私立ソラシド学園中等部、三年生の『扇かなめ』。
野球部のキャプテンにしてエースである彼女の日常に、ある変化があった。
「あっ」
朝練を終えて、下駄箱に向かえば。
この頃見慣れて来た赤毛が見えて。
「おはよう!ベリィベリーさん!」
「ぁ、ああ、おはよう」
季節外れの転校生、『ベリィベリー・アカネゾーラ』。
家の事情で外国から来たのだという彼女は。
まだ緊張感が残る声で、それでもしっかりと挨拶を返してくれた。
「今日は体育祭の種目決めだよ、楽しみだね」
「体育祭・・・・?」
「あれ、アカネゾーラさんの故郷にはなかったのかな?」
教室に向かいながら、近づいてきた体育祭について話していく。
「みんなで運動系の競技を競う・・・・大会?っていうのもちょっと違うな」
「競技会の様なものか」
「それそれ!そんな感じ!」
通じる単語があったことにほっとしながら、教室のドアをくぐった。
「クラス対抗リレーとか、ものすごく盛り上がるんだから!」
「リレー」
「えーっと、ほら、バトンを持って走って、次の人に渡してってやつ」
「ああ、ラルーのことか」
「そっちではそういうんだ」
「ああ、私も昔やったよ。懐かしい」
異文化交流を楽しく思いながら、自分の席に着く。
◆ ◆ ◆
と、いう訳で。
ベリィベリーさんはましろさんの学校の、一つ上の学年に通うことになった。
ちなみに苗字は一緒に考えた。
・・・・いや、本当は16歳なんだけども*1。
キルミラもそうだけど、バッタモンダーも『一般人を巻き込んだ作戦展開してきそうだよね』という満場一致の下。
ましろさんを一人にするのは危ないという結論に至ったので、ベリィベリーさんに学校に入ってもらうことになった次第である。
私は以前と同じバイト先でまたお世話になることが出来たので、駆けつけようと思えば駆けつけられるのだが。
やはり、現地でダイレクトに動ける人員がいると心強いものである。
「――――ましろんがリレーの選手!?」
さて、そんなある日のこと。
プリティホリックでお茶してると、自然と開催が近くなった体育祭の話になって。
そこからどの種目に出るのかと言う話題になった。
すると、ましろさんが選抜リレーの選手に自分から立候補したというのだ。
「珍しいね、手紙とかではいつも『走るのやだー』って言ってたのに」
「そうなんですか?」
「はい、ただ、その・・・・」
エルちゃんをお膝に乗せたあげはさんの言葉に、普通に驚く。
文通で零すほど運動に苦手意識があるのに、どうして・・・・?
問いかけに対し、ましろさんは少し照れくさそうに俯いてから。
「スカイランドでのこととか、これからのことを考えて・・・・やっぱり、変わりたいな、強くなりたいなって思って・・・・」
「でも、ましろさんは弱いわけじゃないですよ」
「うん、それはわたしも分かってる。ソラさんもツバサくんも、同じプリキュアとして頼ってくれているのは、十分に伝わっているよ」
ツバサくんへ頷いたましろさんは。
『でもね』、と視線を落として。
「優しいだけじゃ、守れないものもあるって・・・・思い知っちゃったから・・・・」
・・・・そんなことを考えていたのか。
いや、スカイランドで起こったことを考えたら、そう思うのは仕方のないことか。
「・・・・ひとまず、やれるだけやってみたらいいんじゃないかな」
私の隣で、あげはさんが指を立てて口を開く。
「普段やらないことに触れることで、見えることもあるだろうしね」
「そうですね、何事も挑戦です」
意見には賛成なので、私も一緒に頷いた。
「それで、やるからにはちゃんと走りたいと思って・・・・」
『だから』、と顔を上げたましろさんと目が合う。
分かってます、分かってます。
特訓ですよね?
「ベリィベリーさん、ツバサくん。リレーの特訓、付き合ってくれないかな!?」
・・・・アレーッ!?
◆ ◆ ◆
「まず、速く走るコツとしては、とにかく前を見ることだ」
「前を見る?」
「ああ」
早速やってきたソラシドパーク。
速く走るポイントとして、ベリィベリーはシンプルに告げた。
「雑念をなるべく入れないようにして、走ることに集中する・・・・私も体育祭とやらは初めてだが、観客も大勢来るのだろう?プレッシャーに負けないようにするというのは、とても大事だぞ」
「なるほどー!」
オウム返しをするましろだったが、解説を聞くことで言いたいことを理解する。
「僕もリレーのコツを調べて来たので、実際に走ってみましょう」
「はい!コーチ!」
タブレットを持ったツバサ指導の下、実際にジョギングコースを走り出すましろとベリィベリー。
「おおー、走ってる走ってる!」
そんな二人の様子を、エルとともに見守っていたあげはは。
やがて苦笑いしながら、振り向いて。
「ほら、ましろん頑張ってるんだから。応援したげなよ、ソラちゃん」
「ウッス」
しょんぼり肩を落としているソラへ、声をかけたのだった。
「かわいい妹分が成長しようとしてるんじゃん、いつまで落ち込んでるの」
「・・・・そう、ですね」
――――今回の特訓に際し。
てっきり誰もがソラにコーチを頼むと思っていたばっかりに、彼女を除外したのは驚いたものだ。
『ソラさんに頼んじゃったら、今までと変わらない』
『頼ってばかりじゃなくて、頼ってもらえるようにもなりたいんです』
聞けば、そんなことを言ってくるものだから。
基本的に意思を尊重する方針のソラは、頷かざるを得なかったのである。
「・・・・ましろん、結構気にしてるみたいだね。キルミラから庇われちゃったこと」
「・・・・ええ」
ソラは、物憂げな顔で考え込みながら。。
走り込みにバトンパスと、課題をこなしていくましろ達を見守るのであった。
「スピードに乗ったら、姿勢はまっすぐです!肘は前と後ろに大きく振りましょう!手は軽く開いて、リラックスです!」
「今、お前の足は風に乗っている!上半身の力を抜いて、気流に身を任せるんだ!」
「はいっ!」
「バトンを渡すときは、前の人を追い越すつもりで走りましょう!バトンは手のひらに押し付ける様に、しっかりと!」
「練習だから、いくらでも失敗しろ!訓練も本番も、躊躇する方が手痛い目にあうぞ!」
「はいっ!」
「はぁーっ!」
「ましろさん、よく頑張りましたね」
休憩時間。
レジャーシートの上に大の字で寝転がったましろ。
午前中だけでもたらふく走りとおしたのだ。
普段から運動が苦手であることを公言する彼女の疲労は、推して図るべきだろう。
「ましろー!」
「あはは、すごいねエルちゃん、たくさん歩いたねぇ」
「ええ、ましろさんに負けないくらいに動き回っていましたよ」
ましろの下へ、エルがよちよちと歩み寄って。
労う様に、額に手を置く。
そんな彼女達を微笑まし気に見ながら、あげはが口を開いた。
「今のエルちゃんは、体を動かすだけで楽しい時期だからねぇ」
「そっかぁ、わたしにもそんな頃があったのかなぁ」
「あったあった!」
あげはに曰く、『鬼ごっこの鬼をさせて、ずっと走り回っていた』とのことだ。
「ふふ、小さい頃のましろさんは、元気いっぱいだったんですね」
「そうそう!ましろんのパパもママも、みーんなへとへとになってもまだ元気だったんだから!」
「えへへ、何だか恥ずかしいや」
なんとなく照れ臭くなって、視線を青空に逃がしたましろ。
突き抜けるような蒼穹に、励まされたような気持になって。
「よぉーっし!」
両腕を突き上げて、やる気を漲らせたのであった。
◆ ◆ ◆
――――それから、ましろさんの特訓の日々が始まった。
朝は早くからランニング。
昼は学校での練習で。
夕方になったらリレーの特訓。
おうちでも、誰かにものを渡すときはバトンパスを意識している。
どんどん成長する実感があるのか、毎日に楽しそうにしているけれど。
やっぱり、慣れないことを続けた疲労は溜まるようで。
「ましろさん?」
ある日の夕方。
姿が見えない彼女を探すと、リビングで眠っているのを見つけた。
特訓から帰ってきて、そのまま夢の世界へ日帰り旅行に出てしまった様だ。
「よ、っと」
起こすのも忍びないので、部屋に運ぶことにする。
「・・・・ぅぅん」
そおっと抱き上げると、一瞬だけの身じろぎに焦るけど。
すぐ静かに寝息を立て始めたので、ほっと一息ついた。
起こさないように、細心の注意を払いながら。
慎重に階段を上り切って、ベッドへ横たえさせる。
依然、眠ったままのましろさん。
「ふふっ」
頑張っているのを知っているから、微笑ましくなって。
思わず寝顔を観察していると、髪がひと房。
目の辺りにかかっていることに気付いた。
そっと、手を寄せて。
顔からどかそうとして。
「・・・・」
――――言い訳をするのなら。
魔が差したのだ。
いつかの仕返しのつもりでもあった。
未だあどけなく寝息を立てる顔へ、息を殺しながら近づいて。
口先を、軽く当てる。
「――――は、は」
自分が何をしでかしたのか。
気付くと同時に、自嘲が笑いとなって漏れて。
「――――何様のつもりだよ」
自分の、あまりのみじめさに。
深く、深く。
項垂れる。