「――――眠れませんか?」
「ソラちゃん」
窓辺で物憂げにしていたあげはさんを、なんとなくほっとけなかったので。
ホットミルクを差し入れる。
『ありがと』と言いながら受け取ったあげはさんは、一口飲んでほっとしていた。
「・・・・切り替えなきゃいけないのに、情けないね」
「貴女で情けないなら、私はどうなるんですか」
いや、マジで。
私なんて、何度メンタルべっこべこにへこませて、皆さん心配させてるよ?
それに比べたら、あげはさんの落ち込みなんて。
迷惑でもなんでも・・・・。
「あはは、それもそっか」
「肯定されると複雑・・・・いえ、自分で言いましたけれども」
ひとしきり笑ったあげはさんは、まだぼんやりと夜空を見上げた。
私も一緒になって見ると、良く晴れた夜空に星が輝いている。
湿気の抜けた秋の風が心地よくて、天体観測なんかにはうってつけだろう。
「・・・・私の主観ですが」
黙ったままなのも落ち着かないので、口を開く。
「あげはさんは、素晴らしい保育士だと思いますよ」
「お世辞?」
「まさか」
ホットミルクを飲んで、考えを纏めつつ。
夜空を見る。
「教えてくれましたよね、『子供の心を守ること、それが最強の保育士』だって」
「まあ、そうだけど・・・・」
「素人考えですが・・・・まだ本当の保育士になっていないのに、一つの答えを出せているのはすごいことだと思います」
これは、紛れもない本心だ。
今日、あげはさんの話を聞いて、その芯の強さに舌を巻いた。
こんなにはっきりした、確かなものを抱えて。
夢に向かっていたんだって。
「今日のお話を聞いて、あげはさんはすごく尊敬できる人なんだって思いましたよ?」
「そ、そぉ?」
「ええ」
ちょっと照れくさいけれど、どストレートに伝えると。
同じく照れて、顔を真っ赤にするあげはさん。
「だからきっと、たけるくんのことも、悪い方にはいかないと思います」
「・・・・うん、ありがと」
なんとか励ますことは出来たのか、あげはさんはお礼を言ってくれる。
とはいえ、まだ照れくささは残っていたのか。
誤魔化す様に上げられたコップへ、私は自分のそれをカチンと合わせたのだった。
◆ ◆ ◆
翌日。
やや軽くなった、たけるに関する悩みを抱えたまま。
あげはは保育園へ向かっていた。
駐車場に愛車を停めて、車を降りると。
「――――わわッ!?」
突如、バッグがもぞもぞと動き出す。
あげはが驚き、固まっている間に。
中から飛び出してきたのは。
「少年!?何してるの!?」
「・・・・どうしても、言いたいことがあって」
『昨夜はソラに先を越されたから』、と。
少年の姿に変化したツバサは、困惑するあげはをまっすぐ見つめる。
一方、視線を受けるあげはも、彼らしからぬ行動に困惑していると。
「あげはさんは、寝ている時も子ども達のことを考えて、笑っているような。おかしな人なんです」
「お、おかしな・・・・!?」
面と向かって『おかしい』と言われて、若干のダメージを受けるあげはの様子に。
気が付いていないのか、はたまた意図的に無視しているのか。
ツバサは言葉を続ける。
「でも、そんなあげはさんだからこそ、たけるくんや子ども達は、『あげは先生』が好きなんだと思います」
「――――」
『無理に笑わないでください』。
その言葉に、あげはの顔が光明を見つけた様な表情になる。
「そのまんまのあげはさんでいい。十分、素敵な保育士さんなんですから」
「・・・・ツバサ君」
あげはに、嬉しそうな声で名前を呼ばれて。
そこで恥ずかしさが押し寄せて来たのか、ツバサははっと我に返る。
そして、わたわたと恥ずかしそうに慌て始める。
「じ、じゃ!僕は忙しいので!!」
焦りに甲高く声を裏返して、ツバサは慌ててその場を後にしたのだった。
「・・・・元気付けられちゃったな」
昨夜のソラといい、今のツバサといい。
自分は周囲に恵まれているのだと、改めて気が付いたあげはは。
嬉しそうに声を弾ませながら、保育園へ向かう。
「――――おねえさーん、ジョッキおかわりー!」
「は、はい!ただいま!」
――――ソラシド市内。
24時間営業の、立ち食い蕎麦屋。
「おいおい、あのおっさん・・・・」
「昼からビールって・・・・なんて悪魔的な・・・・」
そこのテーブル席に陣取った客に、店内がざわついている。
「くぅー、俺も飲みてぇー・・・・!」
「先輩、今日終わったら行きましょう!商談失敗しても成功しても!」
「そ、そうだな。そう考えると、上手くいく気がしてきた・・・・やるぞ!」
「はい!」
昼食を腹にかき込み、なんとかやる気を持ち直すサラリーマン達を横目に。
テーブルの客は、メイテイは。
ジョッキを傾ける。
今日は、たけるが登園する最後の日。
すっかり笑顔が見えなくなった彼が、気になって仕方がないあげはだったが。
彼一人に構う訳にはいかないのも、保育士の悲しい性である。
人手が足りない幼児クラスの手伝いに入った彼女は。
やはり、しょんぼりとするたけるが気になって仕方がなかった。
「――――あげは先生、あとは大丈夫だから。年長クラスへ行ってあげて」
昼も過ぎ、お昼寝タイムに入ったことで、一段落したからだろう。
幼児クラス担当の先生が、そう耳打ちしてくれた。
「・・・・はい、ありがとうございます」
あげはとたけるのことを、彼女も聞き及んでいたのだろう。
見守られていることを、ありがたく思いながら。
あげはは、外へ遊びに出ている年長クラスの下へ向かった。
ところが、
「――――あ、雨!」
ちょうど園庭に出たところで、しとしとと降り落ちる雨粒。
気が付けば、すっかり空は鉛色で重たくなっている。
あげはが先生たちと協力して、園児達を中へ誘導していると。
「たけるくーん!お部屋戻ろー!」
たけるだけが、砂場で一人。
黙々とトンネルを掘っていた。
「私、連れてきます」
「お願いね」
声掛けにも反応しない彼を見たあげはの申し出に。
クラス担任は笑って頷いた。
「たけるくん、お部屋戻ろっか」
あげはが話しかけてもなお、掘り続けるたける。
「よぉーっし、先生もトンネル掘っちゃお」
そんな彼を見て、反対側に陣取ったあげはもまた。
トンネルを掘りだす。
「・・・・前にここで、宝探しをしたよね」
きゅ、と。
何かを耐えるように、顔をつぼませたたけるへ。
あげはは、静かに楽しかったことを話し出す。
砂場でボールを埋めて、宝探しをしたこと。
ヒーローごっこや、鬼ごっこ、手遊びなんかもやったこと。
「たけるくん、何でも上手だったな」
思い出は、まだある。
朝の挨拶は元気で、掃除当番も頑張っていて。
困っている子を守ってあげたりする優しさもあって。
「・・・・ッ」
ここであげはは。
耐え切れず、涙を一つ。
零してしまった。
「ッ・・・・」
たけるの目の前なこともあって、拭ってすぐに切り替える。
・・・・正直、これ以上話していると。
止められないくらいに泣き出す自覚があったから。
だから、感情が落ち着くまで、同じくトンネルを黙々と掘り出す。
「――――あ」
そして、とうとう。
トンネルが繋がった。
「開いた!トンネル・・・・!」
中で触れた、たけるの小さな手を握って。
微笑みかけると。
「・・・・せんせい、ごめんね」
目の前で、たけるがぽろぽろと涙を零す。
「いっぱい遊んでくれるって言ったのに・・・・!」
「たけるくん」
「ぼく、このままこの保育園にいたかった・・・・あげはせんせと、もっと一緒に遊びたかった・・・・!」
「・・・・うん、先生も、もっとずっと一緒にいたかった」
やっと聞かせてくれた本音を、頷いて受け入れる。
「でも、忘れないよ。一緒にたくさん遊んだことも、おいしい給食食べたことも・・・・!」
大切で、大好きなものと。
離れなけれなならない悲しさが。
痛いほどに分かるから。
あげはは、たけるへ語り掛ける。
「こうやって、手を繋いだことも・・・・!」
「・・・・僕も忘れない、あげは先生のこと」
その心が、届いたのだろう。
たけるもまた、声に涙を滲ませながら応える。
「いっぱい遊んでくれて、ありがとう・・・・!」
「ふふ・・・・」
浮かべてくれた笑顔に、あげはもまた嬉しそうに笑う。
「まだまだ、遊ぶよ!たけるくん!」
「うん!」
――――気が付けば、雨も止んでいる。
吹き抜ける爽やかな風の中。
見守っていたツバサが、ほっと胸を撫でおろしていると。
「――――ううッ」
「うん・・・・?」
何やら気配を感じて、振り向く。
そこに、いたのは。
「グス、ヒック・・・・いい話だなぁ~!!」
「メイテイ!」
「オイッス坊ちゃん・・・・ぶえぇ・・・・」
ツバサよりも少し高い枝の上。
いつの間にか現れていたメイテイが、ヴォイヴォイ泣いていた。
「何しに来た!?」
「何って、いつも通りの用事さねェ~!!」
みっともなく鼻水も垂らしていたメイテイに、勢いを削がれそうになるツバサ。
「・・・・なら、帰ってくれてもいいんじゃ」
その様に、一抹の期待を込めて撤退を提案してしまうが。
「そうしたいけど、お仕事だからねェ・・・・ぐしゅ・・・・」
メイテイは泣き続けながらも、手にアンダーグエナジーを宿して。
「らっしゃい、あんだーぐえなじー・・・・」
「――――シュランボーグ!!」
やはり、シュランボーグを呼び出してしまう。
「ピピピ!!」
「チチチチ!!」
「みんな、お願いします・・・・!」
「――――また保育園に現れるなんて・・・・!」
ツバサが小鳥たちに伝令を託す一方で。
あげははシュランボーグを見据える。
「たけるくん、みんなの所へ行って、逃げるように伝えてくれる?」
「・・・・出来るよ、僕さいきょーだから・・・・あげはせんせと、おんなじだから!」
あげはがたけるの肩に手を置き、頼みごとをすると。
不安そうな顔から一変させて、幼いながらも頼もしい表情で応える。
「あげはさん!」
「少年!?」
そんな彼を見送ったあげはは、駆けつけたツバサにやや驚きつつも。
「行きますよ!」
「・・・・うん!」
精悍な顔つきで、ミラージュペンを構えた。