【完結】トレーナー育成計画(仮)   作:壱合目

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時間をかけてしまった上に、嘘つきになってしまいました。
今回、有馬レース本番まで行きません。
本当に申し訳ありません(土下座)


8話目  決戦前その1

  Good Moring。

 1日の始まりは良い朝から。日常生活の基本であります。

 そのためには良質な睡眠を取ることが大切。

 こういう小さな心掛けの積み重ねが幸福な日々に繋がっていくんですよね。

 それは普段とは違う日、例えば特別なイベントがある日でも同様です。

 

 ということで。

 はい、やってまいりましたウマ娘界の一大イベントである有馬記念当日の朝。

 ファンや関係者、そしてウマ娘達など多くの人々にとって特別な時間になるであろう1日。

 それは中の人も例外ではありません。

 むしろ、レース出走者ですからね。中心人物の1人です。

 そんな立場にある以上、無様な姿を見せる訳にはいきません。

 という訳で体調を万全に整えるため、昨晩は早く床に就いていましたが……

 

 おっと、起き出してきましたね。

 さあ、今日は大一番当日だぞ中の人!

 ここで存分に力を奮って、より広い世界に飛躍するための足掛かりにしようじゃないか……!?

 …

 ……ヲイ。

 待て待て待て、何だその酷い顔は!?

 無感情フェイスのお蔭で非常に解り難くはなっていますが、顔の表情が澱んでいます。

 婉曲的に伝えてもしょうがないので一言で言いましょう。

 

 さては寝てねーなオメー!?

 

 一睡もしていないということは無いでしょうが、せいぜい少し微睡んだくらいでしょう。

 疲労が色濃く滲み出ています。

 昨晩は早く床に就いたのに何故なのか疑問が浮かびますが……理由については、大体の察しはつきます。

 それについては後で語らせて頂くとして、問題は今のこの状況をどうするのかということ。

 

 ……いや、どうしようもないですよ(投槍)。

 

 時間があるのならとにかく、もうレース直前ですぜ。手の打ちようが無い。

 あ~あ、こんなにボロボロになっちゃって。

 原作ゲームで言うと絶不調状態。かなり重いデメリットを負うことになってしまいました。

 原因は中の人の睡眠不足によるコンディション不良なんで、自業自得と言えますね。

 

 調子を自ら爆下げするとか……縛りプレイの一種ですか?

 

 せっかく青年トレーナー君が綿密に計画組んで整えてくれていたベストコンディションが全てパア。

 この大一番で仕出かしてくれましたねぇ。

 先刻も伝えさせて頂いた通り、生来の無表情顔のお蔭で一見すると変化は解り難いですが……見る人が見たら1発で調子を崩していることはバレます。

 

 例えば、担当である青年トレーナー君とかね。

 ほ~ら、レース会場に向かう前の打ち合わせで顔を合わせた途端に目ん玉丸くしておりますよ。

 そして、すぐに傍らに寄り添ってきてくれて気遣ってくれます。

 見たところ、彼も前夜には殆ど寝れてなくて疲れが溜まっているようです。

 無理もないですよね。

 ペーペーのトレーナーにとっては、有馬記念への担当バの出走は栄光であると同時に重圧も圧し掛かってくるはず。

 未だに経験不足で慣れないことだらけな彼の心身への負担も相当なものでしょう。

 そんな状況下なのに一目で中の人の絶不調を見抜いて、彼自身の体のことは棚上げしてまで中の人のことを慮ってくれるとか……

 ほんと、人が出来てますなあ……中の人には勿体無いですわ。

 

 そんな彼も何とか調子を上向かせる方法を模索してくれているようですが……事ここに至っては、そんな手段など存在しないでしょう。

 原作ゲームだとアイテム等の使用で一瞬で調子を上向かせることもできるんですが、そんな便利なものはこの世界にはありません。

 万事休す。この最悪な体調でレースに臨むしかありません。

 ……それでも諦めず、何とかできないかと必死に手段を模索する青年トレーナー君には頭が下がります。

 

 そんな彼を横目に、表情を全く変えない中の人。

 外から見れば己の不調というアクシデントにも動揺を見せず、泰然たる態度をとっているように見えるでしょうが……

 寝不足でボンヤリしてるだけです。襲い来る眠気に対抗するのに必死で、心ここにあらず。

 青年トレーナー君がこんだけ良くしてくれているのに上の空とか……

 おまい、いい加減にせえよ(怒)

 寝不足でボンヤリしてて、完全に心ここにあらずです。

 

 こんな状態でレースに向かうのか……

 確定勝利イベントに思われた有馬記念でしたが、一気に雲行きが怪しくなってきましたね。

 そしてそれは、現実の天気も同様。

 窓の外では大粒の雨が降り注いでおります。

 それも目を開けるのすら苦労するような豪雨。嵐かと思うような大荒れの天候です。

 

 こんな中で迎える有馬記念。さてさて、どうなることやら。

 

 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 

 その日、【彼女】はおかしかった。

 

 青年トレーナーにとって、その日の目覚めは最悪だった。

 前夜に早めに布団に入ったものの、目が冴えて全く眠れず、明け方近くに何とか微睡むことができた程度。

 

「何をやってるんだ、僕は」

 

 鈍痛の残る頭を振りつつ、自身を叱咤する。

 プレッシャーが掛かってるのはレースを走る張本人である彼女。

 なのに、そのトレーナーである自分がこの体たらくでどうする。

 そうやって己の尻を叩き、起き上がったところで耳に入ったのは窓を叩く音。

 布団を引き剥がして窓辺へと駆け寄り、開け放ったカーテンの先には──

 

「……雨か」

 

 豪雨。そう表現するしかない強い雨しぶきが降り注いでいるのを見て、思わず顔を顰める。

 雨天時のレースは通常時と比べ、難易度が大きく上がる。

 水分を多量に含んだことでフィールドは滑りやすくなり、足元に掛かる負担が激増する。

 それに加え、降りしきる雨によって引き起こされる体温の低下や視界不良、注意力の低下等のコンディション不良にも対応しなければならない。

 

 そんな悪条件に対しても、【彼女】は上手く対応できるだろう。

 これまで出走したレースでも荒天に見舞われたことはあったが、問題なく乗り越えてきた。

 アクシデントが発生したとしても、それを跳ね返せるだけの力が【彼女】にはある。

【常勝】の名は伊達ではないのだ。

 

 ……だが。そんな【彼女】でも、ここまでの大雨の中でのレースは経験が無い。

 まさか1年の締め括りである有馬記念で、こんな悪環境になってしまうとは…

 

「気を引き締めないとな」

 

 己の決意を口にすると、青年トレーナーは手早く身支度を整え、打ち合わせのために足を急がせてー

 

 

 そこで、信じられない【彼女】の姿を見た。

 

 

 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 

 その日、【常勝】はおかしかった。

 中山レース場。

 豪雨が降り注ぐここは、有馬記念スタートを間近に控えて熱気に包まれていた。

 荒天に見舞われながらも既に観客席には人々が次々と押しかけており、満席になるのも時間の問題だろう。

 席を埋め尽くす人波から醸し出される熱気に当てられたのか、出走者であるウマ娘達も常以上の緊張と興奮を身に纏って会場に到着する。

 その空気が最高潮に達したのは、各々がそれぞれの控え室に向かおうとした時。

 

「来た……!」

 

 誰かが小さく呟く先から現れたのは、常勝の名を持つ無敗ウマ娘。

 今回の有馬でも敵無しと評される圧倒的実力者。

 そんな【彼女】は、緊迫した空気が漂う中を平然と歩いていく。

 戦意によって焦げ付く空間を悠然と通り過ぎていくその様は、まさしく絶対王者の風格。

 泰然自若とした佇まいを誰もが遠巻きにする中で、1人、違和感を感じた者が居た。

 

「……あれ?どうしたんだろう?」

 

 

 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 

「それでね、トレーナー。あの子、元気なさそうだったんだ」

 

 その感じ取った違和感を、彼女──有馬出走者の1人であるハルウララは、控室で担当者である老トレーナーに話していた。

 

「そうか。周りをよく見ているな、ウララは」

 

 報告を受けた老トレーナーは彼女の感知力を褒めつつ、その背中を押す言葉を伝える。

 

「【彼女】がどんな状態であっても、出走してきた以上は全力で戦うのが礼儀だ──頑張ってこい、ウララ」

 

「うん!」

 

 闘志を秘めたウララの笑顔を前に、老トレーナーは顔を綻ばせる。

 

 ──大丈夫。この娘は今度こそ、有馬記念で〔勝負〕できる。

 

 そう確信する一方で、拭い難い違和感も感じていた。

 

「(……何故、あそこまで調子を崩している?)」

 

 ウララに指摘してもらった【常勝】の不調については、その場に遅れて到着し、その姿を遠目から見た老トレーナーも気付いていた。

 いつもと変わらぬ、感情を窺わせない佇まい……しかし、それは外面だけのこと。

 コンディションを崩していることは一目で見抜けた。

 

「(あの若人が調整をミスするとも思えんが……)」

 

【彼女】の担当者と親交があるわけではないが、その情報については収集済み。

 それらに目を通した老トレーナーから見て、彼は賞賛に値する存在だ。

 指導技量についてはまだまだ未熟。

 だが、ウマ娘のことを心底から考えられるあの姿勢は、そう簡単に持てるものではない。

 少なくとも、自分が彼と同じ年頃の頃にはあそこまでの真摯さは持てなかった。

 そんな彼の尽力の甲斐あって、今まで【彼女】はレースにおいては常に万全の仕上がりで臨んでいた。

 

「(それが今日は、あそこまで崩れているとは……)」

 

 ──こちらに極めて有利な目が出なければ、勝負することすらできない──

 

 昨日、取材に来てくれた乙名史記者に伝えた己の言葉が脳裏に甦る。

 その〔極めて有利な出目〕が、図らずも転がり込んでこようとしている。

【彼女】の不調……いや、絶不調と言っていいだろう。アレでは、本来の走力には遠く及ぶまい。

 しかし、それだけ低下した状態であってもなお、こちらの圧倒的不利は覆せない。

 それだけ隔絶した実力の持ち主なのだ、【彼女】は。

 ……だが、糸の様に細かった勝利への道が微かに見えかけてきたのは事実。

 その幸運を目の前にして、胸の奥からは歓びが湧き上がってくる。

 

 ……しかし、それと同時に纏わりついてくる不可解さも拭いきれない。

 

「(何故、あそこまで……?)」

 

 そして、気になる点がもう1つ。

 控室へと去っていった【彼女】。

 その視線が、一瞬だけこちらに──ハルウララに向けられた気がしたのだ。

 

「(……ウララを、意識している?)」

 

 そこまで考えて首を振る。

 確かにウララはダートウマ娘として地位を固めてはいるが、【彼女】の戦歴とは比べようも無い隔たりがある。

 警戒はするだろうが、不調の原因となるほどの存在感には至れていないだろう。

 

「──トレーナー?」

 

「……!」

 

 心配そうにかけられた声に、思考に嵌り込んでいた老トレーナーは我に返る。

 そこにあるのは、ウララの真っ直ぐな眼差し。

 老トレーナーのことを心配そうに見詰める瞳を前にして、老トレーナーは己を恥じた。

 

「(いかん)」

 

 己の全てを賭けた大勝負を直前にしてもなお、こちらへの気遣いを忘れない。

 そんなウララに対して、自分の今の態度は余りにも不誠実だった。

 

「心配させてすまなかったな」

 

 今、自分がやるべきなのは【彼女】の不調について推理することではない。

 ウララを、勝たせることだ。

 思いを新たにすると、老トレーナーはウララに向き合った。

 

「さあ、最後の確認だ……勝つぞ、ウララ」

 

「──うん!今度こそ、1着、プレゼントするからね!」

 

 決意を胸に、彼らは有馬記念へと挑む。

 絶対王者が聳えるその先に待つ、勝利という栄光を手にするために。

 

 

 




今回、拙作を読んで頂いて誠にありがとうございました。
その2に続きます。
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