暁の微風   作:fw187

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ガルムの報酬

 竜王の餌食となった聖王、王妃の前で深々と頭を垂れる解放軍の指導者アルド・ナリス。

 年若い従兄弟の瞳に驚愕の色が射し、戸惑い気味の声が迸る。

「なぜ、そんな事を?

 悪いのは、僕の方だ。

 竜王の邪な力に縋って、ナリスを追い詰めた。

 言い訳は、できない。

 治療の間に、教えて貰った。

 キタイ全土は竜の門に蹂躙され、恐怖に覆われている。

 パロでも大勢の女達が狩り集められ、生贄になるのは時間の問題だったんだね。

 

 僕は、恥ずかしい。

 リー・レン・レンは、闘っていた。

 立つ事も出来ないのに、車椅子に乗り、幼い子供達を率いて、懸命に戦っていた。

 僕は、馬鹿だ。

 グインに援けを求め、力を借りて、竜王と闘う事も出来たのに。

 ナリスだって、両手と両足が殆ど動かせない状態で、パロを救おうとしたのに。

 戦う前から、諦めていた。

 

 謝るのは、僕の方だ。

 罪を償わなければならないのは、僕だよ。

 黒竜戦役の時も、そうだった。

 つまらない意地を張って、ナリスの助言を無視した事を、一言も謝らなかった。

 あの時、僕が、身を引いていれば。

 パロは滅茶苦茶にならず、大勢の犠牲者を出さずに済んだ筈なのに。

 僕に、聖王の座に留まる資格は無い。

 処刑されて、当然だと思う」

 レムスは俯き、床に視線を落とした。

 

 

「私の弟、アル・ディーンも犠牲者だった。

 ヨウィスの民に属する愛妾の血を引き、目障りな妾腹の私生児は失せろ。

 聖王家の末席を汚す事は許さぬ、と執拗に苛められ続けていたよ。

 出奔した後も私の為、諸国を流浪する銀う吟遊詩人となってくれたのに。

 アムネリスの弟、ミアイル暗殺を命じた私が最も酷い目に遭わせたのだ。

 

 パロ宮廷を構成する貴族達が、一丸となって追い出した我が弟。

 アル・ディーンの名を棄てた吟遊詩人、マリウスは数万の勇者達を救ってくれた。

 心の闇を払う歌声、光を直接注ぎ込む様な精神作用は誰にも真似できないだろう。

 中原の危機を救う稀有な資質を秘めている事に気付かず、パロ宮廷は追放する事を選んだ。

 

 ルナンが匿ってくれたおかげで、私は誰にも邪魔されずに剣の腕を磨く事が出来た。

 大勢の貴族達が見守る御前試合を仕組み、鼻っ柱を圧し折ってやったがね。

 14歳の君が海賊達と渡り合い、イシュトヴァーンを救った事もリンダの記憶から解った。

 アグラーヤ王に姫を貰ってくれ、と言わせた度量も尊敬に値する。

 14歳の私に同じ事が出来たのか、と自問自答させられたよ。

 

 

 アルミナ、君にも謝らなければならない。

 聖王家に仕える底意地の悪い貴婦人達、女官達の陰湿な精神的拷問に曝してしまった事を。

 レムスの指摘した通り、人を貶める為に情熱を燃やす者達で宮廷は溢れている。

 シリア姫もまた宮廷の貴族、女性達に苛められていた。

 血も涙も無く『太っている』とか『でぶ』とか、陰口をたたかれていた。

 

 暗い、負の思い。

 猜疑心、嫉妬、不満、怒り。

 パロの風土病、と云う表現は適切だと思う。

 モンゴール崩壊の後、私を含む貴族達が親身になって君を支えていれば。

 カル・モル憑依の事実に、もっと早く気付いた筈だ。

 

 竜王顕現の遥か以前、カル・ファン登場前に《通路》を塞ぐ事も出来た。

 君を精神的に追い詰め、救いを黒魔道に求める事態を招いたのは我々だよ。

 奇怪な変貌を遂げた貴族達の外見は、内面を暴露したに過ぎない。

 聖王宮が魔界と化し、事実上崩壊に至ったのは自業自得だ。

 人の不幸を喜ぶ悪霊は元々、パロ宮廷に蔓延っていたのだよ」

 

 

 ナリスの声が響き、沈黙が訪れた直後。

 レムスの掌を離さぬ儘、はちみつ色の髪を束ねた頭が揺れる。

「パロの風土病、ではありません。

 アグラーヤにも、意地悪な女の人は沢山います。

 リンダ様を妬んだ私だって、悪いんです。

 お母様は帰国する前、幾度も繰り返していました。

『これから、大変よ。

 あなたは毎日、嫌な思いをしなければならないでしょう。

 おしゃべりの度に嫌味、皮肉、(とげ)のある言葉が浴びせられるわ。

 でもね、アルミナ。

 レムス様を選んだ理由、熱い想念と感情を忘れないで。

 誰かと比べて、人を貶める事の好きな者は何処にでもいるわ。

 泣きたくなったら、何時でも構わない。

 何も言わず、戻っておいで。

 我慢すれば、我慢する程、物事は悪くなるものよ。

 ちょっと、お母様に報告して来ます。

 そう言って、アグラーヤに帰って来て頂戴。

 お父様も、アルミナの顔を見たがっているのよ。

 レムス様に、そう言いなさい。

 私からも、書状を出す様に話しておくわ。

 無理しないでね、アルミナ』

 そう言ってくれたのに、私は、そうしませんでした。

『あら、もう、アグラーヤが恋しくなられたのですか?

 それでは、お妃様として、みっともないですわね』

 女官達から、そんな風に言われて、変な意地を張ってたんです。

 ナリス様の御言葉を聞いて、目が覚めました。

 私だけが、被害者なんだ。

 ずっと、そう思っていました。

 でも、違うんですね。

 ナリス様も、レムス様も、アル・ディーン様も、シリア姫も。

 みんな、辛い目に遭っていたんですね」

 奔流の様に言葉が溢れ、古代機械の内部に響き渡る。

 

「アルミナ様、お気持ち、解ります。

 私も、沢山、嫌な思いをしました。

 『でぶ』とか『ぶす』とか言われて、仕返ししてやった事も数え切れません。

 ナリス様を崇拝する姫は多かったから、仲間が大勢いたから、そう出来たんです。

 ひとりぼっちだったら、きっと、言い返せなくて、泣き寝入りしてたと思います。

 だから、アルミナ様の御気持ち、とってもよく解ります。

 ナリス様が御結婚されてから、あまり、宮廷に顔を出していませんでした。

 アルミナ様が、みんなに苛められている、って噂は聞いてましたけど。

 誰も味方してくれないで、どんなお気持ちなのか、全然、考えていませんでした。

 宮廷に顔を出していたら、いじめられるのは嫌だから、私も悪口を言ったかもしれません。

 寄ってたかって弱い者いじめをする人達って、同調しない人も苛め出すんですから。

 私だって苛める人達の集団は嫌いだけど、陰湿な噂を流されるのは、もっと嫌です。

 よくない事だって解っていても、立ち向かう勇気なんて、ありません。

 だから、アルミナ様の御気持ち、とってもよく解ります。

 アルミナ様、ごめんなさい。

 私だって、意地悪な姫君の同類です。

 ナリス様みたいに、うまく言えないけど、ごめんなさい。

 私、アルミナ様のお友達になりたいです」

 大きな青い瞳が潤み、可愛らしい鳩の様な姫が囁いた。

 

「ありがとう、シリア。

 謝らなきゃならないのは、僕だ。

 アルミナには、本当に、申し訳が無い程、辛い目に遭わせてしまった。

 パロを救えるのは、ナリスしかいない。

 僕は、聖王の座を辞退する。

 犠牲になった人達の怒り、悲しみ、怨恨を鎮める為に処刑されても構わない。

 滅茶苦茶にしてしまった宮廷を立て直し、パロを救って貰えませんか」

 レムスが両膝を付き、両手を床に当て、深々と銀色の頭を下げる。

 

 ナリスは年若い従兄弟の肩に掌を置き、再び語り始めた。

「もう、充分だよ。

 何度でも繰り返すが、君が悪いんじゃない。

 パロ宮廷に救う悪霊、精神的ガルム達の罪だ。

 君一人に罪を背負わせ、真実を隠す気も無い。

 因果関係と事実を隠蔽せず、在りの儘に晒し出す。

 大勢の人達に理解して貰う為には、時間が要るけれどね。

 レムスが陰湿な精神的拷問の被害者であった事は、納得させて見せる。

 我が弟アル・ディーン、吟遊詩人マリウスに協力を頼む。

 彼は素晴らしい歌い手であり、パロ宮廷の貴族達が匿す裏表の暴露に適任だと思う。

 キタイ勢力の憑依が如何なるものか、解って貰う事は難しいがね。

 必要なら魔道師達に命じ集団催眠、幻覚で疑似体験させる手もある。

 クリスタル、いや、パロ中に、数日間で暗黒の真実が浸透するよ。

 アルド・ナリス、グインの眼前で黒魔道の呪縛と憑依を克服した聖王レムス。

 パロを蹂躙した竜の門が姿を消した要因、悪霊を祓った若者の噂が拡まる。

 ガルムの報酬と云う名の歌劇が世界を変え、パロ復興の重要な鍵となる事だろう」

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