グインが振り向き、サリウを見た。
「コングラス伯爵、礼を言う。
お主の言に従ったおかげで、和平交渉は纏るかもしれん。
ミロク教の聖地ヤガ、精神寄生体、赤い目の怪物についても御存知であろうか?」
下級魔道師が頷き、ヨナ達の視線に応える。
「見た事は無いが、心当たりはあります。
夢幻界に激震を齎した時間犯罪者の遺産、精巧な傀儡の魔術を甦らせたのかもしれません。
一見は元の人格と何も変わらないが、時折、正体を現す。
赤い光が瞳を染めた時に限り、底知れぬ悪意を感じさせる得体の知れぬ連中ですね。
物質文明に疎い精神集合体、《みずち》達に遺伝子操作技術を再現できるとは思えない。
ナリス殿を襲った異次元生物、ティンダロスの蜘蛛が棲む世界から紛れ込んだのかな。
召喚術の際に想定外の異世界と繋がり、次元断層を通り抜ける事もありますから」
穏やかに語る長命族を遮り、性急とも取れる声が響く。
「俺の許に報告は届いておらぬが、ヤンダル絡みであれば通常の情報網では察知できまい。
赤い目の怪物とやらは後催眠、洗脳とは異なるのか。
そやつ等を見分け、元に戻す方法は?
《魔の胞子》ならば、ヴァレリウス達が識別できる。
ミロクの信者達が精神を蝕まむ魔術の犠牲、生贄となる事は阻止せねばならん。
ヤンダルをレムスの裡に呼び出し、斃さねばならぬとしてもな」
「サイコ・パターンを調べてみない事には、なんとも言えません。
インスマウス、吸血鬼とも異なる模様ですからね。
今の私の様に精神のみ転送、分離した状態で観察したいところです」
サリウの身体に宿る長命族は断言を避け、慎重に答えた。
「時間犯罪者の遺産、と仰いましたね。
鬼面の塔に接続していた異世界、スィーク海底に潜む魔神が黒幕でしょうか?
回廊は閉ざされた筈ですが、ティンダロスの蜘蛛を使えば連絡可能とも考え得る。
古代機械を使って異次元空間、渾沌の領域に赴き直接交渉する事も夢ではない。
私では宇宙空間で生存できませんから、アモンに頼んだ方が良いかな。
グインを蛸壺に誘った際の問答では、宇宙最強と豪語していましたからね。
三千年前の星船に密航するより確実、迅速に調整者を喰えるかもしれないよ」
「ふん、真っ平だね!
座標を間違えたふりをして、転送先で爆発させる気だろ?
それとも恒星のど真ん中に実体化させて、焼き尽くす第一銀河帝国特製の罠を再現するのか?
中原最強の魔術師、策謀家なら其れ位の事はやりかねないからな!」
「ラブ・サン達の出発は数日前、カリナエ襲撃の前後でした。
マリエ以外の女性もいましたから、カラヴィア領内を移動中の確率が高い。
ダネイン大湿地帯を渡り、草原地方を抜け、ヤガ到着までには数週間を要する筈です。
途中で説得して、引き返させる時間的余裕は充分に残っている。
先刻は取り乱しましたが、慌てる必要は無かったですね」
アモンが喚き、ヨナの声が重なる。
「ヤガには通常の間諜を送らず、魔道師に偵察して貰う方が良いかもしれんな。
古代機械が帰還した事を、キタイ勢力は察知し得るのか?」
淡い光に包まれ輪郭の曖昧な精神生命体、透き通った子供の姿と声を装う魔物が嘲笑う。
「僕に聞いてるのなら、そう言ってよ。
無理だ、と思うね。
あいつは超次元生物を召喚できるけど、この世界には短時間しか留まれない。
妖魔の遠隔操作、千里眼には相当の魔力を消耗する厄介な結界が要る。
中継装置があっても、きついと思うな」
「ならば、多少の余裕はある、と考えてもよいな。
ミロクの信者達も気の毒だが、キタイ勢力の中継装置を封じる事が先決だろう。
レムスの裡には複数の人格が棲み、主導権を争っている、そんな印象を受けた。
竜王の出現を阻み、魔力を封じる方法は残されているだろうか?
アルミナも操り人形と化し、発狂してしまった模様だ。
可能であれば、救ってやりたい」
単刀直入に聞き、返事を待つ。
「どの程度まで脳細胞が破壊されているか、に拠りますね。
古代機械の解析、分子レベルの調査で確認できますよ」
妙に老成した雰囲気を纏う若い顔が微笑み、下級魔道師サリウ擁護者の知識を披露する。
「聖王夫妻は逃亡せぬ様、見張られているものと思うが。
此処に呼んで貰えぬかな、アモン殿下」
「ふん、白々しい!
称号を付け足した位で、機嫌が良くなるもんか!!
それにさ、無駄な努力ってもんだと思うよ。
レムス陛下の裡には、ヤンダルの遺した瘴気が蔓延ってる。
僕だって、入りたくない位の異臭が漂ってるんだ。
《命令》はしてやるよ、此処に来いってさ!」
アモンが毒づき、闇色の瞳が煌いた。
「ドルリアン・ガーディシュ殿、でしたか?
先刻『時間犯罪者は、大規模な歴史改変を試みた故に滅んだ』と仰いましたね。
3千年前の過去界に遡り、カナンの民を避難させる事も禁忌に触れるのですか?
《マウロ提督船》の援軍、《調整者》と自称した星船の行く先は?
時も次元も解明された神々の都、《ランドック》ではありませんか?」
ナリスの声は激しておらぬが、幾分、震えていたかもしれぬ。
トパーズ色の瞳に激しい動揺を示す色彩、爆発的な閃光が宿る。
名状し難い瞋恚を秘めた真紅の魔法石、紅水晶の如き魔王子の瞳も泳いだ。
「ひとつ、忠告しておきましょう。
その名前は、使わない方がよろしいですよ。
キタイの民が簒奪者を竜王と呼び、固有名詞を避けている様にね。
聞き耳を立てている訳ではないが、余計な注意を惹く事になるかもしれません。
宇宙規模の情報伝達機構を司る制御装置、マザー・ブレインは生きていますから」
意味あり気に言葉を切り、ナリスを凝視。
沈黙に耐え切れず、アモンが喚く。
「誤魔化すな、質問に答えろ!
星船の行く先は、伝説の惑星なのか!?
カナンの民を避難させる事は、《調整》対象になってしまうのか?」
甲高い声が響き、全員の視線が発言者に集まる。
精神生命体は黄金の光、エネルギー流が溢れ出している事にも気付かず《サリウ》を凝視。
古代機械の制御室に無言の緊張、一触即発の空気が漂う。
「コングラス伯、アモン。
俺にも、聞きたい事がある。
おぬしの望みは、何だ?
ランズベール侯達を救って貰った上に、レムス達の治療も頼まねばならぬ。
古代機械の使い方、時間実験の禁忌を教えるには理由がある筈。
アモンと戦う事を止めはせんが、それが目的とも思えん。
精神生命体の自我を分解するなら、奇襲攻撃を選ぶ方が楽だと思うぞ」
グインの穏やかな声が響き、緊張が緩む。
サリウの瞳が輝き、黒い光の渦と化した。
「御配慮、感謝致します。
本来の目的を忘れ、無用の混乱を招くところでした。
人間界とは関わらぬ掟に叛き、決断を促した理由は唯一つ。
伝説に謳われる夢幻公子、世界を創る者と遭う機会が摑めるかもしれない。
桁外れの思念波を操り、夢に実在の根拠を与え、現実と成し得る者の助力を得れば。
新たな
配偶者を見出し、永遠の生命を与え、寿命が尽きるまで、共に愛し合って生きる事。
見果てぬ夢の具象化、ささやかな願望の成就を願い、動く事を決めた次第です」
魔性の魅力を秘める透明な美少年の陽炎、光エネルギー凝集体の眼が爆発的な光の渦に変化。
悲鳴の響きを潜めた絶叫、純粋な想念の塊に空気を震える。
「夢幻公子、世界を創る者だと!
なぜ、《それ》を知っているんだ!?
精神文明を極めた我が種族の伝承記憶でも、夢幻公子の失踪は謎とされているのに!
お前も無限の
脈動する光の渦が発した真摯な甲高い声、アモンの疑問に答えず再び沈黙する異世界出身者。
闇色の瞳が煌き、水晶の様に明瞭な声が響く。
「世界生成の秘密と聞いては、黙っていられませんね。
新たな《パターン》、《クロス・ポイント》?
貴方が仰る前には誰も、その様な単語は発していないと思うのですが。
カナンの民を救う可能性に触れた直後、貴方が現れた。
私の夢想、喋り倒した言葉の中に《キーワード》が含まれていたのですか?」