星をなぞる日   作:四樹

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シー:孤独を手放す時(前編)

部屋の中で鞄を閉める音がする。壁一面に並べられているのは凶器…のレプリカの数々。そのうちのひとつの手裏剣が、カーテンからこぼれた細い日差しを反射した。

太陽は登っているというのに部屋は暗いままだ。影と同じ黒い色のマスクを耳にかけ、艶めく銀髪を隠すようにパーカーのフードをかぶる。青い瞳が見つめた先には、机に置かれた二つのモンスターボールがあった。

そちらに手を伸ばしかけるが、すぐに腕に力が入らなくなってしまう。仕方がないので小さく息を吐き、気を取り直すように鞄を背負うと、そのまま彼は部屋を出て行った。

 

クラスメイト達が賑やかにしている中、教室の隅で黙黙とフェルトに針を通す。作っているのはベトベトンのぬいぐるみだ。厳選した厚みの生地を重ねて層にする事で、液体が垂れたような身体を再現していく。更に羊毛を細かく突いて作っておいた複数の球体をバランス良く縫い付けて、雫と見立てる事でリアリティーを演出した。綿を入れて縫い口を丁寧に閉じ、出来上がったものを手のひらに乗せる。

 

 

「………せめて、心だけはそばに……」

 

 

祈るような声は喧騒にかき消され、誰に気づかれる事もなかった。

 

 

2限目は移動教室だ。ぬいぐるみの置き場に困ったが、小さく作っておいたのでなんとか引き出しに収まった。ほっとして机から立ち上がり、荷物をまとめて扉をくぐったその時、目の前にいたクラスメイトにぶつかられる。手元からばらばらと教科書やノートが落ちていってしまった。ぶつかった側の男子生徒は何事もなかったかのように、転んだ相手を見る事もせず友人と喋りながら、足元の教科書を踏んづけて教室を後にした。

少しよれたフードを直し、踏まれた教科書を拾って砂を払う。ノートを拾おうとしたとき、ペンだけが見当たらない事に気づく。

「…無い……!」

彼は自分の大切なものを無くした事に大いに焦り、教科書を放り出してあたりを見渡した。もうすぐ授業が始まろうとしているが、ペンの事が気がかりでこの場を離れられない。ちょうど予鈴がなったとき、机の足元に光るものを見つけたので手に取ると、それはお目当ての品だった。ポップなデザインのそのペンにはクナイ柄の模様と、彼の名である「シュウメイ」の文字がロゴとなって刻まれていた。安堵しながらもペンを手に取り、全体を軽く見て汚れや傷がないかを確認する。そして急いで目的地へと馳せ参じた。

 

科学実験室では、班になるように指示がされたのか生徒達が複数人で固まっている。遅れて入ってきたシュウメイに気づいた先生はお怒りの表情で彼に声をかけた。

 

「遅刻ですね?理由は?」

「…申し訳ございません、ペンを無くしてまった故…」

「では次回から、他の人に借りるようにしてください。班分けはしてしまったから…そこのあなた達。この子を入れてあげてください。今日の課題についても共有するように」

 

クラスメイト達はこちらに目線をやったが、明らかに不快だと目線が物語っている。シュウメイはそれに気づいており、なるべく端の方へと腰を下ろした。

役割分担を行っていたのに、彼一人だけ何もやる事がない。ただ目の前に起きた事象を記すだけで、課題の共有もされないまま、彼にとっては当たり前の2限目が終わっていった。

 

教室に戻ると自分の机の引き出しが開けられており、丁寧に作ったぬいぐるみが壊されていた。至るところから綿が出てしまっており、縫い合わせた生地が剥がれている箇所もある。それを見た彼は動揺もせず、ぬいぐるみを直し始めた。ちぎれた糸を1度引き抜いてパーツを分解し、もう一度最初から組み立てを行っていく。

彼の好きなものは幼少の頃より、周囲に理解される事が無かった。大切なものを奪われたり、盗まれたりするたびに、すべて自分の手で直したり、作ったりを繰り返した。それの積み重ねで彼の技量は鍛えられ、今では大人顔負けの作品を作る事など容易いものとなっていた。

瞬く間にぬいぐるみが修理され、元の形を取り戻していく。モチーフとなったポケモンの事を思うと、彼の胸は痛むのだった。

 

「……何故(なにゆえ)なのでござるか、ベトベトン…スカタンク…」

 

 

 

アカデミーに入った当初、シュウメイは女生徒の注目の的だった。その容姿は話しかける事すら躊躇わせるような衝撃を放っていたのだ。だが段々と会話をするようになってから、喋り方や好きなものについて「おかしい」と言われ始めていった。友達ができるかと思いきや、今までのとおりに彼は周囲から嫌われた。

環境が変わったら、少しは自分を受け入れてくれる人が現れるかもしれないと期待を抱いていたがそんな事はなく、冷酷なまでの現実は揺るがされない。そんなある日、彼の心の闇をつくように、一人の男子生徒が話しかけてきた。

 

「…あのさ、好きなポケモンってどれ?」

 

クラスの中でも中心にいる生徒に話しかけられたシュウメイは、これがきっかけになるのではと予感した。自分がここで頑張れば、過去を塗り替えせるのかもしれないと考えたのだ。

 

「…我の好きなポケモンは……毒タイプのポケモンでござる。異質を放ちながら状態異常を付与する、暗器のごときあの力に、魅了され続けているでござるよ……」

 

「なるほどね…確かにかっこいいのかもな。また話、聞かせてくれよ」

 

その会話が、すべての始まりだった。

喜びに胸を震わせるシュウメイは、いじめが仕組まれている事など考えもしなかった。

次の日同じ生徒から、手持ちのポケモンを見せてほしいと声をかけられ、彼らに指定された場所へと向かった。シュウメイは手のひらの上の二つのボールを見つめ、幸せそうな声で語りかける。

 

「…ついに、待ち焦がれた瞬間が来たでござるよ。ようやく、ようやく……毒ポケモンの良さを話せるときが……我らの()(よう)も、ようやく理解されるやもしれぬ……」

 

心を踊らせながらモンスターボールを懐にしまい、待ち合わせの相手を見つける。笑顔で待っていた彼らは、わくわくとしながらシュウメイに声をかけた。

 

「おーい、こっちこっち!待ってたぜ」

「待たせてしまい、申しわけもござらん…」

「そんなに固くなる事ないって。ほら、かっこいいポケモン、早く出してくれよ」

「承った。感謝するでござる。ベトベトン、スカタンク!今こそ姿を見せるでござるよ!」

 

ボールから繰り出された二人はシュウメイの顔を見て、とても嬉しそうにしている。笑顔で彼の足元に擦り寄りながらも、スカタンクはふさふさとした尻尾を揺らしながら鼻先をくっつけてきた。だがベトベトンは何かに気づくように、男子生徒を睨み出す。威嚇のつもりなのか、突然に身体をたぎらせてガスを撒き始めてしまった。スカタンクも同じように、唸り声を上げている。

 

「二人とも!やめるでござる!どうしたというのでござるか!?」

 

生徒達の悲鳴やむせる声が聞こえてきた事に焦り、それをかばうように彼は自らガスの中へ入った。ベトベトンが驚いて、急いでガスを収束させる。この時彼は自分のポケモンだけを見ていた。スカタンク達が気づいていた、生徒達が忍ばせたモンスターボールに気付なかったのだ。

 

「こうなったら手段は選ばねえ。ドジョッチ、『マッドショット』!」

 

隙をついて繰り出されたドジョッチの口元から、泥の雨のような技が放たれる。かろうじてポケモン達には届いていないが、シュウメイの左足が泥に絡めとられ、雪崩れるように膝をついた。脹脛(ふくらはぎ)からは打撃による鋭く重たい痛みが伝わってくる。

 

「…な、何を…」

 

「何って…正当防衛だろ?そっちのポケモンが先にやってきたんじゃねえかよ」

 

辺りは泥一面だ。それでもこちらへ来ようとするベトベトン達に、掌を押し出して来ないようにと伝えた。シュウメイの真剣な目つきに怯んだスカタンクが、甲高くも悲しそうな鳴き声を上げている。

 

「申し訳もない…けれどもこれは、ベトベトンの習性…

頼む、我のみを狙ってはくれまいか…きっと訳があるに違いない……」

 

歯を食いしばり、踏み込むように足に力を入れて立ち上がった彼の姿に生徒達は驚いていた。小範囲ではあるが、ポケモンの技を食らった事に変わりはないのに怖気づかないからだ。驚かされた事が悔しいのか更に追い詰めてやろうと、生徒達の暴言が飛び交い始める。

 

「そもそも毒とかかっこよくねえから。その二匹も見た目わりいし。なんでそんなポケモン好きなんだよ」

「前々から思ってたけど、お前の語尾もそいつらと同じぐらい気持ち悪いよ。それにしても匂いキツすぎ…」

「気持ち悪い奴は気持ち悪い奴同士で仲良くしてろよ。お前がいると目障りなの、どう伝えてやろうかと思ってたけど…技を当てていいなら話は別だよな?」

 

泥濘(ぬかるみ)(すす)るような音を立てて、ドジョッチがもう一度技を放とうとしている。彼がもう一度傷つけられそうになっている事を我慢できなかったスカタンクは、尻尾を上下に大きく振った。先から飛び出した微量の液体が生徒達の足元に跳ねると、耐え難いほどの悪臭が発生していった。

 

「こ、これは……」

「引くぞ!クソが!!」

 

ポケモンをボールに戻し、走り出した生徒達を横目に、ベトベトンは痛がる素振りさえ見せず、泥の中を進んでシュウメイの肩を抱く。そして(にお)いがしなくなる場所を目指して移動するのだった。

 

しばらく路地を道なりに進むと、箱がいくつか置いてある場所を見つけた。こちらに来てほしいとスカタンクが左右に尻尾を振っているので、ベトベトンに手伝ってもらいながらゆっくりと腰を落ち着ける。シュウメイは両腕を広げ、大好きなポケモン達をしっかと抱きしめると、泣きそうな声で謝り続けた。

 

「ベトベトン…!スカタンク…!申し訳もござらん…!!

我は…我は、何も言い返せなかった…。何もできなかった…!

何故(なにゆえ)あの様な非道な事を言われなければならんのだ…言うのであれば我だけで良かろう…!!」

 

自らの心臓を切り裂くように己を責め続ける姿に、悲しくなったポケモン達は彼の顔に擦り寄り、その瞳をのぞき込んだ。とても穏やかな顔でこちらを見つめてくれている二人をもう一度抱きしめると、まだ胸の中に滲むように蔓延っている猛毒のような言葉が脳内に再生された。

 

 

そもそも毒とかかっこよくねえから。

なんでそんなポケモン好きなんだよ。

気持ち悪い奴は気持ち悪い奴同士で仲良くしてろよ。

 

 

「……我が…毒を、好きにならなければ…

もっと普通で居れば……こんな事には………」

 

 

そう(つぶや)いたシュウメイの震えた腕に抱かれた二人は、一瞬苦しそうな顔をしたが、覚悟を決めたように彼を突き放した。

 

「えっ……?」

 

気がつけば、先程と同じような唸り声をスカタンクが上げている。ベトベトンも目を釣り上げて、こちらへと来れないようにと両腕を振り回した。何故その様な態度をするのか、嫌な予感が彼を狼狽(うろた)えさせる。

 

「ど、如何(どう)して…!」

 

ポケモン達は怒っているのだ。必死にその理由を探すと、先程の自分の言葉が浮かんでくる。まるで「好きにならなければよかった」と言っているのと変わらない。なんて事を口走ってしまったのかと、彼は立ち上がり頭を下げた。

 

「すまぬ!先程の言動、(ただ)ちに撤回する!!

二人が居てくれる事には感謝しかござらぬ…何度でも伝えようぞ!」

 

するとポケモン達は険しい顔つきのまま、まるで「違う」と言うように首を横に振った。怒りの原因がそれではないという可能性がある事に一瞬戸惑ったが、それでも傷つけた事に変わりはないと、彼は膝を折り地面に頭を着けた。

 

「本当に申し訳も無い…この心を鍛える為ならどの様な修練も(いと)わぬ…!

()ぐに許してくれなどと勝手な事は言わぬ!

心より申し訳も無いと思う気持ちも変わりもせぬ…!!

だからどうか、どうか…」

 

 

(ひと)りに、しないで。

 

 

その言葉が頭に浮かんだときにはもう遅かった。

勢い良く体制を変えたせいで、懐からはモンスターボールが転げ落ちていた。ベトベトンもスカタンクも、自らボールの中に入っていってしまったのだ。

あまりの出来事にシュウメイは言葉を失った。今更になって脹脛(ふくらはぎ)の痛みが増していき、引き裂かれた心と共鳴するように波を打つ。ボールを拾って良いのかも分からないが、手放す事などできない。己の弱さに打ちひしがれながらボールを回収し、足を引きずりながら保健室へと歩いた。

 

 

 

今思えば、その日を堺にクラス全体にいじめが広まり、集団無視が始まっていた。私物の盗難や破損等も増え、段々と過激さを増していったのもほぼ同じ時期からだ。自分の心を守るために持って行っていた好きな物やグッズは、所持する事さえも難しい状態へと移り変わった。なるべく目立たないように、これ以上酷い事をされないようにとマスクやフードの着用を始めたのも、それがきっかけのように感じる。

一番苦しいのは、時間を置いた今でもポケモン達との仲直りが出来ていない事だ。あれ以来二人とも、ボールから繰り出したとしてもすぐに戻ってしまう。顔を見たくないと言われているようで、出てきてもらう事すら怖くなってしまった。それでも会いたい気持ちを抑えられずに、姿を追い求めるようにぬいぐるみを作っている自分が気に食わない。それなのに怒りの理由すら検討も付かないため、果たしてポケモン達の気持ちを理解できていたのであろうかと不安が(よぎ)る。

この考えのままでは気分が底しれぬほど落ち込んでしまうと感じた彼は、ぬいぐるみを鞄に入れてグラウンドへと向かう。気分転換の為にも身体を動かそうと考えたのだ。

 

準備運動や柔軟を一通りやり終えた彼は、ランニングを始めた。独特の文化である「忍者」が大好きなシュウメイは、グッズ収集だけでは満足できず体力づくりにも勤しんだ。物語や伝説の中の(しの)びは武芸に長け、隠密行動や戦闘•撹乱を得意とし、俊敏さ(まで)も兼ね備えている。少しでも早く「それ」に近付く為に、今の自分に出来る事をと目標を立てては実行しているのだ。

 

(たゆ)む事無かれ、我は(しの)びの末裔なり…

願わば何時(いつ)かは、憧れに相見(あいまみ)えん……」

 

苦しいときにはいつもこの言葉で、彼は己を鼓舞していた。

夢を信じて努力を怠らなければ、きっと叶う。まるである日突然、伝説のポケモンに出逢う日のように。

そう思うだけで力が湧いてくる…はずだったのだが、胸の詰まりが取れない。両の足は立ち止まっていて、この距離では息を切らす事も無かったのに、鼓動が耳障りだ。

それもそのはずで、彼の目線の先にはクラスメイトの女子達が居たのだ。噂話に夢中になっているのか、こちらにはまだ気づいていない。逃げるように物陰へと身を隠したシュウメイの耳に、聞きたくもない罵声が入ってくる。

 

「あいつさあ、あの見た目でオタクとかマジ無いよね」

「そうそう。終わってるんだよね、色々…。しかも手持ち毒タイプのポケモンでしょ?……思い出すだけでキモくて震えが…」

「スポーツとか好きだったらまだアリじゃない?」

「いや、無理!喋り方が生理的に無理!!」

「確かにね。…それよりさ、この写真見てよ!!」

「ヤバ…グルーシャ様イケメンすぎる…モスノウが神々しい…」

「ちょっと!確かジムグッズの期間限定ショップ、今日からじゃなかったっけ!?」

「急ごう!ぬいぐるみ売り切れちゃうよ!!」

 

黄色い声が嵐の様に過ぎ去って行く。それを見届けた彼の心中は複雑なものであった。

自分の事を言われるのならまだ良い。けれどもポケモン達を悪く言われる事だけは度し難い程に許せない。であればせめて自分が変われば、夢を諦めれば少しは毒タイプのポケモンへの見方も変わるのではないだろうか。今までやってきた事全てに蓋をして、見ないふりをすれば…。

けれども胸の中には、夢を叶えようとする自分を応援してくれたポケモン達との思い出がある。それがどうしようもなく、怒らせてしまった二人に会いたいという気持ちを膨らませた。彼は急いで自室に戻ると、暗い部屋の中で佇むモンスターボールの前に立つ。頭を深く下げて一礼をした後、感情に任せてベトベトンとスカタンクを繰り出した。

 

久しぶりに二人の姿を見たシュウメイは懐かしさと罪悪感の余りに涙が出そうになったが、その表情は見る見る暗くなっていく。何故なら二人はまだ怒っているからだ。スカタンクは唸るのを止めておらず、ベトベトンも険しい表情のまま、あの日以来何一つ変わってはいない。

助けを乞うように彼が伸ばした両手に触れないよう、ポケモン達は距離を取った。少し間を置いた後、ベトベトンが急に近づいて無理矢理に彼の懐を(まさぐ)る。ボールを見つけるとぱっと離れ、そのまま中に二人とも戻って行った。

床に転がったボールを机の上に戻し、倒れ込むようにベッドに身を投げる。苦しい現実がまだ続いている事を受け止められるはずも無いまま、夜が更けていくのだった。

 

 

翌日の昼食時、スマホロトムから通知音が鳴った。何と、以前売り切れで購入できなかった忍者の小説が、ついに本屋に入荷したとの知らせが入ったのだ。昨日の出来事を引きずっていたシュウメイは少々迷ったが、ポケモン達の前で笑えなかった事を思い出した。

自分が笑顔で居られたら、ポケモン達も笑ってくれるだろうか。

淡い期待を抱きながら、放課後に本屋へと赴く事にした。

 

 

 

 

その後無事に小説を買う事が出来た彼は店から出た後、袋から丁寧に本を取り出した。格好の良い表紙に思わず口角が上がってしまう。迷ったものの買ってよかったと感じながら、本を仕舞おうとしたその時、何かを強引に断ち切るような音がした。

 

「へえ、こんなのまだ好きなんだ」

 

眼前には、嫌でも忘れられない顔の男子生徒二人が立っていた。彼を呼び出してポケモンとの仲を裂いた、張本人達である。ドジョッチを繰り出した側の生徒の手には、買ったばかりの小説が掴まれていた。無理に本を引っ張られた所為なのか、掌には擦り傷が出来ている。言葉が出ないシュウメイを気味の悪い笑顔で眺めながら、いじめっ子達は好き勝手言い始めた。

 

「誰が読むんだろうな、こんな趣味の悪い本」

「キモさに磨きかけてどうすんだよ。やっぱ不快だわ、お前の顔」

「俺達がリサイクルしといてやるから…ほら、何とか言えば?」

 

乱暴に開かれた本が破られそうになっていると言うのに、彼は固まってしまったままだった。昨日のスカタンクとベトベトンの表情を思い出してしまったのだ。それを変えるために本を買いに来たのにと身体を動かそうとするも、二人が離れていってしまう恐怖の方が如何しようもなく強い。目の前が真っ暗になりそうだと思った瞬間、背後から凛とした声が響く。

 

 

「なら聞くけどよ、不快じゃねえ趣味って何なんだ?」

 

 

振り返ると、燃えるような赤い髪の女生徒が立っていた。美しく気高い眼差しで、いじめっ子達を見つめている。

 

「好きなもんは人に言われて決めるもんじゃねえだろう。

自分が好きだから好き…そこに文句って必要なのか?」

 

恐らく年下であろう女生徒に口答えをされた事に苛立ったのか、本を捨てて殴りかかりそうになるいじめっ子に感づいたシュウメイは、彼女の腕を引いて逃げた。

 

「あ!?ちょ、やめろ!!」

「駄目でござる!一度こちらへ!!」

 

 

 

 

本屋から大分離れた場所で、赤い髪の女生徒はへたり込んでいた。

 

「はぁ……はぁ……テメー………早すぎ、るだろ……」

「も、申し訳もない……暴力を振るわれたらと思ったが故…

……妙案!おいしい水を買ってくるでござるよ。少々お待ちを」

 

息も切らさずに水を買いに行こうとするシュウメイに、炎を(かたど)った小ぶりなポーチが投げられた。

 

「……さっき、金、使ったろ……その中に、いくらかあるから…使ってくれ……はぁ……」

「……かたじけない……」

 

とにかく早く戻らねばと、彼は急いで自販機を見つけた。お金を入れる為にポーチを開けようとしたが、それが目に映った瞬間に、あの場に割って入ってくれた事への感謝が込み上げて来る。一度目を閉じ、自分の財布を取り出して小銭を入れていく。

 

「………御免(ごめん)!」

 

ボタンを押して水を取り出し、彼女の元に戻ると、仲睦まじそうにカルボウと会話をしている姿が見えた。

 

「大丈夫だ、ボウジロウ。ちょっと……いや、かなり走っただけなんだ。……ふぅ、ようやく落ち着いてきやがった。心配はいらねえよ」

 

その言葉に、ボウジロウと呼ばれたカルボウは顔をふいっと逸らしては、ちらっと振り返った。

 

「……わかった、悪かったよ。無茶しちまったな…後でピーニャとボスにちゃんと謝るから」

 

彼女の謝罪を聞いたボウジロウは、とても嬉しそうに足に抱きつくと、じっとした目線を上へやり、何かを訴えている。

 

「甘えん坊だなあ。こうがいいんだろ』

 

腕を伸ばして抱っこをすると、望みどおりで安心したのか目を閉じて満足気な表情を浮かべた。ここまでの一連のコミュニケーションの凄まじさと濃密さが刺さるように伝わってくる。同時に、どの様にすれば彼女らのようになれるのだろうとも感じる。シュウメイは素早く近づき、そのまま勢い良く土下座をした。

 

「わっ!?何してんだ!」

 

「無理を承知でお頼み申す!!」

 

顔を上げて、困惑気味の彼女の瞳に目線を合わせる。

 

 

 

 

「……助けて………下さらんか………」

 

 

 

 

 

 

 

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