【完結】トレーナー育成計画(仮)   作:壱合目

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文章を書くことの難しさと苦しさを改めて知りました。
連載作品を書かれている方は本当に凄いですね……


9話目  決戦前その2

 中山レース場。

 今日開催される有馬記念のスタートまで秒読みとなり、場内の盛り上がりは加速していく。

 その一角。出走者控室で、青年トレーナーは自責心に苛まれていた。

 

「この豪雨だ。バ場は間違いなく不良になってる。スタートにはいつも以上に注意してくれ」

 

 淀みなく言葉を続けながらも、胸中に広がるのは胸が張り裂けそうな申し訳なさ。

 

「視界も悪いだろうし、序盤は無理しなくても大丈夫。いつもと同じように後半に勝負を賭けよう」

 

 自分の言葉に、今も真剣に耳を傾けてくれている【彼女】。

 だが、その冷静な表情の奥から漂ってきている不調感を、青年トレーナーは感じ取っていた。

 

 今朝、顔を合わせた時に異常に気付き慌てて言葉をかけたが、【彼女】はいつもと同じ調子でこう言った。

 

「大丈夫です」

 

 平気なはずはない。

 自分の肉体だ。思うように動かない低調なパフォーマンスであることは【彼女】自身が誰よりも分かっているはず。

 それなのに、普段と変わらぬ姿勢で接してくれる。

 つらいのは【彼女】自身のはずなのに、心配を掛けまいとこちらを気遣ってくれる。

 本来ならば管理者の立場として、自分が【彼女】に配慮しなければならないはずなのに──

 その調子を、この大一番で崩させてしまった。

 その兆候は、幾日か前のあの時──有馬記念の出走表を見た時に、もう表れていたではないか。

 そこで踏み込まなければならなかったのだ……例え【彼女】に悪感情を持たれたとしても。

 

「(やっぱり、僕は臆病者だ……)」

 

 止まることの無い、己への嫌悪・憎悪。

 だが、せめて少しでも【彼女】の力にならねば。

 もう何もできることは無いが、ほんの少しでも背中を押せれば──そんな思いで口を開く。

 

「大丈夫。君なら勝てる」

 

 思うように走れないであろう【彼女】に対して、ありきたりな言葉をかけることしかできない。

 改めて無力感に襲われ、視線を下げてしまったその時。

 青年トレーナーは、自分に近付く気配を感じた。

 

 次の瞬間。強張っていた背中を、柔らかな感触が包む。

 鼻孔に漂ってくる、甘く優しい香り。

 直ぐ近くには、いつも傍らで見守り続けてきた顔。

 初めて見た時と変わらない、冷たくも美しい美貌。

 その吸い込まれそうな瞳に、青年トレーナーの姿が映っていて──

 

 そこまで考えて、彼はようやく己の今の状態が認識できた。

 

「あ……その……」

 

 言葉を出そうとする口は何も発することができず、パクパクと開くだけ。

 事態を把握した脳が、余りにも想定外の出来事にオーバーヒートを起こしている。

 その熱によって、顔中が火傷したかのように赤く染まった。

 

 ──【彼女】に、抱き締められている。

 

 その現状に、一瞬で思考が茹で上がる。

 そんなまともに思考できない青年トレーナーに対して、【彼女】は伝えた。

 

「──大丈夫」

 

 優しい笑顔も、暖かい言葉も無い。

 いつもと変わらぬ無表情で、青年トレーナーが掛けた言葉を無機質に繰り返しただけ。

 だけれども、一連の行為は青年トレーナーの心を和らげてくれた。

 何故なら、そこから【彼女】の深い労わりの気持ちを感じ取れたから。

【彼女】は感情表現が不得手だ。

 だからこそ、より直接的に肌の温もりを伝えることで安心感を与えてくれようとした。

 言葉にしても同様。

 あえて青年トレーナーが口にした言葉を繰り返すことで、厚い信頼を抱いていることを示してくれた。

 

「……っ」

 

 思わず涙が零れそうになり、それを堪える。

 これ以上、【彼女】に迷惑を掛ける訳にはいかない。

 もう、泣かない。

 泣くのは──【彼女】が、有馬記念で優勝してからだ。

 トレーナーとして何の役にも立っていない未熟な身だが、だからこそせめて、【彼女】が有馬を制した時には、人目も憚らず歓びを表現したい。

 

「……ありがとう」

 

 人知れず滲み出た涙を拭い、万感の思いを込めて青年トレーナーは【彼女】に感謝を伝えた。

 そして、気持ちを切り替える。

 無表情で、不器用で。

 それでも、誰よりも優しい己の担当バに勝利を掴ませるために。

 

 

 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 

 

 地獄に落ちろ最低野郎。

 

 ──失礼。汚い言葉を発してしまい、申し訳ありません。

 はい、やって参りました有馬記念開催の舞台となる中山レース場。

 出走時間を間近に控え、スタート前の緊張感が高まっておりますね。

 

 そんな空間で、こやつ──中の人、最悪なこと仕出かしやがって……!

 

 ……ゴホン。

 お見苦しい姿をこれ以上お見せするわけにはいきません。

 御手数ですが、精神を落ち着かせるために少し話をさせてください。

 

 何を、どこから話しましょうか……

 

 とりあえず、先程触れた中の人が寝れなかった原因についてお話致します。

 これについては、昨晩、突発的に発生したのではありません。

 有馬出走表を確認した時点からその兆候はありましたね。

 

 その原因とは──出走者の1人であるハルウララに怯えているから、です。

 

 ハルウララ──ウマ娘サービス提供開始時から実装されている最古参キャラの1人です。

 モチーフ馬が「勝てない」ことで名が知られているという事実を反映し、設定上ではトレセン学園の落ちこぼれということになっています。

 走力に欠け、連戦連敗。そんな中でも笑顔を忘れずに懸命に走り続ける──

 ゲーム中でもその姿勢から多くのキャラに愛されていますが、それはゲーム外のプレイヤーに関しても同様。

 結果が出なくてもへこたれず、常に明るく振舞う姿に魅かれる方も多いのではないでしょうか。

 

 そんな彼女を、何故、中の人は恐れるのか?

 それは、『特別なハルウララ』が存在し得るからです。

 

 ハルウララのストーリーを進めていくと、有馬記念に出走する機会があります。

 物語が進んでいく中で成長を重ねていく彼女は、やがて目標として有馬記念出場を掲げます。

 無謀としか思えない目標を、努力を重ねることで勝ち取るウララ。

 その道を共に歩んできたプレイヤー諸氏の皆様も、感慨深さを感じることでしょう。

 ……しかし、残念ながらこの有馬出場、通常の育成ではまともに勝負すらさせてもらえません。

 ポツンと1人、後方に取り残されての最下位に叩き落とされます。

 残酷ではありますが、これは自明の理。

 ダート・短距離を戦場とするウララに対し、有馬記念は芝の長距離。属性が正反対ですからね。

 ただ、ここで最下位になっても特に支障はありません。

 有馬記念についてはあくまで出走が目標となるため、最下位であろうが物語は進行し、問題なくストーリークリアはできます。

 

 ──ですが。

 今まで楽しく走ることで満足していたウララが、勝つことを目的として走り。

 それを果たせず、悔しさで泣き崩れる──

 そんな姿を見て、発奮する勇士が後を絶ちません。

 

 ──有馬でハルウララを勝たせてあげたい──

 

 それは、生半可なことでは果たせません。

 他の育成ウマ娘の能力を受け継ぐ継承システム等をフル活用し、手間と時間を惜しみなく注ぎ込む。

 覚悟を問われる修羅の道です。

 その果てに到達するのが、有馬でも通用するハルウララ。

 その存在は、ある意味でウマ娘というゲームの1つの到達点だと思います。

 

 Q:そんな存在を前にしたら、中の人はどうなりますか?

 A:ガクブルです。

 

 転生前、ウマ娘をプレイしていた中の人は、有馬ウララがどれほど凄い存在なのか、身に染みて分かっています。

 そんな中の人にとってみれば、有馬記念の出走表にハルウララの名前があったことは驚天動地の出来事でした。

 

 ――この娘、有馬ウララなんじゃね――?

 

 中の人のその懸念は見事に的中。

 この世界でのハルウララは以前に有馬記念に出走して惨敗しており、今回が2度目の出走ということが判明したのです。

 

 これで中の人、お通夜モードに一直線。

 チートボディに頼り切りの中の人にとっては、惨敗を喫しながらも挫けずに血の滲むような努力を重ねた有馬ウララの姿が、到底、手の届き得ない存在に思えているんでしょう。

 

 まあ、その通りなんですがねww文字通り、月とスッポンですわwww

 

 え?中の人に対して冷たい?

 いえ、こやつにはこれぐらいで良いんです。

 有馬ウララの姿に怯え、結局眠れなかった……そのことに対して強い文句を言うつもりはありません。

 強い存在に対して、警戒と恐怖を抱くのは当然のことですからね。

 せっかくベストコンディションを整え続けてくれた青年トレーナー君の努力をブチ壊しにしたことについては多少、言いたいことはありますが……

 それだけなら私だってここまでは言いませんとも。

 

 ですが中の人、到底許されないことをやったんですわ。

 

 今しがた、出走前の最後のミーティングを行っている最中のことです。

 寝不足のせいで心ここに非ずな中の人……君さあ(呆)

 懸命に励まそうとしてくれてる青年トレーナー君に対して、その態度は無いだろ。

 毎度の如くの無表情顔で取り繕ってて、外見には全く表れないからって良いとは思うなよ(怒)

 

 ──ったく。

 つくづく青年トレーナー君には同情しますわ。

 いつの世も善人って性根が優しいから犠牲に成り易いんですよね。

 こんなに中の人に尽くしてくれてさ。そのせいで、今もこんなに疲れた顔を……

 …

 ……マテ、青年トレーナー君が疲労した様子を見せてる?

 周囲に心配をかけないために、これまで疲れを押し隠してきた彼が?

 

 ──マズい。

 有馬記念という極度の緊張を強いる大舞台を前にして、ついに心の鎧が剥がれ始めたか?

 それを責めることなんで、誰にもできはしません。

 むしろ、ここまで耐えてこられた彼の精神力を賞賛するべきでしょう。

 

 ただ、これはヤバイです。

 下手するとこれ、近いうちに倒れて病院行きでは?

 ……いかん、入院イベントが生えてしまう。

 

 何しろ、中の人ですら異常に気付いたくらいですからね。

 ……気が付いたのは、たった今ですが!君、今まで何を見てたの……と言いたいところですがここは我慢。

 いや~、中の人、テンパってますねえ……

 無表情ボディのおかげで、外見上はいつも通りの平静な姿ですが、内心では動揺しまくってます。

 今の状況のマズさが、ようやく実感できたようですな。

 デビュー以降、中の人が自らの走りに邁進できたのは、居心地の良さを青年トレーナー君が作り出してくれていたからこそ。

 様々な面で支えてくれ、諸々のことを引き受けてくれて──

 余りにも身近すぎて、そのありがたみを失念していたんでしょう。

 本当に大切なものは失ってから初めてその価値が分かるという言葉がありますが……

 この土壇場で、ようやくことの重大さに気付いた、と。

 …

 ……遅いよ。

 

 まあ、ここで文句言ったところで何にもなりません。気付けただけ良しとしましょう。

 ただ、問題はここから。

 このままにしといたら、青年トレーナー君は遠からず病院行きコース。

 そんなことになったら、今のこの居心地の良い空間とはサヨナラだぞ、中の人。

 倒れるほどの疲労が溜まってるとなったら、青年トレーナー君は静養のために業務から一度、離れないといけないでしょう。

 そうやって取り残された中の人は、自らの力で再び望む居場所を見つける力があるだろうか。

 いや、無い(反語)

 コミュ障の中の人にそれだけの力はありません。

 結果として、またもやボッチ状態に逆戻りすることになります。

 

 そんな事態を防ぐためにも、ここで神の一手を打つ必要があるのですよ。

 さあ行け、中の人!

 今まで散々お世話になったでしょ。

 その恩を少しでも返せるようなミラクルな一手を……

 

 ──で、その結果が今の状態。

 青年トレーナー君へのハグ、と。

 …

 ……わぁ~お。(赤面)

 いや、ビックリしましたよ。

 こんな、はしたない!とは言いませんが、ここまで直接的な行動を取るのは完全に予想外でした。

 けど、感心もしました。

 肌の温もりを感じさせるのは、不安を解消させる特効薬ですからね。

 やるじゃない中の人。見直したわ。

 君がここまで青年トレーナー君を気遣い、踏み込めるとは……人は皆、成長していくものなんですな。

 見縊ってスマンかった。

 

 どれ、その優しい心の内に触れて、私も暖かい気持ちにさせてもらおうかな。

 そう思って覗いた中の人の心の中は──

 

 

 ──こうやって色香嗅がせとけば何とかなるだろ──

 

 …

 ……は?(怒髪天)

 

 地獄に落ちろ最低野郎(2度目)

 はい。私がこんな汚い言葉を吐いた理由も分かっていただけるのではないでしょうか。

 真摯に接してくれる青年トレーナー君に対して、こんな浅い考えで接しよって。

 おまけに言ってることも、彼の掛けてくれた言葉をオウム返しにしてるだけじゃないか。

 

 ちっくしょう、感心した私が馬鹿でしたわ。

 ここで私が神様か何かだったら天罰を下したいところなんですがねえ……

 そんなのは妄想に過ぎませんし、仮にできたとしても実行するのは躊躇するでしょう。

 だって、被害者である青年トレーナー君がねえ……

「自分を気遣ってくれた」と感極まっちゃったみたいで……

 あ~あ、涙まで滲ませちゃって。

 目の前のソヤツはそんなに立派な存在じゃないことに気付いてくれ。

 

 涙を滲ませる青年と、それを静かに抱き締める少女。

 感動を呼ぶに値する光景なんですが、その内実がねえ……

 

 おっと、外の喧噪が一段と大きくなりました。

 どうやらいよいよレースが開始されるようです。

 年内を締め括る大一番の有馬記念。

 果たしてどうなるのか、私も一人の観戦者としてレースを見させて頂きましょう。

 




今回、拙作を読んで頂いて誠にありがとうございました。
私には男女の交流を書くのは無理(白旗)。
これからも精進は続けたいと思います。

今回、嘘つきになってしまって申し訳ありませんでした。
次回こそは有馬記念レースを書きます。

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