「父は、ナリス様を良く思っていません。
アルシス王家と距離を置く為と言うより、ナリス様に含む処が有る様でした。
身体を損なわれる以前とは異なり、聖王に相応しい御方だと何度も言ったのですが。
…父は僕が、そのう、リンダ様の色香に迷わされていると受け取ってしまった様です。
マルガに残ると先刻は言いましたが、父に余計な不信感を募らせたのは僕の責任ですね。
カラヴィア軍の参陣が一刻も早く必要だと納得しました、僕が父を説得します」
「アドレアン様、状況を御理解下さり誠に助かります。
ゴーラ軍が先に当地へ入れば、ケイロニア軍の動向に影響が出かねませんが。
カラヴィア軍が神聖パロ本拠に入れば、ゴーラ軍も迂闊な行動は控えるでしょう」
現時点で新生ゴーラ王国を正式に認め、国交を樹立しているのは一応盟邦の隣国のみ。
クム大公国も現在の大公、三公子の末弟にして唯一の生存者を救われた故に他ならぬ。
イシュトヴァーンが訪れた地は例外無く、虐殺の巷と化す。
《炎の破壊王》と物騒な異名を奉られ、怖れられるに相応しい《実績》が存在する。
紅都アルセイスに於ける鮮血の惨劇、クム3公子と滅亡した老大国ユラニア3公女の婚礼。
モンゴール大公国の命脈を断ち切る簒奪者の一撃、トーラスに於ける裁判と血塗られた結末。
幼い頃に培われた生命の恩人イシュトへの想い、感謝の念が消えた訳ではないが。
複雑怪奇な国際情勢の対処には、幻想を抱かず身も蓋も無く現実を直視する姿勢が肝要となる。
ナリスは嘗て中原全体に関わる事態の故、全ての国々へ使者を立てると表明。
鎖国を続ける太古王国ハイナム、キタイの暗殺教団まで引合いに出し反応を窺ったが。
新生ゴーラを匂わせた途端、親代わりを自認する一徹者の聖騎士侯ルナンが猛反発。
他の皆も『他の国は兎も角、それだけは容認出来ぬ』と無言の圧力(プレッシャー)を掛けた。
「ゴーラ軍に参戦されると最も困惑するのは、我が方に他ならぬのですが」
ヨナ自身も神聖パロ参謀長として振る舞い、血も涙も無く断言せざるを得なかった。
アドレアン公子は衰弱を隠す為、真紅の外套(マント)を纏い崇拝する姫君に敬礼。
上級魔道師ディランに護衛され、閉じた空間を経て息子の身を案じる伊達男の許に急行。
数ザン後『説得は無事成功』の連絡、心話が届き神聖パロ参謀長は愁眉を開いた。
アドロン以下の総勢3万5千は急造陣地を引き払い、マルガに向け移動を開始するが。
カラヴィア軍が無事マルガに到着しなければ、ゴーラ軍は何を仕出かすかわからない。
ヨナは竜王の操る異次元の怪物、竜の門に襲われ壊滅する最悪の事態も想定するが。
冷徹(クール)に徹し優先順位を判断、熟慮の末に魔道師の増援を中止。
グインは各部隊を一旦、エルファに集結させる模様だが。
リンダの要請に応え、カレニア政府の支援を表明している。
世界最強のケイロニア軍を敵に廻すとなれば、イシュトヴァーンと雖も相当な覚悟が要る。
ゴーラ軍の将兵も二の足を踏み、移動速度が鈍ると推定し古代機械とアルド・ナリスの護衛を優先。
心を鬼にして上級魔道師ロルカ、数名の下級魔道師は最後の切り札として残す。
カラヴィア軍の護衛は上級魔道師ディラン、部下サルスに限り運を天に任せると決めた。
レムス軍の約2万は第三勢力、カラヴィア軍の転進に伴い別働隊タラント軍に合流。
クリスタルを護る態勢を崩さず、ダーナムに睨みを効かせ神聖パロ側を威圧。
パロ北西部では竜の歯部隊が行軍を再開、レムス側の魔道士に拠る奇襲も予想されたが。
上級魔道師ギールは姿を隠し、上空から抜かり無く周囲を警戒。
グインが数タルザン毎に受け取る念波、心話は『異常なし』と告げる物ばかりであった。
黒竜将軍トールの許に通常より数倍早く、伝令が到着し集結地エルファに進路を変更。
下級魔道師ディノスは周辺を魔道で走査《スキャン》、異常が無い事を確認。
続いて金犬将軍ゼノン、ワルスタット選帝侯ディモスの許に伝令を伴い移動。
伝令の騎士は各部隊の指揮官から返事を預かり、ディノンの術で通常より数倍早く復命。
エルファに入った遠征軍の最高指揮官、グインを思い掛けぬ人物が待ち受けていた。
「ユー・メイではないか!
どうした、キタイで何かあったのか?」
東方の魔都で暗殺教団の刺客、闇の司祭、鬼面の塔と闘った北の勇者に駆け寄る小柄な姿。
生き別れの兄妹再会を実現した恩人、豹頭の戦士を見い出し黒曜石を思わせる瞳が輝く。
嘗て青鱶団の戦闘班長を務めた黒い小竜、シャオロンの妹ユー・メイ。
彼女は男の子の格好を止め、兄に良く似た端整な顔立ちを際立たせていた。
「グインさん!
会いたかったよっ!!」
馬から降りたグインは、小柄な少女に太い腕を差し伸べた。
8歳になる筈の浮浪児ヴァニラ、改め少女ユー・メイが抱き付く。
「このおじいさんが、連れて来てくれたのっ」
再び思い掛けぬ者を見出し、黄玉《トパーズ》色の眼が強い光を放った。
「イェライシャではないか!
おぬしがユー・メイを連れて来てくれたのか?」
「元気そうで何よりだ、王よ。
この娘をキタイから連れて来たのは、わしの意思ではないがな。
お主の盟友とも言うべき青星党の指導者、キタイの民を束ねる大君の器を備えた若者。
希望の星と成りつつある存在、リー・レン・レンからの使者としてな」
ドールに追われる男、イェライシャが飄々と微笑い豹頭王に頷いた。
魔道師の陰から特徴の有る帽子、キタラを抱える吟遊詩人が姿を表す。
3人目の登場に驚いた素振りを見せず、グインは眼光を抑えた。
「お前もか、マリウス?
まさか、キタイまで行って来た訳では無いだろうな?」
サイロンを飛び出した聖王家の異端児、ササイドン伯爵は気後れした様子で表情を窺うが。
ユラニアの青髭から鉄面皮と評された異形の豹面、特異な容貌からは何の感情も読み取れない。
「僕は、そのう、パロに向かう途中で、この人に助けて貰ったんだ。
ユリウスが出て来てさ、グラチウスの許へ行かれそうになったんだけど。
イェライシャの薬草を摘んだ後、グインに相談する方が良いって助言されたんだよ」
珍しく歯切れの悪い口調で喋る饒舌の徒、ヨウィスの民を自称する聖王国の第4王位継承権者。
マリウスは尚も何か言い掛けた途端、断固とした口調で遮られ思わず口を噤んだ。
「すまぬが、後にしてくれ。
俺はキタイで何が起きているのか、一刻も早く知らねばならん」
言いたい事は胸に溢れ返っているが、何から話せば良いか見当が付かない。
ユー・メイも吟遊詩人と同様に一言も発せず、困った顔で後ろを振り向いた。
「私には上手に説明出来ない事が一杯あるから、おじいさんから話して貰って良いですか?」
ドール教団の先代最高司祭、水竜に由来する太古王国ハイナムの神官であったかも知れぬ男。
イェライシャは穏やかに微笑み、シャオロンの妹に安堵の表情が拡がる。
グインが肯く仕草を確認した後、ドールに追われる男が語り始めた。
「キタイでは王の去った後、未来の大君と見込んだ若者が急速に勢力を拡大していた。
リー・レン・レンは嘗ての青鱶団、清花団を中心に組織を拡大し青星党を名乗っている。
家族を返せと告発する勇気を持つ者、誰もが願っている希望の代弁者が初めて現れたのだ。
彼は望星教団の支援を受け家族の消息を求める遺族、キタイの民の希望を一身に集めた。
竜の門共は青星党を攻撃したが、ヤン・ゲラールは王との契約を守っている。
元青鱶団や清花団の戦士達が負傷の後、王が見込んだ少年の護衛は望星教団が引き継いだ。
青星党と望星教団は各地に連絡を取り、シーアンから戻らぬ女達は10万を超えると判明した。
シーアンに妻や娘を連行され、キタイの現状を憂える人々に正確な情報を与えた。
竜王に抵抗を続ける青星党の指導者、リー・レン・レンの名は全土に知れ渡った。
旧王家の残党や古い信仰を奉じる者達も好機と見て、家族の返還を求める運動に参加している。
若き指導者は新都シーアンを標的に定め、キタイ各地の勢力を糾合し味方に付けた。
ヤンダル・ゾックも聖王の遠隔操縦、古代機械の獲得を一時的に断念した模様と見える。
リー・レン・レンを護る戦士達は執拗な攻撃を受け、決起以前に多大な犠牲を出しているが。
戦いの様子はキタイ全土に報じられ、却って各地の反乱を激化させる事となった。
竜王は教主ヤン・ゲラールに対し、リー・レン・レンから手を引けと最後通牒を発した。
従わねば望星教団の信徒を一人残らず、キタイ全土から掃討すると宣告してな。
だが暗黒魔道師連合の時と違い、ヤン・ゲラール以下の全教団員は覚悟を固めた。
キタイの民と青星党を擁護する、と望星教団の教主は宣言したのだよ。
シーアンに拉致された妻や娘を還せ、と求める声は各地で燃え拡がった。
竜王が如何に強大な力を振るおうとも、キタイ全土を同時に鎮圧する事は出来ぬ。
傀儡国家を必要とする闇の司祭、グラチウスめは絶好の機会と判断したのだな。
彼奴めは暗黒魔道師連合を再興する為、キタイに舞い戻っておった。
独立運動の鎮圧に当たる竜の門を各個撃破して、竜王の力を殺がんとしている」