今更ながら、当作を読んで下さる皆様には感謝の気持ちで一杯です。
トレセン学園構内。
そこでは生徒や教師・トレーナー等の学園関係者だけでなく、連日、姿を見かける人々がいる。
「いよいよ明日か」
「ああ。もう今年も終わりだってことを実感するよな」
それが新聞やテレビを始めとしたマスコミ・報道関係者だ。
日によって数にバラつきはあるが、取材活動に勤しむ彼らの姿を見ないことは殆ど無い。
トレセン学園は強固な警備網による万全なセキュリティ体制が敷かれている。
取材を目的とする報道関係者も厳格な審査を受け、厳しい制限を課せられた上で、ようやく学園内への立ち入りが許される。
それは世間において、競争ウマ娘という存在が著しい注目を集めていることの証でもあるのだが……そんな彼女達への脚光が一際強くなるのが、年の瀬を迎えるこの時期だ。
ウマ娘達の動向にファン達はいつも以上に注目し、彼女達の動向を伝える報道各機関の動きは慌ただしくなる。
この日も、いつにも増して多くの報道関係者が訪れていた。
その賑わいの原因となっているのは――
「有馬記念は毎年、盛り上がりが凄いな」
「年に一度のお祭りだからね。当然だよ」
有馬記念――毎年度末に開催されるこの大会は、1年間の熱戦を繰り広げてきたウマ娘達から選び抜かれた者達によって競われる一大レースだ。
人気と実力を兼ね備えた出走者達によって繰り広げられるこの祭典は、観ている者達の心を沸き立たせ、数多くの名場面を演出してきた。
そんなレースを走ることができるということはウマ娘達にとっては輝かしい勲章であり、大きなステータスになる。
そして、その頂きを制することができれば、この上ない栄誉だ。
故に、出走者は皆が不退転の覚悟を持って望んでくるため、白熱した展開になることは必至。
その熱は世間にも伝播し、開催日が近付くにつれてボルテージは高まっていく。
そんな状況であるため、この日も数多くの報道関係者が学園に詰め掛けていた。
当然ながら話題となっているのは有馬記念のこと一色。情報交換や議論など、活発な会話が交わされている。
……ただ、そんな彼らの間で共通している悩みが1つ。
「構成、決まったかい?」
「分かって聞いてるでしょ?そっちとほとんど変わらないわ……というより、どこも似たり寄ったりだと思うわよ」
彼らの頭を悩ませているのは、レースの展望をどうやって述べるかということ。
開催を間近に控えた有馬記念について、各誌・各局ともに展開を予想してそれを元にして記事や報道を作っていくのだが……そこに問題があった。
「難しいよな……」
「ああ。どうやって作ったらいいのやら……」
予想が立てられないという訳では無い。
むしろ逆。容易に展開を読むことができるからだ。
彼らの間での見解は完全に一致している。
「波乱は無いだろうね」
「うん。死角は皆無だよ」
結論が同じであるのなら、報道はどうやっても似通った方向性に成らざるを得ない。
世間からの興味を強く惹き付けるには他報道との違いを打ち立てて差別化を図るのが有効だが、今回はそれが使えないのだ。
どこも似たような内容であるのなら、手に取ってもらえる可能性はそれだけ低くなる。
報道に関わる身としては溜息の1つも吐きたくなってしまうだろう。
彼らが下した予想は──
「今回も、あの娘で決まりだよ」
視線の先にいるのは、グラウンド内で最終調整に励んでいる1人のウマ娘。
栗色の長髪を靡かせる小柄なその姿を知らぬ者は、この業界ではもはや居ない。
誰が言ったか、〔あの娘は走れば常に勝つ〕。故についた二つ名が、【常勝】。
その呼び名は大袈裟なものではなく、まごうことなき事実。
出走すれば必ず圧勝。おまけに、その全てが既存記録を大幅に塗り替えるタイムレコード。
雲の上の存在。
そう呼んで差し支えないのが、【常勝】なのだ。
ここに居る者は皆、ウマ娘界隈に深く携わっている。
そして、取材を通していく中で多くのウマ娘達が懸命に努力している姿を見てきている。
だからこそ、どのウマ娘にも勝利を掴む可能性はあるのだと信じたい。
……だが。そんな思いとは別に、この業界に長く身を置いてきた経験によって磨かれた眼は結論を下していた。
「今年の有馬を制するのは、【常勝】だ」
今までと同じように、また大差での勝利を手にするだろう。
そうやって予想を立てていた彼らは、そこで1つのことに気付いた。
「……あれ、乙名史さんは何処に?」
乙名史悦子――ウマ娘界報道関係者の中で広く名前が知られている敏腕女性記者。
知性を感じさせる美貌と深い知識、そして時折見せる一風変わった言動で他者の目を引き付ける彼女。
先程まではこの場に居たはずのその姿が、いつの間にか見えなくなっていたのだ。
……しかし、深く追求する者は居なかった。
「編集に戻ったんじゃないか?あの人、幾つも記事を上げなきゃいけないから」
「凄いわよね。あれだけ中身の濃い記事を沢山書けるんだもの」
この場に姿が見えないのは、彼女の優秀さ故の多忙によるものだろう、と。
そう判断した彼らの思考は、各々のやるべきこと――これからの取材活動へと割かれていく。
「何とかいい話を聞きたいんだけど……記者泣かせだからなあ、あの娘は」
「無口無表情で最低限のことしか喋ってくれないものね……礼儀はあるから、悪い娘ではないんでしょうけど」
「ウマ娘が難しいならトレーナーから、という手段もあるんだけど……不慣れで固い答えしか返してくれないしな」
「無理もないよ。ピカピカの1年生トレーナーが、いきなり規格外の素材を預かるんだぜ?一杯いっぱいになっちゃうのが当たり前さ」
その意見に周囲も同意しているのだろう。
小さく頷くと、同情的な眼差しを向ける。
その視線の先には、件のウマ娘の調整を見守る青年トレーナーの姿があった。
──だが。
その表情が曇っていることに気付けた者は、この場では居なかった。
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「(脚の動きはスムーズ。フォームのバランスも良い)」
担当ウマ娘のいつもながらの完璧な調整を見て、青年トレーナーは小さく息を吐く。
狂いも隙も無く繰り返される動作は見ていて惚れ惚れするしかなく、改めて【彼女】の能力の高さを実感する。
問題が無いことを確認すると、両手を軽く打ち合わせて声を掛けた。
「お疲れ様。ここまでにしようか」
調整運動の切り上げの合図と労いを兼ねた青年トレーナーの動作を確認すると、【彼女】は直ぐに走行を止め、近付いてくる。
相変わらず素直な対応を返してくれる姿に頬が緩んだが、すぐに気を引き締めて言葉を続けた。
「いつもと変わらず完璧な仕上がりだね。流石だよ」
「ありがとうございます」
返答は静かなその一言だけ。
無愛想と捉えられかねないその口調は、実は【彼女】なりの感謝の示し方であると、交流を重ねてきた青年トレーナーには分かる。
とはいえ未だに至らないところばかりで、【彼女】の状態について見誤ってしまうことも多い。
……だから、〔あの時〕【彼女】が不安を抱えているように見えたのも、きっと自分が余計な心配をしているだけだ。
「(大丈夫なはずだ、この娘なら──)」
そう言い聞かせるが、どうしても〔あの時〕のことが脳裏に蘇る。
先日、起こった出来事。
有馬記念の出走表を見た時に見せた、【彼女】の変化。
目に見える異常を見せた訳では無い。狼狽も動揺も見せず、常と変わらず物静かな佇まいで。
――けれど、その眉根がほんの僅かに寄ったことに、青年トレーナーは気付いていた。
他の者ならば見落とすであろう、微かな表情筋の変化。
【彼女】の力になりたいと励み続けてきた青年トレーナーだからこそ見抜けた、感情の揺らぎ。
その様子が、今日に至るまで何度も脳裏の中で繰り返されている。
本来なら、その場で確認すべきだったかもしれない。
或いは、今、この瞬間にでも確かめる方が良いのかもしれない。
だが……それが、青年トレーナーには出来なかった。
レース前のウマ娘というのは、張り詰めた糸のようなものだ。
肉体と精神を研ぎ澄ませ、来たるべき本番に備える。
そこに余計な言葉を掛けてしまっては、整わせている心身のバランスに負担になってしまうかもしれない。
そんな恐れが、青年トレーナーを躊躇わせていた。
……今はまだ未熟だが、青年トレーナーはウマ娘のパートナーとして素晴らしい素質の持ち主だ。
だがこの時、彼はその慎み深さ故に、大きなミスを犯していた。
「(僕なんかが言わなくても、あの娘なら大丈夫)」
ウマ娘とトレーナーは、同じ目標に向かって歩を揃えるパートナー。
……その大原則を、この時の彼は失念していた。
己の担当ウマ娘と自分を対等に見ていなかった。
桁外れの能力値を持つ【彼女】を上に。
そして自己評価の低さ故に、己を下に位置付けてしまっていたのだ。
その過ちに彼が気付くことができていれば、流れは変わっていたかもしれない。
だが、そのズレは直されることがないままに有馬当日を迎えることとなる。
今回、拙作を読んで頂いて誠にありがとうございました。
ここからもっと精進していきたいと思います。
次回は少し遅くなります。