暁の微風   作:fw187

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時の封土

「アモン、最初に断って置く。

 アルド・ナリス殿に催眠暗示、精神接触を試みた場合は古代機械は自爆する。

 推定影響範囲は草原地方、ハイナム、ミロク教の聖地ヤガ、沿海州、ゴーラ北東国境。

 三千年前に帝都カナンへ星船が墜落し、ノスフェラスが生じた刻と同じだ。

 謎の太鼓帝国ハイナムも含め、キレノア大陸の西半分は死の砂漠と化すだろう。

 中原全域の住民も犠牲となるやもしれぬが、全精神寄生体の奴隷になるよりは良い。

 

 パロ解放軍の指導者ナリス殿が提案され、ゴーラの宰相カメロン殿にも同意を得た。

 アキレウス大帝には申し訳も無いが、ケイロニア王国に関しては俺が責任を負う。

 クム、沿海州、草原地方、自由国境地帯の自治領には同意を得ておらぬが已むを得ぬ。

 キタイの民を蹂躙する竜の門を駆逐する為、別の調整者が派遣されると期待する。

 不死身の精神生命体を駆除する為、相討ち共倒れも厭わぬと決めた。

 

 貴様が何を望んでいるか、俺は知らぬ。

 夢の回廊に現れた貴様の言葉が、真実であるのか。

 或いは俺を惑わせる為の欺瞞、策謀であるのか。

 俺の直感は、お前を信頼出来ぬと告げている。

 精神生命体の論理が理解出来るかどうか、協定を結ぶ事が可能であるのか。

 契約を結んだ所で、守る保証があるか否かも解らぬ。

 

 だが、物は試しだ。

 決裂する事は、何時でも出来る。

 俺の理解した限りでは、貴様は竜王ヤンダル・ゾックの眷属に非ず。

 《ノスフェラスの種子》であり、孵化を促進されたに過ぎぬ筈。

 恩義を感じているやも知れぬが、根本的に異なる存在と見た。

 

 今から俺のみ、古代機械を出る。

 ゴーラ王の後催眠が解除され、休戦協定を締結した次第は貴様も察知しているだろう。

 キタイの竜王を倒す為、共闘を申し入れる。

 和平交渉に応じる意思があるなら、俺の前に姿を現せ。

 解ったな、アモン」

 

 水晶の如き透明な壁が音も無く左右に開き、豹頭の戦士が歩み出た。

 地下室の床に足を下ろした直後、グインの眼前で黄金色に霞む風が渦巻く。

 玄妙な光は集束を遂げ、透明な子供の姿が現れる。

「面倒な事をしてくれるじゃないか、豹頭の化け物!

 せっかく美味しい御馳走が来たのに、御預けを喰わされるとは思わなかったよ!!

 何度も言わせないで貰いたいね、僕は最高度の段階に発達を遂げた種族の一員なんだ。

 ヤンダルなんかと一緒にするなんて最低だ、プライドが傷付くよ!!」

 

 グインは挑発に応えず、言を継いだ。

「時も次元も解明された俺の故郷、神々の都に行く気は無いか?

 力を貸せ、アモン。

 俺の出す条件を呑み、忠実な盟友として振舞え。

 時を超え、次元を越え、数多の世界に増殖する事も夢ではない。

 無限の可能性が、お前を待っているぞ」

 

 

「竜王の言に拠れば《超越者》の《種子》を孵化させる為、大量の怨念が餌とされた。

 《超越者》とは構成因子に拠り、性格を左右する事が可能な精神生命体。

 それ故に魔道師達は《種子》を手に入れ、己の趣向に沿う方向に育てる事を夢見る。

 ノスフェラスの怨念を喰らい、《卵》から孵す時点で性格は方向付けられてしまった。

 グインの前に現れた蜃気楼の娘、サラーの残留思念は選ばれませんでしたがね。

 妖魔も脅える蜃気楼の嵐、カナンの帝王を含む強力な妄執も贄となった可能性が高い。

 

 アモンの精神的骨格を形成する生者への恨み、死んでも消えぬ憎悪は取り除けない。

 血肉と化した構成要素が除去不可能である以上、和解の術は無いと考えていました。

 時を越えて過去界に遡る事が可能であれば、新たな道を拓く事も出来るんじゃないかな。

 アモン、種族の野望を叶える鍵を提供しよう。

 グインの視た過去界、カナン壊滅の数日前に君を転送する事は可能だ。

 巨大な星船が墜落する前に、全市民を帝都の遥か遠方に避難させてみないか?

 

 グル・ヌー地下に眠る星船は数千年前、《調整者》に撃墜され重大な損傷を負った。

 オレンジ色の怪光線が貫き、船長も見棄てた星船が動く保障は?

 《マウロ提督船》の援護に現れた《母船》、大型の星船は無傷で立ち去った筈だね。

 精神生命体なら密航して神々の都、時も次元も解明された世界に行るんじゃないかな。

 ランドック至高の女神、アウラ・カー直属の超越者を喰えるもしれない。

 

 古代機械を使って蜃気楼の娘、サラー達の住む過去界に転送する事も夢ではない。

 宇宙全体に増え拡がる野望を実現する鍵、時間移動の手段は眼の前にある。

 同盟を拒めば古代機械は壊れ、ランドック訪問の機会も二度と得られないだろう。

 精神生命体の魔力を用い、カナンの民を集団催眠で操る事は児戯に類する筈だ。

 帝都の民は南方大陸に移住、中原の歴史から消え去った事にすれば良い。

 精神生命体の自我を構成する最大の要素、怨念達も解放されるんじゃないかな」

 

 

 ノスフェラスに魅せられた夢想家の推察、提案は精神生命体の意表を突いた。

 白魔道師は言葉を喪い、齢800年超の黒魔道師も絶句。

 トパーズ色の瞳を細め、賛嘆の念を表明する豹頭の戦士。

 冷静沈着に論理的な考察、検証を試みる参謀長の脳裏に。

 新たな遠隔心話が響き渡り、空気が凍り付く。

 

「非常に興味深い展開の故、不躾ながら申し上げます。

 アモンの疑心暗鬼を解く為、ささやかな時間実験を試みては如何でしょうか。

 私は第13号レセプター、カイザー転移の操作手順を理解しています。

 ファイファ・システム、マザー・ブレイン経由ですがね。

 夢幻界を混乱させた時間犯罪者は、大規模な歴史改変を試みた故に滅んだ。

 貴方達の知らぬ《ルール》に基き、次元崩壊を招かずに転送機を操って差し上げますよ」

 

 水晶《クリスタル》の様に透き通り、内部に青い光や赤い光が駆け巡る密室に影が生じた。

 カイサール転送装置、古代機械の結界は破られておらぬ。

 銀色の硬質な光が織り成す模様の副産物、錯覚とも思えた陽炎が濃度を増す。

 空気の波紋が楕円形の領域《テリトリー》を創り、貴族風の男が微笑。

 国王に対する礼を捧げ、優雅に言葉を紡ぐ。

 

 

「古代機械の認めた聖王家の正統後継者、アルド・ナリス殿の叡智は存じ上げております。

 カナン滅亡の悲劇を覆す提案、壮大な発想《インスピレーション》は尊敬に値する。

 私は嘗て調整者に近い階梯を占め、約二千年前に渡来した異星人に他ならぬ。

 ドルリアン・ガーディシュ、コングラス城の主と表向きは名乗っておりますがね。

 正体を明かしたところで、貴方なら、驚かれますまい」

 

 年齢を判断し難い闖入者は穏やかに囁き、興味深い趣の瞳が闇色に輝く。

 齢三千年と称する大魔道師アグリッパ、イェライシャ老師より年寄りなのか?

 ヴァレリウスの些か失礼な思考を読み、再び微笑。

 中原を代表する策謀家から視線を外し、灰色の眼を覗き込む。

 

「約二千年前と云ったが、訂正しなくてはなりません。

 私の元々棲んでいた惑星は長大な軌道を描き、一周する為には数百年を要する。

 この世界に換算すれば数億年に達しますが、大空白時代以前である事は証明できます。

 ワルドベッツ城とは似て非なる時の封土、異次元の領域で長寿を保っている次第ですがね」

 

 

「勿体ぶるのも、好い加減にしろよ!

 吸血鬼《ヴァンパイア》が、何故、こんな所に出て来るんだ?

 時間実験とか言ってたけど、しんようできるもんか!

 過去界に遡って、僕の孵化を阻止する心算だな!?」

 トパーズ色の瞳が瞬き、ナリスと視線が交錯。

 豹頭の戦士が言葉を発する直前、アモンが喚いた。

 グラチウスが瞳を見開き、古代機械の《マスター》達を見比べる。

 ヴァレリウスは雄弁な溜息を吐くが、ヨナは興味津々の態で無反応。

 

「私は精神凍結の術、サイコ生命体の自我を分解する方法も心得ています。

 必要とあれば駆使する事に躊躇は無いが、非常に稀有な存在を消し去るのも惜しい。

 ナリス殿の提案を実施した場合、調整の対象とならざるを得ないでしょう。

 時間実験の要因となる精神生命体、賢者達の邂逅も《無かった事》にされかねません。

 

 物質を過去界に転送、或いは明確な出来事が覆された際には復元力が働きます。

 次元界の自己修復能力、と云った方が適切かもしれません。

 折角の機会《チャンス》が無に帰す事態を避ける為、私の精神を過去界に転送してみませんか?

 時を超える際に垣間見える異次元空間、波動は《種子》を納得させる《証拠》となるでしょう」

 古代機械の内部に沈黙が満ち、皆の視線が精神生命体に集まった。

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