炎の破壊王と畏怖される魔戦士は懸命に、ナリスの気を引き立てようと喋り続けた。
紅の傭兵ヴァラキアのイシュトヴァーン、赤い街道の盗賊と化す以前の面影が鮮やかに蘇る。
カメロンの意を受け側近を務める元水夫長の副官マルコも、こんな海の兄弟を見た事は無い。
イシュトヴァーンは無我夢中で喋り続け、結界に潜む魔道師達も何時しか話に魅了された。
思いの外に流暢で聴衆を引き込む滑舌の良い語り口、講談師を髣髴とさせる冒険児の熱意。
若く野心に満ち溢れ無鉄砲な若者の情熱が、ナリスの心に深く沁み入り徐々に染み渡った。
暗黒大陸とも噂される南方の地、レムリア大陸の手前で繰り広げられた魔術と呪術の闘い。
イリスの石を胸に秘め死の都ゾルーディア、地下迷宮の闇に姿を消した死の娘タニア。
亡者を操る異次元の妖魔、北の怪物クラーケンを倒す力を秘めた銛を操る海の民。
北方諸国タルーアン出身のヴァイキング達、氷雪の国と財宝の伝説を教えた恩人ニギディア。
魔法の氷が創る棺に封じられ千年の時を超越、幻影を自在に操る氷雪の女王クリームヒルド。
音痴と噂される彼は残念な事に、地獄の怪物ガルムも眠る吟遊詩人の歌は再現出来なかったが。
3人の放浪者が繰り広げた冒険譚、氷雪の国と黒小人を巡る物語は夢想家の想像力を刺激した。
怪異の数々は魔道師の念波に増幅され、夢想家の脳裏に立体的な映像と音響が鮮明に蘇った。
尽きせぬ野心と好奇心の奔騰が夢想家の魂、心の琴線に触れ共鳴現象を励起。
無限の可能性を秘めた豊穣な感情の源泉、《ワンダー・チャイルド》が蘇生する。
宇宙生成の秘密を読み解く野望を胸に秘めた夢想家、闇雲に進化の可能性を探る選ばれし者。
好奇心に満ちた闇色の瞳が無限に拡がる大宇宙、漆黒の闇を背景に瞬き輝く星々の光を再現。
肉親に捨てられる恐怖に怯え、魂に刻印された傷を持つ者にしかわからぬ痛み。
共通する心の深闇を抱える2人にしか成し得ない、深い共感と感情の相互作用が生じていた。
ヴァレリウスも親の顔を知らず、心の傷を負った孤児。
己が何者か確信の出来ぬ、妄執の底無し沼から未だに抜け出せぬ野心家。
深い相互理解を有し感覚を共有するナリス、イシュトヴァーンの同類と言えなくはないが。
強固な自己不信に裏打ちされた深甚な不安、盲目的な心の動きと深い心闇は次元を異にする。
己の存在意義を確信出来ぬ闇の王子とゴーラの王、チチアの捨てられた赤子に共通する心の闇。
魔道師である事に心の拠り処を得た彼とは明白な違い、隔絶の差が存在した。
古代機械の主ではないと思い知らされ、燃え尽きたかと見えたナリスの心には。
等質の心闇を秘めたイシュトヴァーンの熱情、ひたむきな想いこそが同じ指向性を有する。
ヴァレリウスには到底、納得できるものではなかったが。
意気消沈するナリスを、立ち直らせたもの。
枯れかけたかと思える感情を蘇らせ、内的宇宙から現実へ回帰する力を与えた銀の鍵。
心の奥底にまで深く響き他の誰よりも強く共鳴を生起させ、魂を蘇らせる奇蹟を為し得た秘訣。
それは魂の友を本気で心配する中原の風雲児、イシュトヴァーンの心と感情の昂りであった。
(ナリス様、ケイロニア軍をゾンビーの群れが襲いました!
グインも魔王子アモンの奇襲を受けましたが、ヒプノスの術を撃退された模様です!!)
パロ最強の魔道師には、誠に不本意な成り行きではあったが。
無粋な邪魔者と感じながらも瞳を輝かせて聞き入る魂の主、ナリスの脳裏に急報を送り込む。
同じ種族に属する闇色の瞳が強い光を宿し、熱心に話し続ける風雲児の声を遮った。
「大変興味深い話を中断してすまないが、ケイロニア軍が魔道の奇襲を受けた。
急いで部下に指示を出した方が良いが、ゾンビーを見た事はあるか?」
「魔道の奇襲?
ゾンビーならサンガラの山中で、タルーの手下に化けてた奴等と出くわしたぜ!」
「化けていたという事は、死体が動いていた訳ではないのだね?」
「あぁ、見た目は普通の、えらい無口で生気の無い兵隊どもって感じだったよ」
「夜の闇の中で突然、動き出した死体に襲われてもゴーラ兵は大丈夫?
魔道慣れしていない者達が、恐慌状態《パニック》に陥る心配は無い?」
災厄の運び手は迫り来る危機を察知し、思わず腰を浮かせ表情を一変させた。
危険の匂いを嗅いだ獣の如く、険しく鋭い視線を副官マルコと交換。
「海の兄弟が良く演る怪談の類なら笑い話で済むが、冗談じゃねぇな。
こっちにも来んのか、ゾンビーってこたぁ手足を斬って動けなくすりゃ楽勝か?」
「逆効果だね、這い寄る死体を見て肝を潰さぬ者は滅多に居ないよ。
切断された死体が動いて襲い掛かって来るのだ、冷静に対処しろと要求する方が間違っている。
死人返しの術は実際の攻撃力は大して無い、幻術を併用し同士討ちを誘う心理攻撃に過ぎない。
限り無く甦った醜悪な死体が蠢いている幻想《イメージ》を払拭すれば、実際は少数だと判る。
火を起こして焼いてしまえば問題は無い、闇を払う効果もあるからね。
済まないがパロの魔道師は伝令に出して手許に残っていない、ゴーラ兵に焼いて貰わないと」
「マルコ、篝火を盛大に焚かせろ、松明をありったけ用意するんだ!
俺とお前が先頭に立って手本を見せてやりゃあ、皆も真似て後に続く。
松明を小姓全員に持たせて、ゾンビー共を片っ端から燃やしちまえ!
恐慌状態にならねぇ様にする、それで良いか、ナリス様?
この天幕にゃ近寄らせやしねぇから、どっかにフケたりしないでくれよ!
行くぞ、海の兄弟、ゾンビーなんぞ焼き尽くしてやるぜ!」
「はい、イシュト!」
ヴァラキア出身の元水夫長は通説を裏切らず、海の主神ドライドンを崇拝する迷信深い船乗り。
ゾンビーの類を嫌悪する性質ではあるが臆病者に非ず、黒魔道に敢然と立ち向かう意志を披露。
超自然現象や怪奇現象の類と厭と言う程に遭遇、結果として場慣れした魔戦士に従い剣を取る。
「2手に分かれるぞ、当直の隊長は誰だ?」
カメロンの信頼する海の兄弟は記憶を探り、誠実な騎士の面影を見出した。
「コー・エンです、ユラニア正規軍で騎士見習いをしていたとかで命令には忠実です。
無茶はしませんし、信頼が置ける男だと思います」
「そいつは、ナリス様の護衛に残す。
ゾンビーの事を教えてやってくれ、頼んだぜ!」
ユラニア大公国は長年に渡り闇の司祭、グラチウスが牛耳る闇の王国であったのだが。
ゴーラ皇帝の忠臣を標榜する簒奪者、アルセイスの支配者に仕えた騎士は魔道の心得を持たぬ。
「わかった、黒魔道相手に実戦経験を積むには良い機会だと思うよ。
そなたが出るまでも無いかもしれないが、ゴーラ軍全体に動揺が波及すると収拾が困難だ。
私も一緒に行きたい所だが、足手纏いになりかねないからね。
大人しく、留守番をしているよ」
「ゾンビー共を蹴散らして戻って来たら、話の続きをしようぜ。
話し足りない事が未だ、山の様にあるんだからさ!!」
「私もだよ、イシュトヴァーン」
主従が脱兎の如く天幕から駆け出し、仰天する小姓達を怒鳴る声が響く。
ゴーラ軍は浮き足立ったが、恐慌状態に陥る事無く黒魔道の奇襲を切り抜る事に成功。
早目の対処が功を奏し、ゾンビーの夜襲は殆ど実質的な被害を与える事無く撃退された。
「イシュトヴァーン、ゴーラ軍は少し後方に下がっていてくれぬかな。
魔道の戦いとなれば、若者の多いゴーラ軍の方が動揺し易いだろう。
俺は魔道師との戦い方も多少は心得ている故、先鋒は任せてくれぬか。
ゴーラ軍には最も注目を浴びる檜舞台、クリスタル突入の際に活躍して貰えぬかな」
「そいつは、お断りだ。
豹の旦那、俺はな、お前の部下じゃねぇんだ。
思い通りに動かそうったって、そうは問屋が卸さねぇ。
ケイロニア軍が魔道師を相手に、どうやって戦うのか拝見させて貰うぜ。
確かに俺の部下共にゃ、化物や魔道師と戦った経験は無いけどな。
ゴーラ軍の連中にも真近で、じっくり勉強させてやりてぇんだ。
大いに参考にさせて貰う心算でいるから、頑張って戦ってくれよ!」
コルドの弟子は老獪な戦士の策謀に乗らず、断固として拒絶。
傍らで見守る野心家の同族、ナリスの瞳が輝く。
憮然とした表情で眺める上級魔道師は無関心を装い、灰色の眼に何の感情も浮かべておらぬ。