「カイザー転移が単なる物質転送手段として誕生の後、様々な進化を遂げた事は知ってる。
念を入れて観察するから、試してみろよ」
壮大な野望を秘める異種は虚勢、とも思える強い口調で放言。
異星の産と称する鏡像を睨み、行動を促す。
「そろそろ、本題に入りましょうか。
アルド・ナリス殿の挙兵、自称《竜王》の陰謀を暴く為の奮闘は多数の犠牲を伴いました。
時間実験で
精神は時を超える、と云う諺を聞いた事はありませんか?
そう解釈すれば、話は違ってきます。
多大な影響を世界に及ばす重要人物の救助、再登場は無理ですけどね。
復元力発動の対象外、と思われる数名に限れば
何処の世界とは申し上げられませんが銀河規模の伝染病、人類滅亡を阻んだ実績もあります。
決起前夜カリナエ集結の際、或る意味では原動力となった勇敢な貴族。
ランズベール侯爵と最愛の娘、シリア姫の最期は歴史の闇に埋もれている。
ジェニュア脱出の際に城は焼け落ち、遺体は確認されていません」
コングラス伯爵の映像は言葉を切り、ナリスの視線を受け止めた。
「確かに、仰る通りかもしれません。
リュイス、シリア、だけじゃない。
ランズベール城の焼け跡には戦死者、全員が瞑っている筈だ。
キタイの竜に追われ、埋葬する暇は無かった。
過去に遡り得るのであれば、他の者達も救う事は出来ませんか?
必要なら、ヴァレリウスを助手として連れて行って貰っても構いません」
灰色の眼を見開き、声にならぬ悲鳴を挙げる魔道師。
グラチウスがニヤリと笑い、後輩の肩を叩く。
「折角の御提案ですが、お断りさせていただきましょう。
グイン殿の御言葉ではないが、単独で動ける方が助かります。
足手纏い、とは言いません。
ただ単に彼の思念波、サイコ・パターンが《竜王》に盗まれている故ですよ」
パロ最強の魔道師から深い溜息が洩れ、皆の微笑を誘った。
「此処には映像しか来てない、と思うけどな。
どうやって、時を超えるんだ?」
アモンの声が響き、鏡像を凝視。
本体の潜む異次元空間に繋がる唯一の手掛かり、思念波を探る。
「無駄な事だ、《シールド》を破る事は出来ない。
カイサールの転送装置は遠隔感応、精神波解析機能も備えているのだよ。
高次元帯域の思考、映像を通じ《本体》を《引き寄せる》事も出来るがね。
私の身体は時の流れ方が異なる異次元、コングラス城に残り精神のみ転送して貰う。
思念波入力モード起動、と唱えて下さい。
心配は無用です、5秒後に再会致しましょう」
コングラス伯爵の要望に応え、アルド・ナリス固有の思考波が古代機械を操作。
操縦席の真正面に埋め込まれた表示盤が輝き、『転送完了』の文字を映し出した直後に。
魔王子アモン、闇の司祭グラチウスから驚愕の声が洩れた。
「なんだ、この結界は?
さっきまで、無かったぞ!」
「確かに、その通りじゃ!!
いきなり現れた、としか思えん!」
グイン、ヨナ、ナリスには何も感じ取れぬ。
ヴァレリウスが感覚を研ぎ澄ませ、懸命に《何か》の手掛かりを探る。
「5秒、保ちませんでしたね。
お二方の知覚力、走査術に敬意を表します。
ナリス殿、お待たせしました。
ランズベール侯リュイス殿、シリア姫と御対面ください」
中原には未知の領域《テリトリー》、《混沌のカーテン》が翻る。
空間が割れ複数の男女、落城の際に遺体も焼き尽くされた筈の助力者達を吐き出す。
己の預かる牢獄で凄惨な拷問が行われた為、斬鬼の念に苦しみ続けた剛毅な貴族。
《カリナエの間》に集った盟友の一人、ジェニュア脱出の殿軍を務めた勇者が叫んだ。
「おお、ナリス様!
貴方が、救って下されたのですか!!
討死の覚悟を決めた後、何があったか、思い出せん!」
「ナリス様、お立ちになられる事ができる様になったのですね!
父も、侍女達も、救ってくださって、ありがとうございます!!」
ランズベール侯と愛娘の唇から驚愕、感謝の言葉が迸る。
主君を護る騎士達、姫に仕える侍女達は遠慮して口を噤んでいるが。
感激の眼差し、涙を湛え潤んだ瞳の奥に潜む感情は容易に見て取れた。
期待に応え、パロ解放の主導者が優しく微笑む。
「リュイス、シリア、私を信じてくれた皆に申し上げます。
貴方達のおかげで、パロは救われつつある。
キタイ勢力は駆逐され強力な魔道師、ケイロニア王の助力も得られた。
どれほど感謝しても足りないのですが、少しだけ、お待ちください。
ドルリアン・ガーディシュ殿、御礼を申し上げます。
最前とは異なる御姿ですが、理由をお聞かせ願えますか?」
転送前は年齢不詳、貴族風の男と見えていたが映像のみで実体は無かった。
ナリスの前には黒衣を纏う若者が佇み、涼しい顔で視線を受け流している。
「この魔道師は未熟だが、性質が良い故に協力を願いました。
私の説得に応じて身体の制御権を委ね、反抗の気配も示さなかった判断力は尊敬に値する。
宿主の許容量を無視して異質な魔力の器、中継装置として用いれば生命も危いですがね。
精神波に同調して潜在能力を引き出し、育てる事も可能なのに勿体ない事です」
下級魔道師サリウ、の身体に宿る異星人が囁いた。
「言っとくけど、僕のせいじゃないからね!
どうせ、レムス父上の事をあてこすってるんだろ?
ヤンダルの仕業だ、関係ないよ!」
先手必勝とばかり、捲し立てる魔王子アモン。
闇の司祭がニヤリと笑い、便乗して揶揄する直前。
グインの片手が挙がり、グラチウスの口を封じる。
「無駄口はよせ、話し合いは建設的に進めたい。
コングラス伯爵の言に拠れば、転送の際に衝撃か震動を感知できた筈だな?
今度は、お前の答える番だ。
古代機械は時を超え得る、と確信したか?」
論理的に言葉を操り、精神生命体に斬り込む異形の戦士。
黄金の陽炎にも似た儚げな光の凝集、アモンが肩を竦めた。
「4次元時空連続体の震動、波紋は種族の伝承記憶を連想させるね。
認めてやるさ、とりあえずは納得したよ」
魔王子が頷き、トパーズ色の瞳を窺う。
「キタイ勢力は、どう出る?
転送機の作動、時間実験に気付かぬ筈は無かろう。
レムスを操り、お前の魔力と合体させる方策か?」
ヴァレリウス、グラチウスは反射的に結界を強化。
白と黒の魔道師が気を研ぎ澄ませ、異質な念の痕跡を探る。
「無駄だね、人間なんかに解るもんか。
面白い物を見せて貰ったから、教えてやろう。
ヤンダルは一旦、レムス陛下を見限ったのさ。
あんたのせいだよ、グイン。
カイサールの転送装置を持ち逃げされたんで、関心が薄れたみたいだ。
そこまで読んでたのなら、大したもんだけどね。
中原制覇を諦めた、と思ったら大間違いだよ。
ミロク教の聖地ヤガって、知ってるかい?
ヤンダルの奴、僕の種族とは異なる種を蒔いた。
造り物の精神寄生体、赤い目の怪物達が増え始めてる」
ナリス、ヨナ、グイン、ヴァレリウス。
中原の賢者達は想定外の指摘に驚き、ヨナの顔色が変わる。
「そんな話、聞いてないぞ!
ミロク教は不戦を説く教えだ、竜王に狙われる理由は無い筈だ!!
もし本当なら、ラブ・サンやマリエが危ない!」
「甘いね、笑っちゃうよ。
利用価値が無い、と本気で思ってるの?
嘘だと信じていたけりゃ、それでも良いけどさ。
邪魔はしないよ、僕には関係無いからね!」
子供の様に甲高い声が響き、ヴァラキア出身の参謀長から血の気が失せた。
「ラブ・サン、マリエ?
誰の事か判らないが、ヨナの知人?」
「失礼しました、ナリス様。
ミロク教徒の懇意にしている親娘なのですが、ヤガに移住すると申しておりました。
クム出身で絹織物を扱い、アムブラに住む顔の広い貿易商人です。
カリナエ宮が襲われる前に店を畳んだ筈ですが、引き返す様に警告しなければ!」
冷静な声に応えるが、珍しくも動揺を隠せぬ。
ヴァレリウスが不審気に眉を顰め、様子を伺う。
「何を、焦っとるのかね。
ひそかに想いを寄せていた娘が危ない、と云う訳か?」
齢八百十数歳の魔道師が嘯き、ヨナの顔が朱の色に染まる。
「お若い頃の老師を拝見する為、八百年程前の過去界を覗く事もできますよ。
我が友イシュトヴァーン同様、浮名を流されていたのではありませんか?」
「フッ、お節介は無用じゃ。
わしは魔道一徹よ、色事なんぞに興味は無い!」