時間潰しの一助にでもなれば幸いです。
ウマ娘。
それは馬という生物が存在しない世界において、ヒトと共に生きる娘達。
特徴的な耳・腰から伸びる尻尾・人間族とは比較にならない身体能力等の獣性と、見目麗しい外見とを併せ持つ神秘的な種族。
さてさて、ここに1人、そんなウマ娘の世界に転生した人がいます。
名前は?転生の原因は?
……ふむ。どうやら何も思い出せないようですね。
とは言え何の名前も無いと困るので、とりあえず便宜上[中の人]と呼ぶことにしましょう。
この中の人、今回の生ではどのようなスペックを持っているのか?
…
……!
衝撃です。この中の人の能力を一言で言うのなら──天才……いや、天災か?
あ、ここで言う能力とは競技ウマ娘としての走行能力ということです。
驚きました。ネームドウマ娘の中でも凄まじい能力。
この力と互することができる存在は、ほんの一握りでしょうね。
完全に覚醒したら、多分手が付けられません。
これは楽しみ……かと思いきや。
中の人、うまく状況を整理できていないようです。
まあ無理もないかな。突然、新しい生が始まったと言っても急に適応できるものでもないでしょう。
とは言え、時の流れはそんな中の人を待ってなどくれません。
どんどんと時間は過ぎていきますが……あくまで常人の中の人にとっては、このスーパーボディを持て余し気味のようです。
上手く取り扱えていないようで、特に感情と表情の連結ができていません。
表情をあまり変えず口数も多くない様から、周囲には寡黙な存在として映っているようです。
……ハッキリと言ってしまいましょう。中の人のコミュ力低すぎ!
いや、周囲ともっと交流持とうぜ?何で常時無愛想モードになってるんや?
……どうやら中の人、超が付く人見知りのようです。
ガッチガチのインドア派である中の人にとっては、他者とのコミュニケーションはとてつもない高難易度作業のようですね……
他者と接する時、表面上では仏頂面ですが、その裏では冷や汗を滝の様に流しています。
けれどそんな内心なんて周りが分かるはずも無し。
外見が超絶美少女だからこそ、より一層の近寄り難さを醸し出していまして。
周囲とのズレは広がる一方ですね。
ただまあ幸いにも、そんな中の人に対しても両親は深い愛情を注いでくれました。
お世辞にも人格者とは言えない中の人も、流石にその恩には応えたいと考えたようで。
結果、トレセン学園に入学することにしたようです。
競争ウマ娘という存在は、この世界の花形ですからね。成功を収めれば、得られる名声と栄誉は大変なものになります。
それを以て両親への返礼にしたいと考えたようです。
ただし、それらを手にすることができるのは一握りの勝者だけ。
その栄光は数えきれないほどの敗者の涙と絶望の上に成り立っているという、情け容赦ない世界なんですがね……
さてさて、そんな感じで幼い頃から走り続けた中の人。
中身はヘボですが、ボディは超一級品。
その走りはたちまちスカウトの目に留まり、トレセン学園入学がとんとん拍子に決まりました。
内心、意気揚々と学園に向かう中の人。
……しかし忘れてやしないかね?君が超が付くほどのコミュ下手であることを。
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衝撃。それが、【彼女】を見た第一印象。
「だいぶ遅くなってしまったな」
トレセン学園生徒会長であるシンボリルドルフはすっかり暗くなった校内を進んでいた。
学園内業務に思いのほか手間取り、こんな時間になってしまったのだ。
先程までの事務作業で凝った肩を解しながら歩を進め──
「ん?」
耳が音を捉えたのはその時。
ウマ娘の優れた聴覚だからこそ聞き取ることができた音量。
「……練習熱心なのは賞賛すべきことだが……」
腕時計に目を落とし、時刻を確認して溜息を吐いた。
既に寮の門限は過ぎている。
聞こえてきた音の正体には覚えがあった。
トレセン学園に身を置いているのならば聞かぬ日は無い。
そして、自らも日々立てている音──ウマ娘が駆ける音だ。
少しでも駆けていたい──そんな気持ちのもとで奏でられる音。
同じ競争ウマ娘としてその思いは解らなくもないが、規則には従ってもらわねばならない。
音が聞こえてきたのは広々と広がるメイングラウンドでは無く、いくつかあるサブグラウンド方面。
本格的な練習では無く、調整用に使われることが多い小型の敷地だ。
それ故に人目には付き難い裏面側に設置されている。
とりあえず、言葉を掛けるべくそちら方面へ歩を進めて──
──そこで、衝撃を目にした。
「──飛んでいる……?」
思わず口から漏れた言葉。
駆けているのは、トレセン学園のジャージに身を包んだ1人のウマ娘。
栗毛の長髪を靡かせ、小柄な体躯で疾走する。
その走りは、シンボリルドルフの目からしても異次元だった。
まるで宙を駆けているとすら思える圧倒的なスピード。
小さな体から滲み出ている大出力のパワー。
両立した速さと強さによって作り上げられる走力。
確かに【彼女】の脚は地面を蹴っているはずなのに、まるで体が浮いているかの様にすら思えてしまう。
「飛ぶ」と形容するしかない圧巻の走りに、シンボリルドルフは目を奪われていた。
……どれくらい時間がたっただろうか。
気が付けば、もう【彼女】はいなくなっていた。
どれだけの時間、目を奪われていたのだろう?
「末恐ろしいな……」
見る者の目を釘付けにする走り。
それだけの能力に戦慄しつつ、【彼女】の名前を思い起こす。
生徒会長として、学園に在籍している生徒の氏名は記憶している。
「確か、今年の新入生だったか……」
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同刻。
「驚いた。こりゃ、才能の塊だな」
「やっぱり分かる?流石の眼力ね」
とある場所にあるバーで、一台の携帯映像端末を囲んでいる男女2人。
その目の先にあるのは、端末で流されている映像だ。
トレセン学園の学内レースでの、とある新入生ウマ娘の姿。
そこに向けられる眼差しは鋭く、彼らがその道に精通していることを物語っている。
それも当然。
両人とも、トレセン学園に身を置くトレーナーの中でも指折りの実力者だからだ。
「さて、学園最強チームを率いるおハナさんとしては放ってはおけないんじゃないか?」
男性──沖野と呼ばれるトレーナーが視線を移す。
「いや。簡単には行かないわよ、あの娘は」
そも視線を受けた女性──東条ハナは苦笑混じりの返答を返し、続ける
「従順そうに見えて、一筋縄ではいかない難物ってとこ」
「何だ、もう接触してたのか」
問い掛けに頷くハナの脳裏に蘇るのは、先日接触した、【彼女】の佇まい。
読めない。それが【彼女】への印象だ。
冷静沈着なウマ娘は幾人か居る。
まるで機械のようにしか思えないウマ娘も居る。
だが、彼女達とはまた別種の存在だったのだ、【彼女】は。
感情の機微をまるで窺わせない寡黙さ。
その光の無い瞳は、まるで見る者を吸い込んでしまうかのようで──
「断られたわよ」
「……へ?」
ハナから発せられた言葉が信じられないように、沖野は目を見開く。
そんな彼の様子がおかしかったのか、ハナは小さく笑みを零して再度口にした。
「取り付く島もないとは、ああいうことを言うんでしょうね」
決して声を荒げたわけでもないし、冷たく拒絶したわけでもない。
ただ、静かな声で【彼女】は言ったのだ。
──「大変、光栄ですが──」
言ったのはそこまでで、それ以上は言葉を続けなかった。
ただ、それだけで意向を汲み取るには十分。
口調こそ丁寧で大人しいが、そこにはあるのは明確な否定だった。
「ちょっと待ってくれ……おハナさんが直々に勧誘に動いたのに、断られたってのか……?」
「スカウト失敗ってこと。私にはウマ娘を惹き付ける力が未だ不足しているのかもね」
冗談めかして笑うハナに対し、沖野は小さく、けれどしっかりと首を振った。
そんなことがあるはずは無い。
表向きは厳しくとも、彼女は内面ではウマ娘達を深く気遣い、その未来のために全霊を尽くしている。
そんな彼女だからこそウマ娘達からは確固たる信頼を寄せられ、学園最強チーム《チームリギル》を統率できているのだ。
生徒達にとって憧れの的であるこのチームへの加入条件は厳しく、凄まじい倍率の入部試験を突破しなくてはならない。
それを免除されるほどの特例処置を示されながら、加入を断る──
「……単なるひねくれ者ってわけじゃなさそうだな」
「ええ。近々、一波乱あるかもしれない」
敏腕トレーナーの2人はその優れた洞察力で、近いうちに大きな動きがあることを感じ取った。
…
……だが、事態は彼らの想像をも超える波を生み出すことになる。
1人のウマ娘が業界全般に影響を及ぼすほどの存在になるとは、この時、誰も予想できなかった。
ここまで拙作を読んで頂き、誠にありがとうございました。
ここからもっと精進していきたいと思います。