「ナリス様も人が悪いや、お前が本当に蒼褪めるもんで冷や汗を掻いちまったよ。
まぁ奴等が何にも疑わずに納得してくれて、助かったけどな。
何、鳩が豆鉄砲喰らった様な顔してんだよ。
黙ってて悪かったけどさ、ナリス様に釘を刺されてたんだからしょうがねぇだろ。
マルコは正直で顔に出てしまうから、事前には何も言わない方が良い。
むしろマルコが驚いて見せた方が、他の連中は納得して疑わないだろうってさ!
次に芝居を打つ時は、お前を仲間外れにしねぇって約束するよ!
謝るから機嫌を直せよ、海の兄弟!!」
「他の者達には、何とでも思わせておけば良い。
イシュトヴァーンと私は誰が何と言おうと、固い絆で結ばれた運命共同体だからね。
ヴァレリウスは執念深いから、また愚痴の垂れ流しを聞かされるだろうけれど。
私は決して鏡に映った様に魂の良く似た同志、イシュトヴァーンを見棄てる事は無い」
目を白黒させる沿海州ヴァラキア出身の騎士、元オルニウス号水夫長マルコ。
か弱い王子様を完璧に演じる役者、アルド・ナリスの面には意味深長な微苦笑。
不可触性の力場《フィールド》、混沌の暗幕《カーテン》ならぬ白魔道の結界。
心理誘導の磁場を張り巡らせ、不可視《ステルス》の盾に潜む術者が唇を噛む。
天性の演戯者《プレイヤー》は華麗に舞い踊り、天幕を舞台に幕間劇を披露。
屈託の無い純真無垢な表情を湛え、しゃあしゃあと黒子に徹する愛国者を一瞥。
時も次元も解明された天上の都、ランドック製の第13号受送機《レセプター》。
古代機械が認めた唯一の主、補欠管理者《セカンド・マスター》が微笑った。
「俺が本物の馬鹿なんかじぇねぇって事ぁ、お前等には解ってるだろうがよ。
ユラニアの老いぼれ、クムの石頭みてぇな阿呆共とは出来が違うんだ。
今回の出兵だって伊達や酔狂じゃねぇ、用意周到に計算してあったんだ。
でなきゃ、建設中のイシュタールを放り出してまで遠征なんかしねぇ。
ナリス王とは最初(はな)っから、ちゃんと話を付けて共闘する筈だったんだがな。
意識不明の重態とか抜かしやがって、マルガに詰めてた他の阿呆共が邪魔しやがった。
連中は何も知らねぇ、真のパロ王は治療中だから話が出来ねぇの一点張りでよ。
真の悪い事に頭の弱い草原の蛮族共が何をトチ狂ったか、味方の俺達に夜襲を掛けて来やがる。
ケイロニアの兵隊を引き連れてきた豹の野郎も、ナリス王から何も事情を聞いてねぇしな。
ゴーラ軍は血に飢えた獣(けだもの)だ、なんて根も葉も無ぇ噂を真に受けやがった。
スカールの畜生から自慢の顔に傷を付けられて、ちっとばかり頭(たま)に来ちまってよ。
つい俺も頭に血が昇ってな、見境無く暴れ出さずにゃあ居られなかったのさ。
治療とやらが終わってからも面会謝絶とか嘘付いて、ナリス王への伝令を邪魔し腐りやがって。
マルガの馬鹿共が叱られて豹頭に詫びを入れ、ゴーラ軍と休戦するよう頼み込んだって訳だ。
せっかく援軍に来てやった味方の筈が、ケイロニア軍や草原の蛮族共と戦わされちまった。
マルガの弱虫共が余計な浅知恵で誤解を広めた御陰様でよ、とんでもねぇ大迷惑だぜ。
腹の虫はおさまらねぇがカメロンから伝令が来てな、アムネリスが赤ん坊を産んだらしい。
俺にとっちゃ初めてのガキだからな、さっさと帰国して顔を見てやりてぇんだ。
パロなんざ放っといて一刻も早く国へ戻りてぇが、中途半端な儘で帰国する訳にも行かねぇ。
ダーナムって辛苦臭ぇ街に入る時、レムスの手下を派手に叩いちまってるかんな。
ハイそうですか、どうぞお帰り下さいよってな訳には行かねぇ事は解るよな?
都合も変わっちまったしもうしょうがねぇ、腹癒せついでに竜の化物共をやっつけてやる。
クリスタルで精々派手に暴れて鬱憤を晴らしてから、大手を振って凱旋帰国と行こうぜ。
ケイロニア軍の同盟軍として共闘するんだ、折角の機会だから強さの秘密を盗んでやれ。
お前等も口実を作って奴等に付き纏って、てめぇに何が足りないのか勉強しろ。
部下共にも良く言っとけよ、ケイロニアの奴等が馬鹿みてぇに強ぇ秘訣を盗めとな。
どうすればゴーラ軍も奴等に負けねぇ位に強くなれるのか、良く考えるんだ。
眼の前に折角ケイロニア最強の黒竜騎士団なぁんて、世界最高の御手本があるんだからよ。
『明日の為に、今日の屈辱に耐えろ』てな堅苦しい台詞(セリフ)を吐く気は毛頭無ぇけどな。
俺達の方が若いし無限の可能性って奴を持ってんだ、次に会う時にゃ完璧に叩き潰してやる。
そんな先の話じゃねぇ、そう遠くない未来にゃ俺達ゴーラ軍が世界最強になってやるんだ。
お前達なら出来る筈だ、俺を失望させんじゃねぇぞ!」
都合の悪い事は全て運命共同体ナリス、北の王グインに責任を押し付け平然と自己正当化。
ゴーラ軍の若き将星を前に吼え猛り、我田引水の演説を打ち捲る野心家の運命共同体。
「応っ!」
イシュトヴァーンの獅子吼に応え、勇者達は天地を揺るがす絶叫を轟かせた。
「1ザン後に動くぞ、間に合わねぇ奴なんざ用は無ぇ!
真っ先に準備が出来た奴にゃ褒美をやるが、のろまは置いてくかんな!!
一番槍は早い者勝ちだ、俺に着いて来れんなぁ誰か楽しみにしてるぜ。
御喋りはこれまでだ、野郎共、さっさと行きやがれ!」
互いに競争心を煽られ、鎧を激しく衝突させながら走り出す若き猛将達。
ウー・リー達と共に喧騒が去り、静寂を回復した天幕の裡に抑制された笑い声が響く。
「そなたには、驚かされる事ばかりだよ。
一体何処で、そんな立派な演説を勉強したのだね?」
反体制派の遊撃兵(ゲリラ)ではなく、紅の傭兵を自称する陽気な無頼漢(バスタード)。
予知能力にも喩えられる野生の勘、動物的な危機察知能力を誇る魔戦士の運命共同体。
大衆の心を掴む術を心得た天性の煽動者に劣らず、巧みな人心収攬術を誇る天性の策謀家。
パロ聖王家の青い血が誕み出した芸術品、アルド・ナリスの唇が賛嘆の詞を紡いだ。
「馬鹿言ってんじゃねぇ、詐術(イカサマ)や虚勢(ハッタリ)なんざ御手の物よ。
俺だって経験の浅い若造じゃねぇ、あっちこっちで色んな経験を積んで来てんのさ!
レントの海で海賊船に乗って暴れ回ってた時、赤い街道で盗賊やってた時だってそうさ。
腕と度胸に加えて知恵と勇気たぁ言わねぇが、頭を使って力自慢の馬鹿共を従えたんだ。
ましてや俺に心服してる可愛い部下共なんざチョロイもんさ、これくらい屁でも無ぇよ。
ナリス様と初めて会った時から出来てたさ、ゴーラを切り従えたなぁ伊達じゃねぇんだぜ!」
御世辞とは百も承知であるのだろうが、ナリスに褒められ満更でもなさそうに輝く浅黒い顔。
イシュトヴァーンの屈託の無い表情、こんな幼児の様な笑顔を見たのは初めてかも知れない。
この笑顔を無鉄砲な暴れ馬、野心家に無償の愛情を捧げる擁護者カメロンに見せてやりたい。
マルコの想念は結界の中から見守る黒子、ヴァレリウスにも充分に共感の出来る物だった。
竜王の操る異次元の怪物が襲来する悪夢、密かに危惧されていた黒魔道の攻撃は無かった。
イシュトヴァーンに魔王子アモンを護らせる為、キタイの軍勢10万を派遣する。
ヤンダル・ゾック自身は大規模な反乱を鎮める為、一時的に撤退を余儀なくされた。
ゴーラ王の催眠暗示命令を素直に解釈すれば、アモンは未だ弱体と判断される。
ナリスは魔道師を通じ遠隔心話で盟友グインと情勢を検討の後、配置転換を指示。
カラヴィア軍と聖騎士侯2名を合流させ、パロ解放軍の警戒は魔道師軍団2班に削減。
竜の歯部隊、黒竜騎士団、金犬騎士団、別動隊、新生ゴーラ軍に同行の《人質》にも各2班。
6群の軍勢を魔道師12名が警戒する態勢を整え、クリスタル進軍を支援する。
ワルスタット選帝侯ディモス率いる白象騎士団2千、金猿騎士団2千も行動を開始。
マルガへ向かわず直接ダーナムへ進軍、グイン率いる本隊の同地制圧後に合流の指示を受諾。
ケイロニア軍に続く世界最強の座を虎視眈々と狙う若者達、挑戦者(チャレンジャー)の軍団。
第1次黒竜戦役の際には敵の同盟軍であった神聖ゴーラ帝国、ユラニア出身者が基幹の援軍。
血気盛んな勇将の率いる軍団も風雲児の檄に応え、記録的な速さで出陣準備を完了。
ゴーラ王の本陣となる天幕の裡に留まり、再び救国の英雄を演じる美しき虜囚。
アルド・ナリスは敵を騙すには先ず味方から、の諺を実践し天賦の才を遺憾無く発揮。
イシュトヴァーンの旧知ヨナ・ハンゼ、少年の侍従カイ等の側近も同行する事となったが。
パロ解放軍を導き権謀術策を駆使する夢想家の脳裏に、ヴァレリウスの心話が響いた。