「アモン、最初に断って置く。
アルド・ナリス殿に催眠暗示、精神接触を試みた場合は古代機械は自爆する。
推定影響範囲は草原地方、ハイナム、ミロク教の聖地ヤガ、沿海州、ゴーラ北東国境。
三千年前に帝都カナンへ星船が墜落し、ノスフェラスが生じた刻と同じだ。
謎の太鼓帝国ハイナムも含め、キレノア大陸の西半分は死の砂漠と化すだろう。
中原全域の住民も犠牲となるやもしれぬが、全精神寄生体の奴隷になるよりは良い。
パロ解放軍の指導者ナリス殿が提案され、ゴーラの宰相カメロン殿にも同意を得た。
アキレウス大帝には申し訳も無いが、ケイロニア王国に関しては俺が責任を負う。
クム、沿海州、草原地方、自由国境地帯の自治領には同意を得ておらぬが已むを得ぬ。
キタイの民を蹂躙する竜の門を駆逐する為、別の調整者が派遣されると期待する。
不死身の精神生命体を駆除する為、相討ち共倒れも厭わぬと決めた。
貴様が何を望んでいるか、俺は知らぬ。
夢の回廊に現れた貴様の言葉が、真実であるのか。
或いは俺を惑わせる為の欺瞞、策謀であるのか。
俺の直感は、お前を信頼出来ぬと告げている。
精神生命体の論理が理解出来るかどうか、協定を結ぶ事が可能であるのか。
契約を結んだ所で、守る保証があるか否かも解らぬ。
だが、物は試しだ。
決裂する事は、何時でも出来る。
俺の理解した限りでは、貴様は竜王ヤンダル・ゾックの眷属に非ず。
《ノスフェラスの種子》であり、孵化を促進されたに過ぎぬ筈。
恩義を感じているやも知れぬが、根本的に異なる存在と見た。
今から俺のみ、古代機械を出る。
ゴーラ王の後催眠が解除され、休戦協定を締結した次第は貴様も察知しているだろう。
キタイの竜王を倒す為、共闘を申し入れる。
和平交渉に応じる意思があるなら、俺の前に姿を現せ。
解ったな、アモン」
水晶の如き透明な壁が音も無く左右に開き、豹頭の戦士が歩み出た。
地下室の床に足を下ろした直後、グインの眼前で黄金色に霞む風が渦巻く。
玄妙な光は集束を遂げ、透明な子供の姿が現れる。
「面倒な事をしてくれるじゃないか、豹頭の化け物!
せっかく美味しい御馳走が来たのに、御預けを喰わされるとは思わなかったよ!!
何度も言わせないで貰いたいね、僕は最高度の段階に発達を遂げた種族の一員なんだ。
ヤンダルなんかと一緒にするなんて最低だ、プライドが傷付くよ!!」
グインは挑発に応えず、言を継いだ。
「時も次元も解明された俺の故郷、神々の都に行く気は無いか?
力を貸せ、アモン。
俺の出す条件を呑み、忠実な盟友として振舞え。
時を超え、次元を越え、数多の世界に増殖する事も夢ではない。
無限の可能性が、お前を待っているぞ」
「竜王の言に拠れば《超越者》の《種子》を孵化させる為、大量の怨念が餌とされた。
《超越者》とは構成因子に拠り、性格を左右する事が可能な精神生命体。
それ故に魔道師達は《種子》を手に入れ、己の趣向に沿う方向に育てる事を夢見る。
ノスフェラスの怨念を喰らい、《卵》から孵す時点で性格は方向付けられてしまった。
グインの前に現れた蜃気楼の娘、サラーの残留思念は選ばれませんでしたがね。
妖魔も脅える蜃気楼の嵐、カナンの帝王を含む強力な妄執も贄となった可能性が高い。
アモンの精神的骨格を形成する生者への恨み、死んでも消えぬ憎悪は取り除けない。
血肉と化した構成要素が除去不可能である以上、和解の術は無いと考えていました。
時を越えて過去界に遡る事が可能であれば、新たな道を拓く事も出来るんじゃないかな。
アモン、種族の野望を叶える鍵を提供しよう。
グインの視た過去界、カナン壊滅の数日前に君を転送する事は可能だ。
巨大な星船が墜落する前に、全市民を帝都の遥か遠方に避難させてみないか?
グル・ヌー地下に眠る星船は数千年前、《調整者》に撃墜され重大な損傷を負った。
オレンジ色の怪光線が貫き、船長も見棄てた星船が動く保障は?
《マウロ提督船》の援護に現れた《母船》、大型の星船は無傷で立ち去った筈だね。
精神生命体なら密航して神々の都、時も次元も解明された世界に行るんじゃないかな。
ランドック至高の女神、アウラ・カー直属の超越者を喰えるもしれない。
古代機械を使って蜃気楼の娘、サラー達の住む過去界に転送する事も夢ではない。
宇宙全体に増え拡がる野望を実現する鍵、時間移動の手段は眼の前にある。
同盟を拒めば古代機械は壊れ、ランドック訪問の機会も二度と得られないだろう。
精神生命体の魔力を用い、カナンの民を集団催眠で操る事は児戯に類する筈だ。
帝都の民は南方大陸に移住、中原の歴史から消え去った事にすれば良い。
精神生命体の自我を構成する最大の要素、怨念達も解放されるんじゃないかな」
ノスフェラスに魅せられた夢想家の推察、提案は精神生命体の意表を突いた。
白魔道師は言葉を喪い、齢800年超の黒魔道師も絶句。
トパーズ色の瞳を細め、賛嘆の念を表明する豹頭の戦士。
冷静沈着に論理的な考察、検証を試みる参謀長の脳裏に。
新たな遠隔心話が響き渡り、空気が凍り付く。
「非常に興味深い展開の故、不躾ながら申し上げます。
アモンの疑心暗鬼を解く為、ささやかな時間実験を試みては如何でしょうか。
私は第13号レセプター、カイザー転移の操作手順を理解しています。
ファイファ・システム、マザー・ブレイン経由ですがね。
夢幻界を混乱させた時間犯罪者は、大規模な歴史改変を試みた故に滅んだ。
貴方達の知らぬ《ルール》に基き、次元崩壊を招かずに転送機を操って差し上げますよ」
水晶《クリスタル》の様に透き通り、内部に青い光や赤い光が駆け巡る密室に影が生じた。
カイサール転送装置、古代機械の結界は破られておらぬ。
銀色の硬質な光が織り成す模様の副産物、錯覚とも思えた陽炎が濃度を増す。
空気の波紋が楕円形の領域《テリトリー》を創り、貴族風の男が微笑。
国王に対する礼を捧げ、優雅に言葉を紡ぐ。
「古代機械の認めた聖王家の正統後継者、アルド・ナリス殿の叡智は存じ上げております。
カナン滅亡の悲劇を覆す提案、壮大な発想《インスピレーション》は尊敬に値する。
私は嘗て調整者に近い階梯を占め、約二千年前に渡来した異星人に他ならぬ。
ドルリアン・ガーディシュ、コングラス城の主と表向きは名乗っておりますがね。
正体を明かしたところで、貴方なら、驚かれますまい」
年齢を判断し難い闖入者は穏やかに囁き、興味深い趣の瞳が闇色に輝く。
齢三千年と称する大魔道師アグリッパ、イェライシャ老師より年寄りなのか?
ヴァレリウスの些か失礼な思考を読み、再び微笑。
中原を代表する策謀家から視線を外し、灰色の眼を覗き込む。
「約二千年前と云ったが、訂正しなくてはなりません。
私の元々棲んでいた惑星は長大な軌道を描き、一周する為には数百年を要する。
この世界に換算すれば数億年に達しますが、大空白時代以前である事は証明できます。
ワルドベッツ城とは似て非なる時の封土、異次元の領域で長寿を保っている次第ですがね」
「勿体ぶるのも、好い加減にしろよ!
吸血鬼《ヴァンパイア》が、何故、こんな所に出て来るんだ?
時間実験とか言ってたけど、しんようできるもんか!
過去界に遡って、僕の孵化を阻止する心算だな!?」
トパーズ色の瞳が瞬き、ナリスと視線が交錯。
豹頭の戦士が言葉を発する直前、アモンが喚いた。
グラチウスが瞳を見開き、古代機械の《マスター》達を見比べる。
ヴァレリウスは雄弁な溜息を吐くが、ヨナは興味津々の態で無反応。
「私は精神凍結の術、サイコ生命体の自我を分解する方法も心得ています。
必要とあれば駆使する事に躊躇は無いが、非常に稀有な存在を消し去るのも惜しい。
ナリス殿の提案を実施した場合、調整の対象とならざるを得ないでしょう。
時間実験の要因となる精神生命体、賢者達の邂逅も《無かった事》にされかねません。
物質を過去界に転送、或いは明確な出来事が覆された際には復元力が働きます。
次元界の自己修復能力、と云った方が適切かもしれません。
折角の機会《チャンス》が無に帰す事態を避ける為、私の精神を過去界に転送してみませんか?
時を超える際に垣間見える異次元空間、波動は《種子》を納得させる《証拠》となるでしょう」
古代機械の内部に沈黙が満ち、皆の視線が精神生命体に集まった。