「水族館、ですか」
「はい!」
ある日の夜、団らんタイム。
ましろさんに話しかけられて、私は言われたことをオウム返しする。
「おばあちゃんにチケットをもらったんですけど、二人分しかないらしくて。せっかくだから、一緒にどうかなぁって」
・・・・博学者だから好奇心旺盛なのか。
それとも、好奇心を極めた結果博学者になったのか。
とにかく、割と多趣味な我らがヨヨさん。
その中の一つ、乗馬クラブのお友達から。
電車で小一時間ばかり行ったところの、『あさやけ市』という街の水族館のチケットをもらったという。
でも、定員は二人分だけ。
そこで、ましろさんに譲ったらしいのだ。
「もし、スカイランドにも水族館があるなら、向こうとの違いを楽しんでもらえるんじゃないかって思って」
『迷惑なら、断ってもらっていいんですよ』と、見つめてくるましろさんに。
私は首を横に振ってから。
「私でよければ、ご一緒しますよ。向こうには水族館自体ないので、楽しみです!」
断る理由も特にないし。
・・・・何より、この頃悩んでるあれこれを見極める、またとない好機だ。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
飛び込んでいくのもまた、戦法の一つ・・・・!
「よかった!それじゃあ、今度の日曜日でどうですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
何はともあれ、日曜日だ。
◆ ◆ ◆
「――――おい」
「うぉっ!?なんだ、お前か」
「奴はどこにいった?」
「あの女か?そういえばおらんな・・・・さっきまで『暇だ暇だ』と騒いでおったのに・・・・む?」
「・・・・書置きか」
「『プリキュアを見物してくる』・・・・あちらの世界に行ったのか!?」
「まったく・・・・」
「・・・・なあ、あやつを引き入れたのは間違いだったのではないか?」
「・・・・それはお前が決めることではない」
「ぬう・・・・」
◆ ◆ ◆
ソラシド市、ソラシド駅前。
『お弁当の準備があるので』と、ましろに促されたソラは。
お言葉に甘えて先に駅に来ていた。
何か小規模なイベントが行われているようで、ストリートミュージシャンや大道芸などで賑わっているのはもちろん。
そもそもゆっくり見て回る機会もなかったので、それなりに暇をつぶしていたソラ。
「――――ソラさん!」
「ああ、ましろさん」
ましろの声に振り向けば。
普段とは違う装いに、思わず目を見開いた。
「お待たせしてごめんなさい!」
まず目を引くのは、トレードマークのお団子を解いて三つ編みに結われた髪。
頭には、黄色い花のカチューシャが映えている。
トップスのポロシャツは、白地に襟や袖口のマゼンダのラインが愛らしい。
ピンク色のスカートは、裾に施された花の刺繍がとってもおしゃれだった。
全体的に、普段とはまた違ったガーリーなスタイルである。
「・・・・あの、変、ですか」
「あ、いや!」
てっきり弁当の準備だけだと思っていたので、びっくりしてフリーズしている内に。
やや恥ずかしそうに俯いたましろを前に、ソラは即座に再起動して。
「とっても可愛らしいですよ。ごめんなさい、びっくりしちゃいました」
「本当ですか?」
「ええ、もちろん」
ぱ、と顔を明るくしたましろへ。
いつも通りに微笑みかけるソラ。
「でも、これなら私もおしゃれした方がよかったですね。いつも通りの格好で、お恥ずかしい」
「そんな!その、それこそソラさんはいつも通りがかっこいいので!」
「ふふ、ありがとうございます」
ましろと自分の格好を見比べて、今度はソラが申し訳なさそうにして。
そんな彼女を元気づけるため、両手を握って言い切るましろ。
「では、せめてエスコートさせてください、お嬢さん」
「あ・・・・はい!」
気を取り直し、ちょっとカッコつけて手を差し出すソラ。
相変わらず普段通りの彼女に、ましろもほっとして。
その手を取ったのだった。
・・・・ましろとの接し方に少し悩んだソラだったが。
だからといって、今更態度を変えられるはずもない。
なので、今日も変わらぬ態度を取るのだった。
「なぁんでこんなコソコソするんですかぁ・・・・」
――――二人から離れた物陰。
絶妙にダサいサングラスをかけたツバサが、あきれ顔であげはを見る。
「なーに言ってんの!ましろんの一世一代だよ!ツバサくんは気にならないの!?」
「人の恋路を覗き見する趣味はありません!」
対するあげはと、その腕に抱かれているエルも。
同じようなサングラスを装備していた。
「まあまあ!それにさ、もし今カバトンが来たらどうするの?少年一人でエルちゃん守れる?」
「それは・・・・」
「逆にソラちゃん達が攻撃されてもまずいじゃん。だったらほら、近くにいる方がいいって!」
力説に強く言い返せないツバサ。
「えあーい!」
「ほら、エルちゃんもそう言ってるよ!」
「もー、プリンセスまでー・・・・」
それをいいことに、エルまでも使ってダメ押ししたあげは。
完全に押されたツバサは、反論すら出来なくなった。
「あ、二人が移動する!見失わないようにいくよ!」
「えるー!」
「あっ、待ってくださーい!」
一周回ってよく目立つ集団は、賑やかに移動していく。
◆ ◆ ◆
――――電車に揺られる事、小一時間。
目的の水族館は、都市部から少し離れた海辺に建っていた。
ロータリーには様々な海洋生物のオブジェが並び、皆が思い思いの場所で写真を撮ったりしている。
「だいぶ大きい建物ですね」
「ふふ、実際、結構大きな部類みたいですよ」
ましろさんの説明によると、目玉は大水槽とイルカショー。
特にショーの方は、『イルカ』と銘打っているものの。
売りにしているのは、『ルカ』と言う名前のシャチだという。
数年前、近くの港に迷い込んでいた幼いオスのシャチ。
この水族館に保護されて治療を受けたけど、元の群れに戻ることが出来ず。
そのままここで引き取ることになったらしい。
以来、ここのスターとして大活躍しているのだとか、何とか。
「それは是非見てみたいですね」
「わたしもです!」
さあさ。
楽しい水族館巡りの、スタートだ。
「ましろさんましろさん。この水槽、波がありますよ!」
「ほんとだ、『磯の環境を再現するために、装置を作って波を起こしています』だって」
「すごい、本格的」
「魚だけじゃなくて、カエルもいるんですね」
「ねぇ、宝石みたい・・・・あ、でも毒があるんだ」
「派手な警戒色を持つのは、スカイランドと一緒ですね」
「そうなんですか?」
「そりゃあもう。実家の近所にも、目に痛いド派手なのが出たことありますよ」
「ひえぇ・・・・」
「いや、大きすぎないかな!?」
「ナマズの一種ですか、こんなのが川の中にいるなんて・・・・」
「どんな感覚何だろう・・・・外国ってすごいなぁ・・・・そういえばスカイランドって、他にも国があるんですか?」
「ええ、私は行ったことはありませんが・・・・人間以外にも、少数の種族があちこちにいるとか」
「へぇー」
「えっ、ハリセンボンってこんなに大きくなるんですか!?」
「――――あ、それネズミフグっていう別の種類なんですよ~」
「・・・・~ッ!・・・・ッ!!」
「・・・・いっそ笑ってください、ましろさん」
「お弁当、どうですか?」
「とってもおいしいです!特にこの、オムレツが!」
「よかったぁ」
「朝から頑張ってましたもんね、ありがとうございます」
「ふふふ、はい!頑張った甲斐がありました!」
「・・・・」
「ソラさん?」
「ああ、いや・・・・綺麗だなと思って」
「そうですねぇ・・・・サメも、エイも、カメさんも、みーんな、水じゃなくて、空を泳いでいるみたい」
「ええ、本当に・・・・」
「ヒソヒソ(こーれはいい雰囲気じゃない!?)」
「ヒソヒソ(知りませんよ!)」
「ヒソヒソ(えあい!)」
(――――あれでバレてないと思っているんだろうか、あげはさん達)
――――甲高い笛の音に合わせて、複数の巨体が飛び出す。
そのうちの一つが、水しぶきを上げて着水した後。
水槽のガラス間際まで近づいてきて。
客席に向かって、思いっきり水をぶっかけてきた。
「ウワーッ!?」
「きゃー!あはは!」
防水用のビニールがあるとはいえ、結構な量が来て。
思わず声を上げてしまう。
私達含めたお客さんが、歓声を上げたり狼狽えたりしていると。
下手人である唯一のシャチが。
明らかに笑っていると分かる鳴き声を、ギイギイ上げていた。
くそう、ルカくん相当ないたずら好きだな!?
『コラーッ!ルカくん、まーたいたずらするー!』
アナウンスのお姉さんの様子を見る限り、いつものことらしい。
でも、お客さんはみんな笑っているから、これが通常運転なんだろう。
中には『そうそう、ルカくんはこうでなきゃ』とばかりに腕組してる人もいて。
彼がいかに人気者であるかを如実に語っていた。
『――――気を取り直して、最後の輪っか潜りです!!』
天井から、ワイヤーでつるされた輪っかが降りてきて、再び笛の音。
まず、イルカ達が二匹で一気に飛ぶ。
それからルカくんが。
モノクロの大きな巨体を、優雅に跳ね上げて。
見事、潜り抜けて見せた。
・・・・最後の水かけも忘れずに。
何度目かの歓声と悲鳴が上がって、万雷の拍手に包まれる会場内。
最後に、手を振るインストラクターさん達と一緒に尾びれを振って。
ショーを締めくくったのだった。
「――――すごかったですねぇ」
「はい、でもルカくんがあんなにイタズラ好きとは・・・・」
「あはは、結構濡れましたもんね」
事前に配布されていたタオルで、湿った髪や顔を拭いながら会場を後にする。
いや、ほんとに。
これと防御用のビニールが無かったら濡れネズミだったよ・・・・。
「この後はどうしますか?」
「あ、その前に・・・・」
まだ時間もあるし、他に見ていないエリアもある。
問いかけると、ましろさんは少し恥ずかしそうにしながらお手洗いを差した。
「ああ、どうぞ。ここで待っていますから」
「はい、すみません」
小走りしていくましろさんを見送りながら、近くで待つことにする。
◆ ◆ ◆
特筆することなくトイレを出たましろ。
あまりソラを待たせたくなくて、また小走りで移動していると。
壁に背中を預けている彼女を見つけた。
「――――ねーお姉さーん、無視しないでよー」
――――なれなれしく話しかける、無粋な輩も。
いや、分からないわけじゃない。
(ソラさんすごく綺麗だし、話しかけたくなるのも分かるけど・・・・!)
だからって、今じゃなくてもいいじゃないかと。
ましろはむっとなる。
「おねーさん!一緒に回ろうよ!」
「・・・・」
が、よくよく見てみると、
根気強く話しかけているナンパ男だが、一方のソラは所謂ガン無視を貫いている様だった。
水族館のパンフレットを読むふりして、視線すら合わせない徹底ぶり。
こうなると、ナンパ男が少しばかりあわれに思えてくる。
「――――あ、ましろさん」
ふと、顔を上げたソラが。
こちらを見止めるなり柔く笑った。
そしてナンパ男を置き去りにして、ましろと合流する。
「お待たせしました、ソラさん」
「大丈夫ですよ、では行きましょうか」
「はい!」
どうやら、そのままフェードアウトしてナンパを撒く作戦らしい。
ましろとしても、何も知らない赤の他人に。
それこそ、しつこく話しかけてくるような無粋な輩に横入りされたくなかったので。
素直に頷くと。
「へー、ましろちゃんって言うんだ!可愛いね!」
なおも諦めないナンパ男が、無遠慮に手を伸ばしてきて。
瞬間、ソラの片手がぶれる。
ぱん、と乾いた音がしたと思ったら。
男の手が掴み上げられていた。
「――――ヘェッ!?アッ、ばばばば!?」
思わず口元を抑えたましろの目の前で、ギリギリと締め上げられる男の腕。
女と思えぬ握力に狼狽える顔へ、ソラが初めて目を合わせて。
「――――しつこい」
静かに、淡々と。
それだけを伝えて、手を離した。
「ご、ゴメンナサーイ!!」
力の違いを見せつけられれば、さすがに諦めるらしい。
お手本の様な情けない声を上げて、男はあっという間に退散していった。
・・・・男が逃げてもなお、しばらく鋭い視線を飛ばしていたソラは。
彼の姿が完全に見えなくなってから、やっと和らげて。
「・・・・ごめんなさい、大丈夫でしたか?」
「あ、いえ!その、はい!」
・・・・その横顔に、見とれていたなんて。
言えるはずもなかった。
◆ ◆ ◆
クラゲって、不思議な生き物だよなぁ。
スケスケの体で、水流がなきゃ沈むだけ。
分かり易い目も手足もない、およそ生き物と思えない姿かたちをしているのに。
ちゃんと生きているもん。
そんな不思議生物たちは、幻想的にライトアップされて。
水の中を、優雅に漂っていた。
「――――」
ましろさんは、そんな水槽を前に言葉を失っている。
かくいう私もそうだ。
照明と、自らの光で。
キラキラと輝く彼らは、本当に。
「――――きれいだ」
呟くような声だったのに、意外と響いてしまって。
なんとなく恥ずかしくなった。
ふと気づくと、ましろさんがこちらを見ている。
案の定、声が聞こえていたんだろう。
くすり、と笑みを零して。
水槽に目を戻していた。
「・・・・さっきは」
沈黙が破られる。
視線を外さないまま、口火を切ったましろさんは。
空間の調和を壊さない様な、静かな声を出した。
「ありがとうございました」
「・・・・いえ、むしろすみませんでした。貴女が戻るまでに、何とか出来たはずなのに」
「でも、守ってくれて、嬉しかったです」
彼女はこちらへ微笑むと、少しだけ申し訳なさそうにして。
「・・・・わたしは、プリキュアじゃなきゃ、何もできないから」
水槽に、視線を戻したのだった。
「・・・・それを言うなら、私こそ」
それは違うと思ったから、私も口を開く。
「この世界のことを、何も知りません。常識もルールも何も知らない私は、それこそ戦うしか能のない女です」
ましろさんに出会わなければ、エルちゃんのお世話どころか、己のことすらままならなかっただろう。
カバトンを退けられているのは、彼女やヨヨさんのお陰と言っても過言ではない。
・・・・スカイランドでは有用な、剣の腕も。
結局、肝心なところでは何も役に立たないのだ。
「平和なこの世界において、もっとも不要な能力です」
「・・・・それでも、わたしは」
微かに音を立てて握られる両手。
「ソラさんみたいに、強くなりたいです」
「・・・・・ましろさんは、そのままでも」
「分かっています!」
言葉が、遮られてしまった。
「わたしには、わたしの強さがあるって、分かっています・・・・それでも・・・・それでも、わたしは・・・・変わりたいです・・・・!」
――――これ以上、続けさせていいのか。
ましろさんの言葉を、遮るべきか、聞き届けるべきか。
まだ、私の答えも見つけられていないのに。
「だって・・・・ゎ、たしは・・・・わたしは・・・・!」
怖いだろうに、震えてたまらないだろうに。
それでも、
「わたしは、ソラさんが――――!」
決定的な言葉を、口にしようとした。
その時だった。
――――ドオンと、建物全体が揺れる。
「バケモノだーッ!!」
「みんな、逃げろーッ!!」
◆ ◆ ◆
「ランボーグッ!!!!」
イルカショー会場。
激流を操り、暴れ回るランボーグ。
「ルカ!!やめてぇッ!!ルカァッ!!」
「ここは危ない!まずは逃げるよ!!」
「ルカァーッ!!」
その素体の成長を、ずっと見守って来たインストラクターが。
悲痛な声を上げながらも、仲間に引っ張られてその場を去っていく。
「――――さあ、いらっしゃい。プリキュア」
天井のパイプに腰掛けて、彼女は笑う。
「あなた達がどんなものか、早く味見させて頂戴・・・・!!」
ハリセンボンとネズミフグのくだりは、作者が実際にやりました()