「さあアリス──君は主役になれるかな?」
「アリスちゃん、下がって!」
銃を構えたケイオスに一段と警戒したらしいユウカが鋭い声を発したのを聞いて、アリスは思わず一歩後ずさる。
確かにさっき、自分は試練は皆で乗り越えなければと口にした。
けれども、あのハッピーケイオスという男は得体が知れなさ過ぎた。
口では説明できそうにない。ただ、”あの人はとてつもなく危ない人な気がする”という感覚だけがビリビリとアリスの体を駆け巡っていた。
そして何より、あの不思議な眼鏡の奥にある瞳に見つめられるのが怖かった。
目を逸らしたい。でも逸らしたら何をされるか分からない。そんな恐怖に板挟みになった緊張で、アリスの手のひらに汗がにじむ。
手に持った光の剣のグリップの握りが甘くなってきた気がして、ねばついたつばを飲み込みながら握りなおそうとした時だった。
「バァン」
気の抜けた様なケイオスの声とともに銃声が響く。
「わっ!?」
不意を突かれ、驚いたアリスは光の剣を取り落とす。ガシャン! という音とバチン、という肩にかけていたスリングの金具が光の剣の重みに耐えきれず弾ける音が辺りに響き渡った。
それが戦闘開始の合図になった。
最初に発砲したのはユウカだ。ケイオス目がけてSMGをフルオートで発砲する。
が、
「魔法……!」
忌々し気に唸ったユウカに対し、ケイオスはニヤリと笑いながら銃口を向ける。
「させません!」
それにいち早く反応したアカネが発砲した。が、それもまたフォルトレスディフェンスに防がれる。
その様子を見たモモイとミドリも一斉にケイオスに向けて銃弾の嵐をケイオスに向けて叩き込んだ。
二人の弾が切れるくらいのタイミングを見計らっていたのか、アリスの傍で鳴り響いていた銃声が止んだ瞬間にユズがグレネードランチャーで追撃する。
爆炎と、これまでの戦闘で地面に積もっていたのであろう埃が爆発と共に舞い上がってケイオスの姿を覆い隠す。
息もつかせない程の猛攻に、ケイオスが動いた様子はない。
誰もが固唾を飲んでケイオスがどうなったか、彼のいた場所を見つめていた。
果たして、そこには仰向けに倒れてピクリとも動かないケイオスの姿があった。
「や、やった……?」
「お姉ちゃん、それフラ──」
斃れたケイオスの姿に、モモイの
「アリス、今のままじゃ君は観客だよ? 僕はそんな君を見に来たわけじゃあないんだけどなあ?」
「っっっっ!?」
アリスの真後ろから聞こえるはずのない声が聞こえた。
声にならない悲鳴をあげてモモイ達の方へ尻もちを付けば、何故かそこにはニヤニヤと笑っているような……けれどその瞳だけが得体の知れないあの雰囲気をにじませたケイオスが立っていた。
「なっ……!? 嘘、だって今そこで──」
ケイオスが二人いる、というあり得ない状況に流石のユウカも困惑した声を上げて振り向くと倒れていたケイオスはまるでテクスチャが削除されていくようなエフェクトと共に消えた。
瞬間移動に加えて、変わり身の術まで使える。もはや何でもありなケイオスの力にその場の全員が戦慄した。
誰もがどうしたらいいか分からなくなって固まっているその時だった。ケイオスの背後から彼に向かって何者かが飛び掛かった。
完全な死角からの不意打ちに、ケイオスは反応することが出来ずもろに脳天でその攻撃を受ける。
「ぐえっ!?」
押しつぶされたような──事実下手人のボディプレスの下敷きになったのだが──悲鳴と共にケイオスが倒れる。
ケイオスを押しつぶしたのは、さっきまで気絶していたアスナだった。
「アスナ先輩!? 大丈夫なんですか?!」
アスナの姿にアカネが声をあげるも、アスナは取り合うこともなくアカネを呼んだ。
「アカネ、こっち来てこの人押さえるの手伝って。流石に、今の私じゃ長くは押さえらんないから」
「は、はい!」
アカネもC&Cにいるだけあって、そこからの動きは早かった。
アスナのもとに駆け寄りどこからか取り出したワイヤーでアスナの体から飛び出しているケイオスの両足を縛る。
「おーい、縛るんならもっといたくないヤツにしてくれないかな? これ、下手したら足ちょん切れちゃうよ?」
やる気があるのかないのか分かりにくい間延びしたケイオスの抗議に、アスナがクスリと笑う。
「あは、おじさん逃げるつもりなの? でも無理だと思うから止めといた方がいいと思うな?」
「一ノ瀬アスナ君、僕は一応そこのゲーム開発部を捕まえる手伝いをしに来たつもりなんだけど。僕達の間にはきっと不幸な勘違いが発生してると──んがっ!」
「はーい、ちょーっと静かにしといてくれると私嬉しいなー?」
弁明をするケイオスの頭を掴んで勢いよく地面に叩きつけながら、アスナが笑う。けれど、アリスにはその笑みにおおよそ温もりというものを感じられなかった。
それでも、ケイオスの得体の知れない瞳よりはマシだったし、何より少なくとも自分を助けてくれたのは確かだろう。
現状を何とか把握したアリスの中に浮かび上がったのは「どうして」という疑問だった。
「アリスは……アリスはさっきあなたを撃ちました」
震える声で、アリスは己の内に沸き上がった疑問を吐き出す。
「昨日のライバルは今日のフレンド。これは、そういうイベントなんですか?」
「んーん? 私、単にあなたとも戦ってみたいの。ほら、私戦うの大好きだから!」
アスナからの予想外な、けれど何となく納得できてしまうような理由にアリスの顔が固まる。
アリスのすぐ後ろからも、ミドリの「うわ……」というげんなりした声が聞こえた。もしかしたら皆感じていることは一緒だったかもしれない。
「その為にはさ、この胡散臭いおじさん邪魔なんだよね。この人も強そうだけど、なんかあんま楽しくなさそうだし」
「酷いなあ。後、僕これでも君達のリーダーと協力関係のはずなんだよね。そのリーダーは僕を置いてどっか行っちゃったけど」
「あは! やっぱり私の勘は当たってそうだね! きっとリーダーも気づいてるんだよ、おじさんが悪い人だって」
「悪い人、か。ふふ……善悪の基準っていうのはさ、結構曖昧だよ?」
笑うケイオスの姿がブレる。アスナの瞳が驚きに見開かれ、けれどそこで止まらずアリスの方へ飛び掛かってきた。
「えっ、わぷ……!」
今度はアリスがアスナの体に押しつぶされるとほとんど同時だった。
「デウス・エクス・マキナ」
辺りに響き渡る銃声の多重奏。
「──っ!!」
痛みにこらえるような吐息が、アリスの耳元で漏れた。状況からして、それがアスナのものであることは間違いなくて。
そんな吐息がアスナから漏れるということは、ケイオスの攻撃からアスナが守ってくれたということになる。
「きゃぁっ!」
「わぁっ!?」
「くうっ……!」
それだけではなく、周囲から皆の悲鳴も聞こえた。
「な、なんで……」
アリスの問いに答えはなく、アスナの体が力なくアリスの横へ倒れた。
恐る恐る体を起こして周囲を見渡すと皆その場に倒れたり、尻もちをついていた。
「アリス。天童アリス。君はいったい何者かな? 早瀬ユウカ君、君はどう思う?」
「え……?」
ケイオスに撃たれたのだろう。顔をしかめて体を起こしたところに唐突にそんな問いかけをされたユウカの顔が、困惑に染まった。
畳みかけるようにケイオスは続ける。
「君は生徒会として、学園のことは大まかに把握しているはずだ。アリスがこの学園の生徒だって知った時、おかしいとは思わなかったのかい?」
「それ、は……」
ケイオスの言葉にユウカは視線を逸らす。その姿に、アリスは体を大きな手でグッと握られたような気分になる。
アリスが真っ当な手段でこの学校に入ったわけじゃないのは、事実なのだから。
「このっ……!」
アリスの近くで銃にマガジンを叩きこんで、下げたチャージングボルトを戻す小気味良い音が聞こえた。
一発分の銃声が辺りに響く。
「うぎっ……!」
「お姉ちゃん!」
「モモイ!」
痛みにうめいたのはモモイだった。
振り返れば、尻もちをついて肩を押さえるモモイとモモイに駆け寄るミドリとユズの姿があった。
「才羽モモイ、だったかな? 人の話を邪魔するのは良くないって習わなかった?」
「お、おじさんこそ、女の子に乱暴するのは変態のすることだって知らないの?」
痛みに顔をしかめながら、モモイはケイオスを睨みつけながら食って掛かる。
が、痛烈な反撃を受けたにしてはケイオスは愉快そうに頬を緩めていた。
「ふふ、傍から見たらそうかもね? でもさ、ほら。僕も大人としてやるべきことをやりに来ただけだから」
「子供に向かって銃を乱射するのが、大人のすることですか?」
いつの間にか立ち上がってアリス達の傍に来ていたユウカが低く威嚇するような声でケイオスを糾弾する。勿論、銃をいつでも撃てるように構えて。
「話を戻そう。天童アリスが、本当にまっとうにこの学園に入ってきた生徒だと思うかい、ユウカ君」
「その話は今するのは合理的ではないと思います。あなたが大人しく捕まったあと、C&Cの皆さんと一緒にお話を聞かせて貰うつもりですから」
「いいや、今するべきなんだよ。アリス、君はどうしてここにいる? 君は何をしにここに来た? 君の為すべきことは?」
「あ、アリスは……」
ケイオスの問いに口の中の水分が急速に失われていくのが分かった。答えは持っているはずだ。
どこだか分からない場所で目を覚ました自分に、モモイ達がアリスという名前をくれた。それだけじゃない。
光の剣を手に入れる為に魔王と戦った。魔王と賢者の大決戦を一緒に見た。自分を除いて盛り上がっていた三人が羨ましい、と感じた。
でも、皆はアリスを受け入れてくれた。皆と一緒にいたいと思って、ゲームを作った。
それでもうまくいかなくて、皆と、先生と一緒にまた大冒険した。
今だって、皆と一緒にこれからもいるためにここへ来たはずだ。
自分がどこにいるべきで、何をするべきか。アリスは自分の役割というものが正直分からなかった。
でも、モモイ、ミドリ、ユズ達と一緒にいたいという気持ちは確かにあったはずだ。
なのに。
「アリスは……」
どうしてこんなにも口が上手く動かないんだろう。
どうして体がどんどん冷たくなっていく気がするんだろう。
チラリと後ろを振り返ろうとした、その時だった。
「あ、アリスちゃんは! 私たちの大事な仲間で、友達だから……!」
「そうです! 皆で一緒にゲームを作っていくって決めたんです! そこには、アリスちゃんがいなきゃダメなんです!」
「おじさんが誰か知らないし、何考えてるかなんてどうでもいいけど……私達の邪魔を──ううん、アリスをイジメるってんなら許さない!」
右手をユズが、左手をミドリが握ってくれた。両肩にモモイの手が置かれた。
温かい。締め付けられるような錯覚がほぐれて、冷たくなった体に熱が戻って来る。
そしてなんとなく理解できた気がした。これこそが試練だ。アリスが、
試練は乗り越えなければならない。そして
そう思ったらなんだか力が湧いてきた。ユズとミドリの手を握り返してすぐ後ろにいるモモイに視線を送って笑顔を作る。
「ユズ、ミドリ、モモイ。ありがとうございます。でももう大丈夫です」
「アリスちゃん?」
ほんの少し心配そうな表情で名前を呼んでくれたユズにも笑顔を向けながら、アリスはゆっくりと立ち上がる。
それから、しっかりと床を踏みしめながら取り落とした光の剣のグリップを握りしめた。
目を閉じ、ゆっくり深く息を吸い込む。
十分に息を吸い込んだアリスは、ゆっくりと目を開けて腕に力を入れて光の剣を持ち上げてケイオスの方へ振り返る。
ケイオスは相変わらず不気味な笑みを浮かべているし、やっぱりどこか怖いとも思う。
でも、もうさっきとは違う。
「アリスは……私の名前は、天童アリス。ミレニアムサイエンススクールの1年生!」
アリスの言葉に呼応するかのように隣にモモイが、ミドリが、ユズが並び立ってくれた。
そうだ、自分は一人じゃない。皆がいてくれる。
「ゲーム開発部所属で、担ってる役割はプログラマー──」
ならば、どんなに怖い強敵が相手だって乗り越えられるはずだ。
「いえ、今この時はタンク兼光属性アタッカー! アリスは、アリス達の戦いはここからです!」
光の剣のチャージを始める。それに気づいたケイオスが、笑みを深くした。
「いいね。ならアリス、君は勇者なんだろう? その勇者の力ってやつをさ、僕に見せてよ」
「望むところです! あなたを倒して、アリス達は──いえ、アリスは今度こそ
「あら、なら私はお邪魔かしら?」
そう言ったのはユウカだった。ずっとのけ者にされてたせいか、どこか不満げに少しだけ唇を尖らせているようにも見える。
それがなんだかおかしかった。だって、ユウカはさっきまでアリス達と敵対していたのだから。
でも、不思議とのけ者にする気にはならなかった。
「いいえ! ユウカも仲間です!」
アリスの言葉にユウカがフッと笑う。とても柔らかな笑みだった。
「なら、私も混ぜて頂いてよろしいでしょうか」
「私も私も!」
声を掛けてきたのはアカネとアスナだった。
二人共大ボスだった相手だ。それでも、今この時一緒に戦ってくれるというならこれ以上頼もしいことはない。
「もちろんです! パンパカパーン、ユウカ達がパーティインしました! これなら絶対負けません! 黒魔導士め、覚悟しろ!」
その場の生徒全員が団結した。それでも、誰ももう油断はしない。
相手は
だとしても、アリスは負ける気がしなかった。
それは、ケイオスも同じだったのだろうか。ニヤニヤしたまま、再び銃をホルスターから抜く。
「盛り上がって来たじゃあないか。ふふ、物語は後半へ続く──ってやつかな」
ケイオスのそんな芝居がかったセリフと同時に光の剣のチャージが完了する。
「魔力充填、100%──」
ここを乗り越えて、皆と一緒にいる。その為に、
「光よ!!」
今日何度目かの閃光と爆音が、フロア全体を埋め尽くした。
光と音が徐々に収まっていく。間違いなく会心の一撃だった。
「いい一撃だ。でも、それだけじゃ僕には届かないよ」
けれどもそこにはフォルトレスディフェンスに包まれ、無傷のケイオスが立っていた。
「問題ありません! アリスは、一人じゃないですから」
「ゲーム開発部の意地、見せてやる!」
「アリスちゃん、一緒にやろう!」
「負けない、負けられない……! 皆で一緒に最高のゲームを作ろうって、約束したから!」
「お話、しっかり聞かせていただきますから!」
「その為にも、あなたには大人しくしていただきます」
「あは! 今度は逃がさないよおじさん!」
その場の全員が啖呵を切りながら銃を構えて、ケイオスへ向き合った。