ヒーローガールは異物入り   作:数多 命

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大分長いですが、切りどころを見つけられなかったので上げちゃいます。


偽物、判決

――――端的に言うのなら、それは偶然の産物だった。

特殊な呼吸を行うことで、体の強化と気功を扱い。

『木剣でものを切る』という離れ業を成し得ているソラ。

そんな彼女が、始めに習得したのがその呼吸だったという。

それをしながら水の上に立つと、まるで花のような波紋が浮かぶことから。

『波紋』と名付けられた呼吸法。

とはいえ、当時まだまだ幼かったソラは十分に戦えなかった。

なので、文字通り人助けに使っていたらしい。

具体的には、両親やご近所さんのマッサージをしたり、打撲や骨折などの怪我を負った人の応急処置など。

コップにいれた水を、ゼリーのように固めて見せたりして。

弟を始めとした幼い子ども達の、遊び相手にもなっていたそうだ。

 

――――それが変わったのは、とある薬草を取りに行った時のことだった。

 

突然だが、スカイランドには『クラガリシップ』という苔が広く分布している。

主に洞窟で見かけることが多いそれをペースト状にして、他の薬草と調合すると。

名前の通りとても良い湿布薬になるのだ。

一方で光に弱く、特に太陽に少しでも当たってしまうとあっという間に枯れてしまうという欠点がある。

扱いが少し難しい、中級者向けの薬草でもあるが、布一枚かぶせてやればなんとかなるので。

国土のほとんどが洞窟の中にあるクシザス王国はもちろんのこと。

スカイランドの、近くに洞窟がある地域の子ども達にとっては。

薬師や行商に持っていけばそこそこの金額になる、とても良い小遣い稼ぎのもとだった。

その日のソラも例に漏れず、小銭を稼ぐために近くの洞窟を訪れていた。

波紋の呼吸をしたまま、とある一画に指先を少しだけ触れさせた途端。

その全てが、たちまちのうちに枯れ果ててしまったというのだ。

この光景を目の当たりにして、戦慄を覚えた幼いソラ。

身の回りに吸血人を始めとした、日光が致命的である存在がいなかったが故の失念だった。

それからというものの、クラガリシップのように日の光が弱点である植物で独自に検証を重ねた結果。

 

「――――『波紋』が、太陽と同じ力を帯びていると付き止めた。ということです」

「なるほど・・・・」

 

あれから三日。

謁見の間。

意識を取り戻したソラから聴取を終えたシャララは、その報告を行っていた。

 

「それ以来、罪のない人を殺めかねない技術だということで、今日まで封印していたということですが・・・・」

「キルミラが甚大な被害を及ぼしたことで、解禁したということか」

「ああ」

 

ジークフリートの言葉に、こっくり頷くシャララ。

 

「・・・・・処分は潔く受け入れるとも言っていた。操られていようが、決して本心でなかろうが、多くの人を殺めたのは事実だから、と」

「・・・・そうか」

 

ふーっと息を吐き出しながら、国王は己の眉間を揉む。

 

「・・・・クシザスの元老院は、なんと?」

「ソラがキルミラを討伐したことで、一時は混乱しましたが・・・・概ね、まとまりつつあります」

 

一度は、処刑も検討されていたということだったが。

諸悪の根源であるキルミラが、他でもないソラの手で討伐されたことで。

功績を無視出来なくなったそうだ。

 

「そうか、では・・・・」

「ええ、陛下が予想している通りかと」

 

――――エルの恩人が、死ななくてよくなったことに。

国王は、再び息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――やっほーソラちゃん」

「あげはさん」

 

スカイランド城、牢獄。

キルミラを倒したとはいえ、その程度で私の罪が消えるわけないので。

相変わらず檻の中である。

壁に寄りかかって、今後について考えていると。

あげはさんが訪ねて来てくれた。

 

「具合はどう?」

「ええ、問題ありません・・・・治療、ありがとうございました」

「いーってことよ!」

 

向き直って頭を下げると、にかっと笑い返してくれる。

・・・・あんなことを、しでかしてしまったのに。

変わらずに接してくれる優しさが、身に染みる。

 

「・・・・ましろさんは、どうですか?」

 

それはそうと。

一番の心配なことを聞いてみると、途端に顔が曇ってしまった。

・・・・やっぱり。

まだ眠ったままか。

 

「・・・・ヨヨさんも、ツバサくんも、あれこれ調べてくれてはいるんだけど」

「・・・・すみません、何か出来ればよかったのに」

 

・・・・デインリアルの呪いは、命を削る。

こうしている間にも、ましろさんは刻一刻と蝕まれている。

そもそもの話。

ましろさんを呪ってしまったのは、他でもない私だ。

だから、私がどうにかしなければならないのに。

捕らわれている今は、書物を紐解くことすらままならない。

 

「ソラちゃんだけの所為じゃないよ」

「けど、責任を負わなければならないのは事実です」

 

慰めてくれるあげはさんに感謝しつつも、きっぱり言い切る。

 

「『私は悪くない』なんて言い張れる段階は、とっくに通り越しているんですよ」

「・・・・ソラちゃん」

 

悲痛な顔をさせてしまって、申し訳ない気持ちになるけれど。

状況が切羽詰まっているのも事実。

――――500年も、キルミラを縛り続けて来ただけあって。

デインリアルに内包された怨念は、本物だ。

あげはさん達に浄化されて弱っているとはいえ、未だ健在なのがその証拠だろう。

今のましろさんは、プリキュアの力に守られているから眠るだけで済んでいるけど。

それもいつまで持つか分からないと、昨日やってきたヨヨさんが話していた。

 

(せめて、ましろさんから呪いを除ければいいんだけど)

 

最悪解呪出来なくてもいい。

あの子が、呪いに、蝕まれることが。

な、く・・・・なれば・・・・・。

 

「ソラちゃん?」

「ぁ・・・・いえ、すみません、少し考え事を」

「大丈夫?」

「ええ、なんともありませんよ」

 

――――上手く、笑えていただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

翌日、謁見の間。

ソラは両手を縛られて、膝をついていた。

スカイランド国王の他にも、クシザスの重鎮達も揃っている。

今日は、ソラへの処分が言い渡される日だった。

 

「――――では、ソラ・ハレワタール。以上の罪状に間違いはないな?」

「はい」

 

クシザスの最高裁判長からの問いかけに、こっくり頷くソラ。

本当はもっと時間をかけて審議を重ねるのだが。

あまりの被害の大きさに、民衆の不安と禍根は高まりつつある。

なので、取り急ぎ有罪か無罪かだけでも発表してしまって、なんとか宥めようと試みているのだった。

 

「キルミラに操られていたのは事実ですが、多くを殺めたのもまた事実です。なんの言い訳も致しません」

 

実に潔く、読み上げられた『罪状』を認めるソラを。

ヨヨは沈痛な面持ちで見守っていた。

 

「うむ、潔くて結構」

 

民族衣装で顔を隠すことが多い吸血人は、ビジュアルではなく言動に重きを置いて人を評価する傾向にある。

故に裁判長は、ソラの態度にとても好感を抱いている様だった。

 

「その通り、特に我がクシザスは壊滅的な被害を受けた。民間人の殺害はもちろんだが、国王オーディンまで手に懸けたことを見逃すわけにはいかない」

 

『だが』と、一度言葉を区切って。

 

「そなたがキルミラを見事討伐したのもまた、覆しようのない事実だ」

「そもそも、我々の調査においても、普段の素行に問題がないのは明らか」

「青の護衛隊として、プリキュアとして、多くの人々を守っているのが認められた」

 

厳かに評決内容を述べていく裁判官達。

 

「以上のことから、死罪に処するにはあまりにも惜しい人材であるというのが、クシザス、スカイランド共通の結論である」

 

黙して耳を傾けるソラ。

だが、死罪が免除されると聞いて、酷く驚いている様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――故に」

 

 

 

 

「そなたに下す判決は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――七試練?」

「ええ」

 

相変わらず眠るましろの傍で。

あげははヨヨから聞いた言葉をオウム返しする。

 

「随分古い刑罰を持ち出しましたね」

「もともとは、キルミラの被害に遭ったヒーローの為のものだから。今回のソラさんに当てはまると判断されたのよ」

「それって、どんなやつなんですか?」

 

あげはの質問に、ヨヨは一つ頷いて。

 

「名前の通り、七つの難解な試練を課せられる刑罰よ。今回のソラさんの様に、望まず罪を犯してしまったヒーローの更生を、手助けするものなの」

「期限内にクリア出来ないと、それはそれで大変なことになっちゃうんですけど・・・・」

「少なくとも、今すぐソラの夢が潰えることは、なくなったということだ」

「なるほど」

 

ヨヨとツバサ、それからベリィベリーの説明を受けたあげはは、にやっと笑う。

 

「・・・・それって、私達でサポートするのはアリです?」

「全然アリよ」

 

上げられたヨヨの親指に、ガッツポーズ。

 

「よぉーっし、それじゃあ私達も頑張ろう!」

「はい!」

「ああ」

 

笑い合う彼らを見守りながら、ヨヨはふと。

愁いを帯びた顔になる。

――――思い出すのは、判決が下された直後のこと。

ソラが口にした、とある提案。

 

(愛は、時にどこまでも残酷になってしまうのね)

 

未だ眠り続けるましろを見下ろして、ひそやかにため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

目を覚ますと、真っ白だった。

 

「・・・・ぇ?」

 

右も、左も。

一点の曇りもない真っ白ぶり。

身を起こしたましろは、困惑しながら周囲を見渡す。

 

「わたし、ソラさんに刺されて・・・・それで・・・・」

 

直前のことを思い出そうとするが、ソラに刺されて以降はどうしても思い出せなかった。

 

「・・・・死んじゃったのかな」

 

よもや、ここはあの世というものか。

もっと情報を得ようとして、立ち上がる。

 

「あ」

 

より遠くを見渡せるようになった視界に、何かが見えた。

見知った後ろ姿。

ソラだ。

 

「ソラさん!!」

 

名前を呼びながら、駆け寄る。

走っている間、普通ではない状況も相まって。

これは自分の幻覚ではないかと不安になったが。

幸いにもそんなことはなく。

 

「よかった、無事だったんですね!」

「ましろさん」

 

振り向いた彼女に飛びつけば、笑みがこぼれる。

 

「ここはどこだか分かりますか?一緒に帰りましょう!」

 

手を取って、そのまま歩き出そうとするが。

 

「大丈夫です」

「えっ?」

 

するりとほどけた手に、困惑した。

 

「私は大丈夫ですから」

「ソラさん・・・・?」

 

薄い笑みを浮かべて、機械的に『大丈夫』とだけ告げるソラは。

おもむろに一方を指さした。

 

「あれが見えますか?」

 

促されるままに見やれば、青い光が見えた。

まるで、青空がそのまま雫になったような色合いだ。

 

「このまままっすぐ、あの光を目指しなさい。そうしたら帰れますから」

「ぁ、ありがとうございます。ソラさんも一緒に――――」

「――――私は、大丈夫です」

 

再び、握った手がほどかれる。

ソラは、優しい笑顔を浮かべたまま。

次の瞬間には、まるで霞の様に消えてしまった。

 

「・・・・」

 

困惑のままに、先ほどまでソラがいた虚空を見つめるましろ。

・・・・直感だが。

本人では、ないと思う。

しかし同時に、偽物でもないと感じた。

 

「・・・・」

 

もう少しだけ悩んだましろは、やがて口元を結ぶと。

光とは逆方向に歩き出した。

・・・・なんだか、そうしなければいけない気がした。

 

「――――ぁ」

 

やがて、また人影が見えてくる。

ソラだった。

何かを前にして、膝をつき、手指を組んでいる。

何をしているのかは、近付いてすぐに分かった。

墓参りだ。

 

「・・・・誰の、お墓なんですか」

 

隣に立っても、微動だにしないソラに。

恐る恐る、問いかける。

ソラは、黙したままだ。

 

(・・・・ごめんなさい)

 

少しだけ申し訳なく思いながら、数歩だけ墓石に近づいた。

スカイランドの文字だったので、名前は読めなかったが。

生誕から享年までの数字はなんとか読めた。

 

(たった8年で亡くなってる・・・・)

 

そのあまりの短さに、ましろも思わず手を合わせていると。

 

「――――戻りなさい」

 

今までだんまりだったソラが、話しかけて来た。

びっくりして振り向くと、先ほどのソラと同じように一方を指さす。

 

「あの光を目指せば、帰れますから」

 

温かくて、だけどどこか寂しそうな顔。

 

「・・・・その前に、教えてもらえますか?」

「なんでしょう」

「これは、誰のお墓なんですか?」

 

だけど、追及しても上手くかわされてしまいそうだったから。

ましろは墓石に目をやって、問いかける。

 

「――――ソラ・ハレワタール」

「――――え」

 

どういうことだと、問い詰めようとした時には。

やはり先ほどと同じように、掻き消えていた。

 

「・・・・ッ」

 

光は、まだ見えている。

これ以上進んでいいものか、さすがに少し悩んだが。

やっぱり、光に背を向けた。

 

「――――ッ」

 

――――次に見えたものに、進んだのを思いっきり後悔した。

 

「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね・・・・!!」

 

ソラが。

人を刺している。

それも一度や二度ではない。

何度も、何度も、執拗に。

返り血で、全身が真っ赤になってもなお。

刃を振り下ろし続けていて。

 

「ッソラさん!!」

 

思わず駆け寄って、羽交い絞めにする。

敵わないと分かっていても、動かずにいられなかった。

 

「やめて!!ダメです!!殺しちゃダメ!!」

 

束の間、凶行を止められはしたが。

 

「離せぇッ!!」

「ああッ!!」

 

案の定どうすることも出来ず。

あっという間に振り払われてしまった。

 

「――――止めないで」

 

相手は、九分九厘で日本人だろう。

二十代半ばほどの女性に見える。

彼女の上に乗ったまま、返り血だらけのソラは懇願してきた。

 

「こうしなければならないの、止めないで・・・・!!」

 

どう見ても、立派な人殺しのビジュアルなのに。

泣きそうな顔から、目を離せなくなって。

ましろが、呆然としていると。

 

「帰りなさい」

 

同じように、一方を指さす。

 

「ここは、貴女がいていい場所じゃない」

 

血が溶け込んだ、真っ赤な涙。

一粒だけを残して、ソラも、女性も。

まるで最初からなかったかのように消えた。

 

「は・・・・は・・・・は・・・・」

 

やや荒く、息をする。

今までよりも、長く、長く悩んだが。

 

「・・・・行かなきゃ」

 

それでもましろは、光に背を向けた。

今しがたのソラが、強烈に脳裏に焼き付いたせいで。

足取りはだいぶ重たかったが。

それでも、このまま引き返してはいけない様な気がして。

前に、進み続けた。

 

「――――あばん、すとらーっしゅ!!」

 

そんなましろを出迎えたのは、幼い声だ。

 

「どとーざんこんけん!さんれんげき!」

 

いつの間にか俯いていた顔を上げると、小学校低学年くらいの女の子が。

傘を逆手に持って振り回している。

 

「ばんかい!てんさざんげつ!」

「・・・・」

 

ソラではない。

だけど、無関係とも思えなかった。

 

「げつが、てんしょおー!!」

「・・・・かっこいいね」

「うひゃっ!」

 

話しかけると、ぴゃっと飛び上がってしまう女の子。

こちらを振り向くと、気恥ずかしそうにもじもじし始めた。

 

「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったの」

「・・・・うん、いいよ」

「ありがとう」

 

日本人だろうか。

黒髪に黒目と、典型的なカラーリングだ。

 

「ヒーローが好きなの?」

「・・・・うん、好き。おままごとやお人形遊びよりも好き」

「そっかぁ」

 

背中に隠された傘と、身に着けているマントから予想して。

ましろが話しかけてみる。

どうやら合っていたようで、女の子はにこっと笑った。

 

「でも、変かな・・・・女の子なのに、ヒーローごっこが大好きなの」

「ううん、わたしはそう思わないかな」

「ほんとに?」

「うん!・・・・ここだけのお話ね」

 

落ち込んでしまった女の子へ、ましろは声を潜めて。

 

「わたしの知り合いに、とってもかっこいいヒーローの女の人がいるんだよ」

「そうなの!?」

「うん、だから、女の子がヒーロー好きでもいいんだよ」

「えへへ、そっかぁ」

 

微笑みかけると、女の子は嬉しそうにはにかんだ。

 

「あ、そうだ」

 

ひとしきり喜んだ彼女は、思い出したように指をさして。

 

「帰り道はあっちだよ!お姉ちゃん!」

 

溌溂と言い残して、また消えてしまった。

女の子が指さしたのは、やはり青い光。

ましろはしばらくその方向を見つめてから。

 

「・・・・行かなきゃ」

 

やはり、背を向けたのだった。

歩き続けていると、景色に変化が訪れる。

木立が増えて来て、どこかの里山のような風景に変わっていく。

やがて見えてきたのは、どこかの崖。

背中を向ける女性と、その足元に横たわる。

 

「そら、さん・・・・?」

 

十にも満たないくらいの、幼い姿だ。

頭から血どころか、中身らしきものまで零れている。

もうどうにも出来ない状態なのは、手に取る様に分かった。

 

「――――欠片も」

 

背を向けたままの女性が、口を開く。

 

「欠片も、望んだ覚えはなかったんです」

 

ふと、ましろは違和感を覚えて。

それが異臭であることに気が付いた。

よく目を凝らせば、女性は全身がボロボロで。

なんならそこかしこが化膿している。

臭いの元は、そこだった。

 

「けれど、こうなってしまった。だから、少しでもいい人になって、いいことをやろうと思っていたんです」

 

とつとつ、零れる懺悔を。

ましろは、黙って聞いているしか出来ない。

 

「――――でも、結局ダメだった」

 

「幼子を押しのけた人殺しは、猿真似しか出来ない偽物は」

 

「何も成せないまま、成さないまま死ぬのがお似合いだったんです」

 

彼女が、振り向いた。

先ほどの女の子が、大人になったのだと分かる容姿だった。

 

「――――ごめんなさい」

 

その顔も例に漏れず、傷と化膿でボロボロで。

だけど、どこか見覚えのある笑みを浮かべていた。

 

「私は貴女の身を、心を、散々弄びました」

 

彼女が何者か分からない/本当は分かっている。

 

「もう、金輪際貴女に関わりませんから」

 

どうしてここにいるのか分からない/本当は分かっている。

 

「だから、最後に一つだけお節介を焼くことを、ご容赦ください」

 

目を見開くましろの前で。

今までと同じように、指をさす。

 

「――――あの光を目指しなさい」

 

全く別の顔なのに。

同じ優しさを湛えた笑顔で。

 

「ここは、貴女の様な優しい子に、相応しくない場所です」

 

帰り道を、教えてくれて。

 

(――――ぁぁ)

 

――――分かっている。

ここがどこで、彼女が誰なのか。

もうとっくに理解している。

何かを言いたくて、伝えなきゃいけなくて。

だけど、上手く言葉が出てこなくて。

 

「・・・・ッ」

 

どうしようもなく。

涙があふれた。

あまりにも悲しくて、あまりにも切なくて、あまりにも残酷で。

何よりも。

自分に出来ることが、びっくりするくらい何もなくて。

それが、ただただ悔しくて。

 

「――――急いでください、ましろさん」

 

名前を呼ばれる。

顔を上げると、ソラがいた。

体は相変わらずボロボロで、今この瞬間も痛くてたまらないだろうに。

 

「このままここにいたら、貴女は本当に助からなくなってしまう」

 

ましろの手を取って、光の方へ導こうとする。

控え目ながらも握ってくれた手は、傷と膿でぶよぶよのべたべたで。

お世辞にも綺麗だとはとても言えなくて。

 

「ぁぁ・・・・」

 

気付けば、悍ましい気配が近付いてきている。

捕らえられればどうなるか、悪寒が全てを物語っている。

 

「ぁぁあ・・・・!」

 

だけど。

こんなに優しい人が、ずっと守ろうとしてくれている人が。

ここまでの目に遭わなくてもいいことだけは、理解出来て。

悲しさで、足が動かない。

 

「・・・・ましろさん」

 

参ったなと言いたげな声色が、また優しく名前を呼んだ。

 

「今まで、ありがとう」

「ッ――――!」

 

まるで、遺言のような言葉に顔を上げた時には。

もう、高く放り投げられた後だった。

体が浮かぶ。

戻ろうとしても、戻れない。

下を、ソラを見下ろせば。

悍ましく赤黒い、無数の手に。

がんじがらめにされているところで。

 

「――――ホットケーキ!!!」

 

ありったけの声で、がむしゃらに叫ぶ。

 

「帰ったら、たくさん作ります!!」

 

傷を抉られて、芯まで侵されていく彼女が。

少しでも、生きる理由を持てるように。

 

「だから!!お願い!!死なないで!!!」

 

いよいよ遠くなる、大好きな人の名前を。

 

「ソラさあああああああ――――んッッ!!!!!!」

 

持てるすべてで、絶叫する。

――――最後に、見たのは。

『それだけで十分だ』とばかりに、花のような笑顔を浮かべた。

ソラだった。




「――――操られていたとはいえ、ましろさんを呪ったのは他でもない私です」

「呪詛返しは、十分成立するはず」

「どうか、お願いします」

「まずは一人、救う我儘を」

「お許しください・・・・!」
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