暁の微風   作:fw187

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モンゴールの復活

 吟遊詩人マリウスの歌に魂を癒され、決意を新たにする北の強国ケイロニアの勇者達。

 同行する新生ゴーラ王国の若き戦士達、神聖パロ改めパロ解放軍の騎士と兵士達。

 両軍を率いるゴーラの冷酷王イシュトヴァーン、パロ解放軍の指導者アルド・ナリス。

 ヨウィスの民の血を引くひばり、妾腹の王子アル・ディーンの歌は両者の心にも響き渡った。

 其処にいたのは血塗られた中原の風雲児、ゴーラの僭王イシュトヴァーンではなかった。

 心魂を揺さぶる歌は時空を超越し紅の傭兵、ヴァラキアのイシュトヴァーンを甦らせた。

 歌は魔戦士にまざまざと、或る記憶を鮮明に想い起こさせていた。

 

 己が王となる予言を実現するべく軍資金となる伝説の財宝を求め、氷雪の国へ挑んだ冒険の数々。

 ヨツンヘイムへの入口を塞ぐ門番≪ゲート・キーパー≫、三つの頭を持つ伝説の魔犬。

 無敵の守護獣の心を宥め、眠りへと導いた伝説の歌い手オフィウスの再来。

 氷雪の国へ赴いた3人の放浪者、豹頭の傭兵グインと冒険を共にした第3の男。

 吟遊詩人マリウスの歌声に呼び醒まされた数多の記憶が再び、脳裏に映し出された。

 

 賭博師クルド、気の良いヴァラキアの娼婦達。

 風変わりなミロク教徒の少年ヨナ、ふとっちょオリー。

 黒い伯爵ラドゥ・グレイ、マグノリアの娘。

 時空連続点≪クロス・ポイント≫であったかもしれぬ、ヨツンヘイムへ至る洞窟と同様。

 ヴァラキアのイシュトヴァーンは我知らず、滂沱と流れ落ちる涙を意識していなかった。

 尽きせぬ追憶の旅に誘われ、ゴーラ王たる己を忘れ去っていた。

 

 神聖ゴーラ最後の皇帝サウル終生の御座所たる嘗ての帝都、哀しみの城塞都市サルヴィナ。

 旧ユラニア大公国の紅都アルセイス、いや新生ゴーラ王国の新都イシュタールにも歌は届いた。

 嘗てユラニアを影から操った薄情な旧支配者、闇の司祭グラチウスの発する強力な念波。

 パロ上級魔道師エルス率いる下級魔道師達が五芒星陣を組み、遠距離心話が受信された。

 マリウスの歌は魔道師達に増幅、中継≪リレー≫されイシュタールから溢れ出す。

 奔流と化し新生ゴーラ王国の領域≪エリア≫を覆い、人々の心に共鳴し響き渡った。

 

 嘗てのモンゴール大公国領も例外では無く、主都トーラスの下町にも歌は響く。

 アレナ通りの人々は煙とパイプ亭に一時、身を寄せたマリウスの記憶を鮮明に甦らせた。

 人懐こく愛嬌のある茶色の瞳を煌かせ、喝采を浴び楽し気に歌う巻き毛の吟遊詩人の姿を。

 ゴダロ一家は旅の途上にあり、店は閉ざされていたが。

 ケイロニア皇女オクタヴィア、パロ王子アル=ディーンの愛娘マリニアが誕生した産院。

 粗末な産婆の家に、人々は集った。

 

「新王子ミアイル様も誕生され、何時の日にかアムネリス様と共にトーラスへ御越しになる。

 此の国は滅びないぞ、俺達の手で必ず復興させるんだ!

 モンゴールの為に!

 モンゴールの為に!!」

 誰からとも無く洩れた呟きは、瞬く間に居合わせた全員に広がった。

 何時しかトーラス全市を包む、巨大な唱和の声と化した。

 

「ふうん。

 何の裏も無い贈り物に値するのは、ダンだけじゃなかったんだな。

 此の街はもう、殺す者に命脈を絶たれた筈なんだけど。

 何とか出来る、かもしれないな」

 故郷≪ふるさと≫を愛する想い、恩賞代償を求めぬ人々の祈りを聞いたのかも知れぬ。

 たそがれの精霊、ジンの呟きが風の中に消えた。

 

 新たな息吹に満ちた新生ゴーラ王国の新都、イシュタールの北に位置する小さな搭。

 クリームヒルドの塔では魔道師に伴われ、2組の来客が到着しアムネリスの許を訪れた。

「まぁ、アレン御姉様!

 海から遠く隔てられた此の場所まで、駆け付けて来てくれるなんて!!」

「アムネリス、可愛い義妹!

 元気な貴女と赤子の顔が見れて嬉しいわ!!」

「本当に良い御子ですよ、私をお側にお呼び頂いたからにはもう大丈夫ですからね!

 風邪ひとつ、ひかせやしませんとも!!」

 

「頼もしいね、私も大船に乗ったみたいに安心して見ていられるよ。

 パロの魔道師が現れた時には何事かと思ったけど、来て良かった。

 アムネリスが援けを必要としていると聞いて、兄が止めるのを振り切って来たのだけれどね。

 此方の娘さんは双子を産んだのかい、小さな体で大したもんだね!」

「羨ましい、私も今度は双子が欲しいわ。

 女の子を2人、もう名前まで決めているのよ!」

「へぇ、気が早いね!

 何と云う名前か、聞いても良いかしら?」

「不幸にして15と17でヤーンに召された、従姉妹達の名前を貰うの。

 アエリアとマリスの分まで、私が幸せにしてみせるんだから!」

 

「そうですとも!

 こんなに別嬪さんなんだからね、み~んな幸せになりますとも!!

 あぁ、すみません!

 つい、無礼な口をきいちまって!!」

「そんな事は気にしないで、他人行儀な喋り方をしたら怒るわよ!

 ケイロニアの姉姫だって、『タヴィア』って呼び捨てにしていたんでしょ?

 カメロンから聞いたわ、分け隔て無く一緒に家族として暮らしていたって。

 私とも家族になってくれる、って言ったじゃないの。

 大公様なんて言わず、私の事は『ネリス』って呼びなさい!

 約束よ、オリー母さん」

 

 おずおずと口を開きかけたオリーの気配を、研ぎ澄まされた聴覚が察した。

 長年共に暮らし、呼吸を熟知するゴダロが機先を制し口を挟む。

「口答えするな、ばばあ。

 大公様が仰られているんだ、言われた通りにしねぇか。

 ユナス様だって伯爵なんか面倒だ、靴屋の方が気楽で良かったと仰ってただろう。

 大公様の家族になってやってくれ、とカメロン様にも頼まれたじゃねえか。

 タヴィアさんと同じだと思え、てめえも言ったろうがよ。

 『ケイロニアの姫様なんか知らないよ、あんたは私の嫁のタヴィアだともね』ってな」

 

「流石は、カメロンだな!

 私からも御願いするよ、是非ともアムネリスの家族になってあげてね。

 王族なんて孤独なものだからね、情けない話だけど身内が1番信用出来ない。

 パロを見て御覧よ、沿海州だって似た様な有様だけどねえ。

 ヴァラキアに人を遣って調べたんだけど、ふとっちょオリーって馬鹿な王弟が居てね。

 アンダヌスに唆されて、聡明な兄王に取って代わろうと画策してるみたいだ。

 

 トラキア自治領のオルロック伯爵も似た様なもんだね、怪しい動きを見せてる。

 ヴァラキア・イフリキアと並び称される兄弟国の筈だけど、イフリキアも同じだね。

 南方航路の通商権を巡り、ヴァラキア王に任命されたイフリキア総督が暗躍している。

 女アンダヌスと通称されるレンティア女王、ヨオ・イロナも一枚噛んでいるふしがある。

 カメロンに教えたら、飛び上がって驚いたよ。

 

『俺がゴーラで忙殺されてる間に、其処まで事態が悪化してたのかい!

 グインから連絡があったのはヤーンの慈悲、ドライドンの思し召しだったな!!

 俺は直ぐにでもヴァラキアへすっ飛んで行かにゃならん、暫く此処に逗留して貰えないか?

 アムネリスが落ち着くまで貴女に居て貰えれば、大変助かるんだが!』だってさ」

 

「ええっ、カメロン様は沿海州へ行かれるんですか!?」

「ああ、元々カメロンは海の男だからね。

 彼には海が似合う、私も大賛成だよ。

 私がふとっちょオリーを張り倒して、眼を覚まさせてやっても良いんだけど。

 事もあろうに私をオリー・トレヴァーンの嫁にくれないか、と云う馬鹿話があるのさ。

 交換条件としてカメロンに話を葬ってくれ、と頼んだら大笑いしてたけどね!

 当分の間は此処に居座らせて貰おうかな、と思っているのだけど構わないかしら?」

「勿論、何時までだって居てくれて構わないわ!

 サリアに誓って魂の姉妹ではあるけれど、本当の家族になって欲しいと願っているのだから!!」

 

 クリームヒルドの塔に集った真心の持ち主達、光の公女を囲み談笑する家族にも歌が響く。

 14歳で薄幸の生涯を閉じたミアイル公子の好む白鳥の歌、サリアの娘。

 歌は誰よりも良く、眼の見えぬゴダロの心に響き渡った。

 もう聞く事は無い、と思っていたマリウスの歌が心の奥底に沁み入る。

 初めて煙とパイプ亭を訪れた時の唄、靴屋のユナス伯爵に伴われ金蠍宮へ向かう後姿が甦った。

 

 ミアイル公子が暗殺された夜、煙とパイプ亭に現れた際の苦し気な表情。

 身重のオクタヴィアを伴い、再び煙とパイプ亭を訪れ再会の喜びを齎した際の笑顔。

 同じ屋根の下で暮した息子、吟遊詩人マリウスの嫁から誕生した孫娘マリニアの笑い声。

「寿命が、延びるな」

 ゴダロの唇から呟きが洩れ、女性達の喧騒に掻き消される。

 神聖ゴーラ皇帝サウルの温顔が遥かな高処から、3人の赤子と一家団欒の肖像を見守っていた。

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