ!『ニトロチャージ』!!」

 

宙を舞いつつも身にまとう炎をさらに巨大化させ、両腕を振り下ろして火炎の大砲を放つ。急所に当たったのか、ドーミラーは身体を起こすことができなかった。そのまま放たれた炎の波が、女生徒達を取り囲んだ。

その中心に立つメロコとボウジロウは、まるで炎エネルギーの塊のような、太陽のような気高さを放っていた。火は消えることを知らず、大きくなり続けてゆく。

 

「ほら、かかってきな。燃え尽きるまで、相手してやるよ」

 

女生徒は慌てながらドーミラーをボールに戻し、逃げていった。撮影を行っていた方のいじめっ子も、置いて行かないでと叫びながら走っていく。

メロコはいじめっ子たちが去っていったので気が抜けてしまい、ふらふらと膝をつきそうになったが、ボウジロウとピーニャがそれを支えた。それをきっかけに、ボウジロウの炎もするすると収束していった。

 

 

近くの段差にメロコを座らせると、ピーニャは鞄の中から救急セットを取り出し、手当をしながら教えてくれた。

自分が眠らされた後、起こしてくれたのはボウジロウだったと彼は言った。あの後ボウジロウを隠れ家の部屋に連れていき、新しい寝床を作ってあげたらしい。放課後も危ないからそこで待つようにとお願いしたが、どうやらビスケットの袋を彼はポケットに入れたままで、その匂いを追ってきたのではないかと推測した。現に袋にはあと二つビスケットが入っているので、その説が濃厚だ。

ボスもゴミ捨て場の監視カメラを急いでハッキングしてくれたらしい。ピーニャが目覚め、スマホロトムを起動したあとすぐにいじめっ子達の位置情報を送ってくれたようだ。

「ボス、ちょっと怒ってたよ。自分のスマホロトムも切っちゃうんだからって」

「す、すまねえ…いててて」

「ほら、動かないで。もう少しで終わるから」

以前よりも大きなガーゼを左頬に貼られ、手当が終わる。

「あ、ありがとう…」

メロコがもごもごとしながらもお礼を伝えると、彼は隣に座った。

「今だから言えるけど、あの炎のゆらめき、すごくイカしてた。ボウジロウもだよ」

ボウジロウは疲れてしまったのか、メロコの膝の上で眠っている。頭上の炎は、通常の個体ほどの大きさになっていた。その手にはどこから取ってきたのか、不思議な色をした金属のかけらが大切そうに握られている。

「メロコの声が聞こえたとき、ボウジロウの炎がすごく大きくなったんだ。二人がまるで、繋がってるみたいだった。

この子も、きっとメロコの本当の気持ちや願いを聞きたかったんじゃないかな」

「……本当の気持ちや、願い……?」

少し苦しそうな顔の彼女を見て、彼は少し煽りを入れた。

「一人が、好きなの?」

そう言われると、言葉が出てこない。膝下のボウジロウに目をやると、とても穏やかな顔で寝息を立てている。それを見ていると何故だが涙が落ちた。

ピーニャは立ち上がり、メロコの隣にハンカチを置くと、かぶっていたキャップをぽすっと彼女にかぶせた。

「なにすんだ!?」

彼はそのまま元いた場所へ座り直すと、背を向けてノートパソコンを起動した。

「入り用でしょ?」

そう言ってヘッドホンを両耳にかけ、作業を始めてしまった。

それが彼の優しさなのだ。ようやくそれを彼女は、素直に受け取ることができた。ちょっと大きいキャップを深くかぶり直し、思い切り息を吸う。

 

 

メロコは泣いた。声が枯れるまで。

本当は、一人なんて好きじゃない。

生まれ持ったものを否定なんてされたくなかった。

自分の心の声に耳を傾けると、身体がどんどん温まっていく。

種火は自分で消してしまったが、自分ではない人が代わりに灯してくれた。それをとても幸せなことだと思えたとき、ようやく涙が止まってくれたが、あたりは暗くなりかけている。

 

泣きやんだメロコはピーニャをつっついて、キャップを返した。ハンカチは洗ってから返えすと伝えると、スマホロトムを見るようにと言われた。電源を入れて確認してみると、メールが送られてきている。中身を見てみるとマップが二つ展開された。どちらもここからとても近い場所のようだ。メール本文には何も書かれていないが、星とイーブイの絵文字がついている。

「これ、ボスからのメールの目印だよ。この場所に行ってほしいって」

「病院と、美容院……?」

 

 

 

部屋の中、電話の発信音が響き渡る。

音が鳴り止んでモニターがぱっと開くと、ピーニャが映った。こちらに気づくと人差し指を口に当て、「しーっ」としている。笑いながら右側を両手で指差しているので、そちらにカメラを向けると、窓際にメロコが座っていた。

肩にかかるくらいまでの長さに髪を切った彼女の横顔は、とても穏やかだ。顔は傷だらけでガーゼは貼られているものの、微笑みながらコータスとボウジロウを見つめている。ボウジロウが昨日持っていた、へんてこな金属のかけらをメロコにプレゼントしたので、彼女の表情がぽっ、となった。その姿に、ボス…ボタンは声を抑えきれなかった。

 

「メロちゃん…かわいい……!」

「あ!?ボス!?テメーいつの間に!?」

 

ガタガタと騒がしく立ち上がった彼女の首元にはチョーカー、腰元にはベルトが巻かれていた。

メロコも彼らと同じように、少しずつだが自分を取り戻し始めている。それを目に見える形にしたのは、彼女なりの「お礼の証」なのだろう。

 

 

「はああ…かわいい…すっごくかわいい……!ブースター、抱っこしてほしい…」

「うるせえ!見んな!!照れるだろうが!!」

「あっ、照れるんだ」

「ピーニャ…ウゼえ…」

「メロちゃん、笑って!!目線こっち!!スクショタイム!!」

「……………勘弁してくれ!!」

 

 

 

 

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