様子のおかしいソラを気遣って、ましろは外へ連れ出した。
自然と足が向いたのはプリティ・ホリック。
「ソラさんソラさん!新作が出てますよ、ほら!」
店内を見てみれば、新作のパウダーフレグランスが出ている。
ましろは思わず胸を躍らせて、ソラに話しかけるも。
「・・・・・」
普段なら何かしらの反応をくれる彼女は、ぼんやりと上の空。
相槌を打ちながら話を聞いてくれる笑顔はなく。
ただ、視線はエルに向けられている。
――――店を出ても、それは相変わらずで。
会話を振っても、返ってくるのは生返事。
それ以外はずっと口を閉ざして、何かを考えこんでいた。
『どうしたんだろう』と様子をうかがうましろは、ふと気づく。
ソラの目元、うっすら隈が出来ていた。
「――――ソラさん、あの!」
そんなものまで見てしまったら、もう黙しているなんてできなくて。
ましろは意を決して、声を出す。
「何か、悩みがあるんですか?わたしでよかったら、聞きます!」
「・・・・悩み、ですか」
「はい!出来ることなら、なんでも言ってください!」
ソラの目が、やっとこちらを認識してくれたことを喜びながら。
ましろは両手を握って、やる気をアピールした。
「・・・・なんでも」
信号が、赤になる。
二人して立ち止まると、ソラはましろから視線を外して。
「――――プリキュアに変身するのを、辞めてくれませんか?」
静かな、呟き。
その意味の理解を拒んだ、ましろの思考は。
緊急停止したのだった。
◆ ◆ ◆
「――――夢を、見るんです」
ここのところの寝不足が祟ってしまった所為で、とんでもない大失言をかましてしまったんだけど。
仰天したましろさんは、むしろ心配してくれて。
駅前の、憩いのスペースで座らされたのだった。
「貴女を、むざむざ死なせる夢」
もうここまで来て話さないというのは、醜態をさらし過ぎてしまうので。
促されるがままに、この頃見る夢のことを。
吐き出せるだけ、吐き出す。
「・・・・もしかして、それで眠れてないんですか」
「・・・・そう、ですね」
多分、顔に出ているんだろう。
もしかしたら、他にも証拠を残してしまっているのかも。
寝不足であるのは言ってないはずなんだけど、見抜かれていた。
「迷っているんです。このまま、貴女を巻き込んでいいものか」
「で、でも、これからもエルちゃんを守るなら、一人より二人の方がいいですよ!」
「それもそうです、正しいです・・・・正しい、はずなんです」
そう、正しいはずなんだ。
そもそも、プリキュアになるって決めたのは他でもないましろさん自身。
彼女の意思決定に、他人である私が口出しする権利なんて。
これっぽっちも存在しない。
「――――でも」
・・・・・しない、はずなのに。
「元を正せば、これはスカイランドの問題です。だけどましろさんは、この世界で生まれて、この世界で育った、この世界の人間です」
そうだ。
私もエルちゃんも、スカイランド人で。
だから、本当ならましろさんを関わらせてはいけなくて。
例え、おばあさんがスカイランド人だったとしても。
怪我じゃ済まない様な戦いに、巻き込まれていい謂れなんて。
欠片もないはずなんだ。
「・・・・本当なら、関係ない、エルちゃんと同じく守らなければならない側なのに」
「そんな!」
思わずと言った様子で、立ち上がったましろさん。
こちらを見下ろす目は、悲しそうに揺れている。
「そんな寂しいこと、言わないでください!」
「ましろさん?」
正直、そこまで反論されると思わなくて。
思わずびっくりしてましろさんを見つめ返す。
「そりゃあ、最初は偶然でしたけど、でも、わたし!ちゃんと自分で決めて、自分で関わって、自分で飛び込みました!」
『だから!』と、上げた瞳には。
強い決意が、宿っていて。
「それで怪我とか・・・・大変なことになっちゃっても!それはソラさんの所為でも、スカイランドの所為でもないです!」
「・・・・それでも」
・・・・そんなましろさんが、まぶしくて。
逃げるように、目をそらしてしまう。
「・・・・頭に、こびりついているんです」
ましろさんの顔を見る度、ましろさんの声を聞く度。
私の脳裏に、血だまりに沈む彼女が。
鮮明なヴィジョンとなって、鬱陶しいくらいに主張してくる。
「事切れて物言わぬ貴女が、私が死なせてしまった貴女が・・・・今も、鮮明に思い出せてしまう・・・・!」
私の所為で、私と出会った所為で。
優しい彼女が、傷つくかもしれない。
あの夢が、現実になってしまうかもしれない。
その考えを、どうしても拭い去ることは出来なかった。
「・・・・ソラさん」
・・・・ああ、でもいい加減に持ち直さないといけない。
今朝からずっと、ヨヨさん然り、ましろさん然り。
迷惑をかけ通しだ。
無理やりにでも、平気にならないと。
そう考えて、何とか笑顔を作ろうとした。
その時だった。
「・・・・?」
何か、大きなものがうごめいている気配を感じる。
「何・・・・?」
これだけはっきりと大きな気配だ。
ましろさんを始めとした、一般人たちも何が起こっているんだと周囲を見渡していた。
・・・・・暗くて、重たいこれに、覚えがある。
アンダーグエナジーだ・・・・!
「カバトン・・・・!」
「あ、ソラさん!!」
なりふり構わず、飛び出していく。
◆ ◆ ◆
「来い・・・・来い・・・・来いッ・・・・!」
ソラシド市、駅の屋根。
張り付いていたカバトンは、ありったけのアンダーグエナジーをため込む。
「オレサマのカロリー全部くれてやるのねん!!来い!アンダーグエナジー!!」
文字通り、今までの比ではないアンダーグエナジー。
暗黒は天を衝き、そして。
「ランボオオオオオオオオグッ!!」
電車を媒介にしたそのランボーグは。
大きさも、たぎらせる気配も。
全てが桁違いだった。
「や、やったのねん!!」
豊かな体形は見る影もなく、やせ細ったカバトンは。
両手を広げて歓喜する。
「オレサマ史上最高にTUEEEランボーグを生み出したのねん!!」
ランボーグは達成感に満ちるカバトンを摘まみ上げて、自らの運転席へ座らせる。
「――――出発進行!!」
カバトンは車掌の帽子をかぶると、ランボーグ共々街へ繰り出した。
『脇役の皆様にお知らせいたしますのねん』
――――まるで龍のようにも見える、空飛ぶ電車。
人々が呆然と見上げる中を、悠々と泳いでいく。
『邪魔くせーのでとっとと白線の内側へお下がりくださいなのねん』
あれはなんだ、何が起こっているんだ。
理解が追いつかない彼らへ、カバトンは横暴に叫んだ。
『下がれっつってんだろうがぁ!!!!』
ここで、やっと異常事態を呑み込んだ群衆は。
我先にと走り出す。
『出てこいプリキュア!!今度こそどっちがTUEEEやつかはっきりさせてやるのねん!!』
「カバトン・・・・!!」
逃げる人々に逆らうように、ソラが駆けつけて。
その後ろからましろとエルも追いつく。
『そしてプリンセスも頂いてやる・・・・!!』
「えうぅ・・・・!」
カバトンの低い声による宣言に、エルが不安げな声を上げた。
「ましろさん、エルちゃんをお願いします」
「ま、待ってください!」
毅然とミラージュペンを手にしたソラは、ましろの制止を聞かずに飛び出した。
「ひろがるチェンジ!スカイ!!」
「ソラさん!!わたしも・・・・!!」
「えあーう!!」
ましろとエル、それぞれがスカイを案じて手を伸ばすも。
スカイはあっという間に二人を置いて、カバトンの前に躍り出る。
「へっへ!一人か!」
「独りぼっちを恐れないのが、ヒーローなので」
嘲笑うカバトンに対し、即座に抜刀した。
「何がヒーローだ、お前なんかより俺の方が・・・・!」
「――――天魔」
臆せず向かってくるスカイへ、苛立ちを募らせながら。
「TUEEEんだ!!!」
「――――飛翔閃ッッ!!」
ランボーグで殴りかかった。
対するスカイは、剣を振るって斬撃の竜巻を放つ。
怯んだ相手がこちらを見失った隙に、地面を強く蹴って跳躍。
頭上を取って。
「ヒーローガールー!スカイッ、ソオォードッ!!」
上空から、居合の急襲を繰り出した。
が、
(硬い!!嘘だろ、何かの冗談みたいな頑丈さじゃんか!!)
スカイの顔に、動揺の冷や汗。
強力な一撃か、散発を繰り返してダメージを稼ぐか。
一瞬の迷いが、隙を産んだ。
「あ、しまっ・・・・!」
ランボーグの手が伸びる。
注意散漫をさらしていたスカイは、いともたやすく捕獲されて。
「ふぅんっ!!!」
「ぐああっ!!」
ビルに、叩きつけられた。
「――――ああっ!」
「えあーい!!」
叩きつけられるスカイが見えて、悲鳴を上げるましろ。
エルも小さな手を伸ばして、スカイを案じている。
早く駆けつけたい。
しかし、エルをどうするか。
「へっ?」
迷うましろの前で、だっこ紐が光って。
ぽん、と音を立てたと思ったら。
底の方を虹色に輝かせながら、エルを乗せたままふよふよ浮かび始めたのだった。
「えっ!?えええええええっ!?」
「おー?」
始めは戸惑っていたエルだったが、やがてにこにこ笑いながらあっちへふよふよ、こっちへふよふよ。
どうやら彼女の意思で、自在に動かせるらしい。
不思議過ぎる光景を前に、ましろは祖母の言葉を思い出す。
――――いろいろと、役に立つと思うわ
だっこ紐をくれた時の言葉、あれはそういう意味だったのかと理解して。
「おばあちゃん!!ありがとうすぎるよ!!」
これならエルを気にすることなく変身して、戦える!
「待ってて、ソラさん!」
早速ミラージュペンを構えて、ましろはプリズムへ変身する。
「行こう!エルちゃん!」
そして、エルとプリズムは。
一目散にスカイの下へ駆けていく。
大通りを抜け、壁を三角飛びして屋上へ登れば。
膝をついて、ランボーグを見上げるスカイの姿。
「スカイ!」
「・・・・ッ!」
名前を呼べば、振り向いたスカイは。
愕然と、目を見開いていたのだった。
「大丈夫?立てますか?」
駆け寄ったプリズムは、手を差し出すも。
「・・・・ええ、問題ありません」
スカイはその手を取らず、剣を支えにして立ち上がる。
静かな拒絶に、プリズムは顔を曇らせた。
「――――イッヒヒヒヒ、来たな二匹目」
ランボーグの中。
カバトンは舌なめずりをする。
「そして、三匹目ぇ・・・・!」
視線が捉えるのは、当然エルだ。
「プリンセスはもらったぁ!!」
飛び掛かる、ただものではないランボーグ。
スカイが威勢よく剣を構える一方で、不利を悟ったプリズムは。
「えいっ!!」
「っあ・・・・!?」
エルを抱き、スカイを突き飛ばして。
ランボーグの攻撃を回避した。
そのまま土煙に紛れて、一時撤退する。
『えー、お客様の呼び出しをいたしますぅ~!プリキュア様~!?出てこい卑怯者ー!!』
彼女達を見失ったカバトンは、列車のアナウンス機能で怒りを露にしながら。
周囲を探し始めた。
「――――危なかった」
細い裏路地から、様子を伺いながら。
プリズムは困った顔でスカイを見た。
「口喧嘩してる場合じゃないですよ、一緒に戦いましょう?」
「・・・・いえ、ましろさんはそのままエルちゃんをお願いします」
「でも・・・・!」
諭しにかかっても、やはり頑として共闘に頷かないスカイ。
プリキュア名を呼びすらしない拒みっぷりに、プリズムがいよいよ困り始めた時だった。
「・・・・・怖いんです」
「え?」
「亡くすのが、怖いんです・・・・!」
ぽつ、と。
零れた言葉。
プリズムが首を傾げる目の前で、泣きそうな顔でスカイは声を荒げる。
「貴女は、初めての友達だから!!」
「・・・・スカイ」
――――スカイは、『ソラ』は。
幼少の記憶を、何もかも失くした状態で。
自分のことが定まらない、曖昧で不安定な日々を生きてきた。
一人の少女の体を奪い、その魂を塗りつぶして殺した。
罪悪感から逃れる様に、ヒーロー手帳を道しるべに鍛錬を続けてきたのだ。
「他に道はないと断じて、ずっとずっとヒーローになるための鍛錬をしてきました」
――――家族以外の人間関係を、ないがしろにするほどに。
「私もそうです。自分の意思で決めて、自分の意思で選んで、自分の意思で続けてきたんです」
だから、周りに何を言われようと。
時折、言いようのない孤独に襲われようと。
ずっと、独りで耐えてきた。
「でも、貴女に出会ってしまった」
友達がいる。
その楽しさを、その幸福を。
思い出してしまった。
失ってしまう、恐怖とともに。
「守り切れなかったら・・・・失ってしまったら・・・・考えるだけで、足がすくむ・・・・・!!」
「・・・・ソラさん」
吐露されるスカイの本音へ、プリズムが耳を傾けている。
ずっと頼りがいのあった人の、初めての弱音に。
なんとか寄り添おうとするも。
「・・・・だったら、私は独りで戦います」
スカイは目を伏せて、誓う様に、祈る様に。
剣を顔に寄せる。
「痛みも、恐怖も、貴女に背負わせない」
「そんな・・・・!」
自ら進んで、孤独になろうとしているスカイを。
プリズムが何とか引き止めようとした。
その時だった。
「――――ッ!?」
「何!?」
頭上が揺れる、砂埃が落ちてくる。
揃って上を見上げれば。
「みーつけた♪」
カバトンとランボーグが、こちらを捕捉しているのだった。