「残念ですが、お答えできません。
話が禁忌に触れてしまえば、取り返しがつきませんのでね。
代わりと云っては何ですが、幾つか情報を提供致しましょう。
ミロク教の創始者は中原出身者に非ず、キタイ発祥の宗教と御存知ですか?
キタイ移民の建てた神聖ゴーラ帝国の第二勢力、クム領に拡がっている事は?
竜王の手先が黒太子スカール誘拐を試みた際、何処から現れたと思います?
草原のみならず、沿海州地方にも拠点を設けているとは考えられませんかね?」
ナリスの顔から血の気が引き、闇色の瞳が火を噴いたかと見えた。
「グラチウス、答えろ!
貴様は、知っていたのだろうが!!
スカール殿の治療を装い、黒魔道の術を施した後、定期的に薬を渡していた筈。
誘拐を阻み竜王の手先を倒した際、侵入経路を調査しなかったとは言わせん!」
トパーズ色の瞳に睨まれた腹黒い老人、八百十数歳の若者がニヤリと笑う。
「ヒョヒョヒョヒョヒョ、痛快、痛快。
王も漸く、わしの真価を認めた様じゃな。
無論、調べたともさ。
ドール教団を束ねる最高導師、闇の司祭グラチウス様に見通せぬ闇は無い。
南の鷹を捕らえようとした馬鹿者共は皆、魔道師の塔に属する未熟者が操っておった。
ヴァレリウス、お前の眼は節穴か?
ナリス殿の配下、パロ魔道師ギルド構成員が黒幕よ。
とっくの昔に竜王の餌食となった事に、今まで気付いとらんかったのだろう?」
灰色の眼と闇色の瞳を瞠り、反射的に視線を交錯させる策士達。
互いに激しい動揺の色を認め、主謀者が唇を舐める。
「第一次黒竜戦役の後、ヤルー魔道師は草原地方に戻した。
カウロス公国偵察を命じられ、情報収集にあたっている筈だが」
「定期的に報告が届き、不審な点は無かった筈です。
カロン導師も監視の継続を認め、非常事態にも関わらず帰国していません」
「甘い、迂闊、の一言に尽きる!
超越大師ヤロール、の名も聞いておらんのか?
ついでに言えば他の連中、木っ端魔道師共も全滅だよ」
渡り台詞の様な呟き声、現状確認を闇の司祭が補った。
「タルス、ランズ、ワン・サンも他国で情報収集を命じた後は会っていない。
ケイロニア、アルゴス派遣中の筈だね?」
「竜王の傀儡と化し聖都ヤガ、クム大公領を暗躍しとるさ。
レムスと違い、自我は残っとらん。
或る種の魔法陣、中継装置になっとるでな。
お前達には、歯が立たんじゃろうて」
ヴァレリウスが答える前に、話を横取り。
白眼視に何の痛痒も覚えず、ニヤニヤ笑う黒魔道師。
「タウロ同様に魔の胞子を植え込み、乗っ取ったのですね?」
「まあ、そう思ってよいと思うね。
仮面舞踏会に登場した魔道師、ローガンとやらも操り人形よ。
光の公女を地下格納庫、古代機械に案内したのは誰だ?
ヤーンの塔の祭司、ヤルー。
ヤンダル、ヤルー、ローガン、ヤロール。
一目瞭然、下手糞な文字列変換《アナグラム》じゃろ?
ケイロニア派遣中の魔道師、タルスも竜王の駒となって久しい。
王妃と夢の回廊を繋ぐ為、中継装置として機能した事も知らんとはな。
ワン・サン、とはまた、いかにも、キタイ風ではないか。
クム領に潜むとすれば、まったく目立たぬ、ありふれた名であろう。
ヤルー、ローガンは合体、融合して超越大師ヤロール等と僭称しとる。
ワン・サン、ランズの融合体は表に顔を出しておらぬがね。
竜の門に変貌の術も操る様じゃが、わしの眼は誤魔化せんぞ」
ナリスが確認の際、下手に出た事を喜んだ故か。
声が弾み、聞かれぬ事まで喋り捲る闇の司祭。
アモンがそっぽを向き、ケイロニア派遣中の魔道師に関する指摘は真実と知れた。
己の裡に渦巻く感情を抑え切れず、小声で呟く前パロ宰相。
「この、くそじじい!
魔の胞子と竜王の念波を観測する為、俺も捨て駒にする心算だったくせに!!
イェライシャ導師に救って貰えなかったら、木偶人形にされてた事は絶対に忘れん。
蛇みたいに祟りゃしないが、必ず、吼え面をかかせてやるからな」
グラチウスが振り向き、白魔道師を凝視。
ヴァレリウスが顔を伏せ、首を竦める。
「何度も言わせるな、話は建設的に進めたい。
レムスの他にも複数、キタイ勢力の魔力中継装置が蠢いているのだな?
魔の胞子が源の念波を辿り、現在位置を特定する事は出来るか?」
迷走に巻き込まれず、的確に要点を確認する長身の偉丈夫。
白魔道師が無言で頭を下げ、感謝の意を表す。
「無論、可能じゃ。
儂の如き偉大な魔道師なればこそ、じゃがな」
「好い加減にせんか、グラチウス。
アモン、お前はどうだ?
何でも良い、他に情報はあるか?」
闇の司祭に背を向け、異様な光を両眼に湛える精神生命体と対峙。
鼻を鳴らす黒魔道師に取り合わず、返事を待つ。
「僕は聖王宮、クリスタル市街と一体化しているからね。
パロ中枢部の出来事以外は、知らないよ。
イーラ湖の魔竜を実体化、召喚して襲わせる位なら簡単だけどさ。
サイロンと夢の回廊を繋いだ時だって、相当エネルギーを消耗したんだ。
ミロク教なんて、どうでも良いじゃないか?
3千年前の過去界で墜落前に星船を乗っ取る計画、準備を進めて貰いたいな」
妙に素直な物言い、カナン救済案の勧告要請が帰って来た。
闇色の瞳が煌き、優雅に声を張る。
「そうだね、和平交渉を進めなければ。
キタイ勢力の監視が緩んでいるのなら、今の内に動かないと。
アモンに聖王宮、クリスタルを護って貰う事は出来るな?
極力長い間ヤーンの塔、殊に地下格納庫の偵察を阻んでくれ。
老師には竜王の傀儡、汚染された魔道師達の居所を教えて貰いたい。
レムス夫妻の精神治療、脳細胞の修復は数分で済む。
王妃の
パロ全国民が真実を理解し、聖王夫妻の帰還を喜ぶ様に導く為の時間をね」
淡々と言葉を継ぎ、周囲を見渡す策謀家。
呆気に取られた表情を眺め、皆の視線を楽しむ黒い瞳から内心は読み取れぬ。
「アモンに聖王宮、クリスタル守護を頼む?
正気とは思えん、何の冗談だ?」
一同を代表して闇の司祭、グラチウスが囁く。
珍しくも散々煮え湯を呑まされた若造、ヴァレリウスが同感の表情を湛える。
「そんなに驚いた風を装わなくても、結構ですよ。
簡単な事です、老師様。
竜王は《種子》の孵化を促進する為、大量の餌を与えた旨を証言しています。
ノスフェラスの嵐、砂漠を彷徨う帝都の民、怨念達をね。
グイン達の前に蜃気楼の娘サラー以外の亡霊、カナン帝王等は現れなかった。
精神生命体に吸収されていなければ、《選ぶ者》と邂逅の機会を逃す筈は無い。
怨念達は《種子》の血肉、骨格となったのでしょう。
生贄となった者達の遺恨、願望は精神生命体の裡に直積されている。
アモンの構成因子、無意識の衝動に彼等の意思が映っているのではありませんか?
私は調整者と自称した星船の主と遭う為、過去界に遡る事を提案したに過ぎません。
墜落前に星船を乗っ取る、と云った覚えは無いよ。
《それ》は私の提案ではなく、君の裡に潜む怨念達の願望だろう。
カナン滅亡回避の異分岐を創る唯一の機会、提案を蹴れば、どうなるか。
亡霊達は君の裡から離れ、精神崩壊を惹起するだろうね。
孵化以前に与えられた養分、凝縮された想念エネルギー流は《種子》に吸収された。
人間の脳細胞、心臓、神経の様に、重要な構成要素となっている。
君自身も蜃気楼の民に蓄積された妄執、願望に逆らえない事を自覚しているのだろう?
グインと対面の際、ヴァレリウスは常に自我存続の危機に曝されていると語った。
精神生命体の場合、冗談では済まされない。
エネルギー凝集の核を喪い、雲散霧消する事になるのだよ。
君の奥底、根底に潜む蜃気楼の旅人達は、カナン存続の提案を聞いてしまった。
見果てぬ夢を現実と化す希望の鍵、《世界を創る者》の探索は総てに優先する筈だ。
無理に逆らえば精神的骨格の破壊、自我崩壊の危機に曝される。
違うかね、アモン」