「――――あん人、どんだけ速ぅ走っとんのや!?」
ソラが飛び出して間もなく、平次とコナンもまたバイクに飛び乗って疾走していた。
やや離れた後ろから追いかけてきているのは、スクーターに乗った聖と、状況説明を小五郎に投げて来た上原だ。
「この方向・・・・多分、観光客向けの船着き場に向かったんだと思う!」
「ああ!頼人の話じゃ、村民も利用する船も置いてあるって話や!さっきソラさんが飛び上がった時、見えとったんなら・・・・!」
「ああ、十分にあり得る!」
会話の後、更にエンジンを唸らせて加速させた。
「見えた!」
間もなく目的地の船着き場と、先んじて出発していたソラの背中が見えて来た。
「ッ鬼塚達は・・・・!?」
推理通りなことに安堵する一方で、コナンは眼鏡の望遠機能で聖地を探る。
聖地の岸辺には、鬼塚達が乗って来たであろう船。
そこから周辺を探ると、中腹の社らしき建物の前に鬼塚が立っている。
隣には、部下らしきガラの悪い男が一人。
ましろやヨヨ、頼人といった人質たちも無事らしい。
ふと、鬼塚がこちらを振り向いた。
ソラに気付いたらしい。
(・・・・なんだ?)
すると、引き連れていた部下から何かを受け取って。
にやりと笑ったのが見えて。
「まさか・・・・ッ不味い!!」
コナンが叫んだ、次の瞬間。
どおん、と。
彼らの進行方向で、黒煙が上がった。
「あいつら、桟橋を吹っ飛ばしおったんか!?」
「服部!急げ!!」
「ッおう!!」
戦慄する暇もなく、コナンは平次に檄を飛ばし。
二人はバイクを加速させた。
◆ ◆ ◆
「――――なんということを」
吹き飛んだ桟橋を目の当たりにして、音の無い悲鳴を上げながら崩れ落ちかけたましろを受け止め。
ヨヨは、鬼塚を毅然と睨みつける。
ここから見る限り、ソラの下にはコナンが駆けつけているのが見えたので。
手遅れになることはないだろう。
だがやはり、容体が詳しく分からないことも有って。
不安はぬぐえなかった。
「ハ、あいつにゃいい勉強になっただろ。下手な正義感は持つもんじゃないってな」
一方の鬼塚は、ヨヨの睨みを真っ向から見返して。
年寄りの睨みがどれほどのものだと、嘲笑するのみだ。
「クソヤロウ・・・・!」
「あ"?」
あまりの非道ぶりに、頼人が吐き捨てると。
ヤクザが即座に反応して、胸倉を掴み上げる。
「あ、っぐ・・・・!」
「今なんつった?コラ?」
「こらこら、いじめんなよ」
「ッチ・・・・!」
あわや、殴られそうになってしまったが。
ヘラヘラと嗤う鬼塚が制止したことで、突き飛ばすだけに留まる。
しかし、その後しっかり蹴りを入れていた。
「・・・・あまり、手を上げない方がいいわ。その子も仕掛けを解くのに必要なの」
「そいつが噛み付かなきゃな」
咳き込む頼人を介抱するヨヨは、なおも毅然と言い返すも。
鬼塚は軽薄ながらも、頑なに己の有利を信じていた。
「ソラさんなら大丈夫・・・・あなたもよく知っているでしょう?」
「・・・・ッ」
そんな鬼塚達にやや呆れながらも、今度はましろの背中を優しく撫でるヨヨ。
横たわったソラに、強烈な不安を覚えていたましろは。
祖母の温かい手の感覚に、わずかな安堵を感じていた。
「んでぇ?色々教えてもらえるんだろうな、バアさん?」
「・・・・そう慌てないの、ちゃんと教えるから」
ヤクザ二人に見降ろされても、ヨヨは凛と背筋を正したまま。
三歩後ろで目の当たりにしたましろと頼人は、彼女の胆力にこっそり舌を巻いた。
「お社の両脇、龍が狛犬みたいにいるでしょう?」
そんな若者達の微笑ましい視線に、静かに励まされながら。
ヨヨは、入口の社の前に立つ。
オーソドックスな朱色の鳥居の向こうに、狛犬ならぬ『狛龍』が一対鎮座している。
「ああ、いるな」
「彼らの台座の下の方・・・・それぞれのお尻側に、輪っかがあるのだけど」
説明を受け、鬼塚は視線で部下に指示。
対する部下はこっくり頷いて、やや警戒が見える足取りで片方の龍に近寄る。
「・・・・あ、ホントだ」
「それを二体同時にひっぱると、扉が開くわ」
「・・・・罠じゃねえよな」
「嘘をついてどうするのよ」
一瞬の油断が命取りになる世界が常だからだろう。
疑わし気な鬼塚の質問に、ヨヨは彼の事情を理解した上で肩をすくめる。
「人が死ぬような仕掛けはないから、安心して頂戴」
「・・・・わぁーったよ」
なおもヨヨを凝視した鬼塚は、『今更年寄りに何か出来るわけでもなし』とでも思ったのだろう。
やれやれとばかりに頭を揺らすと、部下に『おい』と声を駆けながら。
自身はもう片方に近寄っていく。
台座に着いた土を払えば、確かに握るにちょうどいいサイズの輪があった。
「いくぞー!」
「「せー、のッ!!」」
息を合わせて引っ張って見れば、ジャラジャラと鎖が伸びて来た。
「手ごたえがあるまでよ!」
開き始めている扉が見えていた鬼塚達は、言われるまでもないとばかりに引っ張り切れば。
重たい音を立てて、扉が開いた。
「中は滑りやすいわ、気を付けて」
敵味方問わず、感嘆の声を上げる中。
ヨヨは冷静に助言するのだった。
「――――結構降りたな」
鬼塚に引き連れられたまま、階段をしばらく下っていくと。
開けた場所に出る。
「広い・・・・」
「でも、暗いな・・・・」
暗闇に目を凝らして、難しい顔をするましろと頼人。
懐中電灯があるといえど、全貌が上手く見えない。
「そこにスイッチがあるはずだから、押してみて」
「えっと・・・・これ?」
「ええ、それよ」
不便そうにしているヤクザ達の隣で、ヨヨは冷静に指示を出す。
それに従ったましろが、言われた位置にあったスイッチを押すと。
壁の中で、『カチッ』という手ごたえと、発火の音。
ましろの鼻が、油の臭いを捉えると同時に。
光が駆け抜けていく。
「・・・・灯油を仕込んでるのか」
「その通り」
すん、と鼻を鳴らした鬼塚の言葉を肯定しながら。
ヨヨは明るく照らされた空間を見据える。
部屋の両脇には、大きな龍の頭を模した石像が四つずつ並んでいる。
「換気とかどうなってんだ・・・・?」
「ちゃんと燃え尽きるように計算しているわ。年に数回、長くても三時間ほどの滞在だもの、全部織り込み済みよ」
「・・・・つくづく何もんだよ、バアさん」
怪訝な視線を向けられたヨヨは、どこか自慢げにウィンクするのみ。
気になりはするが、それ以上の追及は困難だと判断した鬼塚は。
ため息を一つ零して、改めて前を見る。
「で?ここはどうすりゃいいんだ?」
「そうね・・・・」
質問に対し、ヨヨは視線を巡らせると。
確かめるように、一つ頷いて。
「――――右側は手前から二番目、左側は三番目ね」
「こっちから見てか?」
「ええ」
「よし・・・・坊主!今度はお前がやれ!」
先ほどと違い、内部に入り込んだからだろう。
頼人を指名した辺りに、まだ罠を疑っているのかとやや呆れながらも。
逆らえば何が起こるか分からないので、頼人は渋々頷く。
「右が二番目で、左が三番目。ですよね?」
「ええ、申し訳ないけど、お願いね」
「ッス・・・・」
念の為に確認を取ってから、おずおずと石像に近づく頼人。
観察してみると、開いた口の奥にスイッチらしき突起を発見する。
「これを押せばいいんですか?」
「そうよ」
「さっさとしろよ、ノロマ」
「言うなって、まだ『子ども』なんだから」
慎重にことを進める頼人を、ヤクザ二人組が嘲笑った。
ましろ共々、むっとする少年たちだったが。
同じ感情を抱いているであろうヨヨが、落ちついて黙しているのも見えて。
なんとか苛立ちを抑え込む。
「よ、っと・・・・!」
気を取り直して。
右と左。
それぞれのスイッチを押し込めば。
再び引きずる音を立てて、閉ざされていた扉が開いたのだった。
◆ ◆ ◆
船着き場に着くなり、コナンはまず平次の後ろから。
ソラが横たわる浜辺に飛び降りる。
「ソラさん!ソラさん、しっかり!!」
「大丈夫か!?しっかりしぃや!!」
駆け寄って怪我の具合を見れば。
腕や足、それから腹に。
木片が突き刺さっているのが分かった。
後から駆けつけた平次と一緒に。
手をかけ、揺らさないまま声をかける。
「っぐ・・・・!」
「ソラさん!気が付いたの!?」
それが功を奏したのか。
意識を取り戻したソラがうめき声を上げた。
治療をするべきか、いやしかし鬼塚も追わねばならない。
出血を鑑みて、コナンが悩んだ束の間に。
ソラが起き上がる。
「ダメだ!動いたら出血が――――!」
傷のことも有り、動こうとする彼女を引き止めようとしたコナンだったが。
「――――クソが、やってくれたな」
地を這うような、低い声に気圧されて。
口をつぐんでしまった。
黙している間にも、ソラはみるみる起き上がり。
体に刺さっていた破片を抜き捨てる。
「ああ、コナン君・・・・服部君も」
「ッソラさん!無茶しちゃダメだ!」
「自分、今とんでもない怪我しとるんやで!?」
仰天した二人の目の前。
流れていた血が、目に見えて止まるのが分かった。
傷の位置と大きさから、自然に塞がったわけではない。
なのに、赤いシミはそれ以上広がりもしない。
「――――お二人とも」
困惑に黙り込む二人へ、ソラはなんでもない調子で話しながら。
「出来たら、距離を取ってください」
片足を前に出して。
深く、かがみ込む。
「これから、強硬手段を取りますので」
「き、強硬手段て・・・・」
――――その時。
彼らの耳に聞こえたのは。
神社でも聞いた、『シイィィ』という不思議な呼吸。
「――――雷の呼吸」
(――――まさか)
いや、そんなはずはと思いながらも。
「壱ノ型」
先ほどの一騎当千の様を思い出したコナンは。
「――――霹靂一閃!!」
「――――ッ!!」
「ちょ、工藤ッ!?」
直感に従って、ソラに飛び掛かっていた。
◆ ◆ ◆
「――――時にバアさん」
「何かしら」
これまた再び、階段を降りながら。
鬼塚がふと、口を開く。
「さっきのとこの仕掛けは、毎回変わったりすんのかい?」
「・・・・どうしてそう思うのかしら」
「何、簡単なことさ」
ヨヨの反応に手ごたえを感じながら、得意げに語りだす。
「入口の時と違って、即答じゃなかったのと。なにより周囲を見てからの返事だったからな」
「・・・・よく見ているのね」
「弱みを握ってナンボの商売なもんでね」
獰猛な笑みに、ヨヨは静かに目を細めるだけに留めて。
次の部屋に、入っていく。
「――――今度はシンプルだな」
次の部屋は、広さこそ同じくらいだったが。
石像の様な目立った装飾はなく、至ってシンプルな室内。
ヨヨの指示でつけられた灯りも、先ほどとは違う光源であることが見て取れた。
(スカイジュエルの光・・・・ここ、やっぱり・・・・)
「ここは油じゃないのか?」
「電球よ、ちょっと手を加えているけれども」
「確かに、なんか温かい感じがする青っすね」
ましろが見慣れた光に気付いた横で、ヨヨはしれっと誤魔化しながら。
一番目を引く、荘厳な扉を見据える。
「・・・・そちら側の壁、奥の辺りにとっかかりがあるから。手前に引き倒してちょうだい」
「あいよ」
もはや慣れた足取りで、部下が動く。
扉に向かったヨヨの、左手側の壁。
その後ろの方に歩み寄った部下は、やや慎重に壁を撫でまわして。
「お、ここだな」
指に引っかかった感覚に従い、ぐっと力を込めれば。
樋の様なレバーが降りて、仕掛けのスイッチが入る。
「おわ」
「おおー」
石が重々しくこすれる音がして、部屋の中央に柱がせり出してくる。
その光景を目の当たりにした男性陣達は、思わず敵味方揃って目をキラキラさせてしまう。
「ん"ッん"ッ・・・・で?ここからどうすんだ?」
中々開かない扉を前に、気を取り直した鬼塚に問いかけられたヨヨは。
しずしずとせり上がった柱に歩み寄ると、自身のスマホで照らし出す。
「――――ぁ」
照らし出された『それ』を見て、頼人は小さく声を上げた。
「ここに、くぼみがあるでしょう」
「ああ、あるな」
「本来なら、ここに鍵をはめ込むのだけれど」
「おおーッ!で、それは、どこに!?」
それに気が付かないまま繰り返される質問に、ヨヨは淡々と答え続けて。
「――――ないの」
止めとばかりに、断言する。
「・・・・ん?」
「だから、ないの」
刹那。
「――――なんだって?」
鬼塚の気配が、鋭利に豹変した。
あまりの変わりように、頼人がましろをなんとか庇う中。
至近距離で殺気を浴びているヨヨは、毅然とした態度を貫く。
「二週間前だったかしら、あなたのお友達が神社で暴れた時に、バラバラに割れちゃったそうよ」
『ねえ?』という言葉と共に、鬼塚の視線を向けられた頼人は。
一瞬怖気づきながらも、こっくり頷く。
「ふざけんな!!」
「おばあちゃん!」
納得できないとばかりに、部下がヨヨに掴みかかった。
「ほかに開ける方法はないのかよ!?」
「ッ、一応、『スペアキー』は持っているけれど、ソラシド市の自宅に置いてきちゃってるの。取りに行くのは構わないけれど、今から電車でも片道で一時間以上はかかるわ」
「・・・・どっちにしろ、これ以上は進めない。そして、こうしてる間にお巡りが来る、か」
――――有利に立っていたとばかりに思っていた鬼塚達は。
いつの間にか、追い込まれていたのである。
「ックソババア!!」
部下の怒号と、殴打の音。
ましろがまばたきした次の瞬間には、ヨヨが倒れ伏していて。
頼人に抑え込まれながら、か細い悲鳴を上げた。
「――――私は、ちゃんと、言いましたよ」
痛みに耐えながら身を起こしたヨヨは。
やはり、『折れていない目』でまっすぐに鬼塚達を見据えながら。
きっぱり言い放つ。
「どんな結果になっても、責任を取れない、と」
――――沈黙が、耳を差した。
鬼塚の殺意が滾る中、相手から視線を逸らさないヨヨ。
誰もが、呼吸を忘れかけた頃。
「――――ふ」
鬼塚の口元から、空気が漏れて。
「ハハハハハハハッ!!」
爆発するような、笑い声を響かせる。
「クククッ・・・・なるほどなるほど・・・・一杯食わされたという訳だ」
ひとしきり笑ってもなお、しばし震えた鬼塚は。
「満足したろう?」
次の瞬間、拳銃を取り出して突き付ける。
「それじゃあ、死ね」
引き金が引かれかけた、その時だった。
どおん、と。
雷鳴が轟く。
「は?」
拳銃を両断され、軽くなった手元。
突然の出来事に呆然とする鬼塚が、無意識に視線を動かすと。
刀を振り抜いた姿勢の、下手人がいて。
「っそだろ・・・・!?」
この場にいないどころか、そもそも来ることすら出来なかったはずのソラが現れたことに驚愕した所為で。
鬼塚は、わずかながらも決定的な隙を見せてしまう。
「――――いっけぇッ!!」
コナンの声に反応するが、時すでに遅く。
「ぼ、っが・・・・!」
鬼塚が最後に見たのは、視界いっぱいに広がるサッカーボール。
「ぁ、ああ・・・・!」
ワンテンポ遅れて、ボスが一瞬で制圧されたことに気が付いた部下は。
わなわなと震えながらも、なんとか状況を打開しようとして。
ましろに、目がいった。
「う、動く――――!!」
『動くな』と、突き付けようとした拳銃が。
一瞬で無くなる。
あまりにも唐突なことに、声の出し方を忘れた部下は。
耳が微かに拾った音に従って、ゆっくり振り返る。
――――ど真ん中に、ぐっさりと刀が突き刺さった拳銃は。
深々と、壁に縫い留められていたのだった。
「――――動くな」
「――――ッ」
普段のヤクザ働きでも見ない光景に、ますます混乱し始めていた部下は。
聞こえた声の方を見る。
見てしまう。
「そこから一ミリでも動いたら」
こちらを射貫く、その目は。
「――――絶対に許さない」
ともすれば、鬼塚以上の『捕食者』のそれ。
「――――ぁ、ぁあ」
逃げても殺される。
逆らっても殺される。
何をやっても、待っているのは『死』。
「ゴボッ」
叩きつけられた最悪のヴィジョンに、耐え切れなくなった部下は。
ぐるんと白目を剥き、泡を吹きながら卒倒したのだった。
長かったコナン編、やっと最終回が見えてきました・・・・。