ユウカとアカネが会話していた時から少し時間は巻き戻る。
「すごく言いにくいんだけど……生徒会を襲撃するっていうのは僕は反対だよ」
飛鳥の言葉にヴェリタスの部室が静まり返る。
けれど、その静寂も長くは続かなかった。
「先生っ!? なんでよ!! このまま私達の居場所がなくなってもいいっていうの!?」
爆発したのはモモイだ。目を吊り上げ、ズンズンと足を鳴らしながら彼女は飛鳥に詰め寄る。
けれど、そんなモモイに飛鳥は怯むことなく首を横に振った。
「そうじゃない。僕だってゲーム開発部をこのまま廃部にさせるつもりはないよ」
「じゃあ何で反対するんですか!?」
モモイの後ろからミドリが同じように目を吊り上げながら詰め寄って来る。その後ろには不安そうに眉尻を下げるアリスと、いつもよりもほんの少しだけ険しい表情でこちらを睨むユズがいた。
それでも、飛鳥は譲るわけにはいかなかった。
「僕は、君達にやり方をもっと考えて欲しいんだ。確かに、ヴェリタスの皆が提案した作戦はこの場にいる皆の望みを叶えるという点において有効なのは認めるよ」
「じゃあそれでいいじゃん!」
「いいや、それはダメだ。少なくとも、今の段階ではね」
「わっかんないよ! 先生が何を言いたいのか──」
それに気が付いたモモイがハッとしてそちらの方を振り返る。
「先生。
いつもどこかふわふわしていたコタマが、この場の誰よりも真剣な目で飛鳥を真っすぐ見つめていた。
いい加減な答えは許さない。そんな意思をはっきりと感じられるほどに鋭い視線だった。
だから、飛鳥はそれに応えるように真っすぐとコタマの目を見つめ返して口を開く。
「今回の目的は”鏡”を手に入れること。確かに、没収された経緯を考えれば正直に『返して欲しい』と言っても通らないと思う。それでも、いきなり生徒会を襲撃するというのは余りにもリスクが高すぎると思うんだ」
飛鳥の言葉に、その場の誰もが何も言わない。ただ、続きを促すような雰囲気は漂っていた。
「別に僕は、襲撃なんて真似を絶対にしてはいけないというつもりはないんだ。どうしようもない時の最後の手段としてそういう強硬策は考えていてもいいと思っている」
むしろ、それを止める資格は僕にあるとは思えない。という言葉は何とか飲み込んだ。
だが、飲み込んで終わりでは意味がない。
「でもね。後になって『やっぱり間違ってたんじゃないか』って後悔するかもしれないんだ。たとえその結末が満足のいくものになったとしても。……強引なやり方というのは、巻き込まれた誰かを傷つける可能性も高いからね。それが大切な人だったら、なおのこと。だから──」
そこで言葉を切って、飛鳥はほんの少しだけ目を細める。脳裏浮かぶのは二人の親友の背中だ。
「だから君達には、そんな後悔をしないで欲しいと思ってるんだ。……モモイさん。君には前にもこの話はしたね」
飛鳥の言葉に、けれどモモイは不貞腐れたように頬を膨らませて視線を逸らす。
「でも、じゃあどうすればいいのさ。私達が”鏡”を貸してって言って、ユウカがうんっていうわけないじゃん」
モモイの言葉に、その場の全員が頷く。けれど、そんな生徒達に飛鳥は微笑んだ。
「それをどうにかする為に、僕がいる」
「それで、その”鏡”というプログラムを貸してほしいと。そういうことですね、飛鳥先生」
「うん。そういうことになるかな」
ヴェリタスの部室でモモイ達と言葉を交わしてからしばらくして。
飛鳥はセミナーの部室を訪れていた。
全てを話すことはできないものの、それでもゲーム開発部の為にどうしても”鏡”が必要であるという旨を簡潔にユウカに伝えた。
「勿論、”鏡”を使う際は必ず僕が監督するし、使い終わればまた早瀬さん達の管理下に戻るように徹底するよ。だから、どうかモモイさん達の為にも貸してくれないかな」
飛鳥の言葉に、ユウカは難しい顔をして視線を床に落とす。
「……ちなみに、わざわざこうして先生だけが私のところに来て頼むということはですよ。あの子達、私が先生の頼みを聞かなかったら強硬策に出るつもりですか?」
言って顔を上げたユウカの目は鋭いものになっていた。
前科があるだけあって、その辺りもお見通しか。と飛鳥は思わず苦笑いを返す。
それが何よりの答えだと理解したユウカは、大きなため息を吐いた。
「まあ……ゲーム開発部が最近真面目に成果を出そうとしていることは知っています。これまでとは比較にならない位、あの子達が頑張ってることも。だから、今回の襲撃もヤケになって無理やり……っていうよりはそれだけ焦ってるんだろうって言う事も想像は付きます」
「それじゃあ──」
「ですが、先生。そのお願いを聞くことはできません」
明確な拒絶の意思を突きつけてきたユウカに、けれど飛鳥はそれほど驚かなかった。
「……一応、理由を聞いてもいいかな」
飛鳥の問いに、ユウカはほんのわずかに眉尻を落としながら彼から視線を逸らした。
「こういう状況になって焦る生徒は何もゲーム開発部だけじゃありません。今回先生の頼みを聞き入れてしまえば、それは一つの特例……いえ、ルールに抜け穴を作ることになります。そうなれば、今後ゲーム開発部のやり方を真似して何か困ったらシャーレの先生経由でお願いすればなんとかなる。となりかねません。それは生徒会のメンバーとして防がなきゃいけないと思ってます」
そこまで言い切ったユウカは、ゆっくりと飛鳥に背中を向けるようにして窓辺に歩いて行った。
「それに、結局のところ”鏡”を使うのはヴェリタスなんですよね? 彼女達の実力は私もよく知っています。先生の前でおかしなことをするとは思いたくありませんが、それでも先生の目を盗んで”鏡”のコピーでも作られたら没収した意味がありません」
ユウカの言葉に、飛鳥は小さく頷くしか出来なかった。ヴェリタスの実力はアリスの戸籍を改ざん出来たことや、G.Bibleの位置特定などの件からも明らかだ。
勿論”鏡”を使う時に彼女達が変なことをしないようには見張るつもりだが、飛鳥は一人しかいない。誰か一人が隠れて何かをやったとしても、それを確実に見咎められるかと言えば飛鳥と言えども難しいと言わざるを得なかった。
考え込みそうになった飛鳥の意識を、ユウカの再びのため息が現実へと引き戻す。
飛鳥が我に返った丁度その時、ユウカがゆっくりとこちらに振り返る。
その表情は、飛鳥の良く知る毅然としたいつもの彼女だった。
「ですから、飛鳥先生。”鏡”をお貸しすることはできません」
その表情と言葉に、飛鳥は思わず笑みを浮かべる。
「そうか。すまなかったね、無理を言って。でも、良かった」
「良かった……?」
飛鳥の言葉に混乱したような表情を浮かべるユウカに、飛鳥は笑いかける。
「早瀬さん。君のその考えは間違いなく正しい。君がいてくれれば、きっとミレニアムは正しく在ることが出来ると思うよ」
「ええっ!? い、いやそれは流石に言い過ぎじゃ……!?」
「いいや。僕としては正当な評価だと思っているよ。世の中、君のようにしっかりと考えた上でNOを突きつけられる人間は意外といないんだ」
「それは──まあ、なんとなく分かりますけど」
「だから、君はこのまま自分の正しいと思うことを信じていってほしいかな」
とはいえ、これで状況は振り出しに戻った。飛鳥の頼みをも跳ねのけるとなれば、ユウカと──生徒会と交渉して”鏡”を借りることは不可能だろう。
「……先生は、これからどうするおつもりですか」
ユウカの問いかけに、飛鳥は小さく肩をすくめる。
「いったんモモイさん達に状況を報告して、それから”鏡”を使わなくても現状を打破できないかを相談してみるよ」
嘘を吐いたつもりはない。けれど、飛鳥も心の内では迫るタイムリミットの中でそんな都合のいい方法が見つかるわけはないと分かっていた。
それはユウカも同じだったのだろう。彼女は目を細めて飛鳥を見つめていた。
「もしそんな方法が見つからなかったら。その時はあの子達に付くんですね」
ユウカの言葉に飛鳥はどう反応するべきか迷った。
それでも、結局は口を縦に振ることにした。
「そうだね。まあ、旅は道連れともいうし」
「行き先は地獄かもしれませんよ? 少なくとも、ピクニックには適さないと思います」
「はは。このくらいならピクニックみたいなものさ」
「えぇ……?」
ユウカが顔を引きつらせるのを見て、けれど飛鳥は笑った。
「そんなに悲観するようなことでもないさ。今の僕はゲーム開発部の皆というパーティメンバーがいるからね」
飛鳥の言葉に、ユウカは一瞬呆けた様な顔をしてからまた大きなため息を吐いて肩を落とした。
「ハァ……それでは、こちらも万全の準備をさせて頂きます。シャーレの先生の力があっても、私達生徒会の守りを崩すことはできないと証明してあげますよ」
今度は飛鳥が驚きに目を見開く番だった。それから、おかしさをこらえきれずに笑いだす。
「ふ、ふふふ。まさか、僕が宣戦布告されるなんてね。分かった。その喧嘩、買うよ」
「いや、喧嘩を吹っ掛けてきたのはそっちですからね!? 大体、本当だったら先生にもあの子達を止める側に回ってほしいんですから!」
「あ、そうか。それは申し訳ない……」
「え、あ、いや、そんなに真面目に謝らなくても……ああもう! 調子狂うなあ……!」
それから二人はひとしきり笑った。
例え、この後ぶつかることになる相手だったとしても。そんなことを忘れたように。