魔の聖域
「アモンは夢の回廊を自在に操り、王妃の精神に直接干渉する術を心得ています。
古代機械の結界には遮られるかも知れないが老師と同様、遠隔視の術を用いて注目している筈。
豹頭王の宣告は異世界の精神集合体、並びに精神生命体へ対する予備交渉の一環です。
私に催眠術や憑依の類を仕掛けなければ良いだけの話ですからね、御心配には及びません。
グイン殿は何故か私の頭脳を過大評価され、悪用されては世界が滅ぶとまで仰られましてね。
ならば中原全域に波及する規模の予防措置を講じて、穏便に交渉したいと示唆したのです。
私個人と世界と引換えにしても良い、と評価された訳ですから満更悪い気持は致しませんよ。
ヴァレリウスから又聞きですがドールに追われる男、イェライシャ老師が指摘された通りです。
私は世界生成の秘密を知る為であれば、正義も祖国も投げ棄てて構わぬと思う人間ですからね。
調整者の出身母体と推定される超越者の種族、数万の人間を精神攻撃で制圧可能な夢魔の王子。
竜王が神の種子《フモール》と尊称する謎の存在、アモンと語り合う条件を整えたまでの事。
例え魔王子アモンが本当に人喰いの怪物であったとしても、私には手が出せぬ筈でしょう。
東竜王ヤンダル・ゾックと夢の回廊で対決した時の様に、心理戦で負けない自信は有りますよ」
血の気が退き顔面蒼白の黒魔道師を眺め、ルノリアの花を愛で嵐を呼ぶ男は飄々と喋り倒した。
珍しくも闇の司祭と全く同感と見え、口から先に生まれたと尊称される白魔道師も言葉を喪う。
悲鳴を辛うじて噛み殺す予知者リンダ、感情に流されず冷静に主の真意を探る若き学者ヨナ。
黄金と黒玉の豹面に苦笑を浮かべ古代機械に認められた至高者、ランドックの廃帝が口を挟む。
「これから怖いのだよ、ナリス殿が精神生命体に吸収された暁には一体何が起こると思う?
想像を絶する現象が生起する可能性も否定出来ぬ、と俺の直感は告げているのだがな!」
「この馬鹿もん共が、幾ら何でも極端過ぎる!
もうちょっとマシな方策で、何とか事態を収拾しようと思わんのか!!
魔道十二条の禁忌に触れ、黄金律を覆す痴れ者め!
アモンやヤンダルを脅す為にしても、限度を越えておるわ!!
中原全域を破滅させ、未来を覆す事は許さん!
無茶苦茶を吐かすな、他にも方法は有るだろう!!」
空間を強引に抉じ開け、ランズベール城の内部に現れた怪異。
先住者ならぬ異様な《眼》の如く、ニヤリと笑う豹頭の戦士。
自分の事を言われているのではない、と言わんばかりに微笑。
パロ聖王国を代表する策謀家は優雅に首を傾げ、涼しい顔で呟く。
「白魔道師を魔道十二条に縛られる茶坊主、と宣った老師の御言葉とも思えませんね。
ドールに剣を捧げた地上最強の黒魔道師、老師様は何時の間に転向されましたので?」
ヴァレリウスの唇が震え、自称816歳の若者は年甲斐も無く喚いた。
「この裏切り者め、笑っとる場合か!
貴様も魔道師ギルド、白魔道師の一員だろうが!!
魔道十二条を破れば重大な副作用を呼び、己の身を滅ぼす事ぐらい知っとるわい!
人の事を散々、黒魔道師の横紙破りと非難しおって!!
腹黒い狸め、地獄に墜ちろ!」
「私は老師の足許にも及ばぬ若輩、か弱い善良な白魔道師に過ぎませんです。
人類を代表し異世界の精神集合体、侵略者と闘う英雄に心底より敬意を払います」
皺だらけの顔を真っ赤に染め、美の裁定者を糾弾する老魔道師。
大先達の狂態を眺め、梟の如く惚ける魔道師軍団の実質的指揮官。
「やかましい、人の揚げ足を取って喜ぶな!
貴様は真面目が取り柄と思っとったが、グインやナリスと変わらん!!
世も末じゃ、まともな魔道師は儂だけじゃないか!」
トパーズ色の瞳が煌き、豹頭の戦士は吼える様に哄笑。
涼やかな笑い声を響かせる美の裁定者、アルド・ナリス。
失笑を湛え、敬愛する主を注意深く見守る参謀長ヨナ・ハンゼ。
深い溜息を吐く魔道師軍団の実質的指揮官、ヴァレリウス。
「諸々の事前準備は総て完了したもの、と愚考致します。
この辺で茶番は御仕舞い、と致しましょうか。
噂に高い魔王子、アモンも聖王宮の奥処から一部始終を見ていた事でしょう。
キタイの反乱鎮圧を急ぐ竜王も、古代機械は喉から手が出る程に欲しい筈。
現在只今より我々は聖王宮の一角、ヤヌスの塔が匿す地下格納庫に転移します。
リンダには、マルガに残って貰いますがね。
地上最強の魔道師殿、如何されますか?」
「ふん、返答するまでもあるまい。
人類最強の黒魔道師、グラチウス様が退く訳には行かんよ。
やりすぎではあるが、予防措置は有効じゃ。
キタイの竜も、中原全域を破滅させる度胸は有るまい。
口車の天才と精神生命体の決闘、心理戦《サイコ・バトル》は見逃せん」
水晶の様に見える銀色の壁が滑らかに開き、リンダに退室を促す。
聖王家の至宝、予知姫の視線に応え優雅に微笑む貴公子。
ヴァレリウスの思念波、心話を受け魔道師達が陣形を変える。
古代機械の外壁が音も無く開き、唯一の女性が歩み出た事を確認して再び閉じた。
光の船が煌き、微かな震動と共に消え失せた直後。
《閉じた空間》と異なる原理に基き、ヤヌスの塔に隠された地下格納庫への瞬間移動が済んだ。
カイサールの転送装置が経由する超空間、次元回廊は魔道師に探知不能。
魔王子アモンの不意を突いた筈だが、古代機械の《声》が操縦室に響く。
( 以前レムス・アルドロス1世に憑依、接近を試みた精神波を探知。
質量の計測は不能ですが、サイコ・パターンが一致しています )
中原最高級の知性を誇る面々に、緊張が走る。
「思念波増幅装置を用い、アモンと交信する事は可能か?」
予想外に迅速な出現ではあるが、想定の範囲内ではある。
豹頭の戦士は顔色を変えず、ランドック製の人工頭脳に確認。
魔王子アモン、精神生命体の怪物が盗聴している事を前提に声を張った。
( 可能です、《ファイナル・マスター》ランドックのグイン。
思念波増幅装置を作動させ、精神接触《コンタクト》を試みますか? )
ナリスと目配せを交わし、悠然と微笑む長身の偉丈夫。
ヴァレリウス、ヨナも頷く。
興味津々の態で周囲を見廻し、何も気付いておらぬ風を装う闇の司祭。
爛々と輝く瞳は如実に仮装を裏切り、内心を暴露している。
「まだ、作動させるな。
アモンの方から何等かの思念波、心話の類が届いていれば教えろ。
俺の心を読んでいるのであれば、向こうから呼び掛けて来る。
サイコ・バリヤーが無効か否か、様子を見たい」
水晶を思わせる外壁が輝き、白光が放たれる。
グインが初めて、古代機械の部屋に足を踏み入れた際と同様の反応だが。
周囲の空間には何の影も無く、光の屈折する様子も無い。
( 了解しました。
精神生命体の念波は強烈ですが、サイコ・バリヤーは破られていません。
様々な周波数を放出し念波の共鳴、精神感応を試みていますが。
同乗者の思考も含め解読、接触は成功していない模様です )
闇色の瞳が煌き、艶やかな微笑が浮かぶ。
灰色の眼が瞬き、太い溜息が洩れる。
冷静な学者も思わず額の汗を拭い、呼吸を整え緊張を解すが。
816年の長寿を誇る黒魔道師は表情を変えず、飄々としている。
「よし、次の段階に移る。
思念波増幅装置を用い、アモンに呼び掛けろ。
精神接触《コンタクト》ではなく、心話の伝達に留める。
催眠暗示波、精神干渉の類は厳重に遮断してくれ。
探知の際は警報、照明灯で全員に知らせよ」
謎の魔王子アモンと2度に渡り、夢の回廊を舞台に渡り合った豹頭の戦士が宣告。
《何も無い空間》に投げ込まれ、苦手意識を持った闇の司祭が思わず首を竦める。
( 中継します。精神生命体の念波が停止。
反応を窺っている模様ですが物理的、光学的な観測は不可能。
不可視の重力波、電磁波を含め反応は皆無。
催眠暗示帯域の精神波、思考も感知されていません )
ナリスが掌を挙げ、グインと固い握手を交わす。
ヴァレリウス、ヨナは頭を垂れ神々の庇護を願う聖句を唱えた。
グラチウスの表情も強張り、豹頭王の勝利を願っている様に見える。