「――――へぇー!ほんとにいたんだ、山の主!」
夕飯。
キャンプと言えばということで用意されたカレーを、各々が食べていく中。
あげはが感嘆の声を出した。
「ええ、他のリスさん達と一緒にどんぐりを投げて来て、それを撃ち返したり回避したり・・・・これが当たると中々痛くて」
「うわぁ・・・・でも、それこなしてたら強くなれそうじゃない?」
「はい、とても手ごたえを感じています!」
はきはき返事するソラは、とても満たされた顔をしている。
「おかわり要りますか?」
「あ、お願いします!」
新たによそわれたカレーを受け取って、もりもり放り込んでいくソラを。
ましろは微笑ましく見守っていた。
普段もよく食べているソラだが、今日は特訓をやっているだけあってそれ以上だ。
「今日はよく食べるねぇ」
「んぐ・・・・食べた分だけ体が作られますからね。三食バランス良く、これもヒーローへの一歩です!」
「なるほど!それも強さの秘訣ってわけね」
「はい!」
あげはがそれを指摘すると、ソラはにっこり笑って答える。
その頬には、ご飯粒がしっかりついていた。
「ところであげはさん、課題の進捗は?」
「あ、ははー・・・まあ、ぼちぼち」
ふと、ソラが問いかけると、気まずそうに眼を泳がせるあげは。
なお、彼女の栄誉の為に言っておくが。
課題はちゃんとこなしている。
「ちゃんとやらなきゃだよ、あげはちゃん」
「そうですよ!」
「ひえー!エルちゃーん!みんなが厳しいよー!」
「えう!」
しかし、目を泳がせるだけでそれを察せるはずもなく。
ましろやツバサにも咎められて。
あげはがエルに頬を寄せると。
いまいちわかっていないエルは、嬉しそうにニコニコするのであった。
気の抜けた光景に、誰もが思わず笑い声を上げてしまう。
明日には決闘が控えているというのに、あまりにもリラックスした状況。
(でも、それでいいのかもしれない)
――――水族館の戦い。
ルカが変化したランボーグを攻撃すると決意した。
スカイの、ソラの。
悲痛な、顔。
(あんな顔で、戦うよりは。ずっと)
屈託なく笑うソラを見ながら、ましろもまた微笑んだ。
◆ ◆ ◆
――――息を、吸う。
肺を空気でいっぱいにして、全身に血液を巡らせる。
体が火照る、呼吸音が変わったタイミングで。
「――――ッ」
動き出す。
口元で、ごうごうと音を立てながら。
舞い踊る。
剣の軌跡が、燃えるような残像を残していると確認しながら。
手足をさらに鋭く動かす。
『神楽舞』の形で、数百年と繋がれてきた。
夜の絶望を討つ、希望の日輪。
原初の光明、太陽を体現した型の数々を繰り出しながら。
考える。
(カバトンを、どうするべきか)
無論、決闘には勝つつもりだ。
万が一も無きにしも非ずだが・・・・負けるつもりは、毛頭ない。
だけど、その後は。
負けたカバトンを、私はどうすればいいんだろうか。
・・・・どうしたいんだろうか。
(見逃す?いや、無いだろう。あれだけのことをやってきたんだ、私一人の裁量で野放しにしていいわけがない)
だったら、殺すか?
「・・・・っぁ」
――――胸、心臓の付近が。
氷を突っ込まれたように冷え込んだ。
「っ、げほ!ごほごほ・・・・!!」
咳き込む。
集中が途切れる。
崩れ落ちて、膝をつく。
「は・・・・は・・・・は・・・・は・・・・!」
――――蘇る。
水族館での戦い。
命を、生き物を。
誰かの、大切なものを。
危うく手にかけるところだった、あの感覚。
「・・・・未熟!」
今は、目の前のことに集中しなきゃいけないのに。
過去を引きずって、躓いている。
・・・・のんびりしている場合じゃない。
立ち上がって、また呼吸する。
ごうごうと音を立てながら、演舞を再開する。
集中しろ。
カバトンとの決戦が近いんだ。
呼吸を続けろ、技を繋げろ。
体の動かし方を、剣の振り方を。
心身の奥底まで刻み込め!!
「ふっ・・・・!」
舞い踊る。
『ヒノカミ神楽』を、『日の呼吸』を。
祈りを込めて、舞い続ける。
◆ ◆ ◆
夜、動く気配を感じて起きたましろは。
ソラの姿がないことに気付いて。
申し訳なく思いつつ、あげはとツバサを起こしてから。
ツバサを伴い、フクロウの案内で夜の森を歩いてみれば。
開けた場所で、一心不乱に剣舞を踊るソラを見つけたのだった。
「――――」
言葉が、出なかった。
炎を纏い、五体を鋭く捌きながら。
暗闇に浮かぶソラの姿は。
まるで、幼い頃祖母に連れていかれた田舎で見た。
神社の神楽舞の様で。
『神秘的』か、はたまた『荘厳』と言うべきか。
・・・・・満天の星空の下。
夜を照らすその姿は、まるで。
人ならざる何かに見えて。
「・・・・ッ」
ソラが、異世界人ということもあってか。
今にも消えてしまいそうな。
そんな、気がした。
「――――ソラさん!」
「ッげっほ!!ごほっ!ごほごほっ!!」
だから、声が出てしまったんだと思う。
驚いてこちらを見たソラは、次の瞬間。
盛大に咳き込みながら崩れ落ちた。
「ソラさん!?」
「何やってるんですか、こんなところで!」
「ごほっ・・・・それはこちらの台詞ですよ」
ツバサと一緒に駆け寄ると、ソラは困った顔で立ち上がる。
「危ないでしょう。こんな夜中に、子どもだけで」
「ソラさんだけには言われたくないです!!」
「そうですそうです!いきなりいなくなって、どれだけ心配したと思ってるんですか!」
「あう、それはごめんなさい・・・・」
人に戻ったツバサと一緒にぷりぷり怒れば、ぐうの音も出ないソラは勢いに押されてしまう。
「テントに戻りますよ!」
「明日はカバトンとの決闘でしょ!?もう寝ないと!!」
「分かりました!分かりましたから!」
両側からソラの腕をホールドし、ずるずる連行していく。
「・・・・ソラさんが」
「ましろさん?」
ましろの手に、力が籠る。
か弱い小娘の握力でも、何かを感じ取ったのか。
ソラが首を傾げる。
「ソラさんが、たくさん努力しているのは、よく分かったので・・・・」
思い出す。
夢中に剣舞を踊っていたソラの姿。
人ならざるものになったまま、どこかに消えてしまいそうな。
あの、儚い姿。
「・・・・無理、しないでください」
気付くと、足が止まっていた。
我に返って、顔を上げると。
ソラの手が、伸びてきて。
「はい、ごめんなさい」
優しく、ましろの頭を撫でてくれた。
◆ ◆ ◆
「――――来たか!なのねん!」
来るその日。
ソラシド市、河川敷。
やって来てみれば、すでにカバトンが待ち構えていた。
「ビビッて逃げ出したと思ったのねん!!」
「そんな訳ないでしょう・・・・それより、約束は覚えていますね?」
「ああ!俺が負けたら、プリンセスはさっぱり諦めるのねん!まあ、負ける気はしねーがな!!」
自信満々のカバトン。
やはり相手も何かしらの策を講じて来たか。
身構えている目の前で、アンダーグエナジーが出現する。
何だこれ、下手したらあの電車ランボーグ以上の・・・・!?
「これが俺の奥の手だ!!この三日で最大限に溜めに溜めたこいつを!!俺自身に注入するッッ!!!」
なるほど、そう来たか!!
「カモン!マックスアンダーグエナジイイイイイイイイ!!!!」
文字の通りの最大限。
明らかに危険だと分かる量が、カバトンの体に余すことなく入り込んで。
「―――ーヴウウウウゥゥゥ!!」
めりめりと、変化していく。
元々大柄だった体が、更に大きく。
二本足で支えきれなくなったから、四つん這いに変化して。
「ヴィィィイイイイイイイイ――――ッッッ!!!!!」
巨大な、イノシシへと変化してしまったのだった。
「ッスカイミラージュ!!」
ダンプトラックの様な突進を躱わして、キュアスカイに変身。
砂利どころか土を散らしてUターンしたカバトンと向かい合う。
「ヴオッ!ヴオッ!ヴオオオオオオオオッッ!!」
変貌してしまったカバトンの目に、理性はなく。
ただただ殺意に血走って、私を捉え続けている。
――――多少のパワーアップは想定していたけど。
ここまでとは・・・・!
「そこまでして、勝利が欲しいか。カバトン!!」
「ヴォオオオオオオオオオ!!!!」
問いに咆哮で返したカバトンは、また突進を繰り出してきた。
と思ったら、目の前で急停止して地団太を踏んでくる。
「ぅわ・・・・!」
足元を揺さぶられて、姿勢を崩す。
直ちに立て直そうとした隙をついて、カバトンの牙が迫って来た。
「ぐっ・・・・!」
「スカイ!!」
ましろさんの案じる声を聞きながら、向こう岸まで飛ばされる。
着地すれば、そのすぐ傍から突進が襲ってきて。
クソッ!!
突進に地団太に牙。
どれもドシンプルな攻撃なのに、単純に高威力過ぎる・・・・!!
「オオオオオオオオ!!」
「――――ッヒノカミ神楽!!」
もちろん、やられてばかりという訳にはいかない。
向こうも本気なんだ。
こっちもとっておきを使う!!
「
「ヴァアッ!?」
ギリギリを見極めて、回避。
一閃を繰り出せば、確かな手ごたえ。
カバトンの足が止まった。
「
「ヴァアアアアア!!」
すかさず畳みかければ、巨体が痛みに怯むのが分かる。
だが、あまり時間を置かずに動き出してしまった。
なるほど、一種のドーピング状態だからか・・・・!!
「ヴォオオオオオオオオ!!!」
「わ、と・・・・!」
当然、あちらもやられてばかりじゃない。
体を振り回して、背中に取り付いていた私を吹っ飛ばすと。
再びとんでもない突進をかましてくる。
「ゴオオオォォ・・・・!!」
迫る巨体を前に、冷静に呼吸。
落ち着け、落ち着け。
あのでっかい体の、複数個所を。
敵の集団だと思って・・・・!
「
「ギャアアッ!!」
舞い踊る龍の様な斬撃を、奴の全身に叩き込む。
そこへさらに、さっきのお返しも兼ねた蹴りを突き刺せば。
元の対岸に戻ったついでに、堤防へ叩きつけられるカバトン。
「ヴ、オオ・・・・!!」
・・・・相当なダメージを受けたはずなのに。
それでもなお立ち上がるカバトン。
口元からは泡も溢れていて、どう見ても限界なのに。
まだまだ戦うつもりでいるらしい。
「すみませんが、これ以上付き合う義理もありません」
ヒノカミ神楽の呼吸をしながら、その効力を足に集中させて。
「――――ひろがるッ、スカイソード!」
踏み出す。
――――皮肉にも、あの水族館の戦いで思いついた技。
全集中の呼吸を、プリキュアの技にも作用させる技。
これに名付けるなら、そう・・・・!
「ファイアボルトオォッッ!!」
・・・・文字通り。
青い炎と、雷を纏った一閃を。
すれ違いざまに、叩き込む。
「ギャアアアアアア――――ッ!!」
悲鳴を上げながら、ゴロンゴロン転がっていくカバトンを背に。
残心しながら納刀。
振り向くと、みるみる元の体に戻っていくカバトンが見えた。
「うう・・・・ぐう・・・・!」
・・・・タフな奴だな。
もう意識を取り戻したのか。
でも、これ以上暴れさせるわけにもいかない。
「――――私の勝ちで、よろしいですね?」
「ぐぬぅ・・・・!」
「約束は守ってもらいますよ」
歩み寄って、剣を突きつければ。
一度は観念したように見えたカバトンだったけれど。
「約束なんて、忘れたのねん!!」
「なんですって――――」
言い切る前に、吹きつけられる刺激臭。
グエーッ!!そうだった!!
こいつオナラがやべーんだった!!
「ぶえっ!!げほっ!!ごほごほごほっ!!」
「どんな手を使ってでも!最後に勝ったやつがTUEEEのねん!!」
クソッ、やられた!!
「ぐっ、エルちゃん!!」
慌てて顔を上げれば。
エルちゃんに迫るカバトンの目の前。
プリズムが立ちはだかっていて。
「――――プリズムショット!!」
「グハァッ!!」
カバトンの顔面に、容赦なく必殺技を叩き込んだのだった。
・・・・あの、ましろさん。
容赦、ないっすね。
「やっぱり!警戒しといてよかった!!」
プリズムの後ろで、エルちゃん共々ウィングに抱えられたあげはさんが。
ビッと親指を立てている。
あんたの入れ知恵か!!
ええい、またエルちゃんを狙われてもたまらん!
「気は進みませんが・・・・行きますよ!プリズム!!」
「エルちゃんを渡すわけにはいきませんもんね!」
プリズムの傍に、駆けつけて。
「「――――プリキュア!!」」
「「アップドラフト・シャイニング!!」」
ダメ押しのアップドラフト・シャイニングを叩き込めば。
「す、スミキッター・・・・のねん・・・・!」
いつもはランボーグから聞くその台詞を口にして。
今度こそカバトンは膝をついた。
・・・・様に、見えたけど。
「・・・・嫌だ」
プリズムと並んで警戒していると、蚊の鳴くような声が聞こえる。
「なんですって?」
「負けるなんて!ぜってー嫌なのねん!!」
「この期に及んで・・・・!!」
ぬああああ!!タフ!!
まだ負けを認めないか!!
「アンダーグ帝国じゃあ、YOEEE奴に価値はねぇ・・・・!!」
と思ったけれど、様子がおかしい。
まるで、何かにおびえているような。
というか、『アンダーグ帝国』って言った?
それが敵組織の名前か・・・・!?
「だから俺は必死に、TUEEE奴になろうとッ・・・・!!」
――――『それ』が現れたのは、その時だった。
「――――」
突然舞い降りる、重く、大きな気配。
警戒と言う警戒、警鐘と言う警鐘に。
全身がビリビリと総毛立つ。
・・・・なんだ。
何が来ている・・・・!?
「や、やめて・・・・俺はまだ役に立ちます!!」
闇を前に足がすくんでいる私を他所に。
カバトンが、今までに聞いた事もない様な。
弱弱しい、情けない声を上げる。
・・・・そうか、彼は。
「どうか、どうか!!御許しを!!」
命乞いをしているのか。
カバトンの訴えも空しく、バリバリと邪悪な雷鳴が辺りに轟く。
狙う先は、もちろんカバトンだ。
「ひ、ヒイッ・・・・!!」
カバトンはとうとう頭を抱えて、縮こまってしまった。
(――――助ける義理は、ない)
奴がどうなろうとも、私に不利益があるわけじゃない。
むしろ、敵がいなくなるのなら都合がいい。
相手の戦力を削る意味でも、ここで見捨てたっていいはずだ。
・・・・・そう。
それが許される状況の、はずなんだ。
でも、
(足が)
私の足は、動こうとしている。
重圧に抗いながら、前に踏み出そうとしている。
(どうして・・・・どうして・・・・!?)
戸惑いを、隠せないまま。
踏み出すべきか、立ち止まるべきか。
悩んでいた耳に聞こえたのは。
「えるぅ・・・・!!」
振り向く。
涙を浮かべてこちらを見ているエルちゃんと、目が遭って。
(嗚呼、そっか)
すとん、と。
納得した。
(今の私は、プリキュアだ)
そうだ。
『正義の味方』という装置じゃなければ、『軍人』や『警察』という厳格な職業でもない。
今ここに立つソラ・ハレワタールは、紛れもなく。
『
・・・・だったら。
やるべきことは、決まっている!!
「シイイイイ・・・・!!」
「スカイ・・・・!?」
戸惑うプリズムの隣で、呼吸を整える。
剣に手をかけて、飛び出して。
「――――ひろがる、スカイソード!!」
まるで、処刑台に乗せられるかの様に浮かび上がっていたカバトンめがけて、落ちて来た雷を。
「――――サンダアァーッッ!!」
一刀両断したのだった。
◆ ◆ ◆
「見逃しちゃってよかったの?」
「はい」
無事、カバトンとの決着をつけた帰り道。
あげはの問いかけに、ソラは笑顔で答える。
「『罪を憎んで人を憎まず』、です」
『それに』と。
まるで憑き物が落ちた様な、すっきりした顔で。
ソラはエルの頭を撫でて。
「私の剣は、誰かを守るためのもの。それで命を奪うのは、やはり違うと思ったので」
「・・・・そっか!」
ヒーローを目指す彼女らしい結論に。
あげははもちろん、ましろやツバサも笑って納得したのだった。
「よーし!!それはそうと、無事にカバトンを撃破したからね!!今日はお祝いだ!!」
「あはは、ありがとうございます」
「あげはさん、テンション高すぎですよ」
当事者以上にはしゃぐあげはに、各々が反応を見せる中。
(・・・・よかった)
一緒に笑っていたましろは、安堵していた。
内心、酷く心配していたのだ。
カバトンが、雷に撃たれそうになっていたあの時。
ソラは、水族館で見せたあの顔をしていたから。
よもやカバトンを見捨ててしまうのではないかと。
とても緊張していた。
だから、ソラがカバトンを助けに行った時は。
本当に嬉しかった。
(笑って終わることが出来て、本当によかったなぁ)
やはり、恋する乙女的にも。
好きな人には、笑っていてほしいものなのだ。
「ましろさん」
「ぁ、はい!」
考えているところへ、名前を呼ばれたものだから。
ややびっくりしながら顔を上げると。
ソラがこちらを見ている。
「行きましょう。あげはさんが盛り上がっちゃって、先走っちゃったんです」
「あ、本当だ。もうあんなところに」
促されて前を見ると、遠く離れたところで。
あげはとエルが手を振っている。
その少し手前には、先に追いかけて行ったらしいツバサもいた。
「急ぎますよ」
「はい!」
差し出された手を握って、二人も駆け出していく。