星をなぞる日   作:四樹

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シー:孤独を手放す時(中編)

「どこまで歩くでござるか…?段々と明かりが無くなってきたような…」

「いいから来な。薄暗いのがちょうどいいんだ」

 

シュウメイは赤い髪の女生徒に先導され、通った事もない廊下を歩いた。あの土下座の後、彼女はついてこいとアカデミーの中へ入り、校舎の端へと向かう様に進んで行った。蝋燭(ろうそく)の代わりになるかの如くボウジロウが先陣を切っている。仄暗(ほのくら)い闇の中で(うごめ)く鬼火の様に、頭上の炎が姿を変え続けた。

 

「オレよりも、すげえヤツらがいる。そいつらの力も借りる」

 

古めかしい扉の前に立ち、彼女はそう告げた。何故か少々表情を曇らせてゆっくりと扉を開ける。どんな人達がいるのかと隙間を除くと、何とも鮮やかで、儚くも力強い音楽が聞こえてきた。夕日が差し込む部屋の中心でギターを弾いていた彼はその手を止め、こちらに気づいて振り返る。

 

「おかえり。思ったよりも早く戻ってきたね」

「お、おう…」

 

たじろぎ気味の彼女の前にスマホロトムが飛んできたと思うと、怒っているような声が放たれた。

 

「メロちゃん?懲りずに無茶したな?

また()たれたらどうするんよ?せっかく治ってきたのに…」

「わ、悪かったよ、ボス。でもよ…」

「言い分なら聞く。でも全部反論する。ほら、言ってみ?」

「うう…」

 

スマホロトムに詰め寄られ、彼女が身を隠した先はおかえりと言ってくれた男子生徒の背中だった。けれどもそれはよろしく無い選択肢のようだ。

 

「メロコ、お叱りを受けておいで。誰が一番心配してるか、知ってるっしょ?」

「…わかったよ…」

 

彼に諭され、彼女は観念したのかスマホロトムと共に部屋の隅へ行き、そのまま体育座りをしながらお説教を受け始めた。何故かボウジロウまでも彼女の真似をして、膝を抱えて座る。

自分を助けてくれた時の彼女はとても格好良かったのにとギャップを感じていると、声をかけられた。

 

「ボクたちの隠れ家へようこそ、だよ。さあどうぞ、座って」

 

物腰柔らかな彼はシュウメイの為に椅子を出す。まるでお客人をもてなすかの様な所作には美しい物がある。歓迎されたのは初めてだった為、どう対応すればよいのか分からずそのまま膝を地面に付け、頭を下げた。

 

「…我には椅子等勿体(もったい)のうござりまする、元生徒会長殿…」

「ボクのこと知ってたの?まあ、でもそりゃそうか…

なら、名前で呼んでよ。そっちの方が嬉しい的な?それにほら、椅子にも座ってほしいし」

「……感謝申し上げる、ピーニャ殿……」

 

前歯を見せて笑うピーニャを前に、彼はようやく椅子に座る。お互いに腰を落ち着けた後、とんでもない事実が語られた。

 

「……実を言うと途中から見てたんだよ、キミたちのこと。今はお説教してるけど…ボスが見つけてくれてたんだ。監視カメラのハッキングで」

 

「は、ハッキング…」

 

言葉の衝撃がかなり大きいので(まばた)きをせずにはいられなかったが、「凄い人達」とはそういうことかと合点(がてん)がいった。

どうやら赤い髪の彼女…メロコが無茶をしようとする様を見つけ、そのまま追っていたらしい。

 

「…あぶねえと思っちまって、つい…」

「人を心配するのはいい事。けどメロちゃんも危ない。次」

 

タイミングよく彼女の胸中と、それを完封する言葉が聞こえてきた。

 

「本を取られたの、見過ごせなかったみたい」

 

ピーニャが補う様に付け足してくれた。彼女が自分の身を案じてくれた事を思い出すと、割って入ってきてくれた時の事が鮮明に目の前に蘇るようだ。

ポケモンの事で頭が埋め尽くされていたが、それ以前に自分を助けようとしてくれた人がいるという事実が(きら)めいて、一人で進むしかなかった道が照らされた様な気分になった。この洞窟に出口や灯りは無縁だと思っていたのに急に提燈(ランタン)を拾ったような、心地の良い違和感がある。

 

(おの)が道は(おの)が決める物。なれば(こと)なるは道理……そう、仰っておられるように見えた…」

 

掌を固く結ぶと、皆と好きな物が違うだけという理由で独りぼっちになってしまった自分の前に、炎を(まと)った英雄が現れた情景が浮かぶ。太陽のようなあの輝きと熱が火花を飛び散らせては、胸の詰まりさえも溶かしてしまいそうだ。

 

「生まれて初めてでござった…あのような(まぶ)しき御仁(ごじん)は……」

「すごくわかるなあ、それ。ボクもあの日、ボスにどれだけ救われたか……

あっ、そうだ。大切な本!タイトル教えてくれない?あいつらどこかに置いて行っちゃったみたいで…今からでも、探しに行こうよ。大方の場所はカメラで特定できてるからさ」

 

にっこりと笑う彼もまた、シュウメイにとっての支えになり始めている。好きな物を口にするのが久し振りで唇が震えるが、何とか振り切り声を出した。

 

「『虎ノ巻外伝•紫煙(しえん)(とばり) 第三巻』でごさる」

 

 

 

「……は?虎ノ巻!?!?」

 

 

 

突然の大きな声で、全員の肩が大きく波打つ。

スマホロトムがゆっくりとシュウメイに近づき、先程までの怒り声の(ぬし)、ボスが問いかけてきた。

 

「何で、その神作を………」

「……ご存知、なのでござるか?」

「知らないほうがありえないでしょ…しかも外伝!!本編超えの神よりの神!!」

 

共通の話題が突然生まれたことで、ボスはここにはいないはずだがシュウメイと硬い握手を交わしたような残像が見えた気がした。面白いことになってきたぞとピーニャはほくそ笑んだが、唐突にお説教が終わったメロコはポカンとしていた。

 

「なあ、オレもう怒られなくていいのか…?」

「多分大丈夫だと思うよ」

 

彼の目線と同じ方向を見ると、凄まじい熱量で話す二人がいる。また、言葉の密度が高い事に加え話題も転がるように変わる。聞き取れるが内容を理解する事は至難の業だ。だが当の本人達にとっては、その話し方が標準らしい。

 

「そもそも本編もめちゃおもろいと思ってたのに、外伝は王道外してくるからヤバすぎたんよな」

「心より同意…まさか序盤のモブキャラが主人公になろうとは…しかも長き闇落ちからの光落ちはオタクを分かり過ぎでござる。2巻6章でのフェイクには絶望しかござらんかったが、その後本編の伏線回収に走るとは…」

「しかもそれが光落ちの原因につながるから推せる。忍者の良さが伝わりすぎる。影で動いてるのに光浴びてる。つか、浴びろ」

「心中察するに余りある…が、影で生きてこそ(しの)び、夜を支配する事こそ誉れ。本編2巻2章の『ユカリ』殿の台詞、忘れたわけではござらんな?」

「マジレスありがと、暴走するとこだった。生き様がかっこいいのにそれを理解できなかったらファン失格…。でも贅沢言いたい。言っていい?」

「無論歓迎にござる」

「…………外伝だからこそ更新頻度遅いの、つらい………せめて年一にしてほしい……………」

「……………………ウッ……………」

「先生にはおいしいもの食べてほしいしあったかいお布団で寝てほしいし健やかでいてほしい……」

「できれば長生きもしてほしいでござるな…一生作品を描いていて頂きたいでざるが……続きが気になりすぎてストーリーと某辞書は丸暗記しまったでござる…」

「わかりすぎる…本編終わってもう3年半も経つのに……二次創作も素晴らしいと思うしその辺に神がゴロゴロしてるけど、本家だけでしかとれない栄養が……」

「本家だけにしか出せない味が……」

 

 

「あいつら何話してんだ?早口大会か?」

「メロコは聞いたらパンクするからやめようね」

 

メロコの後ろに立っていたピーニャが彼女の両耳を手で塞いだ。その状態でしばらく眺めていたが会話の止む気配が一向にないので、耳に当てていた手を離して指を鳴らす。

 

「二人ともストップ!!時間は有限だよ」

 

(ひび)が入る様な音と通る声が話に夢中になっていた二人の目を覚ました。シュウメイ達が慌てながらこちらを見たので、メロコはなだめようとした。

 

「そんな顔すんなら明日もここに来やがれってんだ!

あと、本題がある。そいつを連れてきた理由をボスも聞いてくれ。…えっと、……オレの名前は、メロコ……」

 

ほんのりと恥ずかしそうに口をくの字に曲げている。それを見たピーニャは彼女を助けるように言葉を足した。

 

「キミの名前も教えてほしいんだって」

「ピーちゃん『おみとおし』すぎ……

んと、改めてよろしく……」

 

彼の目には初めての景色が映っていた。同年代の子達が全員自分を見て嫌な顔一つせず、力になろうとしてくれている。我を忘れて好きな物について話せる日が来るなど想像もつかなかったのにと思うと、感謝の気持ちが胸に溢れて止められず、三人に向かって(かしず)く様に膝をついた。

 

「我はシュウメイ…よろしくお願い申す」

 

「シュウメイ!?!?」

 

おっと?とピーニャがスマホロトムの方を見た。

 

「その名前で忍者好きはエモすぎ!!」

「エモいってなんだ?それに、にん…?にんじゃ…って?」

 

まさかのメロコの便乗に、もう一度会話が暴走しないようにと強引にレールを引く。

 

「ボス、端的に。説明、お願いできるよね?」

「あ……ごめん。えっとね、『襲名(しゅうめい)』って単語があるんよ。名前を継ぐ、ってこと。秀でた忍者の名前を継いで、その名に恥じぬように生きる…そういう文化があって…」

「か、かっけえじゃねえか…わかった、それがエモいってことだな?」

「ちょっとニュアンス違うけど……長くなっちゃいそうだから割愛…

忍者については、話し出すとどうしても止まらん…どうしよ…」

 

困り果てるボスに、シュウメイが自分のスマホロトムを取り出した。

 

「アクションを見て頂くのは如何(いかが)でござるか?動画なら()ぐに出せるでござるよ」

「天才か?頼んだわ」

 

画面に映された忍者は宙返り等の華麗なパフォーマンスを決めていた。組手や戦闘のシーンも躍動感が強く伝わり、ピーニャも驚きながら眺めている。

 

「これは、確かにかっこいいね……」

「我もこの様になりたく…日々修練中でござる」

「えっ、武道の心得とかあったりするの?」

「嗜む程度でござるが、少々は…」

 

すると、メロコは思い出したように呟いた。

 

「あのとき、オレは暴力振るわれるだなんて気づかなかったのに…テメー、何で気づいてた?」

「腕と足への力の入り方に違和感を感じたからでござる。あの力み方は、歩くとは異なるものでござった故」

 

さらりと答えたシュウメイが余程格好良く見えたのか、彼女の眼差しがきらきら光る。

 

「すげえ…もしかして、身体動かすの得意なのか?」

 

それに答えたくなった彼は奥の方へ歩き、机と壁が離れている場所に立った。後ろの広さと天井の高さを確認し、両膝を素早く曲げ、足の裏に力を入れて床を蹴り上げる。腕の反動を使って身体をひねり、動画の中の宙返りを再現してみせた。

 

「……こちらで、答えになっているでござるか」

 

足音の少ない軽やかな着地を決めた彼の微笑みに、拍手と歓声が一斉に向けられる。

 

「シュウメイ!!すごいよ!!」

「これがにんじゃか…!!燃えるぜ…!」

「運動できるオタクの強キャラ感、やば……!」

 

堪らなく嬉しい感情が吹き上げてコントロールができなくなった彼は、つい癖で懐に手を入れた。

だがそこにモンスターボールは無い。それを実感すると、一気に現実が襲ってくるような感覚が走った。足先から暗闇の渦に飲み込まれていくように身体がふらつく。素早くピーニャが駆け寄り、シュウメイの肩を抱いた。

 

「大丈夫!?」

「あ…も…申し訳もない…」

 

喜びと悲しみの共存で内蔵が潰れそうな程に歪む。それなのに、心臓が無くなってしまったような空虚感もある。息をしているはずなのに、酸素を取り込めていない気さえしてしまう。苦しげな様子が心配になったメロコもこちらへと走り、手を貸そうと腕を伸ばした。

 

「…ボス、ピーニャ…こいつはオレに『助けてほしい』って言ったんだ。だからここに連れてきた。

……理由、話せるか?シュウメイ」

 

彼女の問いかけに首を縦に振った彼は、永く苦しい毒が自分に回りすぎてしまわぬように、過去に起きた悲劇について徐々に語り出すのだった。

 

 

 

 

「……ずっと怒ってる上に、ボールに戻るなんて…」

 

神妙な顔つきのピーニャが温かなお茶を渡してきた。戸棚の近くには電気ポットが置いてある。近くにはお菓子の袋らしきものまで有り、きっと彼等はこの部屋で過ごす事が多いのだろうなと想起させる。

湯呑みからお茶を飲み、シュウメイはほっと一息をついた。それのお陰で脱力した足に、ゆるりと感覚が戻ってくる。

 

「…あれ以来、我はポケモン達の気持ちが分からぬ…。いや、それよりも前から知らなかったのやもしれぬ。どんな気持ちで側にいてくれたのかさえも…。

そこで、ボウジロウと心を通わせる事が出来るメロコ殿のお知恵を拝借出来ればと…」

 

紅茶を何とか冷まそうとしていたメロコは驚いてシュウメイを見た。ボウジロウが隙あらばと角砂糖をカップに入れている。

 

「オ、オレは…そんな大層なことはしてねえぞ。なんつーか…見てると伝わってくるっつーか…あっ!」

 

スプーンで紅茶を混ぜようとしているボウジロウを手伝うかの如く、ぱっとカップを抑えた彼女の姿に、シュウメイは身を乗り出した。

 

「それでござる!何故、お分かりになられるのか!?」

「えっ!?…これは、その、だな。こいつ、紅茶飲んでると分けてほしいって近づいてくんだ。そしたらオレの真似をし始めてよ。自分で砂糖は入れるわ、ちゃんと混ぜるわで…ただ、混ぜる方には慣れてねえから、カップを倒しちまったことがあったんだ。だから抑えただけだ」

「…つまり、日常の積み重ねってことじゃね?」

 

ボスが要約をしてくれたので、メモ帳を取り出して記録を取る。その隣で、考え込んでいたピーニャが意を決したように声を出した。

 

「…ボクは、直接話すのがいいと思う」

 

その言葉にペンが止まる。極めて真剣な眼差しをこちらに向けられていることに気づき、焦りが出てしまう。

 

「ピ、ピーニャ殿…それは、とても難しいでごさるよ。ベトベトンもスカタンクも、自ら進んでボールに戻ってしまう…我に見向きもせず…」

 

表情が陰りかけるシュウメイの手を、彼は強く握った。

 

「言葉の力を、信じて。確かにボクらとポケモンの言語は違うけど、心のこもった言葉は言霊(ことだま)になる」

「…言霊(ことだま)?」

「そう。命の種族関係なく、魂を繋いでくれるんだ。シュウメイのポケモン達にきっと届くって、ボクは信じたい」

「けれども…謝罪の言葉は、拒まれてしまったでござる…」

 

忘れられるはずもない強い拒絶を思い出すだけで、心が千切れてしまいそうになる。だがピーニャは、シュウメイには思いもつかないような提案をした。

 

「じゃあ、『ありがとう』は?」

「……『ありが、とう』…?」

「『側にいてくれてありがとう』、って言われたらすごく嬉しくならない?

それに、ボクもシュウメイにお礼を言いたい。…メロコを助けてくれて、本当にありがとう。言うのが遅くなっちゃったけど!」

 

メロコとボスもピーニャに続くように、次々に口を開いた。

 

「すまねえ!そ、その………ありがとうよ、恩に着る」

「う、うちも…!つい楽しくて、そっちばっか……

シュウメイ、ありがとう。メロちゃんはひどい目に合うことが多くて…シュウメイがいてくれたら、そんなことにならずにすむかも」

 

 

ポケモン達に、ありがとうと言えていただろうか。

 

溺れそうになる程の感謝の意を伝えられ、頭の中にふと浮かんだ。思い出せばポケモン達だけでなく、クラスメイトや先生にも謝ってばかりいた。ここに居てくれる三人にもそうだ。礼節は重んじるべきと捉えてきたが、それを通り越していたのだとしたらどう感じられてしまうものなのだろう。

薬も過ぎれば毒になる。ならばポケモン達はどの様な思いで聞いていたのかと思うと、そういう時は決まって二人とも身体を寄せ合っては励ましてくれていた事が脳裏を()ぎる。ならば伝えるべきは、伝えたい言葉は謝罪ではない。

 

 

「『ありがとう』と、言いたい……!」

 

 

シュウメイは声を振り絞りながら、ピーニャの手を強く握り返した。堪らず三人は笑顔になったが、まだ彼は少し震えている。

 

「……もし、お力添えを頂戴出来るので有れば…

ここに、ベトベトンとスカタンクを連れて来たいでござる。…見守って、頂きたく……」

 

彼の恐怖を拭うように、固く繋がれた掌の上にメロコが(こぶし)を乗せた。

 

「恩は返すもんだ。だから頼れ」

「遠慮しないでほしいんだって」

「ピーニャ!訳すな!」

 

手と手が繋がっていく様が、自分が追い求めていた物語のシーンを彷彿とさせる。「それ」は物語の中だけに成り立つ物だと思っていたのに、現実になっていく事が未だに夢を見ているようだと錯覚を起こす。これは彼が捨ててしまった、幼い頃の憧れの一端なのだ。

 

「みんな…ありがとう…」

 

喜びに頬が(ほころ)んで、自然と笑顔が生まれていく。そんな中、スマホロトムが何故か後ろめたそうに下を向いている。不思議に思い眺めていると、恐恐(こわごわ)とボスが口ごもりながら謝ってきた。

 

「ごめん、うちはここから見てることしかできんけど…それでもいい…かな…」

 

スマホロトムを介す事には何か理由があるのだろうと感じる。ならばせめて安心してもらえるようにと、彼はそのまま笑顔を向けながら答えた。

 

「ボス殿はボス殿…どの様なお姿であろうと、我は嬉しいでござるよ」

「あ、ありがと、シュウメイ…」

 

二人のやり取りにピーニャはほっこりしていたが、今までと何かが違うことに気づく。メロコもそれには感づいていたようで、スマホロトムをまじまじと眺めている。

 

「そういえばボス、シュウメイにあだ名はつけないの?」

「それだ!なんで『ちゃん』つけねえのかなって思ってた」

 

わくわくとしている二人に、ボスはぴしゃりと返した。

 

「オタクはかっこいい言葉を言いたがる。以上」

「流石に照れるでござるよ、ボス殿…」

「……イカす名前だからってことか?」

「『襲名(シュウメイ)』だからってことだね」

 

 

 

 

紫色の雲の下、ボス以外の三人は特定された位置に向かい本を探していた。ボス曰く、カメラの位置によっては如何(どう)しても写せない場所がある為、恐らくその(あた)りに捨てられているのではないかとの事だ。太陽が沈みきってしまう前に見つけなければと、誰一人手を緩めることは無かった。

 

「チッ、人の物を乱暴に扱いやがって」

 

彼女が少し怒りながら目の前の袋を退()けているのを見たピーニャが、ビンとカンを拾いつつ声掛けをした。

 

「それには同意だなあ。でもそれでメロコがメロコを責めることは良くないよ。せっかく助けてもらったんだから」

 

彼の言うことは最もだ。大切な本さえ放り出して手を取ってくれたシュウメイの気持ちは無駄にできない。だからこそ自分が見つけなければと彼女は必死になっている。

誰かが怒っているのを見たとき、決まって心の中に生まれてくる恐怖のような、焦りのような感情が有ったが、この怒りは別なのだ。人を思う怒りはこんなにも温かいのかと、つい言葉が溢れる。

 

「いやはや、炎の様なお方でござるな、メロコ殿は。誇り高く咲く火炎の花…いや、全てを等しく見守りし太陽…」

「テメー!そんなかっこよく言うんじゃねえ!集中できねえだろ…う……?」

 

またしても照れ始めていた彼女の動きが止まる。そのままこちらへ近づいて来ると、嬉しそうな顔で話しだした。

 

「…炎…そう、炎だ!ボウジロウの炎のゆらめきが、オレに気持ちを教えてくれるんだ。嬉しいといつもより燃えるし、寂しいと小さくなる…これも、ヒントにならねえかな」

「なんと……しかし、ベトベトンとスカタンクには、そのようなものは……」

 

シュウメイのポケモン達はどくタイプだ。ほのおタイプのように特性を部分的に身に纏うことは少なく、身体そのものが毒で出来ているといったケースも有る。どくタイプの特性といえばガスや液体等の物質を撒く事だと考えたその時、ベトベトンとスカタンク、どちらにも共通する事が一つ有る事に気づく。

 

 

「……怒るのならば…何故、威嚇行動をしない……?」

 

 

二人とも態度としては怒り続けているものの、有害な物質は決して向けてこない。それどころかモンスターボールに戻るのは、(おのれ)が生み出してしまうかもしれない毒から大切な人を守る行動にも捉えることが出来る。

 

「何故、このような事に気付けずに……」

 

希望と真実への足掛かりが見えてくる。喜びに顔を覆うシュウメイの背中に、軽く手がかけられた。

 

「グッドタイミング。ちゃんと見つけたよ」

 

振り返ると、ピーニャが探し物を持っていた。どこに行っていたのか、制服や手、顔までもが汚れてしまっている。本にも表紙に泥がかかっていたり、濡れて染みができてしまったりしているが、受け取って(ページ)(めく)ってみると中身を読むのには問題なさそうだ。

 

「でも、やっぱり汚れちゃってた…きれいな方のがいいよね?」

「なんとか落ちねえのかな?紙の掃除のやり方、調べねえと…」

 

困っている二人の前で、シュウメイは本を抱きしめた。

 

「あ!服が!」

 

汚れが移ってしまうと焦るピーニャに答えるように、柔らかな声が聞こえてくる。

 

 

「…これがいい……

これがいいで、ござるよ………」

 

 

(あた)りが暗くなって来たからか、その表情はいつもよりわからなかったが、喜んでくれていることは伝わってくる。そう言ってくれるならと、二人はシュウメイを寮の方角へとつれて歩く。その途中に管理人に見つかり、泥だらけの男子二人はしっかりと注意され、どうしてそんなに汚れているのかと聞かれた。

 

 

 

 

 

「探し物をしてました。細道で泥がたまっちゃってたところがありましたけど、なんとか越えられてよかったです」

 

「宝物を抱きしめたらこうなったでござる」

 

「それ、答えになってんのか…?」

 

 

 

 

 

 

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