暁の微風   作:fw187

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神の手

 リリア湖畔の離宮、アルド・ナリスの寝室は昏い。

 失明寸前の視覚に掛かる負担を減らす為、窓は厚い暗幕(カーテン)で締め切られている。

 脳裏を貫く銀色の閃光が聖王家の反逆者を包む浅い眠り、混沌の如き無数の夢鏡を断ち切った。

 

( 第十三号転送機より、セカンド・マスター<アルド・ナリス>へ。

 ファイナル・マスター<ランドックのグイン>より、念話コンタクトが要請されています。

 念話コンタクトに、同意しますか?  )

 

(同意する)

 即答。

 感情の入り込む余地を持たぬ銀色の念波は、古代機械以外の物ではありえない。

 

 次の瞬間。

 豹頭の追放者と聖王家の思索家は、互いの精神特性と思考様式(サイコ・パターン)を認識した。

 

 

 外見の大幅に異なる両者は面識が無く、心話を交わす機会も無かった筈だが。

 奇妙な事に、双方が既視感を覚えた。

 不思議な感覚、異様な感動が共鳴する。

 

 言葉に置き換えると『数多の体験を共有する存在、魂の絆を有する旧友だ…』と云う所か。

 互いの精神的視野に生じた想念を同時に感知、共有する精妙にして鮮烈な感覚。

 思念波増幅装置の奇蹟、精神接触《コンタクト》に拠り新たな可能性の扉が開かれた。

 

 ナリスの苦痛を感じた豹頭の追放者は、反射的に膨大な活力を注入。

 パロ聖王家の正統後継者、アルシス王家の遺児に星々のエネルギーが流れ込む。

 治癒の光を遙かに凌駕する摩訶不思議な波動が全身を駆け巡り、細胞を賦活化。

 拷問を受けた後も絶え間無く蠢き、ナリスを苛み続ける後遺症の苦痛が消えた。

 

 

(古代機械、答えろ。

 ナリス殿の身体を、可及的速やかに治療する事は出来るか?)

( 片脚の再生、生命維持と運動機能の修復には松果腺刺激再生手術が有効と判断されます )

(所要時間は?)

( 手術自体は数分で完了しますが、神経細胞の修復には当惑星時間で約3日程が必要です )

 

(ケイロニアのグインより、神聖パロ政府首席アルド・ナリス殿に申し上げる。

 パロ聖王家の秘蔵品、古代機械を無断で借用させていただいた。

 諸般の事情に撚り認可を得られず、事後承諾の形となっってしまった事は謝る。

 必ずや何等かの形で償わせていただく故、誠に申し訳ないが御勘弁を願いたい。

 

 俺は聖王レムスに憑依した竜王と対面し、クリスタルが闇の迷宮と化した事を確認した。

 ヤーンの導きにより覚醒を果たした貴方の妻リンダ、カラヴィア公子も同行している。

 部下が置き去りになっている故、古代機械を使い俺は彼等の傍に転送させて貰う。

 他の部隊も黒魔道の奇襲には備えが無い、詳しい話は後にさせて貰えれば大変助かる)

 

 

(了解しました)

 詩人の魂が暴走せぬよう、一言に返事を抑える聖王家の正統後継者。

 それ以上言葉を発してしまえば、溢れ出る想念の奔流を止める事は出来ぬだろう。

 ナリスの裡に閃く葛藤が瞬時に理解され、感謝の象徴記号【シンボル】が贈られる。

 ナリスもまた、グインが己の想いを理解している事を悟っていた。

 

 

(済まぬが俺は即刻、行動に移りたい。

 3日の間に各部隊を合流させ、神聖パロ側の勢力圏に移動する心算だ)

 ナリスは精神接触を通じ一瞬で、グインと古代機械の遣り取りを《知った》。

 古代機械に関する様々な推測、理解、発見、新たな疑問が無数に発生。

 驚異の機械について捲くし立て、グインと討論を始めたい闇雲な衝動に駆られる。

 

 遙か東方へ赴いたグインが体験したキタイ、竜の門が支配する旧都ホータンの現状。

 聖王宮にてレムスの内部に出現した東竜王、ヤンダル・ゾックの言葉。

 魔王子アモンの同類を孕み、倉庫に隠匿され時を待っていたと思われる数多の女達。

 早急に、手を打たねばならぬ。

 中原に存在する誰よりも強く、グインの懸念をナリスも共有していた。

 グインもまた、ナリスが懸念と焦慮を共有している事を疑っておらぬ。

 

 

(古代機械は、何処に隠したら良かろうか?)

 ナリスの脳裏に、光の円盤を地上から見た3次元映像が映る。

 地上に置けば目立つ事、此の上も無い。

 

(俺は以前、海中を自在に動く光の船を見た事がある。

 或いは湖の奥底、水中に隠す方が良いかもしれぬ)

(わかりました、リリア湖の中に小島があります。

 隠れ邸として利用していた建物、目立たぬ別荘も。

 マルガ市街の反対側の水面下に着けていただければ、都合が良いのですが)

 

(了解した、貴方は話が早くて良いな。

 取り敢えず失礼するが、直接対面する時を楽しみにしているぞ)

(全く同感です、豹頭王陛下)

 念話のコンタクトが、切れた。

 

 

(ヴァレリウス、聞こえたか?)

 ナリスが思考すると同時に、上級魔道師の心話が飛び込んで来た。

(ナリス様、上空に正体不明の物体が現れました!

 白く光る水晶の様な物体ですが、閉じた空間の術ではありません。

 接近を試みましたが、我々には未知の結界が張られています。

 黒魔道の幻術《イリュージョン》ではない様ですが、竜王の新たな攻撃かも知れません。

 

 状況次第では閉じた空間を使用し、サラミスへ脱出する必要があるかもしれません。

 御身体に負担が掛かる事が心配ですが、竜王が関係しているとあれば猶予はありません。

 私とロルカ、ディランがヨナを連れて寝室に行きます。

 急で申し訳ありませんが、事態は一刻を争うと思われます。

 

 お目覚めでいらっしゃいますか?

 睡眠中であれば、話が早い。

 そのまま、閉じた空間でお連れしますからね。

 くねくねと曲がりくねった会話なんか、付き合っている余裕は無いんですから!

 

 こんな事、言ってる場合じゃなかった。

 今、行きますから!)

 珍しくも支離滅裂、ヴァレリウスらしからぬ非論理的な思念波。

 上級魔道師の混乱した心話を受け、ナリスは冷静さを取り戻した。

 

 

「落ち着け、ヴァレリウス。

 すると先程の心話は、私にしか聞こえなかった訳だね。

 心配は不要だ。

 未確認飛行物体の正体は、古代機械だよ。

 グインからの心話を他の者に聞かれぬ様、配慮してくれたのか。

 なかなか、役に立つ機械だね」

 

 普段と違い闇が凝結する手順を省き、魔道師3人とヨナが実体化した。

 黒い瞳を煌かせ、チェシャー猫の様に笑うナリス。

 魔道を超越した事態の発生に動転、決死の表情で現れた魔道師ギルド実戦部隊長。

 パロ最強の白魔道師ヴァレリウスは、思いもせぬ歓迎を受け棒立ちとなった。

 ヨナ、ロルカ、ディランも同様。

 小さな白い顔を見詰め、絶句。

 

 上級魔道師の理解を絶する事態だから、キタイの竜王の仕業に決まっている。

 グラチウスの可能性も、無くはないが。

 どちらにせよ、緊急事態だ。

 パロの白魔道師軍団には到底、太刀打ち出来ない。

 最悪のケースを想定して、ナリスだけは何としても逃がさなくては。

 想定外の事態に動転、切羽詰った表情《かお》でナリスの寝室へ駆け付けたのだが。

 

 絶体絶命の危地に陥った筈の主は、悪戯っ子の様な笑顔を見せている。

 殺気立っていた空気が呆気無く、光り輝く美貌の前に散って消えた。

 

 

「何を馬鹿みたいに突っ立って居るんだね。

 そんな表情、お前には似合わないよ」

 ナリスの光り輝く笑顔に想定外の衝撃を受け、思考停止状態に陥り凝固《フリーズ》。

 呆然自失の態で棒立ち、大きく口を開いた儘で凝視を続ける魔道師が漸く唇を閉じる。

 

 ヴァレリウスは名状し難い光で瞳を満たし、魂の主を睨み付けるが。

 顔面の筋肉も機能を回復、表情を取り繕い平静を装うが内心の歓喜は明白。

 満月の様に明るい輝きを投げ掛ける、悪戯猫の様な笑顔。

 拷問を受ける以前でさえ、こんな生命力に溢れる表情は見た事が無い。

 傍らのヨナと上級魔道師2人も神聖パロの総帥、ナリスの反応に思わず安堵し顔が輝いた。

 

「一体全体、どういう事なんですか?

 私の貧弱な脳味噌には荷が重過ぎます、全く理解できませんよ。

 あれが、古代機械ですって?

 まさかとは思いますが竜王の罠、新手の陥穽に翻弄されているんじゃないでしょうね?

 アレクサンドロスの昔から古代機械は聖都クリスタル、いや聖王宮の地面の下に在るんでしょう?

 聖王家の秘蔵品が消え失せたら、ヤヌスの塔はどうなるんです?」

 

「知らないよ、そんな事」

 いい加減な返事に、ヴァレリウスは爆発しそうになった。

 青ざめていた顔が、見る間に真っ赤に染まる。

 建設的とは言えない展開を省く為、ヨナが冷静沈着に割り込む。

 

「『先程の心話は私にしか聞こえなかった』、と仰いましたね。

 問題の物体は竜王の新たな手では無い、真の古代機械と判断される根拠をお聞かせ願えますか?」

 夜空に瞬く星の様に、ナリスの瞳が煌いた。

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