暁の微風   作:fw187

32 / 62
見知らぬ明日

 古代機械に入室を拒否された<セカンド・マスター>、アルド・ナリスの前で。

 パロ聖王家の青い血を共有する従兄弟、聖騎士団を預かる実直な武人が瞳を開いた。

「ファーン、還って来てくれたのですね!

 貴方と再会が叶って、嬉しいですよ!!」

 グイン救出時には魔の胞子が脳細胞を冒し、反応を見せなかった聖騎士団の統率者。

 ベック公の顔が動き、驚愕の表情を浮かべる。

 

 信じ難い物を見た様に瞳を見開き、歓喜に顔を輝かせる従兄弟を凝視。

「ナリス、本当に貴方なのですか!

 信じられない、自分の足で立つ事も出来る様になったのか!?」

 自力で身を起こし、驚きの声を上げた直後。

 ファーンの誠実な瞳に、涙が溢れた。

 覚束ない足取りの従兄弟に駆け寄り、確りと支える。

 

「ナリス、本当に申し訳の無い事をしてしまった。

 弁解の余地は全く無い、何と言って謝れば良いか見当も付かない!

 私は何と愚かだったのだろう、貴方が言葉を尽くして引き止めてくれたのに。

 無謀にも黒魔道の術など怖れるに足りぬと見縊り、餌食となってしまった。

 《あれ》は断じて人間では無い、レムスの内身は全く別の邪悪な存在だ。

 突拍子も無い告発には一片の嘘偽りも無く、全て真実と理解した時には手遅れだった。

 私を真摯に案じてくれた貴方を信じずる事を拒み、真実を見抜けなかった罰。

 愚かな私に対する当然の報い、ヤーンの罰だと思う事しか出来なかった」

 

「親愛なるファーン、何も謝る事はありませんよ。

 魔道に詳しい者でなければ理解出来ぬ話を、性急に信じさせようとした私が誤っていたのです。

 何回も共に戦い従兄弟同士でありながら、充分な信頼関係を築いて来なかったのですから。

 元通りの貴方と再会を果たす願いが叶い、ヤーンに感謝しなければなりません」

 流暢に喋る策謀家の脳裏に、魔道師の遠隔心話が響いた。

 入念に精密探査を施したが異常は発見されず、闇色の瞳を満足気に細める。

 チェシャ猫の様に微笑う従兄弟と対照的に、素直な性格の武人は眩し気に瞳を瞬かせた。

 

「貴方は、強くなったね。

 今の貴方には以前には感じられなかった、穏やかな雰囲気を感じる。

 とても落ち着いていて、自分自身を信じているのだなと感じ取れるよ。

 今後は私が先頭に立って戦うから、貴方は身体を休めてください。

 本来であれば私が武の束ねであり、パロ大元帥として聖騎士団を率いて戦うのが当然だ。

 怪物に乗っ取られてしまった国王、レムスを追討する軍を起こさねばならないのだからね」

 

「御気持ちはとても嬉しいですよ、ベック。

 でも折角の御申し出に対して誠に心苦しいのだけれど、そうして頂くと都合が悪いのです。

 レムスを乗っ取ったキタイ勢力は、魔の胞子を取り除く方法は無いと信じている筈。

 ファーンが軍を率いて戦場に立てば、魔の胞子を退治する手段の存在が暴露されてしまう。

 私も光の船と化した古代機械の正統な継承者、ケイロニア王グインに命を救われました。

 長年研究を続けていましたが、古代機械に治療の機能が有るとは全く気が付きませんでした」

 

 大導師アグリッパも一目を置く閃き《インスピレーション》、詩人の魂を秘めた夢想家。

 ナリスの噛み砕いた説明を聞き、魔道に親しいとは言えぬ聖王家の武人は率直に驚いた。

「サイロンに赴く途中で引き返してしまい、私は未だ対面の機会を得ていないが。

 奇蹟の演出者は神話のシレノス、ケイロニアのグイン王であったのですか!」

 

「貴方を竜王の呪縛と追討軍の陣中から強引に拉致し、救ってくれたのも豹頭王陛下です。

 古代機械に治療せよと命令してくれた本来の主、グインに私も貴方も救われたのですよ。

 ファーンの治療に費やした数日の間に、カラヴィア軍が合流し兵力は5万を超えました。

 世界最強のケイロニアからも、豹頭王グイン自ら率いる精鋭が援軍が来ています。

 貴方が回復した事は伏せて置きたいのです、キタイ勢力を油断させる為にね。

 大変重大な用件を抱え頭を悩ませているのですが、お願いを聞いてくれませんか?」

 

 聖王家の武人は顔を輝かせ素直に感激を顕し、従兄弟の瀟洒な手を握り掛けたが。

 危うい所で気付き神妙な面持ちで従兄弟を見詰め、壊れ物に触る様に力を加減した。

「例え再び聖王宮へ赴けと言われても従います、武人の名誉に懸けても二言は無い。

 貴方の頼みなら何でも引き受けるとも、どんな事か教えてください」

 己と全く異なる真摯な眼差し、実直な眸に心疚しさを覚えたか否かは不明だが。

 先刻の従兄弟と同様に太陽を直視したかの如く、眩し気な瞳が闇黒の色彩を薄めた。

 

「前聖王アルドロス三世の弟、アルディス王子の嫡男ベック公ファーン。

 パロ聖王家の中で精神も肉体も健全な唯一の男性に、王位を継承して頂けませんか?

 レムスは黒魔道師の傀儡と化し、私も身体の回復には一定の時間が必要な状況です。

 第1王位継承権者リンダは面倒な因習が大嫌い、我が妻を説得する自信はありません。

 パロの女王として国家を再建する適任者、とも思えませんし他の人材も居ない。

 

 トーラスに向け黒竜戦役の債に進軍中、モンゴールの避難民と遭遇した事がありましたね。

 グル族の襲撃に曝される無辜の民を見て、心を痛めた貴方の表情は忘れていません。

 負けた側は略奪されて当然、世の常ではないかと其の時は考えましたが。

 人の痛みを理解し共感する貴方と、傲岸無知な私の何方が国王に相応しいでしょうか?

 

 スカールが愛妻を喪い、クリスタルに逗留した際も同じでした。

 貴方は愛する者を失った彼の信頼を得たが、私は彼の秘密を奪う事しか考えなかった。

 謹厳実直にして正義感が強く、人に対する思いやりに溢れ民からの信頼も厚い。

 問題だらけの聖王家を救う唯一の切り札、復興の立役者として適任だと思います」

 

 真面目な貌で唐突に即位を要請され、聖王家の第3王位継承権者は従兄弟を凝視。

 ファーンは呆気に取られた表情を隠さず、魔道師軍団の指揮官も灰色の眼を剥く。

 

「面倒な実務は総て頭脳明晰な宰相、ヴァレリウス魔道伯に丸投げすれば良いのですよ。

 リーナスが切れ者と尊称されたのも、こう言っては何だが黒子に徹した彼のお蔭です。

 黒竜戦役の際は私と対等に渡り合った智謀の主、パロ復活を成し遂げた真の功労者。

 経験豊富な魔道の専門家ですからね、私も御手伝いしますが御心配は無用です。

 クムや新生ゴーラ王国の無法者に対処する為、パロ軍を強化する必要もある。

 聖騎士団を束ねる聖王家の武人、第三の男が即位しても当然の状況と思います」

 

(いきなり急に何を言い出すんですか、ナリス様!

 ベック公を聖王に即位させる、なんて一言も聞いてませんよ!?

 束縛から逃れたい御気持は解りますが、私に面倒事を押し付ける御心算ですか!?

 それなら私だって、イェライシャ老師に弟子入りして一介の野良魔道師になりますよ!)

 

(おや、気が合うね、ヴァレリウス君。

 パロ聖王家と魔道師ギルドを権威主義者達に任せ、放浪の旅へ出るのも悪くないね。

 私に劣らぬ美貌と噂される望星教団の教主、ヤン=ゲラールにも会って見たい。

 キタイの魔道師は結婚して子孫を残し、優秀な血統を絶やさぬ様に配慮するそうだよ。

 大導師アグリッパのお気に入り、我が最愛の恋人よ《マイ・スイート・ハート》。

 喧嘩っ早いが姉御肌で頼りになる聖騎士伯、我が従姉と一緒になる気は無いかね?)

(魔界都市に棲む美貌の魔界医師じゃあるまいし、妙な台詞は止めて下さい!

 私の事を悪く言うのは構いませんが、好い加減にしないと怒りますよ!!

 

(リギアの悪口は許さない、と云う訳かな?

 恋は盲目、とは言わないが君らしくもない直情的で実に率直な思考だね!

 心話を中継して彼女に直接、その想念《おもい》を届けたらどうかな?

 表面的にはつれない態度を取っても、心の底では喜ぶと思うよ)

(ナリス様、誤魔化そうとしても駄目ですよ!

 私にだって学習能力はあります、その手にはもう引っ掛かるもんですか!!)

 

(やれやれ、君は真面目に過ぎるのが玉に瑕だね。

 たまには息抜きをしないと精神衛生上も良くない、ストレスを溜め込み過ぎだ。

 君と私が豹頭王主催の中原連合軍に参加せず、キタイへ同行しなければどうなる?

 パロ魔道師軍団も歯が立たぬ黒魔道の達人、竜の騎士を操る黒幕に敵う訳が無いよ!

 

 レムスの身柄を抑え竜王の憑依を祓い解放したとして、パロの民が納得するか?

 聖王の座に留まる事は許されないよ、リンダでさえ異を唱える気は無いだろうね。

 アルミナにも聖王妃の座を降りて貰う事になるが、アグラーヤ王には使者を立てる。

 パロの民を宥める為だ、退位は一時的な処置に留めると親書を送って納得させよう。

 

 人柄の良い聖王を立て国内の治安維持、パロ政府の再建を早急に進める必要がある。

 ほとぼりが冷めたら必ず復位させる、と誓約書を提出し説明すれば何とかなるさ。

 アルド・ナリスが聖王に即位する時は、ヴァレリウス超越大師の就任式も挙行する。

 魔道師ギルド再建の重責を担い、カロン大導師の嫉妬と猜疑を引き受けるかね?

 

 私の身体回復には相当の時間が必要、と大袈裟に吹聴しても全然不自然じゃあない。

 アグリッパも認めた私を玉座から解き放ち、自由に暗躍する権利を与えてくれないか?

 君の率いる魔道師軍団と私の悪知恵は必ずや、キタイへ殴り込む豹頭王の役に立つ。

 キタイ解放の戦を勝利に導く為の方便だよ、悪い事は言わないから眼を瞑っておくれ)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。