【完結】トレーナー育成計画(仮)   作:壱合目

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今回からチートタグが仕事します。苦手な方はご注意ください。
……主人公の名前が思いつかない……

※R6.1.21 誤字修正しました。ご指摘頂いた方、気付くのが遅れて大変申し訳ありません。


3話目

『来るか!?来るのか!?』

 

 観衆で埋め尽くされた競技場に、絶叫と化した実況が流れる。

 地面を揺らしているかの如く膨れ上がる大歓声。

 訪れた人々を熱狂の渦に叩き込んでいるのは、この日行われているレース。

 いや、正確に言えば。耳目が集中しているのは、そのレースの主役となっている1人のウマ娘。

 

『っ!やはり来た!速い速い!余りにも圧倒的な脚力で駆け抜ける!』

 

 レース終盤に差し掛かったコーナーにて、栗色の長髪を靡かせて小柄な体が躍動する。

 爆ぜるように飛び出したその様は、まるで一陣の風。

 ギアが入れ替わるかのような加速で、集団を蹴散らすかのように先頭に立つ。

 

 ──この時点で、レースの勝敗は決した。

 まるで無人の野を行くかのごとく、後続を突き放して単独走に入る。

 

『他のウマ娘達も懸命に追い掛けます!──しかし、頑張ってはいますが無情にも差は広がるばかりです!』

 

『これはもう安全圏と言っていいでしょう。決まりましたね』

 

 実況者の横で話す解説者の見立て通り、そのまま1位が入れ替わることが無いままにレースは終局を迎えた。

 

『ゴォォル!大差にての1着!実力者達が集うG1の舞台においても、その圧倒性は変わりません!……しかも!』

 

 実況者の声が、これから伝える事実によってさらに熱を帯びる。

 

『しかも、今回もレコードタイムを叩き出しましたぁ!』

 

『これでデビュー以来無敗、それも全てレコード勝ちですか……どこまで伸びるのか、想像がつきませんね』

 

 ゴール後にその速度を少しずつ緩めて立ち止まると、送られてくる声援に応えるかのように控え目に手を振る。

 だが、その顔は常と変わらず冷静なまま。

 己に向けられる熱気に我を忘れるわけでもなく、昂りを見せることはない。

 自身の勝利を粛々と受け取る佇まい。

 その姿に、このレースを見守っていた人々は新たな新星が誕生したのだと確信していた。

 実況者が、その思いを代弁する。

 

『世界よ見てくれ!この娘が、日本ウマ娘界の宝石だ!』

 

 

 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 大観衆からの喝采を一身に受けつつこちらへと歩み寄ってくる【彼女】の姿を目にしつつ、青年トレーナーは息を吐いた。

 いつの間にか握り締めていた掌を広げれば、そこにはベッタリと貼り付く脂汗。

 

「(敗北を味わわせずに済んだ……)」

 

 胸に広がるのは安堵感。勝利を収めたことへの充足感は無い。

 

【彼女】なら、勝って当たり前だからだ。それは驕りでも虚勢でもなく、厳然たる事実。

 一線を画した走力を【彼女】は持っている。

 実況も言っていたが、その輝きは正しく宝石。

 誇張ではなく、トレセン学園の歴史を変え得る存在だ。

 

 それほどのウマ娘の担当に、トレーナーに成り立てで何の実績も無い自分が就けたことが今でも信じられない。

 

「(何で、【彼女】は僕を選んでくれたんだろうか……?)」

 

 そんな疑問を抱きつつ、青年トレーナーは邂逅の時の記憶を辿る。

 今でも夢のようにしか思えない、現実感のない出来事を。

 

 

 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 

「中々、難しいな」

 

 掛けていた眼鏡を外し、レンズを拭きながら青年トレーナーは呟いた。

 ウマ娘のトレーナーになるという夢を叶え、この春にトレセン学園に赴任してから幾日か。

 早くも前途には暗雲が立ち込めている。

 

 担当するウマ娘が見つからない。

 

 才能に恵まれた娘でなければ嫌だ、などという選り好みをしているつもりは全く無い。

 競技の世界に身を置いている以上、競争ウマ娘達は才能や能力の多寡を見定められる。

 それは理解しているつもりだ。

 だが、トレーナーにとって1番大事なことはウマ娘達の才気ではない。

 担当ウマ娘に光を見せることではないのか。

 成績やタイトル等の分かりやすい結果が出なくてもいい。

 厳しい世界に覚悟を持って飛び込んできた彼女達が、この先の人生の中で誇れるような糧を得ることができるように力添えすること。

 それこそが担当トレーナーとして、何よりも大切なことではないのか。

 

 ……青臭いと言われればそれまでだ。

 現実が見えていないと指摘されれば返す言葉もない。

 それでも、この気持ちだけは捨てたくないと思う。

 

「(と言っても、誰一人とも契約出来ない現状でそう言ったところで、ただの遠吠えにしか過ぎないよな)」

 

 声を掛けようとはしたのだ。しかし、その度に及び腰になってしまう。

 実績が何も無く、指導ノウハウがほぼゼロの自分が、ウマ娘達の担当になっていいのか?

 もっと実績のあるトレーナーが担当した方が、彼女達の将来のためなのではないか?

 そんな思考のループに嵌ってしまう。

 こんな時、同郷の者がいれば相談に乗ってもらうことなどもできるだろうが、あいにく辺境の田舎から出てきた独り者。

 未だに人脈は築けておらず、腹を割って話せる同輩はいない。

 

「(結局、僕が臆病なだけなんだよな)」

 

 押しが弱い自らの性根を呪いたくなるが、ここで尻尾を巻いて逃げる訳にはいかない。

 脳裏に蘇るのは、幼き日の思い出。

 経済的には恵まれているとは言い難かった家庭環境。

 そんな中で、両親がなけなしのお金を貯めてくれ、たった一度だけ生で見ることができたウマ娘レース。

 そこで目に焼き付いたのは、己の全てを賭けて走り抜ける彼女達の輝き。

 ──その輝きを、ほんの僅かでも手助け出来たのなら──

 

 その願いを胸にここまで辿り着いた。

 それも自分自身だけの力では無い。

 身を粉にして働き、自分の学習費用を捻出してくれた両親。

 協力して様々な面で後押ししてくれた地元の人々。

 大勢の人の支えがあって、今、ここに立てているのだ。

 故に、ここで退くことはできないし、そのつもりも無い。

 

 ……そうして意気込む余り、周囲への注意が疎かになっていたのだろう。

 

「──あの」

 

 自分に掛けられている声に気付くのが遅れる。

 

「あ、すみませ……」

 

 近くに寄ってもらうまで気付けなかったことを謝罪しようと、相手に顔を向けて。

 

「──え」

 

 自分に声を掛けてくれたのが誰なのかを認識した瞬間、思考が硬直する。

 そして、その時になって初めて、周りに人垣ができていることに気がついた。

 先程までトレーニングに励んでいたウマ娘やトレーナー達。

 そんな彼らを取材していたマスコミ関係者。

 誰も彼もが、固唾を飲んでこちらを遠巻きにして視線を向けている。

 新人トレーナーの1人に過ぎない自分が、これほど耳目を集める理由は無い。

 周囲からの注目を一身に集めているのは、目の前にいる【彼女】だ。

 

 たなびく栗毛の長髪と、小柄な体躯。

 感情を窺わせない美貌と、吸い込まれそうな瞳。

 整った容姿から放たれる、圧倒的な存在感。

 

 今年入学したばかりの新入生ながら、名前が学園中に鳴り響いているウマ娘。

 それが、目の前の【彼女】だ。

 走れば必ず勝つ、とまで評される常識外の走力。

 〔学園開校以来の天才〕〔才能の化け物〕などと呼ばれることもある。

 最も、まだデビューもしていないのにいささか過分すぎる呼び名ではないか、との見方も強い。

 だが、青年の目からすればそれらの呼称は決して大袈裟ではないように思えた。

 思い起こすのは、過去の記憶。

 学園に赴任して、とりあえずは校内の雰囲気に慣れようと足を運んだ模擬レース。

 

 ──そこで【彼女】は走っていた。

 他者を寄せ付けない脚力。

 駆けるのではなく、飛んでいるかのように見える走法。

 

 その走りに、目を奪われた。

 脚の動きから腕の振りに至るまでの一切の動作が洗練されている。

 完璧としか形容できないその姿は、自分が憧れた「ウマ娘」という存在の完成形を、そのまま描き出したかのようで。

 そんな【彼女】に惹き付けられたのは、その場にいた誰もが同じだったろう。

 事実その後、【彼女】には契約や取材のオファーが殺到することとなったのだから。

 その輪の中に、青年は足を踏み入れることはできなかったが。

 

 住む世界が違い過ぎる。

 かたや、究極と言っていいウマ娘。かたや、何の実績も無い新人トレーナー。

 そんな状況で接触を持とうとするなど、余りに大それたことにしか思えなくて。

 トレーナーとして、いつかはこんなウマ娘を育ててみたいという目標にさせてもらうだけで充分。

 

 ──そんな雲の上の存在が声を掛けてきたのだ。

 意識を失わなかっただけでも、我ながら大したものではないか。

 

 そんな青年の自画自賛は、次の瞬間に発せられた【彼女】の言葉によって霧散した。

 

「私のトレーナーに、なっていただけませんか?」

 

 

 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

「(……我ながらよく卒倒しなかったな、僕)」

 

 回想を終えて現在に意識を戻しながら、青年トレーナーは苦笑する。

 あの後、現場は阿鼻叫喚の大騒ぎになった。

 それも当然。超ド級のウマ娘が、何の実績も無い新人トレーナーに対して契約を持ち掛けるという珍事が起きたのだ。

 誰も彼もが驚くのは当たり前のことだった。

 その後の日々の中で巻き起こったのは、ベテランから新鋭まで、多数の他トレーナー達からの嵐のような説得や勧誘攻勢。

 現実とは思えない出来事に呆けるばかりであった青年を尻目に、周囲の状況は過熱の一途を辿った。

 ウマ娘にとって、契約とは競技生活──ひいては己の未来を左右する一大事だ。

 それを新人に委ねるなど、正気の沙汰とは思えなかったのだろう。

 トレーナーである以上、有望なウマ娘の将来が不確かな道に繋がるのであれば止めたいと思うであろうし、自ら育ててみたいと願うのも当たり前だ。

 

 ……或いは、そこにはトレーナー籍を手にしたばかりで何の功績も残していない新人トレーナーが、労せず特大の玉石を手にしようとしていることへの反発や嫉妬もあったのだろう。

 幸いであったのは、トレーナー間では絶大な存在である東条ハナが全くそんな動きを見せなかったことだろうか。

 表面上は厳しくとも、内心ではウマ娘のことを深く慮る女史のことだ。【彼女】本人が下した決断を尊重したのだろう。

 自ら手掛けたスカウトを断られたにも関わらず、一切のしがらみを見せないところに、その度量の大きさを推し量ることができた。

 他にも、チームスピカを率いる沖野トレーナーやチームカノープスのトレーナーを始めとした有力トレーナーの幾人かも干渉はしなかった。

 

 ただし、そういった面々はあくまで例外的な存在。

 その他の多くの先達トレーナーを始めとした面々による説得は連日行われて──

 結果として、それが実ることは無かった。

【彼女】は意思を変えなかったのだ。

 寡黙ながらも一貫して青年トレーナーとの契約を希望し続ける態度を前にして、翻意させることは不可能だと悟ったのだろう。

 こうしてひと悶着ありながらも、【彼女】と青年トレーナーとの契約が成立したのであった。

 

 こうして青年トレーナーは望外の幸運を得て夢を叶えた。

 それは間違いなく幸せなことだ。

 ……しかし、同時にとてつもない重圧を背負い込むことにもなった。

 

「お疲れさま。今日も凄かったよ」

 

 引き上げてきた【彼女】に労いの言葉をかけると、返されたのは小さな頷き1つ。

 端から見れば無愛想に過ぎる仕草だが、それが不器用極まりない【彼女】にできる精一杯の謝意であると青年トレーナーは汲み取っていた。

 

「ウイニングライブを済ませたら、いつも通りクールダウンをしっかりね。用事を片付けたらすぐに着替えとかタオルとか持ってくからさ」

 

「はい」

 

 こちらから伝える指示に対し、素直で真っ直ぐな返答。

 

 実は、とんでもない跳ねっ返りなのではないか?

 当初、【彼女】に対してそんな懸念を青年トレーナーは持っていた。

 何せ、あの最強チームの《チームリギル》の誘いすら断ったのだ。

 それだけの強烈な自負心やプライドがあるのではないか?そう判断しても無理はないだろう。

 しかし、蓋を開けてみれば、その読みは見事に裏切られることになる。

 

 彼女は極めて従順だった。

 こちらからの提案に対して、異議を唱えることはまず無い。

 新人トレーナーの手腕に疑念や不安を覚えるのが当然であるのに、そういった仕草を微塵も見せず、こちらに手綱を委ねてくれる。

 

「本当に恵まれてるよな……」

 

 能力が桁外れに高く、しかしながら大人しい。

 トレーナーになった矢先からこんなウマ娘の担当になれたことは望外の幸運と言って間違いないだろう。

 

 ……だが。

 

「ってて……!」

 

 彼女がライブに向かった姿を見送った後、下腹部に引き攣るような痛みが走り、青年トレーナーは表情を歪める。

 

「またか……もう少し胃薬を飲んでおいた方がいいかな……」

 

 そのとびっきりの好事に、彼の心身は強いプレッシャーを感じていた。

 

 

『全く、羨ましい。君の運にあやかりたいものです』

 

『あれだけのウマ娘が居れば、成功は約束されたも同然だね』

 

『あの娘は世界を狙える逸材よ。それを忘れないで』

 

 先達トレーナー諸氏から掛けられた数々の言葉が、耳にこびり付いている。

 

 学園の歴史を変えるであろう破格の才。

 その身を預かるろいう重責が、青年トレーナーの心身に少なからぬ負担を掛けているのも事実だった。

 

 自分が責任を追及されるのは構わない。

 勝ったらウマ娘の手柄。負けたらトレーナーのせい。

 その心持ちを常に持ち続けてきたのだ。責任を負う覚悟は出来ている。

 

 怖いのは、彼女の将来に影を落としてしまわないかということ。

 このままいけば彼女には輝かしい栄光が約束されている。

 ──それを自分の不手際やミスで台無しにしてしまったら。

 もし、惨敗させて戦歴に傷を付けてしまったら。

 もし、競技人生に関わるような負傷を負わせてしまったら。

 

 そんなことを考えると、底知れない恐怖を感じる。

 

「……これが、トレーナーになるってことなのか」

 

 ウマ娘の競技人生を預かる職責の重さを痛感する。

 けれど、ここで止まるわけにはいかない。

 こんな自分に将来を預けてくれた彼女に、少しでも応えられるようにしなければ。

 

 そのために、やるべきことは幾らでもある。

 体を蝕む腹痛に晒されながら、青年トレーナーは踵を返した。

 




今回、拙作を読んで頂いて誠にありがとうございました。
ここからもっと精進していきたいと思います。
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