「すっかりお気に入りだねぇ、エルちゃん」
「すみませんねこさん。何から何まで、ありがとうございます」
夜、ソラの部屋。
ゆりかごの中で、ぬいぐるみを抱きしめるエルを覗き込んで。
ソラとましろは、静かに微笑んだ。
「そういえば、ソラさんは好きだったぬいぐるみとかないんですか?」
「私は、ずっと修行漬けだったので、特に大切にしていたものとかはないんです」
健やかに寝息を立てるエルを見守っていたましろが、ふと疑問を投げかけると。
そんな返答が返って来た。
「とにかく、がむしゃらに強くなろうとしていましたから・・・・ぬいぐるみに構う余裕なんて・・・・」
『可愛げのない子どもでしたよ』と皮肉気に笑うソラを、ましろは首を横に振って優しく否定する。
「ソラさんはかわいいですよ?」
「えっ」
きょとんとまばたきしたソラへ、くすくすと鈴を転がすような笑い声が贈られる。
さて、なにゆえましろがご機嫌なのかと言えば。
『ソラの意外な一面を知れた』という一点に尽きた。
普段は卓越した剣術で、ベリィベリー共々頼もしい切り込み隊長を務める彼女に。
まさか『オバケが苦手』だなんて可愛すぎる弱点があったなんて思わなかったのだ。
所謂、『ギャップ萌え』というものである。
今になって思えば、日常会話やテレビでそれっぽい話が出た日は。
何だか緊張感を纏っているような気がしていた。
あの頃は漠然とした違和感でしかなかった気配が、今となっては愛おしい。
「・・・・っと、その、ありがとうございます?」
「はい!」
首を傾げるソラへ、以前微笑みを止めないましろは元気に返事をした。
「ま、ましろさんはどうでしたか?ぬいぐるみに、何か思い出とかは?」
切り替えるために、ソラが逆に問い返すと。
ましろは少し思い出す仕草をしてから。
「わたしも、そんなに面白いエピソードはないですよ。うさぎさんとか、クマさんとか、よくあるものをもらったり、自分で買ったりして・・・・本当に、そのくらいで」
「ふふっ、きっと大切にしていたんでしょうね」
「はい!今もベッド脇に飾ってますよ!」
ニコニコ懐かしむましろを、ソラは柔く微笑みながら見守って。
『さて』と、音を立てずに手を合わせる。
「そろそろ寝ましょうか、明日はあちこち歩かなければいけませんから」
「はい!」
確かに夜も更けて来た。
反対する理由もないので、ましろも素直に頷いて。
それぞれ、床につく。
◆ ◆ ◆
さてさて。
ねこさんの持ち主を探すべく、手掛かりを求めてソラシドモールにやってきた。
エルちゃんのゆりかごにねこさんを入れて、あちこちを練り歩いてみるけれど。
やはり、めぼしい情報はなかった。
「うーむ、一筋縄ではいきませんか・・・・」
「ですねぇ・・・・ちょっと一休みしましょうか」
「賛成です」
付き添ってくれたましろさんの提案に乗って、手ごろなベンチで一休み。
道行く人々を眺めながら、心地よい疲労感にやや微睡んでいた時だった。
「え」
突如、飛び立つもの。
それがねこさんだと理解するまでに、ワンテンポ必要とした。
「ま、待っ・・・・!!」
言い訳出来ないくらいに、がっつり飛んでしまっているねこさんを慌てて追いかける。
「ねこさん!」
幸い、ねこさんはすぐに見つかった。
小さな子供の前で、静かに浮かんでいるのを確保。
「す、すみません。この子、うちの子なんです」
「あ、うん・・・・」
見た目は完全に不審者なので、慌ててましろさんの下へとんぼ返りする。
「――――そんなことが」
「ええ、さすがにびっくりしました」
慌てて帰宅した私は、ぬいぐるみをエルちゃん共々あげはさんに任せて。
今日あったことを話した。
「そちらは、何か進展がありましたか?」
「ああ、ツバサが重要な情報をつかんだよ」
「はい!鳥友達が知ってました!」
そこから話してくれたところに寄ると。
あのねこさんがいた洋館には、つい半年前まで仲の良い一家が住んでいたらしい。
ところが、父親の転勤か、はたまた別の理由か。
とにかく引っ越すことが決まってしまった。
その際、業者のトラックから落ちてしまったのを目撃したのが最後だったという。
「その後、無くなっていたので、てっきり回収されてしまったとばかり思っていたようです」
「ところが、ぬいぐるみは自分で動いて、あの洋館の中で待ち続けていた、と・・・・」
「これは、付喪神説もあながち間違いではなさそうだよ」
額を突き合わせて、情報を整理。
それにしてもすごいなぁ、鳥ネットワーク・・・・。
「では、明日からはその一家を探してみましょうか」
「はい、僕も引き続き鳥友達に聞いてみます」
「よろしくお願いします」
何にせよ、今日はもうタイムアップだ。
明日の目標も決まったことだし、もう休むことにしよう・・・・。
◆ ◆ ◆
「今日はお疲れ様でした」
昼間のことが気になったので、今日は一緒に寝ることにしたソラ。
ぬいぐるみに話しかけると、申し訳なさそうな気配を感じる。
「昼間のことでしたら、あまりお気になさらず・・・・何か、気になることがあったのでしょう?」
微笑みながら、ぬいぐるみの頭を撫でつつ問いかける。
その顔は、粗相の理由へ穏やかに耳を傾ける、母親の様だった。
しかし、相変わらずぬいぐるみからは罪悪感しか読み取れない。
「・・・・すみません」
微笑みに、罪悪感を募らせて。
ソラは、ぬいぐるみを抱き寄せる。
「私が、貴方の言葉を理解出来たらいいのに」
あやす様に撫で続けながら、微睡みに身を任せた。
「――――」
「――――ァ」
「――――ラ」
「――――ソラ」
「――――?」
次に意識が浮上した時。
ソラは濃霧の様な空間にいた。
「ねこさん?」
「・・・・ごめんニャ、昼間はびっくりさせて」
目の前には、ぬいぐるみが浮かんでいる。
申し訳なさそうに眉が顰められたその顔は、普段の無機質なそれからは考えられないほどに。
人間味を読み取れた。
「・・・・いいんですよ」
伝えられた謝罪へ、ソラは首を横に振ってから笑いかける。
「ただ、何があったのか知りたいんです。力になるって、約束しましたから」
「ニャ・・・・」
「ヒーローは、約束は必ず守るんですよ!」
『だから、ね?』と笑顔で促すと。
ぬいぐるみはしばし沈黙を保ってから、とつとつ話し出した。
「――――似てたんだニャ」
「似ていた?」
オウム返しに、こっくり頷くぬいぐるみ。
夢の中だからか、彼の思い出が映し出される。
見えたのは、保育園くらいの女の子と、ぬいぐるみだ。
満面の笑みで抱きしめられる場面から始まった回想は、たくさんの笑顔と、スパイス程度の涙で構成されていた。
どんな時も一緒だったし、これからも一緒なのだと。
女の子も、ぬいぐるみも。
お互い無邪気にそう思っていた。
――――引っ越しの日。
不注意で落とされてしまうまでは。
「――――ずっと、待ってたニャ」
「ねこさん・・・・」
「待ってたら、また会えるかもって・・・・」
晴れの日が過ぎ、雨の日が過ぎ。
季節が変わってもなお、ずぅっと待ち続けていたぬいぐるみ。
孤独に圧し潰されそうになっていた時に、飛び込んできたのが。
ソラだった。
「――――本当は」
ぽつり、と。
ぬいぐるみが呟く。
「本当、は・・・・分かってたニャ・・・・ずっとなんてないニャ」
「そんなこと・・・・!」
『ない』と、言い切ることは出来なかった。
そうするのは、とても軽率な様に思えて。
ソラは、何度か唇をもごつかせてから。
口惜し気に閉口してしまう。
「――――ソラ、ありがとうだニャ」
「ねこさん?」
突然の感謝の言葉に、ソラの声が曇る。
だって、まるで。
お別れの様な言い方だ。
「見つけてくれて、一緒に遊んでくれて・・・・嬉しかったニャ」
「ねこさん、待って、どこに行くんですか!?」
段々と距離を取っていくぬいぐるみへ、手を伸ばすも。
突然の暴風に煽られて、体の自由が利かなくなる。
「これ以上は迷惑をかけられニャい・・・・さよニャら」
「ねこさん!!待って!!ねこさん!!」
無常に離れていくぬいぐるみへ、無意味と分かっていても手を伸ばし続けながら。
ソラは、深く、深く。
落ちて行った。
◆ ◆ ◆
「――――は」
思い出したように、呼吸する。
息を整えながら、周囲を見渡す。
――――ない。
いない。
ねこさんが、いない・・・・!!
「ねこさん・・・・!!」
居てもたってもいられなくて、部屋を飛び出した。