【完結】トレーナー育成計画(仮)   作:壱合目

12 / 13
次で最終更新⇒4ヶ月経過……情けない限りですorz
お目通し頂き、ありがとうございます。
何とか終わらせることができました。
これも全て皆様のおかげです。


最終話  有馬記念の終わりに

 ……終わりましたね、有馬記念。

 まずは一言。

 

 ──ハルウララさん、すげえ。

 

 中の人とのステータス差は圧倒的だったというのに、それを覆すとは。

 お見事としか言えません。

 おっと……担当の老トレーナー、そして応援団の皆さんと一緒になって喜んでいますね。

 ちょっと無粋とは思いますが、少しだけ覗いてみましょうか。

 

 

 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 

「おめでとう……おめでとう、ウララ……!」

 

 レースの後、立ち上がることすらままならないウララの体を支えてくれた老トレーナー。

 泥塗れのウララに接触したことで彼の服も汚れてしまうが、そんなことは気にもしていない。

 いつも引き締まっている表情を崩して人目も憚らず涙を流すその姿からは、彼がどれほどの喜びを感じているのかが伝わってくる。

 そして、それは商店街の面々を中心とした応援団も同様。

 

「う、ううっ……ウララちゃん、おめでとう……!」

 

「ぐすっ……凄い……本当に、凄いわ、ウララちゃんっ……!」

 

 涙を流し続け、顔をクシャクシャにする彼らの表情に浮かんでいるのは歓喜と感動。

 彼女の頑張りをずっと見てきたからこそ、涙腺が崩壊するのを止められない。

 いつもいつもドベの最下位。

 けれども諦めることなく、自棄になることも無く。

 周囲に感謝し続け、笑顔を忘れずに走り続けてきた──

 そんなウララを、まるで親のような気持ちで見守ってきた彼らの喜びはひとしおだろう。

 

 そんな彼らに向かって、ウララは笑顔で声を掛けようとして──

 

「ニコニコじゃないとダメ。笑ってほしくて、わたし頑張ったんだから」

 

 ……言えなかった。

 震え続ける唇から、言葉は何も出てこない。

 代わりに出てくるのは、止めることのできない涙。

 これまでのことを思い返すと、胸が詰まって──

 

「1着、取ったよ……!わたし、ちゃんと勝ったよ……!」

 

 嗚咽交じりに声を絞り出すのが精いっぱい。

 

 そんな彼女に対して、より一層の暖かく大きな歓声が送られる。

 それは前回の有馬記念の時にも見られた光景。

 ……しかし、その中身は全く違うもの。

 前回は、健闘に対する労いの拍手。

 今回は、勝者に対する賞賛の拍手。

 どちらの声援も尊く、甲乙を付けられるものでは無い。

 だが──注がれる万雷の拍手を身に受けていると、こみ上げてくるものがあった。

 

「……歩けるかい、ウララ?」

 

 歓喜を味わっている彼女を妨げないように、感情を落ち着かせた老トレーナーが静かに声を掛けてきたのはその時。

 ウララにいつまでも歓びを味わっていて欲しいという思いは、彼にも勿論ある。

 だが、死力を尽くしたウララを少しでも早く休ませたいというのも本音なのだ。

 レースが終わったからと言って、それで終わりではない。

 ファンへの感謝を表すウイニングライブがあるし、記者会見等のメディア対応もしなければならない。

 しかし、その前の微かな時間だけでも休ませてあげたい──

 

 そんな彼の計らいに感謝しつつ、ウララは歩を進めて──

 

「……ぃっ!?」

 

 脚に、今までに感じたことの無い痛みが走った。

 漏れそうになった悲鳴を懸命に押し殺す。

 

「……ウララ?」

 

 先導するために前に立って歩き出していた老トレーナーが、違和感を感じ取ったのか振り返る。

 ……彼が前を向いていてくれて助かった。

 おかげで彼が此方に振り返るまでの間に、痛みで強張る顔を隠すための笑顔を浮かべることが出来たから。

 

「だいじょーぶだよ、トレーナー!」

 

 いつもの調子で言葉を続け、なおも見つめてくる彼にこれ以上心配させないように話し続ける。

 

「わたし、泣いちゃって皆に心配かけちゃったから……だからその分、少しでも早く笑った顔を見せなきゃ!」

 

 普段の老トレーナーであれば違和感を突き止めるべく、さらにウララを追及していただろう。

 だが、ここで時間を使うよりも、極度の疲労状態にある彼女を一刻も早く休ませることを優先すべきと判断した。

 

「……無理はするなよ?」

 

「うんっ!無理なんてしないよ!」

 

 そう言ってウララが笑いかけると、老トレーナーはなおも心配そうな面持ちを浮かべながらも、それ以上は何も言わずに再び前を歩き始める。

 勝利を得た時に浮かべたかった笑顔を、追及を逃れるために使ってしまった──

 その事実に後ろめたさを覚える一方で、何とか場を切り抜けられたことに安堵しながらウララは自らの脚を見下ろす。

 ゴール後の転倒の際に擦りむいた傷はあるが、それ以外の目立った外傷は無い。

 恐る恐る脚を踏み出してみると鈍い痛みがあるが、先程のような激痛では無い。

 今までレースを走り切った後、いつも感じてきた感覚と同じだ。

 肉体を酷使したことによる一時的な疲労──以前、老トレーナーがそう教えてくれた。

 

「(ちょっと疲れちゃっただけだよね……)」

 

 自分に言い聞かせるように胸中で呟き、ウララはゆっくりと歩き始める。

 ……けれど。

 脳裏に染み付いた不安は、拭われることは無かった。

 

 

 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 

 念願の有馬記念制覇を果たして万々歳!……と喜んでばかりではいられなさそうですね……

 何やら最後、雲行きが怪しくなっていました。

 些事で済めばいいんですが、只事では無さそうな雰囲気。

 神でもない私には祈ることしか出来ませんが、何事もないことを願うばかりです。

 

 と、一方の中の人に視点を移すと……どうやらレース後の会見が行われるようです。

 果たしてどんな塩梅になるのか、ちょっと見物してみましょう。

 

 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 

 レース場のすぐ近くに設けられた会見場。

 走り終えたウマ娘の生の声をいち早く届けるために設けられたこの場所には、最高級のホテルを思わせるような設備と内装が整えられていた。

 その広大な室内は、今、数多くの報道陣によって埋められている。

 レースが終わって間もないというのに、たちまちこれだけの人数が集まった。

 その事実が、今回の有馬記念の結末に対する衝撃の大きさと関心の高さを示していた。

 

 ──敗北。

 絶対的な王者として君臨し、勝利しか手にしてこなかった【彼女】。

【常勝】と謳われ、神話の域にまで達するのではないかと目されていた無敗記録。

 それが今日、まさかの終わりを迎えた。

 誰もが予想だにしていなかった幕切れを目にして、マスメディアも大騒ぎになっているだろう。

 

「(寄せられていた期待の大きさを考えれば、当然の反響かもしれないな……)」

 

 ざわめきが収まらない室内を壇上から見下ろしながら、青年トレーナーはぼんやりとそんなことを考えていた。

 眼下には途切れることなくカメラのフラッシュが焚かれ、質問を投げかけようとする多数の記者達が詰めかけている。

 普段であれば思考が真っ白になってしまうであろう状況。

 

 しかし今、青年トレーナーの精神は平静そのものだった。

 自分が取るべき行動が、既に決まっているからだ。

 記者からの質問へ上手く返答するために精神を整えようと、息を小さく吐き出した。

 

「それでは質疑応答を始めさせて頂きます。質問のある方は挙手の後、社名と御名前をお願いします」

 

 まるでそれを待っていたかのように、進行役が会見をスタートさせる。

 一斉に上がる手。その中から進行役はベテランの風格を備えた男性を指名した。

 こういった経験が豊富であろう彼は、落ち着いた声で質問を発する。

 

「今回、優勝確実と言われていた中での2着。レースを振り返って一言頂けますか?」

 

 単刀直入かつ明快で解り易い。これならば用意した通りの回答で問題ないだろう。

 安堵しつつ、青年トレーナーは返答を発するべくマイクを引き寄せる。

 

 ──今回の敗戦の責任は全て自分にある、と発言するために。

 

 ちらりと横に目線をやり、自分と同様に壇上に身を置いている【彼女】に目を向ける。

 

 今回の敗戦の責を取り、その上で【彼女】のトレーナーを辞する。

 それが、今日の結果を受けて青年トレーナーが決めた行動だった。

 自分のような未熟者が傍に居ては、【彼女】の才能と競技人生が台無しになってしまう。

 そんな確信を、今日のレースで持ってしまったから。

 

 ──イレギュラー。

 今回の勝者であるハルウララの担当トレーナーが、【彼女】を評した言葉。

 それは誇張では無く、紛れもない事実。

 競技ウマ娘の歴史の転換点に成り得る存在であり、もう二度と同じような娘は現れないかもしれない──

 

 そんな【彼女】を、自分が台無しにしてしまった。

 [無敗]という輝かしい栄誉を手にする機会を、永遠に潰してしまったのだ。

 

 今回の敗北の最大の要因であるスタート直後の転倒。

 その原因は、絶不調なコンディションで出走したことにある。

 それを引き起こしてしまったのは、間違いなく自分だ。

【彼女】がレース前から見せていた不調の兆候を感じ取っていながら、何の手も打たなかった。

 言い訳の余地もないほどに、自らの過失だったと断言できる。

 

 ……ならば、その責任を取らねばならない。

【彼女】が取り逃してしまった栄光の重さは、自分1人の身では到底贖えるものではない。

 だが、それでも自ら身を引くこと。

 それが【彼女】に甘えるばかりだった名ばかりのトレーナーにできる、せめてもの責務だった。

 唾を呑み込んで喉の準備を整え、声を発する。

 

「……今回の敗戦の責任は」

 

 だが。青年トレーナーの言葉は、静かな透き通った声に遮られた。

 

「──全て、私の責任です」

 

 その声に、その場に居た誰もが目を丸くした。

 

「トレーナーのせいではありません。今回の敗戦の責任は、全て私にあります」

 

【彼女】が、自発的に話している。

 今、目の前で起こっているその光景が信じられなかったからだ。

 

 無口無表情無感情──それが【彼女】だ。

 その姿勢は公の場でも変わらず、極めて口数は少ない。

 取材や会見等の場でも無難な返答を事務的に返すだけであり、心情を窺わせない。

 

「トレーナーは、いつもと同じように最高の準備をして下さいました。

 それに私が応えられなかったんです」

 

 その【彼女】が今、自らの胸の内を吐露しようとしている。

 

 このチャンスに食い付かないという選択肢は記者達には無かった。

 貴重な機会を逃すまいと意気込み、質問の手があちこちで上がる。

 結果として彼らの耳目は青年トレーナーから外れ、彼が追及される恐れは無くなった。

 

 ……代わりに【彼女】が矢面に立たされることになったが。

 

 言葉を僅かなりとも聞き逃すまいとする記者達の質問が浴びせられる。

 

「ご自身の責任と言われましたが、今回の敗因は何だったのでしょうか?」

 

 指名された記者が勢い込んで放った質問。

 敗戦の傷を抉るとも言える問いだが、【彼女】は眉1つ動かさずに返答した。

 

「ハルウララさんが強かった。ただそれだけです」

 

 余計な言い回しや装飾も無い単純明快な言葉と、それを迷い無く言い切った口調。

 そこからは、語った内容が紛れもない本心であると察せられる。

 

 それを受け、別の記者が手を上げた。

 

「今回の結果について、地力では貴女の方が上だったという見方も出てくると思いますが……それについてはどう御考えですか?」

 

 その質問に対し、集まっていた記者達の中で幾人かが眉をひそめる。

 今の言葉は、今日のレースを侮辱しているようにも聞こえるからだ。

 実力では【彼女】の方が上。

 つまり、ハルウララの勝利は並外れた幸運に恵まれたまぐれ勝ち──フロックなのではないか、と。

 

 確かに運に恵まれた結果であることは否定できない。

 その点を突く意見は少なからず出てくるだろう。

 特に【彼女】の無敗記録継続を望んでいた者達が、そういった声を上げる可能性が高い。

 新記録達成に立ち会いたい。歴史が変わる瞬間を目に焼き付けたい。

 それはウマ娘界に触れている者ならば当たり前の欲求であるし、この記者もその1人なのだろう。

 そんな彼らにとってみれば、今回の顛末は素直に納得できないのかもしれない。

 稀代の名バが無二の輝きを手にするところを見たかった、と。

 

 

「──強い者が勝つのではない。勝った者が強いんです」

 

 返されたのは、澄み渡った【彼女】の声音。

 自らの身に降り掛かった不運を嘆くことも、手にすることができなかった栄誉への執着も無い。

 あるのは、勝者であるハルウララへの曇りの無い敬意だった。

 

 窮地に陥った時、失敗した時、あるいは成果が得られなかったときにこそ、その者の真の姿が分かるという。

 ……ならば、今の【彼女】は正しく本当の姿を見せているのだろう。

 

 己の不甲斐無さを悔いることはあっても、それを他者に擦り付けたりなどしない。

 初めて味わう敗北にも取り乱さずに一切を受け入れ、勝者への惜しみない賛辞を送る。

 そこには、絶対的な頂点として駆け抜けてきた中で背負い続けてきた誇りがあった。

 

「私にこのような場を設けて頂き、大変光栄ですが……どうかその光は、勝者であるハルウララさんに注いでください」

 

 連勝記録は途絶えた。

 生涯無敗という冠を手にすることは、もう叶わない。

 

 ……それでも、その身に宿す輝きは些かも衰えていない。

 どこまでも気高く尊い王者の姿が、そこにはあった。

 

 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 

 ──強い者が勝つのではない。勝った者が強い──

 

 良い言葉だな、感動的だ……だが、パクリだ(怒)

 

 とある偉人が残したこの言葉は紛れもない名言です。

 でも、それはあくまで偉人が言うからこそ良いのですよ。

 ただの丸パクリじゃ、台無しなんですわ。

 

 ……ってもそんなことをこの場に居る人達が見抜けるわけも無く。

 あ~あ、感じ入っちゃってますよぅ。

 どれどれ、頭の中身を少しだけ覗いてみましょう。

 

 これこそ王者としてのあるべき姿……

 強者故に課せられた重責を背負いつつも、誇りを抱き続けて駆け抜けた……

 その果てに一敗地に塗れても勝者への敬意を忘れない姿は、余りにも尊い……

 

 ……ふむ。

 記者の皆様、素晴らしい感想を抱いておられますが……

 

 騙されてますよぉ(汗)

 

 中の人がそんな殊勝なことを考える奴だと思いますか?

 そんな器の持ち主な訳無いじゃないですか。

 

 ……って言っても普通は分からないですよねえ。

 無表情無感情ボディの偽装レベルが凄すぎますからな。

 内心なんて読み取れるはずありません。

 

 おっと。この間にも質疑応答が続いていますね。

 中の人、質問攻めを淡々と捌いています。

 その返答は、今回の敗北が自分のせいであることとハルウララさんの勝利を称える内容に終始しています。

 少しでもハルウララさんに目を向けさせたい狙いが透けて見えますよ。

 それにしても、淀みなく質問を受け流していますねえ。

 本来は中の人にこんな処理能力なんてありゃしません。

 素のままだったら、慌てふためいて会見どころではなかったはず。

 それが今こうして滞りなく対応できているのは、ある一点に神経を集中させているから。

 

 青年トレーナー君が、責任を追及されないようにすること。

 彼に、トレーナーを辞めさせたりしないため。

 

 責任感と誠実さの塊のような彼のことです。

 今回の敗戦の責任を背負い込んで身を引く、と言いかねません。

 ……というか、実際に会見の冒頭で言いかけていましたしね。

 それは、中の人にとっては絶対に防ぎたいこと。

 

 青年トレーナー君に、職を辞して欲しくない。

 字面だけ見ると、非常に素晴らしい心掛けに思えますが……

 そんな殊勝なことを考える中の人ではありません。

 

 全ては、自分の為。

 中の人にとって居心地の良い今の居場所をこのまま維持するためには、彼の存在が必要不可欠ですから。

「逃がさん、お前だけは」という訳です。

 

 その為に、この会見に全集中している、と。

 他者のためではなく、あくまで己のため。

 自分の保身のためならば、限界以上の力を引き出せる──それが中の人です。

 

 ……う~む、このクz……

 おっと、どうやら何とか会見を切り抜けたようです。

 中の人、青年トレーナー君の手を引くようにして退席していきます。

 

 ……いや、改めて見ると青年トレーナー君、憔悴しきってるな。

 見ていて痛々しいですわ。

 今回、中の人(というよりチートボディ)の無敗が途絶えたことに相当責任を感じているんでしょう。

 

 ……いや、アレは中の人のせいだからね?

 ハルウララさんにビビりまくる余りに自らコンディションを崩したのは、他ならぬ中の人の責任ですから。

 だから君のせいじゃないんだよ~……って言っても、そんな声が届くはずも無く。

 

 ──おや?

 何やら青年トレーナー君が中の人に話しかけました。

 今いる場所は会見場裏の通路。他に人影はありません。

 

 どれどれ、またちょっと出歯亀をさせて頂きましょうか。

 

 

 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 

「……どうして」

 

【彼女】に手を引かれて会見場を後にし、裏の通路を進みながら、青年トレーナーは言葉を零した。

 脳裏に再生されているのは先程の光景。

 

 ──「トレーナーのせいではありません。今回の敗戦の責任は、全て私にあります」

 

 ──「トレーナーは、いつもと同じように最高の準備をして下さいました。

    それに私が応えられなかったんです」

 

 身を挺して自分を庇ってくれた【彼女】の姿。

 意思を表に出さない【彼女】が、自分を守ろうとして動いてくれた。

 その事実に計り知れない喜びを覚える一方で、感じずにはいられなかった疑問を口に出さずにはいられなかった。

 

 その呟きを聞き逃さず、先導してくれていた【彼女】が振り返る。

 何か言いたいことがあると察し、こちらを静かに見守る眼差し。

 その曇りの無い目に惹き込まれるように、己の葛藤を明かそうとする。

 

 どうして、自分なんかのためにここまで動いてくれるのか。

 どうして、自分なんかを守ってくれたのか。

 

「……どうして、君は──」

 

 それは、出会った最初からずっと思っていたこと。

 

 なんで、君は僕なんかを選んでくれたの?

 

 担当ウマ娘の不調の予兆を感じ取っていながら何の手も打たず、その戦歴に傷を付け。

 担当ウマ娘を守るべきトレーナーという立場でありながら、逆に身を盾にして庇ってもらう。

 

 一体、どれだけの醜態を晒したのか。

 そんな自分への情けなさで胸が詰まって言葉が続けられず、悔しさの余りに拳を握り締める。

 血が滲むのではと思えるほどに固く握り締められた掌。

 

 そこを柔らかな感触が覆った。

 拳を包み込むように添えられた、【彼女】の両手。

 

 

「貴方が、必要だから」

 

 その単純明快な言葉が、口に出来なかった自分の疑問への【彼女】の答えだった。

 向けられた澄んだ眼差しが、掛けてくれた言葉が本心からのものであると伝えてくれている。

 

 思考が追いつかずに呆気にとられる青年トレーナーに、【彼女】は言葉を重ねた。

 

「──貴方が、良いから」

 

 そう告げた【彼女】の顔に笑顔は無く、平坦な口調に暖かさは無い。

 有るのは、真っ直ぐに向けられる視線だけ。

 

 ……だが、それだけで十分だった。

【彼女】の秘めた優しさを感じ取るには、それだけで。

 

「……あ」

 

 そこが、青年トレーナーの限界。

 堰を切ったように涙が溢れ出す。

 自分が今までに積み重ねてきた日々を、【彼女】は見てくれていた。認めてくれていた。

 そのことが、例えようも無いほどに嬉しくて。

 

「……あ、ありが……」

 

 溢れ出る嗚咽で、感謝の言葉を口にすることすらままならない。

 

「(本当に僕は幸せ者だ。こんなに素晴らしいウマ娘の担当になれたんだから)」

 

 そんな想いを胸に、【彼女】に顔を向ける。

 涙と鼻水でグシャグシャになった今の自分の顔は、どう贔屓目にみても恰好良くは無い。

 それどころか、酷く醜いものだろう。

 

 それでも、伝えたいことがあった。

 

 

「……絶対に」

 

 望むがままの環境を得られる立場である【彼女】が、こんな自分を見捨てず、必要としてくれた。

 そんな望外の幸せをくれた【彼女】に対し、今の自分では何も返せない。

 

 ──だけど。

 

「絶対に、成ってみせるよ。君に相応しい存在に……!」

 

【彼女】の力になりたいという想いだけは、誰にも負けないから。

 そしていつか、【彼女】がくれた計り知れない恩に応えられる存在になってみせる。

 

 涙で滲む視界に【彼女】を映しながら、青年トレーナーは己の決意を伝えた。

 

「……」

 

 言葉を向けられた【彼女】は無言のまま。

 賛辞の言葉を発することも、喜びの笑顔を浮かべることもない。

 その無感情な仕草は、一見すると青年トレーナーの言葉など取り合っていないように見える。

 

 だが、青年トレーナーは心を乱したりしない。

 もう解っているからだ。

 無表情の裏に秘めた、【彼女】の器の大きさを。

 いつもと変わらぬ佇まいで、静かにこちらの言葉を受け止めてくれる。

 口を開かず、言葉にせずに寄せてくれる信頼と期待。

 何よりも尊いその温もりに応えるため、己の全てを賭けることを青年トレーナーは誓ったのだった。

 

 

 ──この時、青年トレーナーの視界が涙で滲んでいなければ。

【彼女】の姿を、己の瞳にハッキリと映すことができていれば。

 彼は、己の勘違いに気付けただろう。

 

【彼女】が普段と変わらぬ冷静な姿で居る、という勘違いに。

 

 いつもとはまるで異なる【彼女】の姿が、そこにはあった。

 目を丸くして動揺し、頬を赤く染めた乙女。

 そんな、誰も見たことの無い【彼女】が、そこには居たのだ。

 

 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 

 

「(自分の居場所を保つための都合の良い存在として)貴方が必要だから」

「(自分の居心地良さのためには)貴方が良いから」

 ってことですね解ります。

 相も変わらず自分のことしか考えねえな中の人(コイツ)はよお(怒)!

 

 …

 ……って言おうとしてたんですがね。

 今の中の人の姿を見ていたら、そんなことを言う気は失せました。

 青年トレーナー君の言葉を間近で受け止めて顔を真っ赤にしてフリーズしてる様を見たら、ね。

 まあ、一言だけ言わせて頂くのなら……

 

 ──落ちたな(確信)。

 

 青年トレーナー君の真心に満ちた決意の言葉にKОされましたね、コレは。

 顔面を火傷したかのように火照らせちゃって、まあ。

 隙を見せてこなかった無表情無感情ボディを崩すとは……やりますな、青年トレーナー君。

 両親への恩を返すこと以外は己の保身しか考えていなかった中の人を、こんなにさせるとは。

 

 やっぱり、大事なのはハートですね。

 青年トレーナー君の真心が、自分第一な中の人を少し変えたのかも。

 レース中に、その兆候は出ていましたね。

 転倒した時。まるで見えているかのように彼の居る位置へ視線を向けた、あの時。

 偶然なんじゃないかと私は思っていましたが……あの瞬間、中の人は本当に感じ取っていたのかもしれません。

 

 自分のピンチの時に心底から身を案じてくれる、青年トレーナー君の暖かさを。

 

 その優しさに落ちた、ということでしょう。

 何にせよ、これから先の彼らの道が決して暗いものにはならないことを祈ります。

 

 ──さて。

 中の人が落ちを付けたところで、この話はここまでと致しましょう。

 最後に、少しだけ。

 後日、乙名史記者が書き上げた今回の有馬記念レポートの一部だけ覗いて終わりにしたいと思います。

 拙い語りに付き合って頂き、誠にありがとうございました。

 

 

 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 [○○年■■月◇◇日 乙名史悦子記者の記事より一部抜粋]

 …

 ……

 ──以上が、今回の有馬記念の概要となる。

 絶対的な王者であった【常勝】が初の敗北を喫したという事実に目が行きがちになるが、それを成し遂げたハルウララの力走を忘れてはならない。

 今まで他ウマ娘を全く寄せ付けなかった頂点に挑むにあたり、彼女はどれだけの覚悟と犠牲を払ったことだろう。

 万年最下位という立場でも諦めずに走り続け、遂には無敗神話を崩すに至った。

 そんなハルウララが辿った軌跡は、正しく偉業と呼ぶに相応しい。

 それだけに、その有馬記念の激走で負った脚部故障により引退することになったことは残念でならない。

 そんな彼女は今、新たな道を選んて歩き始めている。

 その道筋が光で満ち溢れていることを祈りたいと思う。

 

 一方、今回敗北を喫した【常勝】だが──悲観する必要は全く無い。

 無敗記録こそ終焉したが、競技人生が閉ざされた訳では無い。

 むしろ、今回のことを糧にして新たな道を築いていくことができるはずだ。

 それだけの実力と器を、【彼女】は持ち合わせている。

 レース後の会見での姿からは、ここから先、さらに広い世界に羽ばたいていく片鱗を感じ取れた。

 一敗地に塗れても、王者の輝きには些かの曇りも無い。

 今後、より一層の活躍を期待したい。

 

 そして、今回の有馬記念は彼女達2人だけのものでは無い。

 極めて高い困難が待ち受けていることが明白だったにも関わらず、このレースに出走してくれた全てのウマ娘達。

 その支えとなってくれたトレーナー諸氏の皆様。

 レースの開催に尽力下さった学園運営・裏方の皆様方。

 そして、このレースを熱意を持って見届けて下さった観戦者の皆様。

 そんな全員が協力して作り上げた、とても素晴らしい大会だったと思う。

 こんな素晴らしい大会を見ることができて、ウマ娘界に携わる記者の1人として感無量だ。

 

 次回もまた、今回と同じように……

 いや、今回以上に素晴らしい大会になることを願ってやまない。

 …

 ……]

 




ここまで拙作を読んで頂き、誠にありがとうございました!
物を書くことの大変さは身に染みて解っていたつもりでしたが、
最後の最後、話を完結させることの難しさを思い知りました。
こんな中で終わらせることが出来たのは皆様のおかげです!

あと1話分ありますが、そちらは完全に私の妄想の産物になっておりますので御注意下さい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。