「――――ふっふっふ」
ここは、あげはの実習先である保育園。
子ども達の元気な声が響く、運動広場の一画。
「この保育園をめちゃくちゃにしてやるぞー?」
「そうはさせない!この保育園は、僕達が守る!」
並んだちいちゃな『ヒーロー』達を前に、めいいっぱいあくどい顔をすれば。
たけるを始めとした彼らは、幼いながらもきりりとポーズを決めて。
「かかってこーい!」
「いけーっ!」
立ちはだかるあげはへ、突撃。
もちろん、プリキュア達が行っているような本格的な殴る・蹴るの応酬は出来ないため。
あげははなされるがままに子ども達を受け止めて、倒れてしまった。
「もー、あげは先生弱すぎ!もっとちゃんとやってよ!」
「あはは・・・・」
見習いでも保育士である以上、仕方のないことではあるが。
やはり子ども達には物足りないようで。
特に、たけるは不満そうに苦言を催す。
「ねねね!ゾウの怪獣やってよ!あげは先生がこの前やっつけたみたいな!」
「わ、わわわ!た、たける君・・・・!」
そのまま、プリキュアのことをうっかりバラしてしまいそうになるが。
「あげは先生が?」
「怪獣をやっつけたのはプリキュアでしょ?」
「そ、そうだよッ!やだなぁ、たける君ったら!」
「あ、そうだった!」
なんとか誤魔化しきったのだった。
「わーん・・・・!」
切り替えた子ども達が、次の遊びについて話し合っていると。
また別の子どもの泣き声が。
あげはがそちらに目をやると同時に、駆け出して行ったのはたけるだ。
「どうしたんだ?」
「トンネルほってたのに、くずれちゃったぁ・・・・!」
自分よりも早く駆けつけたたけるに、あげはが驚く目の前。
しくしく涙を拭う園児を、『泣くなよ』と慰めると。
「一緒につくろう!」
「・・・・うん!」
「やるねぇ、たける君!」
たけるの提案で、あっという間に笑顔になった園児を見て。
歩み寄ったあげはが話しかけると。
「うん!僕最強だからね!」
たけるは、自信満々に胸を張ったのだった。
◆ ◆ ◆
「へぇ、あのたける君がそんなことを?」
「成長したなぁ」
――――無事にニルビから戻って、数日。
いつも通りの実習を終えたあげはさんが、夕食の席でたける君の近況を教えてくれた。
戦闘を覗きにきちゃったあの子が、大きくなって・・・・(近所の大人並感)
「って、よく食べますね!?あげはさん!?」
その傍ら、あげはさんはものすごい勢いでもりもり食べていく。
の、喉に詰まらせないようにしてくださいね?
「んっぐ、私もたける君に負けない様、もりもり食べて頑張らなくっちゃ!」
「確かに、丈夫な体はヒーローの基本ですからね」
「でしょー!」
分かる(分かる)
確かに、頑張ってる人を見ると触発されるよね・・・・。
私は、鉄郎くんの姿を見る度にそう思うのである。
あの子実は剣道をやっててね・・・・近々大きな試合も控えてるらしくて。
この頃はより一層頑張ってるんだ・・・・。
「おかわり、いっぱいありますからね!」
「ましろん、ありがとー!」
「ありがとうございます」
うーん、思い出したら私もなんだかやる気が出て来た。
明日のためにも、たくさん食べるぞー!おー!
「――――ツバサくん?」
「あ、ソラさん」
――――さて。
みんながとっくに寝静まった頃。
ちょっと喉が渇いちゃったので、一階に降りた私は。
タオルケットを持っているツバサくんと鉢合わせた。
『まさか』と思いながら視線を下げれば、案の定床で寝落ちているあげはさんが。
もー、また根を詰めたな?
「この際ですから、お部屋に連れて行きましょう。ツバサくん、すみませんがバインダーをお願いします」
「はい」
ちょっと失礼してあげはさんをお姫様だっこ。
ツバサくんにサポートしてもらいながら、お部屋に運び込んだ。
「やるじゃーん・・・・」
「・・・・まったく、世話が焼けるんだから」
「そうですねぇ」
むにゃむにゃと、どこか楽しそうに寝言を言うあげはさん。
「本当に、子ども達のことが大好きなんですね」
「ええ・・・・でも、ちょっとくらい自分のことも大切にしてほしいですけど」
「それ、ソラさんがいいます?」
「そうでした」
ツバサくんと一緒に、こっしょり笑うのだった。
◆ ◆ ◆
「あげはせんせー!おはよーございます!」
「はーい!おはよー!」
翌日。
今日も今日とて実習に来ていたあげはは、登園してくる子ども達と挨拶を交わす。
子どもだけではなく、彼らを連れて来た親御さんのことも。
一人一人、さりげなく観察しながら。
次々出迎えていると、
「おっ、たけるくん!」
たけるがやって来た。
「おっはよー!」
あげははダブルピースで出迎える。
いつもなら、元気の良い『あげはせんせー、おはよー!』が返ってくるのだが。
「・・・・」
どういうわけか。
たけるは一瞥もくれずに、歩き去ってしまう。
年長さんの教室に入っても、友達のところに行くことなく。
隅の方で静かにしていたのだった。
「――――えっ?たけるくんが引っ越し!?」
如何に見習いと言えども、明らかにおかしいと感じたあげは。
職員室で、指導を担ってくれている先生に相談してみると。
彼女は残念そうな顔で、そんなことを教えてくれたのだった。
「急に決まったみたいでね・・・・うちに来るのは、今週いっぱいで最後だって」
「そう、なんですか・・・・」
声と視線が、沈んでしまう。
こういうことも有り得ると、頭に入っていても。
いざ目の当たりにすると、やはり寂しさが勝ってしまう。
「寂しくなるなぁ」
「あげは先生、たけるくんといっぱい遊んだもんね」
あげはよりもずっと、この手の事態に慣れている先生は。
そんな未来の後輩を、微笑まし気に見守っていた。
「――――まてまてー!」
――――たけるのことが心配でも、他の園児達をおろそかにするわけにもいかない。
大きな葉っぱに穴をあけたお面をかぶり、あげはは園児達と追いかけっこに興じる。
「つかまえちゃうぞー!」
「「「「きゃー!」」」」
きゃらきゃらと笑い声を上げる彼らと、園庭をあちこち走り回っていると。
「・・・・ぁ」
ふと、室内に戻っていくたけるの姿が見えて、思わず足を止めてしまう。
「たけるくん、もうお部屋に戻るんだ」
一緒に遊んでいた園児も、その背中を見送っていたが。
「あ、ちゃんす!」
「あげはせんせ、捕まえろー!」
「わ、わー!助けてー!」
すぐに切り替えて、仕返しとばかりにあげはを追いかけ始めてしまった。
◆ ◆ ◆
「――――そうですか、たけるくんが」
珍しいことに、みんなの前でため息をついてしまったあげはさん。
気になって話を聞いてみると、たけるくんの引っ越しについて話してくれたのだった。
つい昨日、成長を喜んだばかりなのに・・・・。
「その様子だと、保育園を離れてしまうのが、よっぽど寂しいんだろうな」
「お別れはいつだって辛いから・・・・」
ベリィベリーさんが神妙な顔で腕を組めば、ましろさんも悲し気に肯定する。
「・・・・たけるくんを励ましたいけど、どうしたらいいのか分からなくて」
・・・・あげはさんも、お別れを経験した身として。
たけるくんの気持ちは痛いほど分かるんだろう。
だからこそ、ほっとけないとも思っている。
「これじゃ、最強の保育士失格かも・・・・」
とはいえ、何も手立てが思い浮かんでいないのも事実らしく。
あげはさんは、しょんぼりと突っ伏した。
「・・・・あの、今更ですけど」
そんな彼女へ、ツバサくんがおずおず話しかける。
「その『最強の保育士』って、何なんですか?」
・・・・そういえば。
いつも『最強』を口にしているけれど、何を以て『強さ』とするかは。
きちんと聞いた事が無い様な・・・・?
「単純な腕っぷし、という訳でもないんだろう?」
「まあ、ね」
特に隠すつもりもなかったらしいあげはさんは。
切欠になった出来事を、とつとつ話してくれた。
――――ご両親が離婚して、お姉さん達と離れて暮らすことになったのは。
あげはさんが保育園の時だったという。
今まで一緒だった家族が、離れ離れになったことを上手く受け入れられないまま。
保育園でも落ち込んでしまっていた時。
傍で見守ってくれた先生がいたそうだ。
雨の日も、晴れの日も。
『一人』になりがちだったあげはさんを、『独り』にしないように。
ずっと気にかけてくれたらしい。
『――――あげはちゃん』
そんなある時。
先生はあげはさんの手を握って、おまじないをしてくれたらしい。
『あげはちゃんの、かなしいかなしいの。とんでけー!』
よくある『痛いの飛んでけ』の亜種の様なものだったけれど。
握られた手だけじゃなくて、心まで温めてもらえた様な。
そんな、ほっとした気持ちになれたんだそうだ。
「――――その時思ったの、『保育園の先生ってすごい、最強だ』って」
「その先生が、あげはの心を守ってくれたんだな」
「うん」
・・・・なるほど。
その方が、あげはさんの原点だったんだ。
――――『子供の心を守る』。
それこそが、あげはさんの思う『最強の保育士』。
なのに、いざその時になってみると。
何も出来ない自分がいて・・・・。
「だけど、私はたけるくんに何にもしてあげられない・・・・このまま、お別れなんて・・・・」
・・・・自然と、思い出してしまったのは。
シャララ隊長が失踪してしまった時のこと。
あの場で一番の適役だったのに、あまりのも多くを守れなかった。
どうしようもないくらいの、無力感。
・・・・もどかしいよなぁ。
「――――って、ゴメンゴメン!大丈夫!」
そんな思考の海から引き戻したのは。
あげはさんの空元気。
「明日はばっちりアゲてくから!」
ましろさんやツバサくんはもちろんのこと。
特にエルちゃんを気遣った、チョロけた笑顔で。
ダブルピースを決めたのだった。