竜王の餌食となった聖王、王妃の前で深々と頭を垂れる解放軍の指導者アルド・ナリス。
年若い従兄弟の瞳に驚愕の色が射し、戸惑い気味の声が迸る。
「なぜ、そんな事を?
悪いのは、僕の方だ。
竜王の邪な力に縋って、ナリスを追い詰めた。
言い訳は、できない。
治療の間に、教えて貰った。
キタイ全土は竜の門に蹂躙され、恐怖に覆われている。
パロでも大勢の女達が狩り集められ、生贄になるのは時間の問題だったんだね。
僕は、恥ずかしい。
リー・レン・レンは、闘っていた。
立つ事も出来ないのに、車椅子に乗り、幼い子供達を率いて、懸命に戦っていた。
僕は、馬鹿だ。
グインに援けを求め、力を借りて、竜王と闘う事も出来たのに。
ナリスだって、両手と両足が殆ど動かせない状態で、パロを救おうとしたのに。
戦う前から、諦めていた。
謝るのは、僕の方だ。
罪を償わなければならないのは、僕だよ。
黒竜戦役の時も、そうだった。
つまらない意地を張って、ナリスの助言を無視した事を、一言も謝らなかった。
あの時、僕が、身を引いていれば。
パロは滅茶苦茶にならず、大勢の犠牲者を出さずに済んだ筈なのに。
僕に、聖王の座に留まる資格は無い。
処刑されて、当然だと思う」
レムスは俯き、床に視線を落とした。
「私の弟、アル・ディーンも犠牲者だった。
ヨウィスの民に属する愛妾の血を引き、目障りな妾腹の私生児は失せろ。
聖王家の末席を汚す事は許さぬ、と執拗に苛められ続けていたよ。
出奔した後も私の為、諸国を流浪する銀う吟遊詩人となってくれたのに。
アムネリスの弟、ミアイル暗殺を命じた私が最も酷い目に遭わせたのだ。
パロ宮廷を構成する貴族達が、一丸となって追い出した我が弟。
アル・ディーンの名を棄てた吟遊詩人、マリウスは数万の勇者達を救ってくれた。
心の闇を払う歌声、光を直接注ぎ込む様な精神作用は誰にも真似できないだろう。
中原の危機を救う稀有な資質を秘めている事に気付かず、パロ宮廷は追放する事を選んだ。
ルナンが匿ってくれたおかげで、私は誰にも邪魔されずに剣の腕を磨く事が出来た。
大勢の貴族達が見守る御前試合を仕組み、鼻っ柱を圧し折ってやったがね。
14歳の君が海賊達と渡り合い、イシュトヴァーンを救った事もリンダの記憶から解った。
アグラーヤ王に姫を貰ってくれ、と言わせた度量も尊敬に値する。
14歳の私に同じ事が出来たのか、と自問自答させられたよ。
アルミナ、君にも謝らなければならない。
聖王家に仕える底意地の悪い貴婦人達、女官達の陰湿な精神的拷問に曝してしまった事を。
レムスの指摘した通り、人を貶める為に情熱を燃やす者達で宮廷は溢れている。
シリア姫もまた宮廷の貴族、女性達に苛められていた。
血も涙も無く『太っている』とか『でぶ』とか、陰口をたたかれていた。
暗い、負の思い。
猜疑心、嫉妬、不満、怒り。
パロの風土病、と云う表現は適切だと思う。
モンゴール崩壊の後、私を含む貴族達が親身になって君を支えていれば。
カル・モル憑依の事実に、もっと早く気付いた筈だ。
竜王顕現の遥か以前、カル・ファン登場前に《通路》を塞ぐ事も出来た。
君を精神的に追い詰め、救いを黒魔道に求める事態を招いたのは我々だよ。
奇怪な変貌を遂げた貴族達の外見は、内面を暴露したに過ぎない。
聖王宮が魔界と化し、事実上崩壊に至ったのは自業自得だ。
人の不幸を喜ぶ悪霊は元々、パロ宮廷に蔓延っていたのだよ」
ナリスの声が響き、沈黙が訪れた直後。
レムスの掌を離さぬ儘、はちみつ色の髪を束ねた頭が揺れる。
「パロの風土病、ではありません。
アグラーヤにも、意地悪な女の人は沢山います。
リンダ様を妬んだ私だって、悪いんです。
お母様は帰国する前、幾度も繰り返していました。
『これから、大変よ。
あなたは毎日、嫌な思いをしなければならないでしょう。
おしゃべりの度に嫌味、皮肉、
でもね、アルミナ。
レムス様を選んだ理由、熱い想念と感情を忘れないで。
誰かと比べて、人を貶める事の好きな者は何処にでもいるわ。
泣きたくなったら、何時でも構わない。
何も言わず、戻っておいで。
我慢すれば、我慢する程、物事は悪くなるものよ。
ちょっと、お母様に報告して来ます。
そう言って、アグラーヤに帰って来て頂戴。
お父様も、アルミナの顔を見たがっているのよ。
レムス様に、そう言いなさい。
私からも、書状を出す様に話しておくわ。
無理しないでね、アルミナ』
そう言ってくれたのに、私は、そうしませんでした。
『あら、もう、アグラーヤが恋しくなられたのですか?
それでは、お妃様として、みっともないですわね』
女官達から、そんな風に言われて、変な意地を張ってたんです。
ナリス様の御言葉を聞いて、目が覚めました。
私だけが、被害者なんだ。
ずっと、そう思っていました。
でも、違うんですね。
ナリス様も、レムス様も、アル・ディーン様も、シリア姫も。
みんな、辛い目に遭っていたんですね」
奔流の様に言葉が溢れ、古代機械の内部に響き渡る。
「アルミナ様、お気持ち、解ります。
私も、沢山、嫌な思いをしました。
『でぶ』とか『ぶす』とか言われて、仕返ししてやった事も数え切れません。
ナリス様を崇拝する姫は多かったから、仲間が大勢いたから、そう出来たんです。
ひとりぼっちだったら、きっと、言い返せなくて、泣き寝入りしてたと思います。
だから、アルミナ様の御気持ち、とってもよく解ります。
ナリス様が御結婚されてから、あまり、宮廷に顔を出していませんでした。
アルミナ様が、みんなに苛められている、って噂は聞いてましたけど。
誰も味方してくれないで、どんなお気持ちなのか、全然、考えていませんでした。
宮廷に顔を出していたら、いじめられるのは嫌だから、私も悪口を言ったかもしれません。
寄ってたかって弱い者いじめをする人達って、同調しない人も苛め出すんですから。
私だって苛める人達の集団は嫌いだけど、陰湿な噂を流されるのは、もっと嫌です。
よくない事だって解っていても、立ち向かう勇気なんて、ありません。
だから、アルミナ様の御気持ち、とってもよく解ります。
アルミナ様、ごめんなさい。
私だって、意地悪な姫君の同類です。
ナリス様みたいに、うまく言えないけど、ごめんなさい。
私、アルミナ様のお友達になりたいです」
大きな青い瞳が潤み、可愛らしい鳩の様な姫が囁いた。
「ありがとう、シリア。
謝らなきゃならないのは、僕だ。
アルミナには、本当に、申し訳が無い程、辛い目に遭わせてしまった。
パロを救えるのは、ナリスしかいない。
僕は、聖王の座を辞退する。
犠牲になった人達の怒り、悲しみ、怨恨を鎮める為に処刑されても構わない。
滅茶苦茶にしてしまった宮廷を立て直し、パロを救って貰えませんか」
レムスが両膝を付き、両手を床に当て、深々と銀色の頭を下げる。
ナリスは年若い従兄弟の肩に掌を置き、再び語り始めた。
「もう、充分だよ。
何度でも繰り返すが、君が悪いんじゃない。
パロ宮廷に救う悪霊、精神的ガルム達の罪だ。
君一人に罪を背負わせ、真実を隠す気も無い。
因果関係と事実を隠蔽せず、在りの儘に晒し出す。
大勢の人達に理解して貰う為には、時間が要るけれどね。
レムスが陰湿な精神的拷問の被害者であった事は、納得させて見せる。
我が弟アル・ディーン、吟遊詩人マリウスに協力を頼む。
彼は素晴らしい歌い手であり、パロ宮廷の貴族達が匿す裏表の暴露に適任だと思う。
キタイ勢力の憑依が如何なるものか、解って貰う事は難しいがね。
必要なら魔道師達に命じ集団催眠、幻覚で疑似体験させる手もある。
クリスタル、いや、パロ中に、数日間で暗黒の真実が浸透するよ。
アルド・ナリス、グインの眼前で黒魔道の呪縛と憑依を克服した聖王レムス。
パロを蹂躙した竜の門が姿を消した要因、悪霊を祓った若者の噂が拡まる。
ガルムの報酬と云う名の歌劇が世界を変え、パロ復興の重要な鍵となる事だろう」