(どうやら突拍子も無い法螺話では無い様だ、大変興味深い内容だが君の意見を聞きたい。
イシュトヴァーンの話を真実と仮定すれば、レントの海に古代機械が在った事になる。
空の彼方へ消え失せた様だが魔道師の塔は未調査か、或いは情報を隠匿したのか?
情勢が落ち着いた暁には、時系列を整理し一見無関係な報告も精査の必要があるね)
(当時の私は下っ端でしたが、感知していれば噂の形で流失は不可避と思われます。
カロン大導師へ関連の疑われる情報の提供、可及的速やかな返答を要請します)
(魔道師の塔には情報を加工せず憶測、推定の類は一切入れるなと強調する様に。
判断を邪魔する脚色は不要だ、古代機械の事を私以上に知る者は皆無だからね。
あの機械は瞬間移動の原理を秘め隠し、私の質問を無視する生意気な奴だ。
イシュトの話を基に誘導尋問を仕掛け、同類に関する情報を白状させてやる。
人間と機械の知恵比べ、論理(ロジック)の決闘には快く協力して貰いたい。
パロ最高の策謀家には詭弁の術も大いに期待する、その心算で居てくれ給え)
貴方には逆立ちしたって敵いませんよ、と呟き掛けたが。
ヴァレリウスは慌てて、心話の《声》を抑え込む。
「そなたの見た物は私が密かに温めていた推論、荒唐無稽な夢想を裏付けてくれそうだ。
論理に悖る多種多様な事象を解明する重要な鍵、実に論理的な物的証拠と推察される。
グインに聞くまでも無く非常に面白いね、今夜ゆっくりと話を聞かせてくれないか。
もう陽が暮れる刻限も遠くない、次の行軍を終え夜営の準備に入る頃までには戻るよ。
酒でも飲み交わしながら一晩ゆっくり語り明かそう、親愛なるイシュトヴァーン。
そなたはやはり私の夢に翼を与え、運命の扉を開いてくれる大切な人なのだね」
ナリスの賛辞を受け、闇夜に煌く星の如き黒い瞳が煌いた。
ヴァレリウスは雄弁な視線に沈黙で応え、ナリスの護衛3班に同行を指示。
ゴーラ軍の警戒は見習い魔道師、下級魔道師に委ね閉じた空間の術を起動。
ベック公ファーンを護送後サラミスに残留、結界を張る遊撃班6名と合流。
魔の胞子に冒された犠牲者の精神測定を試み、慎重に掌を翳し反応を見る。
パロ最強の魔道師は灰色の眼を曇らせ、深い溜息を吐いた。
「ここまで進行した状態は、初めて見ます。
あまりにも異質で解読不能ですが、強力な思念波を発信中。
黒魔道の術師に距離と方角を報せる標識灯、遠隔攻撃を誘導する格好の標的となります」
「ファーンを見棄てる訳には行かないよ、一刻も早く私と同じ治療を施さないと」
ヴァレリウスは無言の儘で接触心話を選択、ナリスと掌を合わせ従兄弟の思念波を中継。
ナリスが常に着用する精神遮蔽の障壁、内心を窺わせぬ鉄壁の仮面も外れ表情が歪んだ。
「魔の胞子は脳細胞を喰い荒らす異次元の微生物と聞くが、ここまで酷いとは!
精神活動が極端に低下していると覚悟していたが、正常な意識が全く感知出来ない。
鉄仮面の男と似た様な状況なら何とかなる、と思っていたが予想を遙かに超えている。
パロ魔道師ギルドの総力を挙げても意識の回復、治療の見込みは立たないのだね?」
肉体を接触させる接触心話、言葉と異なり純粋な思考を偽る事は事実上不可能。
魔道師の言葉に出来ぬ苦渋を読み取り、アルシス王家の正統後継者は次なる手段を選択。
古代機械の認める《マスター》の権限を駆使、不可視の障壁に思念波を投射。
《パスワード》を念じた直後、3千年を経て錆一つ無い光の船が現出。
継ぎ目は皆無と見えた滑らかな水晶の壁、舷側の一部が扉と化し無音で左右に開いた。
異文明の秘蹟は主《マスター》に応え光り輝き、銀色の光が溢れる内部を公開。
勝手を知る者の強み、アルド・ナリスは光り輝く通路の奥へ悠然と歩を進める。
何度も足を踏み入れた研究者、ヨナ・ハンゼ博士が続き立ち竦む魔道師達を先導。
可動式の寝台に横たわる意識不明の重態者、ベック公を中心に従者達は滑る様に移動。
鋼鉄を連想させる硬直した感触の異質な念波、機械化された思考記号が精神の視野に点滅。
侵入者を威嚇し警告する思考元素、誤解の余地を持たぬ警戒信号の暗示波が一行を制止。
(一時に入室の可能な随行者の数は最大、非A級の場合3人までに制限されています。
セカンド・マスターを含め人数制限を超過、該当する人員は直ちに退出してください )
「古代機械には何度も出入りしているが、こんな反応は初めてだね。
ヨナとヴァレリウスを除き、他の者は一旦退出してくれ」
灰色の瞳は安堵、不満を秘めた感情の渦を映すが異論を唱えず黙礼。
上級魔道師4名、下級魔道師20名は滑る様に移動し周囲に結界を展開する。
「ベック公ファーンに、私と同じ治療を施す様に」
( 次席管理者《セカンド・マスター》の指示、命令入力は権限外の事項に相当します。
公開適用除外指定技術《シークレット・テクノロジー》に該当の為、施術は認められません。
パロ聖王国の代理者に認可の実行権限、公開可能な範囲の超過に該当し要請を却下。
未開惑星調整事務局の許可、或いは同等の権限を有する担当者の承認が必須です )
古代機械は運動神経も再生させる秘策、松果腺刺激方式の手術を完璧に拒絶。
アルド・ナリスの顔色が急激に蒼褪め、音を立てて一瞬で血の気が引いた。
パロ聖王家が誇る最大の資質、本人は弱点と勘違いしているが人々の心を魅了する真の美点。
普段は秘め隠し誰にも見せぬ本当の自分、ヴァレリウスの魂を呪縛した無垢の魂が露呈。
傲岸な仮面が消し飛び藁をも掴む必死の形相、頼り無い幼子の素顔を曝すが自覚の余裕は皆無。
動転する主に劣らず魂の従者ヴァレリウス、古代機械に関する第2の権威ヨナも同様であるが。
アルド・ナリスは辛うじて自制心を掻き集め、多少の震えを隠せぬ声で第二の矢を放った。
「私には既に該当する治療が行われた筈、当惑星文明には公開済みではないのか?」
( 最高管理者の指示に基き、已むを得ぬ特別の処置と認定された為です。
繰り返しますが脳細胞の刺激、再生手術の申請は補欠管理者の権限を越えています )
ナリスは絶対的な自信が崩壊、蒼白な表情を繕う余裕も無い。
比較的冷静な共同研究者ヨナが、ヴァレリウスを通じ助け舟を出した。
「ファイナル・マスター、ランドックのグインと念話コンタクトを希望する」
( 超上級ランクへの念話コンタクト申請は、下級ランクに認定された権限を逸脱しています。
特S級エマージェンシー発現、スペシャル・ケース発動には該当せず要求は却下されます )
起死回生の奇跡を求め、一念を籠め放った第三の矢も無残に打ち砕かれた。
ナリスは呼吸困難な風情で喉元へ手を当てヴァレリウス、ヨナが駆け寄る。
困惑し視線を交錯させる腹心2人を見て、強引に態勢を立て直す闇と炎の王子。
懸命に気力を奮い立たせ、反撃を試みる。
「どうやら表現を間違えた様だ、発言を訂正する。
ファイナル・マスターに可否の判断を仰ぎたい、私が手術の許可を求めていると伝えて欲しい」
( 了解しました、セカンド・マスターの要請を受け容れます。
ファイナル・マスターの意向を確認します、許可が下りるまでの間のみ在室を認めます )
ナリスは想定外の拒絶を一時的に回避、時間を稼ぐ事に成功し大きく息を吐いた。
(古代機械が明確に命令を拒否するとは前代未聞、3千年の歴史を誇る聖王家史上初の出来事だ!
《マスター》とは主人を意味すると思っていたが、違うのだろうか?)
(私は初めて御目に掛かりますが、生意気な機械だ!
閉じた空間も遙かに及ばぬ瞬間移動の術を独り占めの上、こんな差別をするんですか!?)
(訳の分からない理屈で抵抗はするけど、一応は命令に従っていたんだよ!
生涯初とは言わないが実に画期的だね、権限を越える等と言われたのは初めてだ!!)
(《ファイナル・マスター》と《セカンド・マスター》ってのは一体、何の事でしょう?
同じ《マスター》でもえらい違いだ、これじゃ只の助手扱いじゃないですか!)
(極めて興味深い未知の事象と言いたい所だが、流石にそんな余裕は無いな。
こんな反応は今まで生じた例が無い、私もヨナも本当の所はわからない事だらけなのだよ。
先日ヤーンの塔から転移した事で何か、行動を拘束する制約が解除されたのかもしれない。
受動待機状態から活動状態への移行、休眠状態から覚醒状態への変化が生じたとも思えるが)
(何だか魔道師ギルドの最終決定権を持つ大導師と、魔道士の塔に出向中の2級魔道士みたいだ)
魔道師の塔が構成員に課す束縛と掟に疑問を抱き、秘密裏に研鑽を積んだ実力者の本音。
比較を絶する超科学文明に対し魔道師の抱く競争心、反感が共鳴し思わず閃いた思考が洩れる。
想定外の事態に混乱する接触心話が瞬時に凍り付き、時が停まった。