暑中お見舞い申し上げます。
「わわっ!?降って来た!!」
――――バイトの帰り道のことだった。
天気予報では言ってなかった、不意打ち気味の大雨に。
ひいこら言いながら走り出す。
「しまったぁー!今日に限って傘持ってない・・・・!!」
嘆いていても、止んでくれるわけがないので。
バッグを頭に乗せて、とにかくひた走っていた。
と、前方におうちが見える。
玄関先には、良い感じの軒下。
雨宿りさせてもらうか否か、悩んだ一瞬に。
雨の勢いが強くなって。
「~~~ッ、すみません!お邪魔します!」
敷地内に、飛び込んだ。
「止むか、弱まってくれるといいけど・・・・」
タオルで雫をふき取りながら、一通り曇天を見上げていたけれど。
ここが人様の敷地であることを思い出して。
「っと・・・・家の人に一言言ったがいいよな」
しばし軒下にお邪魔させてほしい旨を伝えようと、インターホンを探し始めた時だった。
「――――こっちだニャ」
「えっ?」
声が聞こえた、と思った瞬間には。
ギギギ、と、玄関が開いていた。
「こっちだニャ」
「あ、はい!」
また声がしたので、誘われるがままに入る。
「すみません、怪しい者ではないんです。雨が弱まるまで、軒先をお貸し頂きたく・・・・」
途中まで言いかけて、気が付いた。
――――人の、気配がない。
(いやいや、まさかそんな)
嫌な予感を否定しかけた、その時。
「――――ッ!?」
妙な気配に、弾かれたように振り向く。
雨音が不気味に響く中、窓際にぽつんと置かれていたのは。
「・・・・ねこの、ぬいぐるみ?」
これだけ長居しているのに、家人がいつまでたっても出てくる様子がないことから。
ここは無人で、この子は忘れられたのであろうことがよく分かる。
・・・・なんとなく、気になって。
歩み寄った、その時だった。
「え」
のそり、ぬいぐるみが起き上がる。
無機質な目を向けて、確かに口を動かして。
声を発したのだ。
「――――つれてってニャ」
私を招き入れた、あの声を。
(幽霊?妖怪?付喪神的な?近づいていいやつ?ダメなやつ?ダメだった場合ヤバい)
――――動け。
(呪う力はあるのか?そもそもこの子の目的は?私についてってどうするの?ましろさん達にも危害が及んだらどうしよう)
――――走れ。
(そうだ、返事。いや、言葉を交わしていいのか?相手は明らかに人間じゃない、下手なこといって変な解釈されたらまずい)
――――逃げろ!!!!!
「――――ッ!!!!」
――――人生で1・2を争う速度を出しながら。
ちっとも弱まってない雨の中を、虹ヶ丘邸までひた走った。
「ぜ・・・・ぜ・・・・ぜ・・・・ッごっほ!」
「ソラさん、おかえりなさい!濡れませんでした?」
「ましろさん、ええ、少しだけ」
無事に辿り着いた虹ヶ丘邸。
出迎えてくれたましろさんからタオルを受け取って、雫をふき取っていると。
「あ、かわいい!ソラさん、この子は?」
「はっ?」
かわいい?この子?
思ってもみなかったワードにびっくりして、ましろさんの視線を先を追うと。
あの、ねこのぬいぐるみが。
私の、足元に。
「――――」
ここが、アニメであったなら。
三カメ分くらいの沈黙を、たっぷりとって。
「――――ぅおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!?!?!?」
どでかいシャウトを、かましたのだった。
◆ ◆ ◆
「――――つまり、このねこちゃんがソラさんに話しかけて来て」
「ここまでついてきた、と」
「はい・・・・」
雨の日の虹ヶ丘邸。
リビングに集まった一同は、『私は騒音レベルのシャウトをしました』という札を下げたソラを見た。
視線を受けた彼女は、しわしわの顔でこっくり頷く。
「でもこの子、ぬいぐるみだぞ?」
「そうですよ!ぬいぐるみがひとりでに動いてしゃべるなんて、そんな」
「見た目だけなら『しゃべるぬいぐるみ』筆頭のツバサくんに言われても・・・・」
「はうっ!?」
ちょうどプニバードの姿でいたツバサへ、やんわりツッコミを入れたましろ。
そんな二人を、ベリィベリーと見守っていたあげはは。
改めてソラに目を向かる。
「聞き間違いというのは?」
「ないです!『つれてって』って、確かに聞きました!」
「でも、街外れの洋館って、今は空き家だったはずだよ?」
「ってことは・・・・」
一同。
ましろの腕に抱かれているぬいぐるみに、視線が固定される。
・・・・固唾を呑むことで沈黙してしまった中。
段々と雨音が大きくなってきて。
「おばけー!!」
「ワーッ!?」
それを破ったのは、エルの溌溂とした声だった。
目を背けていたかった事実に、常識的な音量で叫んだソラが飛びのく。
その様を見たましろは、きょとんとした後で。
「・・・・ソラさん、もしかしておばけが苦手ですか?」
「えっ、意外!」
「うぐぐ・・・・克服しなければとは思っているんですが・・・・!」
意外な弱点が明らかになってしまったソラは、すっかり物陰に隠れてしまっていた。
「なんというか、お前なら斬り捨ててしまえそうだと思っていたんだが・・・・」
「だ、だって!物理が効くかどうか分からない相手なんですよ!?仮に斬れたとしても、呪いかなんかで、こう、大変なことになりそうじゃないですか!!」
「あー・・・・いや、言わんとすることは分かるんだが・・・・」
『そこまで怖がらなくても』というベリィベリーの視線を受けて、ソラはますます項垂れる。
「分かっているんです・・・・意外と気合でどうにかなる相手だって分かってるんです・・・・!!」
「待って、スカイランドってマジでおばけいるの?」
「古い時代の遺跡なんかによくいるな。基本専門職じゃないと退治できないから、遺跡調査の際には大変お世話になる」
殉葬などで同じ墓に入った近衛兵や、神殿と共に滅びた神官。
さらには墓荒らしや遺跡泥棒と言うのが主な『ラインナップ』らしい。
ちなみにシャララは自分で何とか出来る。
「それはそうと、どうしようかこの子?」
「ううん・・・・もしかしたら落とした人が探してるかもだよ」
「警察に届けるのが無難だろうなぁ」
何はともあれ、今はこのぬいぐるみである。
みな、『持ち主を探し出そう』という方向性は同じだったが。
「もしかしたら、あの空き家に探しに来るかもしれませんよ」
「では、一度戻すというのもありか」
そんな意見が、出た時だった。
「ぅわっ!?」
「ねこが・・・・動いた!?」
ぬいぐるみがひとりでに動いて、ましろの腕から脱出する。
「ヒェッ・・・・!」
さらに、リビングの本棚から本がふよふよと浮かんで。
バリケードを作ってしまった。
完全に閉じこもってしまったぬいぐるみを前に、お互い『どうしようか』と無言でやりとりする面々。
と、
「にゃーにゃー」
「プリンセス?」
「にゃーにゃー」
よちよちとテーブルによじ登ったエルが。
バリケードに向かって話しかけている。
「だいじょーぶだよ、にゃーにゃー」
ちいちゃな手で、ぺちぺちバリケードに触れながら。
中のぬいぐるみに話しかけるエル。
すると、バリケードがゆっくり解かれていく。
「にゃーにゃ!」
そして、中のぬいぐるみを抱き寄せたのだった。
「――――エルちゃんに教えられちゃったね」
超常現象も有り、はらはらと見守っていた面々だったが。
やがて、あげはが明るく声を上げる。
「相手が誰でも、同じように態度で接するってこと!」
「・・・・ッ」
その言葉を聞いて、未だ物陰にいたソラが息を呑む。
呼吸を深く、一つ。
目もぎゅっとつむって、自分の両頬を張ると。
「――――その通りですね」
エルごと抱っこされているぬいぐるみへ歩み寄る。
「困っている人がいるのなら、誰だろうと手を差し伸べる・・・・狼狽えるばかりで、ヒーローとして大切なことを忘れる所でした」
柔く微笑んだソラは、優しく撫でながら話しかける。
「ねこさん、すみませんでした。驚くあまり、目が曇っていました」
それから、ぬいぐるみの小さな手を取って、控えめに握る。
「私で良ければ、力になります!」
笑顔を向けられたぬいぐるみの、ボタンで出来た目が。
どこか、見開かれたような光り方をした。
◆ ◆ ◆
――――冷静に考えたら、『怨念が・・・・おんねん!!!』みたいな嫌な気配もしないし。
普通のぬいぐるみではないのは確実だけど、悪いものじゃないよねってんで。
『力になる』と宣言した手前、しばらく預かることになった。
「どこか、かゆいところはないですかー?」
とはいえ、長い間手入れがされていないぬいぐるみであるのに変わりはなく・・・・。
洗面台で、ねこさんをごしごし洗っている次第。
ちょっとおどけて話しかけてみると、視線を向けられるような感覚がした。
・・・・やっぱりちょっと怖いかも。
「ソラさん、もう大丈夫なんですか?」
「ええ、そんなに悪い気配はしないですし」
隣で見守ってくれているましろさんが、気遣わしげに問いかけて来る。
ついさっきまでビビり通しだったからな・・・・心配させてしまった・・・・。
「先ほどは醜態を晒してすみませんでした」
「いえ!わたしもきっとびっくりしちゃうと思うので」
何て話している間に、あらかた汚れも落とせたようなので。
浸した洗剤を漱いでいく。
ぬるっと感が無くなるまで水に浸して揉んでいけば、お洗濯は完了だ。
「あとは乾燥機に任せましょう」
「ごめんねぇ、ちょっと我慢してねー」
ましろさんも一緒に語り掛けてもらいながら、乾燥機へ。
その時向けられた気配が、まるで予防接種に連れていかれるワンちゃんネコちゃんの様で。
「大丈夫ですよ、終わるまでここにいますから」
なんて話しかけながら、スイッチを押したのだった。
「わあ!ふっかふか!」
「頑張りましたねぇ、すっかりほかほかですよ」
なんだか恨みがましい視線を向けられている気がするけど、多分気のせい・・・・。
私もましろさんも一生懸命宥めてしまっている気がするのも気のせい・・・・!
「おっ!ねこちゃんふかふかになったねぇ!」
「ああ、すっかり見違えたな」
リビングに戻ると、みんながねこさんを出迎えた。
「にゃーにゃー!」
「いいですか?」
エルちゃんが手を伸ばしてきたので、ねこさんに確認を取ってみると。
まさしく『しょうがないにゃあ』という気配が返って来たので、手渡す。
「いっしょ、あちょぶ!」
積み木とボールをご所望されたので持っていくと、ねこさんが念力を使って輪っかを作ったり、ハートを作ったり・・・・。
斬新すぎひんか・・・・?
「とても、斬新な遊び方だな・・・・」
どうやらベリィベリーさんを始め、他のみんなも同じ感想を抱いていたらしい。
・・・・それにしても、このねこさんはなんなんだろうか。
いや、もう『おばけ』のカテゴリに入るのは分かり切っているんだけれども。
こんな芸当も出来るとなると、付喪神の類の可能性もある。
ご存じ、捨てられた道具が百年恨みを募らせると妖怪になるが、大切にすると百年待たずに守り神になるアレだ。
この子がいた洋館が、半年前に空き家になったということは。
それまでそこの住人に可愛がられていたというのは、十分に考えられる。
それこそ付喪神になるほどの愛情を注がれていたのかもしれない。
大切に、されていたのかもしれない。
「見つけてあげたいですね」
「はい」
ヨヨさんは乗馬クラブで、明後日まで帰ってこられない。
それまでは自分達でなんとかしないと。
「あーい!」
ねこさんと戯れるエルちゃんを見守りながら、静かに決意した。