「――――それでね、ベリィベリーさんすっごく足が速いの!バトンを渡すまで全速力で走らないといけなくて」
体育祭前日の夜。
海外の両親と通話するましろは、近況を報告していた。
「本番は違う人だから、上手くバトンを渡せるか心配だよ・・・・」
『おー!ましろちゃん、いつになくやる気だね!』
『ましろが体育祭を楽しみにしてるなんて、初めてじゃない?』
来る本番への緊張を口にするましろだったが、両親の目には少し違って見えたらしい。
「もう、楽しみなんじゃなくて、緊張してるんだよ」
訂正こそ口にしたが、確かに例年と違って楽しみに思えているところもあって。
だけどなんだか恥ずかしいので、やっぱり緊張してることにするましろ。
『ああー!今すぐソラシド市に帰りたいよ。ましろちゃんが走るとこ、見たい!』
『応援してるからね、ましろ!』
そんな娘の内心を知っても知らずとも、優しく背中を押してくれる両親へ。
ましろは笑顔で頷いた。
「――――美しい街だねぇ」
ビルの上に立つ彼は、街並みを見下ろしている。
「だけど、美しいものほどもろく壊れやすい」
視線の先には、体育祭一色に染まったソラシド学園中等部。
「嗚呼、本当は壊したくないのに」
欠片も思っていないことを口にして。
バッタモンダーは笑みを浮かべた。
――――火矢が高らかに咆えて、体育祭の開催を告げた。
綱引き、玉入れ、障害物競走に、騎馬戦。
小学校に比べて、迫力が増した競技に。
来賓や観客は大盛り上がりだ。
「ましぉー!!べいべいー!!」
「二人ともすごかったですね!」
「うんうん!」
ソラ達も生徒の家族として駆けつけ、観客席で観戦している。
「騎馬戦とか、ベリィベリーちゃん無双だったもんね」
「うちの頼れる同僚ですからね」
「ましろさんも!玉入れ、すごかったです!」
(プリキュアになったからかな、他の子より入ってた印象だったなぁ)
盛り上がる若者達を見て、ヨヨも嬉しそうに笑っている。
そうしてプログラムは粛々と進んでいき。
いよいよ、目玉であるリレー競技になった。
整列してグラウンドに入ってくる生徒の中に、ましろがいる。
「ましろん、少し緊張してる?」
「そうですね・・・・でも、今まで頑張って来たんです」
「そうですよ!だから、きっと・・・・!」
ましろの順番は、アンカーの一つ手前だ。
遠くから見ても張りつめている彼女に、ソラ達観客席もつられて固唾を呑んでしまう。
「いちについて、よーい!」
ぱぁん、と。
スターターピストルが鳴った。
我先にと一斉に走り出す第一走者達。
バトンは次々渡されて、ましろの順番が回ってくる。
「結構いい順位だよ!」
「ええ、余裕を持てますね」
トップスリーを維持し続ける赤のゼッケンを見守っていたソラ達。
「あ、バトン来た!ましろんきた!」
「ましろさーん!頑張ってー!」
「まちろー!」
バトンがましろに渡ると同時に、声を張り上げた。
「ましろさん!!走って!!走って!!」
仲間達の声援が届いたのか、高順位を維持し続けるましろ。
「すごいすごい!」
「特訓の成果出てるよ!!」
「行ける!行けますよ、ましろさん!!」
リレーに出ると話してくれたあの日から、まさしく昼夜問わずに練習した姿を知っているから。
ソラ達の応援にも力が籠る。
(走れてる・・・・行ける!!)
自分でも驚くくらいの成果に、ましろも高揚していた。
「ましろん!」
アンカーの、るいの姿が見えてくる。
(あと少し、もう少し!!)
背中に他の走者の気配を感じながら、ラストスパートをかけようとした。
――――その時、だった。
「――――ぁ」
足が、もつれた。
スピードに乗り切っていたましろの体が、前にぐるんと回転する。
嫌になるほどスローモーションになった視界を、呆然と見ることしか出来ないましろは。
「ああッ・・・・!!」
盛大に、転んでしまったのだった。
「まずい・・・・!」
選手待機所で見守っていたベリィベリーも、思わず立ち上がる。
幸い怪我はないが、思ってもみなかったアクシデントに動揺してしまうましろ。
実際の時間ではほんの数秒だが、次々追い抜かれて。
あっという間に最下位になってしまった。
(どうしよう、どうしよう・・・・!)
心が軋み始めたましろは。
ほとんど無意識に、観客席を。
ソラ達を見た。
「――――ッ」
大好きな、青い瞳が。
こちらを心配して揺れている。
それを目の当たりにしたましろは、口元を結んだ。
(そうだ、わたしは何の為に特訓したの?何の為に頑張ったの?)
――――思い出す、スカイランドでの出来事。
キルミラを前に、怯えるばかりか腰まで抜かしてしまった情けなさ。
巨大ランボーグに苦戦して、ソラの尊敬する人を失ってしまった悔しさ。
「ッあああ!!」
頼ってばかりではダメだと、これからは頼ってもらうんだと。
痛みを堪えて、無理にでも走り出す。
アンカーまでの数メートル。
走ればあっという間であるはずの距離が、酷く長く感じる。
自分の所為で、順位は落ち切った。
少しでも挽回しなければと、無我夢中で前を見る。
「ましろん!!」
叫ぶるいに、バトンが渡った。
「あとは、任せて!!」
倒れ込む様に渡されたそれを、強く握りしめたるいは。
ひたすらに、がむしゃらに。
ライバル達を、追いかけていった。
◆ ◆ ◆
――――ましろさん達のクラスは、惜しくも二位でのゴールになった。
アンカーの子はものすごく頑張っていたけれど、あと一歩が及ばず。
けれど、その健闘ぶりを誰もが拍手を以て讃えていた。
「――――ましろさん?」
だけど、その喝采の中にましろさんがいないことに気が付いて。
なんとなく胸騒ぎがしたので、ヨヨさんに一言告げてから探しに回ってみる。
・・・・案外、早くに見つかった。
「ましろさん」
「・・・・ッ」
体育館の裏、運動部用であろう手洗い場。
声をかけると、肩が跳ね上がった。
「・・・・大丈夫ですか?」
「ぁ、ははは。その、どうしても水が飲みたくて!汗もかいちゃったし、だから・・・・」
まるで悪事がバレた子供の様に視線を泳がせたましろさんは、明らかに誤魔化し目的の笑顔を浮かべて。
背中を向けてしまった。
・・・・何か、言葉をかけたかったけれど。
今それをやるといけない気がして、口をつぐむ。
「・・・・わたし」
すると、ましろさんは背を向けたまま。
やがて、静かに話し出してくれた。
「走るの、苦手で・・・・本当は、リレーも自信なかったんです」
小さな背中が、震えている。
「でも、自分で変わりたいと思ったから、みんなと特訓したから・・・・だから、出来ると思っていたんです・・・・!」
声に、涙が滲んでいる。
未だ伺えないあの子の瞳には、きっともっと多くの涙が溜まっているのだろう。
「なのに、大事なところで転んじゃって・・・・わたしの所為で、一番に・・・・なれなくて・・・・!」
ああ、知っている。
見ていたから、分かっている。
外野である私達が、想像している以上に。
「悔しいです・・・・」
嗚咽が聞こえて来た。
「頑張ったのに、結局、なんにも・・・・!」
何度も顔を拭いながら、ましろさんは思いを吐露する。
「悔しい・・・・悔しいよ・・・・!」
それっきり、言葉らしい言葉が出てこなくなった。
背中越しでも分かるくらいに、ぼろぼろと涙を零しながら。
『悔しい』と、『ごめんなさい』を繰り返すましろさん。
・・・・その縮こまってしまった背中を、やっぱり放っておけなくて。
「・・・・確かに」
口火を切る。
気を付けたつもりだったが、びくりと震えて振り向く彼女に罪悪感を覚えながら。
「頑張ったからと言って必ず結果が伴うわけではありません」
それでも、続ける。
「だけど、全てが無駄になるなんてことは、ありません」
案の定、大粒の涙を零し続けるましろさん。
日陰の中にいる彼女に歩み寄って、親指で拭ってやる。
「貴女がこれまで頑張ったことは、確かに糧となっています。積み重ねた分だけ、確かに成長しています」
「・・・・ソラ、さん」
そっと、頭を撫でてから。
あやすように、抱きしめる。
「転んで悔しかったでしょう、追い抜かれて悲しかったでしょう・・・・でも貴女は、諦めずに前を見ていた。前を見れていたんです」
「・・・・ッ」
「貴女のその走りで、アンカーのあの子も奮起出来たはず」
ましろさんからバトンを受け取ったあの子は、『任せて』と口にしていた。
転んだこの子を、決して責めはしていなかった。
「素晴らしかったです。最後まで、本当によく頑張りましたね」
「・・・・ソラさぁん!」
色んな感情が、キャパシティを超えたのだろう。
ましろさんが、再びボロボロと涙し始めた時だった。
「――――ましろーん!!!」
大声が聞こえた。
「んっく・・・・るいちゃん?」
「知り合いですか?」
「は、はい、さっきのアンカーの・・・・」
言い終える前に、件の子がこちらにやってきて。
私達を見つける。
「ましろん!」
「る、るいちゃん」
先ほど転んでしまった負い目があるのだろう。
一歩、身を引いたましろさんだったが。
るいさんと言うらしいアンカーの子は、ひとっ跳びでましろさんに迫ると。
るいさんが来ると同時に解放していた、ましろさんの手を握りしめて。
「ましろん!!すごかった!!」
開口一番に、そう断言した。
「わたし、最初は大丈夫かなって思ってたの。ましろん運動苦手だし、なのに今回リレー選手に立候補して、でも!!」
まくしたてる、るいさんの目。
キラキラとした輝きが放たれていて。
「ましろんが、まっすぐ来てくれたから!転んでも、追い抜かれても、諦めずに来てくれたから!!だからわたし、頑張れたよ!!思いっきり走れたよ!!」
「るい、ちゃん」
「一位になれなかったんじゃないよ!ましろんが頑張ってくれたから、わたしも頑張れて、だからドベから二位までいけたんだよ!!」
『だから!』と、とびっきりの笑顔を浮かべて。
「ありがとう!ましろん!!」
「・・・・ッ!」
・・・・その言葉が、とどめになったんだろう。
「・・・・いいの・・・・いいのっ・・・・!」
ましろさんの両目が、再び涙で溢れて。
「ごめん、転んじゃって、ごめんね・・・・!!」
「いいんだよ、ましろん、いいんだよ・・・・!!」
るいさんも、つられてしまったらしい。
抱き合った彼女達は、やがてわんわんと泣き出してしまった。
・・・・子供が泣き合っている目の前で、なんだけども。
安心した。
正直ちょっと心配してたんだよね。
学生時代のこういうのって、結構後まで尾を引くから。
けれど、結局私の心配は杞憂だったようだ。
ましろさんは、私が思っている以上に。
素敵な友達に恵まれているらしい。
泣きながら、謝り合いながら。
健闘をたたえ合う様を見て、こちらも胸が温かくなって。
(――――だから)
――――湧きあがった、邪な気配。
「ランボーグ!!」
続けて聞こえてきたのは、もうおなじみとなった声。
ましろさん、るいさんと一緒にグラウンドに出てみれば。
やっぱり暴れているランボーグ。
「あれ、近頃出て来てるっていうバケモノ!?」
「こんな時に・・・・!」
さて、ましろさんはともかく、るいさんもいるこの状況。
まあ、悩む間もなく、やることは一つである。
「二人とも、急いで避難を!!」
「そ、ソラさんは!?」
「私は他に逃げ遅れた人がいないか探してきます!!」
ミラージュペンを、ましろさんだけに見える様にしてウィンクすれば。
だいたいの思惑を察してくれたらしい。
「ゎ、分かりました!」
「気を付けて下さいね!」
「はい!」
るいさんと一緒に逃げていくましろさんを見送ってから。
私は物陰に隠れる。
「――――ひろがるチェンジ、スカイッ!!」
即行で変身して、ライン引きを素体にしたらしいランボーグの前に。
「来たね、キュアスカイ!強い者が弱い者を虐げる醜い大会、壊させて――――」
「――――ひろがるスカイソードッ!!」
バッタモンダーが何か言っているが、付き合う義理はない。
「――――サンダーッ!!!」
文字通り、一太刀でぶった切ってやる。
「スミキッター・・・・!」
「は、ハァッ!?」
一瞬で浄化されて、元のライン引きに戻るランボーグ。
「っあ、やべ」
まさしく出オチとばかりに終わった戦闘に、狼狽えるバッタモンダーの隣に立って。
剣を、突き付けて。
「――――失せろ」
「ば、バッタモンモン!!」
ちょいと、威圧してやれば。
呆気なく気圧されたバッタモンダーは、捨て台詞すら残さず退散していったのだった。
・・・・ましろさんが。
悔しさに涙するくらい、本気で頑張ったんだ。
「水を差すんじゃねーよ、バーカ」
――――ちなみにキラキラエナジーは、ウィングが回収してくれた。
優秀!!
いよっ!!デキる男!!
◆ ◆ ◆
体育祭は、ましろとベリィベリーが属する紅組の優勝で幕を閉じた。
万雷の喝采に狂喜乱舞する少年少女達に交じって、各々のクラスメイトと抱き合う彼女達を見守って。
ソラ達も惜しみない拍手を送った。
「――――涙が出るくらい悔しいなんて、初めてだよ」
帰宅後。
虹ヶ丘邸の東屋で涼んでいる中で。
ましろは体育祭についてそう零す。
「でも、新しい自分に出会うってドキドキしない?新作のコスメ試した時みたいで!」
「あはっ、そんな感じかも!」
あげはの言葉に笑い声を上げるましろ。
「・・・・今回、貴女は、どんな自分に出会えましたか?」
「えっと・・・・」
ソラの問いかけに、少しだけ思案したましろは。
「・・・・思ったよりも走るのが好きで、思ったよりも負けず嫌いな自分。かなぁ」
「うふふ、今のましろさんはエルちゃんと同じね」
そんなコメントを残した孫娘を、微笑まし気に見守ったヨヨは。
ツバサやベリィベリーと遊ぶエルを見ながら、ましろのことをそう表現する。
自分の中にたくさんの可能性があることに気付いて、どんどん成長していく。
良い意味で、赤子なのだと。
「チャレンジしてみて、よかったわね」
「・・・・うん!」
夕焼けに照らされた、ましろの顔には。
晴れやかな微笑みが湛えられていた。
出オチにしてごめんな、紋田・・・・。