(息はある、眠っているだけだ。
気の異常な乱れも無い、魔道の痕跡は感知出来ない。
何があったのか読み取れない、ヨナを目覚めさせてみるか。
ロルカ、ディラン、気を同調してくれ。
何か異常事態が突発した際には、直ちに対処出来る様にな。
サルスは他の魔道師の念波を統合して、結界を維持しろ)
ロルカとディランは万一に備え、光の船と一定の距離を保ち魔力を送信。
ヴァレリウスが慎重に念波を絞り、ヨナを走査《スキャン》。
手応えがあったと見え、気に変化が生じる。
(目覚めるぞ)
ヴァレリウスは神聖パロ王妃と侍女、カラヴィア公子を無視。
ヨナの思慮深い澄んだ瞳の開いた瞬間、心話を投射。
(内部で何があったか、思い出せるか!?)
涼しい瞳が瞬くと同時に《気》が高まり、冷静な思考が返って来た。
(古代機械から、ナリス様の診断結果が伝達されました。
身体機能の回復に問題はありませんが、最低3日程は必要と見込まれます。
運動神経の再生に付随する苦痛を和らげる為、ナリス様は深層睡眠に入られました。
万一にも竜王の魔手が及ばぬ様に夢の回廊、ヒプノスの術も遮断する独自の結界を展開中。
無意識の状態を保ち細胞の賦活化、治療の促進に最適の環境が整っています。
リンダ様、アドレアン公子、スニは異常ありません。
通常の睡眠状態ですから一定の時間が経過の後、自然に目覚めます。
グイン王は既に転送され、古代機械より立ち去りましたが転送先は不明です。
問い質してみましたが『マスター以外の者に、答える義務は無い』と拒絶されました。
『入室許可も必要最低限に限る』と通告されましたが、情報は提供されています。
以前に竜王が探査を試みた際の威力偵察、念波の計測に拠り推定される総量は前例がありません。
古代機械の許容量《キャパシティ》を凌駕する為、防御結界《バリヤー》の維持は不可能です。
レムス王の容貌で強引に侵入を図った際は、一時的に仮死状態へ移行し突破を免れた様ですが。
治療中に同様の事態が生じた場合の阻止は不可能、ナリス様への影響は予測出来ません。
或いは生命活動の停止も起こり得る、と主張しています)
ヨナの冷静な思考を読み取り、ヴァレリウスが心話で中継。
魔道師全員が事の重大さを改めて認識、共通の理解が拡がり《気》と《念》が揺らめいた。
(ナリス様の警護は総てに優先する、なんとしても竜王の魔手を阻まなければならん!
下級魔道師50名を割き各5名の班10個を編成、5人一組で星型の魔法陣を組む。
常時10名が結界を張り、二重に魔法陣を重複させる。
15タルザン毎に各5名を交代させ睡眠、待機を繰り返し集中力を保つ。
俺を含め上級魔道師5名も結界を張り、キタイ勢力の接近を阻む。
ヨナ、ロルカ、ディラン。
済まないが、総て任せる。
ケイロニア軍、ゴーラ軍への対応も含め宜しく頼む)
ヴァレリウスの指示を受け、数人の魔道師が慌ただしく閉じた空間を創造。
ヴァラキア出身の若き賢者は澄んだ瞳に剛い光を宿らせ、同志の手を握りしめた。
(当然の処置です、御依頼は確かに承りました。
信頼の置ける魔道師以外は、この島に置くべきではありません。
情勢の変化には私が、責任を持って対応します。
ヴァレリウス様は何も心配せず、警戒に専念してください。
ナリス様が死を免れる時、世界は新たな方向に向かう。
大導師アグリッパの言葉を、私も信じています)
グインは鬱蒼と生い茂る森の只中、シュクの郊外に出現していた。
周辺に取り残された格好で主の帰還を待ち侘びている筈の旗本隊、竜の歯部隊を探す。
(古代機械を俺が操作出来ると竜王は知ったが、簡単に捕えられるとは思わぬだろう。
アルド・ナリスの生命を脅迫の種に用い、レムスの望み通りにするとは思わんが。
むしろ竜王の操る傀儡や異次元の魔怪より、あの王子が気になる。
下手をすれば暗黒魔道師同盟の元締、グラチウス以上に厄介な存在かも知れぬ。
純粋な《悪》など、想像した事も無かったが。
先日キタイで遭遇した異次元の妖魔達より、悪意が濃いと感じられた。
一刻も早く、クリスタルを解放し魔王子と竜王を駆逐せねばならん。
中原各国には既に、アルド・ナリスの告発が伝わっている。
竜の門も現れ、キタイ勢力の侵略が事実である事は証明された。
クリスタルを解放し聖王宮を公開すれば竜王の脅威を証拠立て、遠征を開始する下地は整う。
パロを正常化し得るか中原全体がキタイ同様の異世界となるか、ここ数日が勝負になる。
ナリスの治療を古代機械に命じたが、先程の感触だと数週間は要するだろう。
思わぬ展開となったが、アルド・ナリスとの精神接触《コンタクト》は収穫だった。
キタイを解放し竜王を追い払う為、シーアンの謎を暴かねばならぬが。
彼の知性と想像力は俺自身の謎を解く際にも、助力が期待出来そうだが。
先ずは神聖パロ側の拠点マルガに入り、クリスタルに《光の船》で奇襲を試みるか?
ヴァレリウスは常に俺の動きに注意すると言ったが、古代機械の転送には追い付かぬかな)
竜の歯部隊は訓練の成果を見せ、抜かりなく周辺を偵察していた。
数分後、グインは歩哨を発見。
留守を預かる隊長、カリスの天幕へ案内される。
警戒を怠らぬケイロニアの精鋭達と合流を果たし、直ちに北アルムへ伝令が疾った。
即刻ダーナムへ向け移動を開始せよ、合流地点は後に指示を出す。
そんな場所は存在しない、と古代機械は断言したが。
伝令は無事ガウス以下50名の許へ到着し、ケイロンの騎士達は鍛え上げられた成果を実証。
逡巡や躊躇を見せず、無駄の無い俊敏な動作で西方へ疾走を開始する。
グインは抜かり無く、ワルド城に宛て救援物資の準備要請も含む詳細な指示書を作成。
伝令役の飛燕騎士団に手渡し黒竜将軍トール、金犬将軍ゼノンの許に走らせる。
豹頭王の率いる世界最強の騎士団、ケイロニア軍が本格的に動き出した。
マルガでは幸いな事に、スニの眠りは短時間で解除出来た。
ヴァレリウスは竜王の奇襲に備え、一刻も早く湖の小島に詰める予定であったのだが。
リンダが『このまま、スニが目覚めなくなるかもしれない!』と恐慌状態に陥った。
流石に無視は出来ず、キタイの魔道を解析し解呪の方法を探る。
スニが目覚めた直後、リンダは感極まり歓喜の涙を見せた。
「素晴らしいわ、ヴァレリウス!
もう二度と目を覚さないんじゃないか、そう思って、一睡もできなかったのよ!!
ナリスの信頼する貴方は最強の魔道師、パロ聖王家の未来を切り拓く希望の光ね!」
パロの予知姫は紫色の瞳を星の如く煌かせ、無邪気な崇拝の表情で魔道師を褒めちぎる。
「お褒めに預かり光栄至極で御座います、直ちにナリス様をお護りに参ります」
(アグリッパ、イェライシャ、グラチウスに比べれば俺なんて子供も同然ですよ!
ナリス様と、セム族の小娘と、一体、どっちが大事なんだ!?
パロ製王家の誇る予知者様に盾突く気は無いが、いい加減にしてくれ!!)
ヴァレリウスは激昂したが、内心を口に出す醜態は曝さぬ。
「ナリスをお願いね、私も神殿に篭ってお祈りをするわ」
スニを抱きしめ、朗らかに返す製王家最強の予知姫。
慰謝の思考を閃かせた若き賢者、ヨナは無言の行を貫き顔面の筋肉を完璧に制御。
パロ最強の魔道師は唇を噛み締め、閉じた空間に消えた。
古代機械は精神波も通さぬ未知の結界、《バリヤー》の内側に魔道師の配置を許可。
上級魔道師3名は《甲板》の上、下級魔道師10名は周囲に円を描く様に等間隔で立つ。
下級魔道師は斜め向かいの同僚に念波を送り、受信者も更に斜め向かいの同僚に転送。
第一班5名が青い炎の様に見える念波を循環させ、五芒星の魔法陣が浮かび上がる。
第一班5名の中間に立つ第二班5名は、白い炎の様な念波を循環させ星型五角形を形成。
白い星と青い星が輝き、共鳴相乗効果で念波が増幅され魔力を強化。
ヴァレリウスは魔法陣の真央点《センター》で結跏趺坐、結界を張り念波を統合。
下級魔道師10名に魔力を還元、更に共鳴させ魔法陣を数倍に強化。
古代機械の遮蔽力場を護る青白い地上の星、光の魔法陣が輝いた。
15タルザンが経過の後、第一班の下級魔道師5名は第三班と交代。
ヴァレリウスも第一班と共に交代、上級魔道師アイラスに後を任せ魔力回復の為に就眠。
15タルザン後、第二班の下級魔道師5名も第四班と交代。
アイラスも第二班と共に交代、ミードに後を任せ魔力回復の為に就眠。
順次交代し常時11名が集中力を切らさず結界、二重五芒星の魔法陣を維持。
パロ聖王国の命運を左右する希望の星、アルド・ナリスを護る精鋭達。
上級魔道師3名・下級魔道師50名は総力を挙げ『守り、遮る者』を護衛。
古代機械の認めた正統後継者、アルシス王家の遺児は固く瞼を閉じているが。
心臓の鼓動と同調し増幅する赤い護符と同様、クリスタル大公家の象徴(シンボル)が明滅。
《水晶(クリスタル)の炎》が輝き、細胞の賦活化を促進する波動を注ぎ込む。
リリア湖の頭上に闇が拡がり、夜空に星が瞬き始める。
青紫色の光を帯び脈動する至宝と同様、満天の星空を映す湖面に魔法陣の複雑な模様(パターン)が輝いた。