誠にありがとうございます。
――――果たして。
人生の中でこんなに緊張したことなんてあっただろうか。
思い当たるのは、弟が同じ状況になった時と、去年のアレと・・・・。
あれ、意外とあったわ。
・・・・ま、まあとにかく!!
ましろさん、ツバサくんと並んで。
固唾を呑んで凝視する。
その先にあるのは。
今まさに、つかまり立ちから手を離そうとしているエルちゃん・・・・!!
「うう・・・・!」
「プリンセス・・・・!」
バックバックと、口からまろび出そうな勢いで早鐘を打つ心臓を自覚しながら。
ゆっくり、ゆっくり。
エルちゃんの手が、離れて。
「あーう!」
・・・・・おっ。
おお・・・・。
おおおおおおおおおおおおおおおお!!!
「エルちゃんが・・・・!」
「歩いたあーっ!!」
「ぷ、プリンセスウゥ・・・・!!」
ちいちゃな足を、一歩、また一歩。
こちらに踏み出して。
うわ、うわッ!!
うわああああああああ!!
ある、歩いて!!
エルちゃん!!歩いて!!
エルちゃんが、歩いてるーッ!!
「――――みんな、ちょっといいかしら?」
「「「今はダメーッッ!!!」」」
――――この後ヨヨさんに謝り倒した。
「ファーストシューズ?」
「ええ」
一仕事終えて上機嫌なエルちゃんを労っていると、ヨヨさんがそんなことを提案してくれた。
「歩けるようになった赤ちゃんに贈る、一番最初のシューズ。無限に広がる世界への一歩を、踏み出したことを祝福するものなのよ」
なるほど。
そんな素敵な文化があるとは・・・・!
「じゃあ、早速買いに行きましょうか。エルちゃんが歩いたお祝いです!」
「いいと思います!」
「僕も賛成です!」
――――と、いう訳で。
私、ましろさん、ツバサくん。
そして主役のエルちゃんの四人で、街の靴屋さんに繰り出すことになったのだ。
「うわぁ、ちっちゃくてかわいい!」
まずはましろさんオススメのお店に来てみれば。
ベビーコーナーに並ぶ、たくさんのお靴達!
ちっちゃー!
自分にもこんな時期があったんだと思うと、なんだか感慨深いよね。
「ひとまず、選んでみましょうか」
「はい!」
そこから。
エルちゃんのだっこを交代しつつ、三人での靴選びが始まった。
――――スポーティなやつ!
「やっ」
――――歩くとピカピカひかるやつ。
「やっ!」
――――リボンとレースのかわいいやつ・・・・。
「やーっ!」
い、入れ替わり、立ち代わり。
色んなものを試してみたけれど・・・・。
「――――全部、ダメかぁー!」
うーん、さすがプリンセス。
この年からこだわりを持つとは・・・・!
いや、うんうん。
せっかくの最初の靴だもんね。
贈る側としても、喜ぶものを上げたいよね。
・・・・それはそうと、
「この調子じゃ、街中の靴屋さんを回ることになりそうだよ・・・・」
それなー!
「えう?」
思わぬ前途多難に、三人そろってため息をついた時だった。
「える!えるー!」
「エルちゃん?」
突然あらぶり出したエルちゃん。
何事かと思って、そちらを見てみると。
『これ頼むわ』と、レジに立つマダムの手元に。
一足の、かわいいお靴。
って、エルちゃんまさか!
他の二人も同じ意見だったようで。
マダムとエルちゃん、双方から隠す様に体を寄せ合う。
「エルちゃん、あれは人のです・・・・!」
「別のにしよ、ね?」
「あうー!えう!えうー!」
「プリンセス、あんまりわがままは・・・・!」
なんとか説得しようとするも、エルちゃんは納得するはずもなく。
ど、どうすれば・・・・!?
内心で頭を、抱えた時だった。
「どえらいかわいい赤ちゃんやな」
あれだけ騒げば気付かれてしまうようで、あのマダムが私達の正面にいた。
「これ、気に入ったん?」
「あ、す、すみません!」
マダムが差し出した靴に、満面の笑みで手を伸ばすエルちゃん。
ううーん・・・・!
赤子に遠慮を説くのって、どうすれば・・・・!
なんて、まだ頭を悩ませていると。
「・・・・ふふ、ええよ。これあげるわ」
「ええっ!?」
「で、でも・・・・!」
私があたふたしている間に、マダムは譲渡を言い出してくれたのだった。
――――エッ!?
「い、いいんですか!?」
「ええよええよ、遠慮せんと。お会計もしてないし、それだけ気に入ってもらえたなら靴も喜ぶわ」
大らかに笑うマダムは、私の手に靴を乗せてくれる。
「ごめんなさい、ありがとうございます!!」
「ううん、そんなええよ!逆におおきに」
思わず思いっきり頭を下げると、また大らかに笑ってくれた。
な、な、な・・・・。
なんて、懐の深い・・・・!!
で、でも本当に大丈夫なんですか・・・・!?
「ぁ、あの!本当にいいんですか!?」
ましろさんも同じことを思たようで、マダムの背中に声をかける。
うんうん、そうだよ。
年齢的に、お孫さんかな?
プレゼントする、大切なものだったんじゃ・・・・。
「・・・・これで、よかったんや」
だけど、マダムは。
小さく、そして寂しそうな呟きを残すと。
そのまま振り返ることなく、去って行ってしまった。
「・・・・すみません、ちょっと」
「ソラさん?」
・・・・なんとなく。
その背中が気になって、後を追いかけたけど。
店を出た時には、マダムの姿はもう見えなくなっていた。
◆ ◆ ◆
「・・・・断るべきでした」
虹ヶ丘家。
他にそうするしかなかったので、会計を済ませて戻って来た彼らだったが。
しばらくして、ソラは沈んだ声でそう言った。
「明らかに事情がある様子だったのに・・・・結局譲ってもらってしまって・・・・」
「今度、どこかでまた会えた時に、改めてお礼を言いましょう?」
「そう、ですね・・・・」
仮にまた会えて、靴を返したところで。
代わりのファーストシューズなんかで、エルが納得するとも思えない。
もう、過ぎてしまったことなのだ。
「未熟・・・・!」
些細な事だからこそ、最善を尽くせなかったこと。
ソラは文字通り頭を抱えて、強く悔いていた。
その時だった。
「・・・・っ?」
「な、なに?」
何か、波動の様なものを感じた。
すわ、何かしらの敵対勢力かと考えたが。
それにしてはとても落ち着いた気配。
なんなら、ソラとツバサはなつかしさすら感じて。
「・・・・もしかして」
とにかく、揃って波動の元。
ヨヨの部屋に飛び込んでみれば。
「――――あ」
ミラーパッドから放たれている、白いもや。
色こそ違えど、その雰囲気にソラは見覚えがあった。
「ヨヨさん、これって・・・・!」
「ええ、完成させたわ」
問いかけると、ヨヨは大きく頷いた。
「スカイランドへの、トンネルを」
「・・・・!」
ソラの目が、大きく見開かれて。
その一呼吸が、万感の思いで満ち溢れていると。
隣にいたましろは、ありありと感じていた。
元々、エルを親元に帰すことを目的としていたのだ。
当のエルも、嬉しそうにトンネルへ手を伸ばしている。
「よかったぁ・・・・!」
「はい、本当に・・・・!」
そもそもソラは、誘拐されたエルを助けるためにこの世界までやってきたのだ。
彼女のこれまでの奮闘を、ずっと傍で見ていたからこそ。
その喜びがどれほどのものか、ましろは知っていた。
(――――そっか)
そして。
(帰っちゃうんだ)
一つの終わりが、やってきたことも。
「――――さて、みんな聞いてちょうだい」
スカイランドとの通信を終えたヨヨは、改めてソラ達を見た。
「アンダーク帝国は、これからもきっとエルちゃんを狙ってくるでしょう。戦いの場所は、ここソラシド市からスカイランドに移るわ」
でも、と。
どこか、強く諫めるような視線がましろに向けられて。
「ましろさんは、スカイランドでは暮らせない」
「・・・・っ」
・・・・分かっている、ことだった。
「学校に通わなくちゃいけないし、勉強だってしなくちゃいけない。それに・・・・」
「ゎ、わたし!ランボーグが襲ってきたら、トンネルを通って助けに行くよ!」
分かって、いても。
その先を聞きたいと思えなくて。
思わずヨヨの話を遮ってしまう。
「・・・・そうね、そうしてあげて」
そんな孫の気持ちを察してくれたのか、ヨヨは気分を害した様子もなく頷いた。
「でも、みんなで暮らすのは明日でおしまい。寂しいけれど・・・・」
――――泣いても、笑っても。
これで最後。
(ソラさんと、暮らせるのは・・・・明日でおしまい)
リミットは、明日の夕方。
「・・・・あげはさんにも声をかけて、夜はごちそうにしましょ」
彼らの寂しい気持ちを、払拭する様に。
ヨヨは明るい声を上げたのだった。
◆ ◆ ◆
その日の夕食。
メニューは所謂『大人のお子様ランチ』である。
「――――そっかぁ、明日で帰っちゃうのかぁ」
「はい、もともとそのために頑張ってきましたからねぇ」
「そうれはそうだけど・・・・寂しくなるね」
いやぁ、思えば遠くへ来たもんだ。
「ね、ましろんは明日どうするの?」
「・・・・」
しみじみしていると、あげはさんがましろさんに話しかける。
でも、ましろさんは心ここにあらずといった状態で。
エルちゃんを膝に乗せたまま、ぼんやりとしていた。
「ましろーん?」
「っえ?ぁ、明日?一緒にエルちゃんを送ったら、ちょっと観光してから帰ろうかなって!ちょうど、学校お休みだから」
やっと反応したと思ったら、若干声が上ずってしまっていた。
その後すぐエルちゃんを構い始めたので、話題はそれきりだったが。
「・・・・」
・・・・やっぱり。
どこか気になることがありそうだと、あげはさんも見抜いている様だった。
夜。
『せっかくだから、みんなで寝よー!』というあげはさんの提案の下。
ましろさんの部屋で寝ることになったんだけど・・・・。
「ぐがー、ぐがー、ぐがー・・・・!」
怪獣かな?
「すごいいびき・・・・」
「あげはちゃん、学校忙しいですし、毎日車で通ってますからね」
「確かに・・・・最後に来てくれただけでも、感謝しないと」
・・・・・最後。
自分で口にしたのに、なんだかとんでもない失言をしてしまった気分になって。
ましろさん共々、それ以上会話を続けられない。
明日の為にも、このまま寝てしまうか。
それとも、せっかくだからもう少し何かを話すか。
悩んでいると。
「ぐがー!ぐがー!ぐがー!」
・・・・あまりにも都合のいいタイミングで、あげはさんのいびきが激しくなった。
「うぅん、これじゃ眠れないよ」
「・・・・少し、外に出ましょうか」
「そうですね」
このままいたのでは、いびきが止まることはないだろう。
騒音から逃れるべく、一度庭に出てみることにした。
「――――ありがとうございます」
去り際、忘れないように感謝を告げてから。
部屋のドアを、そっと閉める。
「さすがソラちゃん、バレてたか」
「寒くないですか?」
「はい、大丈夫です」
暗いので、ましろさんに手を貸しながら庭に出る。
そこから夜の街を見下ろせば、ネオンの光が煌々と輝いていた。
「・・・・懐かしいです、出会った日のこと」
「そうですねぇ」
二人並んで眺めながら。
だんまりなのもなんなので、口火を切ると。
ましろさんも感慨深そうに息を吐いた。
「まさか空から人が降ってくるなんて、びっくりしました」
「私も、まさか空から落ちる羽目になるとは・・・・」
お互いにパニックだったよなぁ。
最終的に『夢オチだ』って思いこむことにして・・・・。
ふふっ、今になって思うと、慌てすぎだろ。
あの頃の自分。
「・・・・そんなに長く暮らしたわけじゃないのに、今は故郷の様に感じています。だから」
『離れるのは、寂しい』。
危うく言いかけた言葉を、飲み込んだ。
危ない危ない・・・・そんなのましろさんだって同じだろうに。
・・・・同じ、だよな?
同じだと、いいなぁ・・・・。
「・・・・あの」
夜景を眺めていると、今度はましろさんが口を開いた。
「明日、靴を譲ってくれた人を探しに行きませんか?」
「そうですね、トンネルが開くまで時間がありますし・・・・次に会えるのがいつになるか、本当に分からなくなる前に探してみましょう」
・・・・・結局。
お互い素直になれないまま。
床に戻ろうとした。
――――その時。
「――――ソラ、さん」
パジャマの裾を、摘ままれた。
振り向くと同時に。
ましろさんの額が、私の体に当てられて。
「その・・・・ちょっとだけ、いいですか」
消え入るような、声。
「・・・・やっぱり、寒いので」
「・・・・はい、どうぞ」
・・・・ましろさんが、震えているのは。
体が冷えてしまったからと思うことにした。