「畜生、汚いぞ!
食物に毒を仕込む悪役、その儘じゃないか!?」
赤い激流の様に渦巻き、光り輝く物凄い眼で睨みながら喚く精神生命体。
アモンの憤怒、激情を冷徹に観察する聖王家の重鎮。
パロ解放軍の指導者、アルド・ナリスが慎重に言葉を選ぶ。
「ありがとう、最高の褒め言葉だ。
眼には眼を、歯には歯を、毒を以て毒を制す、とは言わないがね。
私も竜王の手先に酷い目に遭わされたのだから、お互い様だよ。
肉体的苦痛と身体機能の壊死、損壊に等しい精神構成要素の離脱を避ける道は唯一つ。
古代機械で時を遡り、《世界を創る者》に遭う唯一の機会を提供する。
代償は竜王僭称の精神集合体と戦い、キタイ解放の一助となる事だ。
誓約に叛けば、君の精神崩壊は避けられないよ。
私達が敗れた時、古代機械は自爆するのだから。
逃げ道は、無い。
時が来た、覚悟を決めて貰おう。
手を組む、と言いたまえ」
アモンの眼が追い詰められた者の恐怖、狂気に繋がる盲目的な感情の嵐を映す。
「精神生命体には酷な展開、と申し上げなければなりませんね。
人間と異なり、彼等に誓約を破る事は出来ない。
誓約を破る事は意思中枢、自我を破壊する事に他なりません。
エネルギー凝集の要を喪い、星間物質に還元されてしまう。
人剣と尊称された賢者もまた、否定する事の出来ぬ明白な論理を以て先住者を説得した。
敬服します、アルド・ナリス殿下」
サリウの身体に宿る長命族の精神が囁き、アモンの瞳から魔力が失せる。
「余計なお喋りがいなけりゃ、誤魔化せたんじゃないかな、と思うけど。
力を蓄えた後で、ヤンダルを喰ってやる心算だったんだから、同じ事か。
しょうがない、手を貸してやるよ。
その代わり、必ず、約束を果たして貰うからね!」
子供の様に小さな身体が震え、不安定に揺れる。
輪郭を包む淡い光が薄れ、消え失せた。
(見えなくても、問題は無いだろ?
古代機械の気配を隠す為に、《パワー》が要るんだ。
結界を張り、偵察を遮断しなきゃなんない。
白状するけど、空腹でね。
誰か、喰わせてくれないかな)
異質な思考が閃き、5人の裡を戦慄が疾り抜ける。
「相互理解に達した様だね、宇宙の種子殿。
竜王打倒の為、手を組む。
もうひとつ、確認しておく。
君は《人間》ではないのだから、王位継承権は認められない。
互いに相手を必要とするが故に、信頼し合う関係は脆弱だ。
常に裏切り、騙し合い、反逆の機会を窺う味方は要らないよ。
キタイ解放後も契約の破棄、同盟の解消は最悪の結果を招く事は承知しているね?
グインの許可を得られず、精神的骨格も壊れる事になるだろう。
老師様、お尋ね申し上げます。
竜王が美味しい餌を確保した為、寝返った黒魔道師の名は?
ドール教団最高導師の座を狙う弟子、目障りな馬鹿者を退治しませんか?」
「なんて腹黒い奴だ、黒魔道師をアモンの餌にする気か!
生贄を要求する魔剣、そのものじゃ!!」
冷徹な声が響き、グラチウスも喚く。
トパーズ色の瞳が煌き、厳かに告げた。
「イヤなら、無理にとは言わんぞ。
世界最強の称号は単独で竜王、精神生命体を倒した勇者の物だ」
「わかった、わかったよ!
ほんとに嫌味な豹じゃ、犬にでも喰われろ!!
ルールバ、エイラハ、ババヤガ、だな。
他にも寝返った者はおるが、大した魔力は持っとらんからの」
闇の司祭は意気消沈した風情で呻き、ヴァレリウスが溜飲を下げる。
「お褒めに与り、光栄至極でございますが。
3名では審査の基準が厳しすぎるのではないか、と思われますね。
老師の弟子、ではなくても構いませんよ。
グラチウス殿の覇権に挑戦する輩、不届き者はいませんか?
アモンに邪魔者を喰わせ、枕を高くして眠る方が得策でしょう」
ナリスが囁き、八百十数歳の若者は深い溜息を吐いた。
「ヴァレリウスの気持が良く解ったわい、痛い程にな。
ランダーギア出身の黒き魔女、タミヤ。
アグリッパ由来の合成生物、イグ=ソッグ。
その辺で、勘弁せい」
優雅に頭を下げる貴公子、皺深い顔を顰める老齢の暗躍者。
参謀長ヨナ・ハンゼ博士、パロ最強の魔道師が笑いを噛み殺す。
「話は纏った、と判断する。
グラチウス、貴様は黒魔道師を聖王宮に誘い込め。
アモン、レムス達は何処まで来ている?
此処に着くまで、あと何タルザンだろうか?」
(ヤンダルのせいで、《父上》の衰弱が酷いんだな。
《母上》に背負われなきゃ、闇の回廊を抜ける事も出来やしない。
古代機械の結界、切って貰えるよね?
《扉》を開くから、手を貸してやりなよ)
他人事の様な思考が閃き、グインの繭が跳ねる。
思念波の命令に応じ、不可視の障壁が消えた。
水晶の様な壁に囲まれた制御室の一角に、闇が渦巻く。
銀色の髪、金色の髪が揺れる。
ヴァレリウス、ヨナ、グインが覚束無い足取りの男女を支える為に動いた。
サリウの身体を操る精神から思考が閃き、ナリスに思念波入力モード操作手順を解説。
「大丈夫です、グイン殿。
深層睡眠状態に置き脳細胞の賦活化、記憶改変等を併用すれば数分で済むでしょう。
問題ありませんよ、魔道師殿。
私の思考は精神生命体にも、闇に司祭にも読み取れません。
ナリス殿に遠隔感応、暗示波を送り自爆の危険を冒す覚悟は無いと思いますよ」
「どうしたの、ヴァレリウス?
『失敗った!』と、顔に書いてあるよ」
「私も、心配していました。
丁寧な解説、ありがとうございます」
ナリスが囁き、灰色の眼が白黒した瞬間。
ヨナの涼しい声が響き、サリウの瞳が微笑う。
ヴァレリウスは唸り、サイコ・シールドを極限まで強めた。
「伯爵、レムス達を頼む。
健康を取り戻し、アモンに関する記憶を消してやって貰えれば助かる」
「グイン殿の御依頼、確かに承りました。
レムス陛下の衰弱は許容量を遙かに超える魔力、瘴気の浸蝕が原因です。
ナリス殿と異なり、松果腺刺激手術は要りません。
脳内細胞と神経組織の賦活化、生体エネルギー補填で動ける様になりますよ。
王妃の精神治療、正気を取り戻す為には記憶を書き換えればよろしい。
出産も無かった事にする為、細胞組織《修復》の所要時間は同等です」
トパーズ色の瞳に衝撃が疾り、名状し難い感情が渦巻く。
沈黙に関係無く第13号転送機の標準装備、ファイファ・システム関連装置の表示盤が明滅。
数タルザン後に紫色の瞳、グインと再会の時には機械人形の様だった聖王妃の瞳が開く。
「レムス、アルミナ。
私は、謝らなければならない。
君達を追い詰め、パロを破滅の淵に追い込んだ最大の原因は、パロ宮廷にある。
情けない話だが、忘れていたよ。
16歳の頃、私も執拗な嫌がらせを受け、復讐を誓った事を。
私にも、解っていた筈だった。
パロ宮廷は負の感情が渦巻く底無し沼、奈落の底に通じる魔の聖域に他ならないのだと。
今なら、言える。
君が、悪いんじゃない。
最初は誰もが経験不足、試行錯誤を避けて通る事はできないのに。
私も貴族達も真剣に君の補佐役を務め、親身になって相談に乗ろうとしなかった。
自分達は楽して甘い汁を吸う為、14歳の君に統治者の重責を背負わせた罪と罰。
誰かを蔑み、苛める事を楽しむ集団心理が、パロに破滅を招いたのだよ。
君の気持は、良く解るよ。
妬み、嫉み、批判の種を引き出す為の罠を仕掛け、足を引っ張る陰湿な手練手管の数々。
恨まれて当然の故に募る底無しの恐怖、不安に怯え責任転嫁を図る闇の論理。
正義の鉄槌から逃れる為に被害者を装い、自分は絶対安全な裁く側に回る貴族達への怒り。
陰湿な貴族達に、思い知らせてやりたい。
相応の罰を与え、報復してやる、と考えて当然だ。
自己正当化の技術を磨き抜いた精神的ガルム達の標的、生贄にされた君達は最大の被害者だ。
本当に、申し訳の無い事をしてしまった。
アルド・ナリスの謝罪、受け容れて貰えるだろうか?」