メイド服の上からスカジャンを羽織った小柄な少女──
大きくため息を吐きながら、けれど視線はある一点をずっと睨みつけていた。
「そんなに睨まないでよ。僕ら、一応協力者だろう?」
視線の先で教卓に腰かけながらそんな風におどける青白い肌の男──ハッピーケイオスがおどけてみせるが、それが余計にネルの神経を逆なでした。
舌打ちを一つしながら、ネルは不快感もあらわにしつつ吐き捨てる。
「テメェがリオの奴に取り入ったってのが気に入らねえ。本音を言えば今すぐぶちのめしてえところなんだ」
ネルの言葉にケイオスはやる気のないホールドアップのポーズをとりながら、愉快そうに笑う。
「酷いなあ。僕、君達にとって得になる行動しかしてないつもりなんだけど。それとも、君は僕が悪人だっていう証拠でも握っているのかな?」
試すような口調のケイオスにネルは一層目つきを鋭くしながら鼻を鳴らした。
「証拠ォ? んなもんねぇよ。勘だ。テメェは、絶対ロクな奴じゃねえってアタシの勘が言ってんだよ」
ネルの言葉にケイオスが僅かに目を見開いて、それから小刻みに肩を震わせ始める。
「く、くくくく……勘かぁ。なるほど。それは無視できない根拠だね。君みたいな人の勘はよく当たるんだ。僕のいた場所でも、
あくまでも余裕を崩さないケイオスに、ネルは再び舌打ちをしてケイオスから視線を外した。
だがそれも一瞬のことだった。やはり目を離すべきではないと思い直したネルが再びケイオスの方を睨みつける。が、その時にはケイオスは教卓にいなかった。
ほとんど反射だった。床を蹴りつけ、宙返りをしながら教卓の方へと飛んで背後へ
そこにはネルと入れ替わるように彼女が座っていた椅子に腰を下ろそうとしているケイオスの姿があった。
まるで猫のように器用に教卓の上へ着地したネルが険しい表情でケイオスを見つめる。
「テメェ……」
やはりここで”掃除”すべきか。そんな思考と共にトリガーにかけた指に力をこめようとしたその瞬間だった。
ネルの右耳に着けたインカムから低めの落ち着いた声が彼女の鼓膜を震わせた。
『ネル、目標が動き出したわ。準備をしておいて』
「だ、そうだよ? 僕としてはここで君の力を推し量っても良いんだけど、折角のパーティー前だ。返り血なんて浴びたりしたら大変だよ? メイドってのは綺麗な格好で客をもてなすべきだ」
言葉通りに受け取れば、ケイオスはネルに勝てないと白旗宣言をしているも同然だ。
だが、ネルはどうしてもケイオスのその言葉をうのみにする気は起きなかった。
得体が知れない。そんな言葉がこれ以上に当てはまる人物だと、ネルの本能が警鐘を鳴らしている。
しかし、今はその本能をしまわなくてはならない。
その本能を理性で無理やり押さえつけ、何とか銃を下ろしながらネルは吐き捨てた。
「テメェをぶちのめさねえのは、あくまで今はリオ達に協力してるからだ。だが少しでも妙な真似をしてみろ。そん時は──」
そうして凄むネルに、けれどもケイオスは愉快そうな笑みを崩さない。それどころかどこか挑戦的に片眉を上げてニヤリと笑った。
「勿論、その時は君の好きにしたらいい。でも安心して。少なくとも、今日は素敵なパーティーになることを保証するから」
「…………シャーレの先生。飛鳥=R=クロイツっつったか。ソイツを足止めするのが、アタシの仕事だってことだが」
足止めをしろ、など。ネルにとってはつまらない仕事であることに変わりはない。
仕事は仕事だからやるが、それでもネルにとって気乗りのしない仕事内容であることに変わりはなかった。
しかし、そんなネルの内心を察したかのようにケイオスが再び肩を小さく揺らして笑う。
「大丈夫。きっと君にとっても楽しい時間になることは間違いないよ。相手はあの飛鳥君だからね」
「そうじゃねえ。”足止め”ってのが気に入らねえんだよ。まるでアタシがその飛鳥って先生相手じゃそれが精いっぱい見たいな言いぐさが気に入らねえんだ」
今日何度目かの舌打ちをするネルに、ケイオスは困ったように唸った。
「でも、実際足止めが限界じゃないかな。飛鳥君、フィジカルは確かに弱っちいけど単純な魔法使いとしてはもう僕と同じくらいだしねえ」
「そりゃつまりなんだ。懐に入ればアタシが勝つってことか?」
「んふ、確かにそうとも言える。でもどうかな。君と戦う時の飛鳥君が、果たしてそんな隙を晒すかどうか」
「んだとぉ……?」
君では飛鳥に勝てないと言外に言い放つケイオスに、ネルのこめかみが引くつく。
だが一方で、一対一の戦いでネルが自分の土俵であるゼロ距離戦闘に持ち込めないことなどなかった。もし、飛鳥という先生がそれをさせないだけの実力があるのなら。
──試してみたい。
「へっ! 上等じゃねーか。んじゃテメェも精々しくじらねえようにしろよ」
自分の中にある闘争心を自覚しながら、ネルは犬歯を剥き出しにして笑った。