あれ以来、ましろさんはすっかり元の調子に戻ったようで。
次の日にはニコニコ笑ってくれるようになった。
悩んでいることに対して、『味方になる』と伝えたのが利いているのか。
なんだか距離が近いというか、甘えるようなしぐさが増えたように感じる。
卒倒した日のことが恥ずかしいのか、少しだけ照れが見え隠れするけども・・・・。
思えば、ましろさんのご両親は長いこと海外にいるというし。
祖母のヨヨさんはいるけれど、ご高齢だから甘えにくいところもあるのかもしれない。
エルちゃんは赤ちゃんだから言わずもがなである。
(そんな状況に、『同じ秘密を共有している』『積極的に害をなさない』『年上の同性』がいたら、そりゃ甘えたくもなるか・・・・いや、自分で言うのもなんだけど)
別に迷惑ではないし、頼ってもらえるのは普通にうれしいので。
ましろさんの好きにさせている。
私ってば、弟はいるけど妹はいないからね。
『妹ってこんな感じかしら』って思いながら、たまーに頭を撫でさせてもらっている次第。
・・・・もちろん、ちゃんと許可は取ってるよ?
向こうからねだってきた場合でも、許可取るやり取りでちゃんとワンクッションおいてから撫でてる。
同性であろうとなかろうと、家族でもない赤の他人に触られるってアウトだしね。
大人ですもの、線引きはきっちりします。
「えあい!」
「おっ、と!」
この頃を想起しながら、この世界の読み書きの復習をしていると。
エルちゃんが倒れそうになったので、慌ててスライディング。
おし、間に合った!
最近のエルちゃんは、つかまり立ちにチャレンジすることが増えて。
気が付いたら頭から倒れそうになる場面に何度も出くわしている。
弟で経験してるから分かるんだ、これから行動範囲もぐっと広がっていくぞおー・・・・。
「えるる!きゃーっ!」
「ふふ、今のは惜しかったですねぇ」
ホールドされて嬉しいのか、きゃっきゃとはしゃぐエルちゃんに癒されながら。
ヨヨさんや『彼』も見守ってくれているとはいえ、油断ならない状態が続くだろうな。
国王、王妃両陛下にも託されていることだし、健やかな成長をしっかり支えていかねば。
あとはあれだ。
普通に赤ちゃんなんだから、自分のだろうが他人のだろうが見守って然るべきだと思うの。
某金ぴかな王様も言ってるじゃない、『子供は国の宝』ってさ。
「えるー!」
「これですか?」
「えう!える!」
ベッドの上に乗っていたおもちゃを手にすると、『そうそうそれそれ!』とテンションを上げるエルちゃん。
かわいい(確信)
「ソラさん、ちょっといいかしら」
「はい、なんでしょう?」
エルちゃんに癒されていると、ヨヨさんがお部屋を訪ねてくる。
「スカイランドへの道を開く作業なのだけれど、力仕事があるの。手伝ってもらえないかしら」
「お安い御用です!」
エルちゃんはどうしようかしらと振り向くと、開いた窓から『彼』が入ってくるのが見えた。
「すみません、お願いします。手伝いが終わったら、すぐに戻るので」
微笑むヨヨさんと一緒に頭を下げて、部屋を後にする。
◆ ◆ ◆
――――虹ヶ丘ましろは、一人頭を抱えていた。
ソラへの恋心を自覚したのはいいものの、完全に意識されていない現状に気付いたのだ。
あの日以来、距離をさぐりながらアピールしてみたが、どうあがいても『妹分』としか見られていない様で。
身を寄せても、手を握っても、微笑まし気にニコニコされるだけ。
なんなら本当に『妹がいたらこんな感じですかね』なんて言ってたし、言われた。
(恋って、想像以上に大変だよ・・・・)
前途多難な道を前に、ため息をついて。
いや、嫌われたり、無関心であるよりはずっといい。
それは理解している。
とはいえ、やっぱり乙女的にはちょっとくらい見てくれないかなと思わなくもないのだ。
あと、自分だけこんなに狼狽えているのが恥ずかしいし、悔しい。
(って、いやいやいや、それこそ我儘だよ!ソラさん困らせるのだけは絶対にダメ!)
かぶりを振って、ネガティブな考えを追い出したましろ。
机の上に広げていた課題は、手つかずのままだった。
「はあ、集中できないや・・・・」
このままではいけないと、飲み物を取りに部屋を出る。
(おばあちゃんと、ソラさん)
ちょうど意中の人物が、祖母と連れ立って階段を下りていくところだった。
「あれ、そういえば」
ふと、ましろは。
ソラの部屋にエルがいたのではと思い当たる。
(いいのかな、この頃ものすごく活発になって来てるのに)
思い過ごしならいいのだ。
だが、エルが怪我をするような事態になったら・・・・。
「エルちゃん、いる?」
その可能性を拭いきれなかったましろは、部屋の扉を開けて。
「――――ぁ」
――――夕焼けの様な瞳をした少年と、ばっちり目があった。
「――――だっ」
「誰ええぇーッ!!?」
◆ ◆ ◆
「ましろさん!?」
ヨヨさんの手伝いで部屋を出たところ、ましろさんの大声が聞こえたのでとんぼ返りしたところ。
エルちゃんを庇って、『彼』を睨みつけていた。
「そ、ソラさん!この子がエルちゃんの近くにいて・・・・!」
「お、落ち着いてください。僕は敵では・・・・」
「でも知らない子だよね!?」
ましろさんの目は、完全に不審者を見るそれだ。
『彼』は完全に困っているし、腕に庇われているエルちゃんも不安に泣きそうになっているし。
さすがに助け舟を出すことにする。
「ましろさん、落ち着いてください。エルちゃんが泣きそうになっています」
「えうぅ・・・・!」
「っあ・・・・ご、ごめんね、エルちゃん・・・・!」
エルちゃんのことを指摘すれば、我に返ってくれた。
「貴方も、大丈夫ですか」
「は、はい。ありがとうございます」
ましろさんからエルちゃんを受け取ってあやしつつ、『彼』にも声をかける。
目に見えて安心した顔。
やっぱり来てよかったな・・・・。
「・・・・ソラさん?」
振り向くと、愕然とした様子のましろさん。
「その子を知っているんですか・・・・?」
・・・・しまった。
この子からしたら、信用できるはずの大人が不審者の味方したもんな。
そりゃびっくりする。
「あの」
「――――それは私から説明するわ」
口を開きかけたところで、ヨヨさんが入って来て。
ましろさんへ穏やかに笑いかけた。
――――スカイランドで嵐が起こると、稀にこちらとあちらとを繋ぐゲートが開くらしい。
ここソラシド市は、そうやってスカイランドからやってきたものが流れ着きやすい場所なんだそうだ。
『彼』が、『ツバサ』くんが虹ヶ丘家に来たのは。
今から一年前のこと。
『プニバード』という、人間に変身できる鳥の種族である彼は。
と、いうのも。
彼が幼い頃、空に落ちてしまった時。
何の奇跡か、お父さんがその羽を確かに羽ばたかせて助けてくれたというのだ。
以来、飛べない種族でありながら、空を飛びたいと強く願う様になったツバサくんは。
周囲の嘲笑に晒されながらも、何度も何度も飛ぶための努力を積み重ねていて。
そして、嵐の日にも練習を決行したことで、ソラシド市へ落ちてきてしまったとのことだった。
「――――そこで航空力学に出会って、ここでずっと勉強させてもらっていたんです。いつか、自分の力で空を飛ぶために」
「・・・・うん、分かった。そういうことだったんだね」
リビング。
ツバサくんがことの経緯を話し終えると、ましろさんは眉間を揉んで険しい顔を解いていた。
よかった・・・・。
と、思っていたら、むすっとした視線を私に向けてきて。
どうやら、自分を除いた全員が隠し事しているのが解せない様だった。
「でも、ソラさんはどうして黙っていたんですか?先に気付いていたなら、話してくれてもよかったのに・・・・」
「それは・・・・ごめんなさい」
まずは、普通に私が悪いので頭を下げる。
「けれど、人間に変身できるしゃべる鳥なんて、この世界にはいないでしょう?混乱させると思ったんです」
「それは・・・・そう、ですけれど・・・・」
この世界に来て、ましろさんと日用品を買いに行ったあの日。
門の上にいた鳥に、なんとなくその辺のとは違う気配を感じて話しかけてみたら、ビンゴ。
その日の夜には、ツバサくんが部屋に訪ねてきて。
スカイランドの話に花を咲かせたものだ。
それに加えて、片や『空を飛びたい』、片や『ヒーローになりたい』と。
明確な目標があるのもあって、すっかり意気投合したのである。
以来、ましろさんが気付かないところで、エルちゃんのお世話などをちょくちょく手伝ってもらっていたのだった。
「悪夢に悩まされていた頃、ハーブティも入れてくれて・・・・本当に、いつもお世話になっています」
「ぃ、いえ!ソラさん、プリキュアはもちろんお仕事も頑張っていますから、これくらいは・・・・」
改めて日ごろのお礼を伝えると、照れくさそうにするツバサくん。
ふふふ、かわいいな。
弟を思い出す。
頭に手を伸ばして撫でてやると、心なしか嬉しそうにしていた。
日頃から頑張っているからね。
ちょっとでも労ってあげないとね。
「・・・・~~~ッ」
ツバサくんを一通りよしよしし終えると、ましろさんが勢いよく立ち上がった。
◆ ◆ ◆
(――――いやだ)
ソラが、ツバサという少年と親し気にしている。
(――――いやだ)
ましろの頭を撫でるときは、毎回確認してくるのに。
ツバサにはそれを省略している。
(――――いやだ!)
――――これ以上、ここにいると。
胸の黒い渦が、嫉妬心が。
抑えきれなくなる・・・・!
「ましろさん?」
思わず立ち上がってしまうと、ソラが心配そうに見て来た。
ああ、きっと。
今の自分は酷い顔をしているのだろう。
咄嗟に顔を隠そうとしたましろへ、ソラが近付いていく。
「ましろさん、どうしました?」
手を、伸ばしてきて。
「――――ッ!」
――――一瞬の、ことだった。
乾いた音が耳に届いた頃には、呆けるソラが目の前にいて。
自身の手のかすかな痛みで、払いのけてしまったのだと気付く。
「――――ましろさん」
暴力を振るわれたにも関わらず、穏やかな声で名前を呼んで来るソラ。
その落ち着いた態度が、話し合おうとする冷静さが。
さらに己の稚拙さを浮き彫りにしてくるようで。
「・・・・ぁ」
ダメだ、と直感的に身を引いた。
これ以上ここにいたら、虹ヶ丘ましろは。
引き返せないところまで、堕ちてしまう・・・・!!
パニック状態になって、キャパオーバーになったましろがとれた行動は。
「・・・・ッご、ごめんなさいッ!」
「ッましろさん!」
悲鳴のような、情けない声を上げて。
走り去ることだけだった。