暁の微風   作:fw187

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見知らぬ明日

 グインが振り向き、サリウを見た。

「コングラス伯爵、礼を言う。

 お主の言に従ったおかげで、和平交渉は纏るかもしれん。

 ミロク教の聖地ヤガ、精神寄生体、赤い目の怪物についても御存知であろうか?」

 下級魔道師が頷き、ヨナ達の視線に応える。

 

「見た事は無いが、心当たりはあります。

 夢幻界に激震を齎した時間犯罪者の遺産、精巧な傀儡の魔術を甦らせたのかもしれません。

 一見は元の人格と何も変わらないが、時折、正体を現す。

 赤い光が瞳を染めた時に限り、底知れぬ悪意を感じさせる得体の知れぬ連中ですね。

 物質文明に疎い精神集合体、《みずち》達に遺伝子操作技術を再現できるとは思えない。

 ナリス殿を襲った異次元生物、ティンダロスの蜘蛛が棲む世界から紛れ込んだのかな。

 召喚術の際に想定外の異世界と繋がり、次元断層を通り抜ける事もありますから」

 

 穏やかに語る長命族を遮り、性急とも取れる声が響く。

「俺の許に報告は届いておらぬが、ヤンダル絡みであれば通常の情報網では察知できまい。

 赤い目の怪物とやらは後催眠、洗脳とは異なるのか。

 そやつ等を見分け、元に戻す方法は?

 《魔の胞子》ならば、ヴァレリウス達が識別できる。

 ミロクの信者達が精神を蝕まむ魔術の犠牲、生贄となる事は阻止せねばならん。

 ヤンダルをレムスの裡に呼び出し、斃さねばならぬとしてもな」

 

 

「サイコ・パターンを調べてみない事には、なんとも言えません。

 インスマウス、吸血鬼とも異なる模様ですからね。

 今の私の様に精神のみ転送、分離した状態で観察したいところです」

 サリウの身体に宿る長命族は断言を避け、慎重に答えた。

 

「時間犯罪者の遺産、と仰いましたね。

 鬼面の塔に接続していた異世界、スィーク海底に潜む魔神が黒幕でしょうか?

 回廊は閉ざされた筈ですが、ティンダロスの蜘蛛を使えば連絡可能とも考え得る。

 古代機械を使って異次元空間、渾沌の領域に赴き直接交渉する事も夢ではない。

 私では宇宙空間で生存できませんから、アモンに頼んだ方が良いかな。

 グインを蛸壺に誘った際の問答では、宇宙最強と豪語していましたからね。

 三千年前の星船に密航するより確実、迅速に調整者を喰えるかもしれないよ」

 

「ふん、真っ平だね!

 座標を間違えたふりをして、転送先で爆発させる気だろ?

 それとも恒星のど真ん中に実体化させて、焼き尽くす第一銀河帝国特製の罠を再現するのか?

 中原最強の魔術師、策謀家なら其れ位の事はやりかねないからな!」

「ラブ・サン達の出発は数日前、カリナエ襲撃の前後でした。

 マリエ以外の女性もいましたから、カラヴィア領内を移動中の確率が高い。

 ダネイン大湿地帯を渡り、草原地方を抜け、ヤガ到着までには数週間を要する筈です。

 途中で説得して、引き返させる時間的余裕は充分に残っている。

 先刻は取り乱しましたが、慌てる必要は無かったですね」

 アモンが喚き、ヨナの声が重なる。

 

 

「ヤガには通常の間諜を送らず、魔道師に偵察して貰う方が良いかもしれんな。

 古代機械が帰還した事を、キタイ勢力は察知し得るのか?」

 淡い光に包まれ輪郭の曖昧な精神生命体、透き通った子供の姿と声を装う魔物が嘲笑う。

「僕に聞いてるのなら、そう言ってよ。

 無理だ、と思うね。

 あいつは超次元生物を召喚できるけど、この世界には短時間しか留まれない。

 妖魔の遠隔操作、千里眼には相当の魔力を消耗する厄介な結界が要る。

 中継装置があっても、きついと思うな」

 

「ならば、多少の余裕はある、と考えてもよいな。

 ミロクの信者達も気の毒だが、キタイ勢力の中継装置を封じる事が先決だろう。

 レムスの裡には複数の人格が棲み、主導権を争っている、そんな印象を受けた。

 竜王の出現を阻み、魔力を封じる方法は残されているだろうか?

 アルミナも操り人形と化し、発狂してしまった模様だ。

 可能であれば、救ってやりたい」

 単刀直入に聞き、返事を待つ。

 

「どの程度まで脳細胞が破壊されているか、に拠りますね。

 古代機械の解析、分子レベルの調査で確認できますよ」

 妙に老成した雰囲気を纏う若い顔が微笑み、下級魔道師サリウ擁護者の知識を披露する。

「聖王夫妻は逃亡せぬ様、見張られているものと思うが。

 此処に呼んで貰えぬかな、アモン殿下」

「ふん、白々しい!

 称号を付け足した位で、機嫌が良くなるもんか!!

 それにさ、無駄な努力ってもんだと思うよ。

 レムス陛下の裡には、ヤンダルの遺した瘴気が蔓延ってる。

 僕だって、入りたくない位の異臭が漂ってるんだ。

 《命令》はしてやるよ、此処に来いってさ!」

 アモンが毒づき、闇色の瞳が煌いた。

 

 

「ドルリアン・ガーディシュ殿、でしたか?

 先刻『時間犯罪者は、大規模な歴史改変を試みた故に滅んだ』と仰いましたね。

 3千年前の過去界に遡り、カナンの民を避難させる事も禁忌に触れるのですか?

 《マウロ提督船》の援軍、《調整者》と自称した星船の行く先は?

 時も次元も解明された神々の都、《ランドック》ではありませんか?」

 ナリスの声は激しておらぬが、幾分、震えていたかもしれぬ。

 トパーズ色の瞳に激しい動揺を示す色彩、爆発的な閃光が宿る。

 名状し難い瞋恚を秘めた真紅の魔法石、紅水晶の如き魔王子の瞳も泳いだ。

 

「ひとつ、忠告しておきましょう。

 その名前は、使わない方がよろしいですよ。

 キタイの民が簒奪者を竜王と呼び、固有名詞を避けている様にね。

 聞き耳を立てている訳ではないが、余計な注意を惹く事になるかもしれません。

 宇宙規模の情報伝達機構を司る制御装置、マザー・ブレインは生きていますから」

 意味あり気に言葉を切り、ナリスを凝視。

 沈黙に耐え切れず、アモンが喚く。

 

「誤魔化すな、質問に答えろ!

 星船の行く先は、伝説の惑星なのか!?

 カナンの民を避難させる事は、《調整》対象になってしまうのか?」

 甲高い声が響き、全員の視線が発言者に集まる。

 精神生命体は黄金の光、エネルギー流が溢れ出している事にも気付かず《サリウ》を凝視。

 古代機械の制御室に無言の緊張、一触即発の空気が漂う。

 

 

「コングラス伯、アモン。

 俺にも、聞きたい事がある。

 おぬしの望みは、何だ?

 ランズベール侯達を救って貰った上に、レムス達の治療も頼まねばならぬ。

 古代機械の使い方、時間実験の禁忌を教えるには理由がある筈。

 アモンと戦う事を止めはせんが、それが目的とも思えん。

 精神生命体の自我を分解するなら、奇襲攻撃を選ぶ方が楽だと思うぞ」

 グインの穏やかな声が響き、緊張が緩む。

 サリウの瞳が輝き、黒い光の渦と化した。

 

「御配慮、感謝致します。

 本来の目的を忘れ、無用の混乱を招くところでした。

 人間界とは関わらぬ掟に叛き、決断を促した理由は唯一つ。

 伝説に謳われる夢幻公子、世界を創る者と遭う機会が摑めるかもしれない。

 桁外れの思念波を操り、夢に実在の根拠を与え、現実と成し得る者の助力を得れば。

 新たな黄金律(パターン)、次元間の交差点(クロス・ポイント)を創り得るかもしれません。

 配偶者を見出し、永遠の生命を与え、寿命が尽きるまで、共に愛し合って生きる事。

 見果てぬ夢の具象化、ささやかな願望の成就を願い、動く事を決めた次第です」

 

 魔性の魅力を秘める透明な美少年の陽炎、光エネルギー凝集体の眼が爆発的な光の渦に変化。

 悲鳴の響きを潜めた絶叫、純粋な想念の塊に空気を震える。

「夢幻公子、世界を創る者だと!

 なぜ、《それ》を知っているんだ!?

 精神文明を極めた我が種族の伝承記憶でも、夢幻公子の失踪は謎とされているのに!

 お前も無限の多次元世界(オール・ターネット・ワールド)を創った偉大な種族、時空超越者の残党なのか?」

 

 脈動する光の渦が発した真摯な甲高い声、アモンの疑問に答えず再び沈黙する異世界出身者。

 闇色の瞳が煌き、水晶の様に明瞭な声が響く。

「世界生成の秘密と聞いては、黙っていられませんね。

 新たな《パターン》、《クロス・ポイント》?

 貴方が仰る前には誰も、その様な単語は発していないと思うのですが。

 カナンの民を救う可能性に触れた直後、貴方が現れた。

 私の夢想、喋り倒した言葉の中に《キーワード》が含まれていたのですか?」

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