「すまない、遅くなってしまった。……ケイオスは、姿を消したようだね」
飛鳥がネルに蹴り飛ばされて突き破った窓の外から再び差押保管所のあるフロアに戻った時、辺りは見るも無残な状態となっていた。
床や壁には弾痕は当然として、戦闘の余波でところどころ天井が壊れてその裏に
フロアの中央にはゲーム開発部の4人が背中合わせになったまま固まっていて、そこから少し離れたところにユウカが尻もちをついており、さらにそこから少し離れた場所でアカネ、アスナが倒れていた。
ケイオスがいなくなったことは捕捉探知魔法で確認済みだ。念には念を入れてかなり精度を上げたし、ホワイトハウスの時のこともあるから転移や変身魔法の痕跡探知も同時に走らせている。
その上で、彼がこの場にいないことは確かだった。そして、一度その場を離れたのならそうすぐに戻ってくることはないだろう。
「あ、飛鳥せんせぇ~……!」
モモイの震えた声がその場の全員の緊張の糸を断ち切ったのだろう。ゲーム開発部は互いに背中を合わせながらそのままへなへなとへたり込み、ユウカや何とか体を起こしたアカネとアスナも大きく息を吐いた。
と、そこでアスナがハッとしたように顔をあげて飛鳥に問いかける。
「あれ? リーダーは?」
アスナの問いかけに飛鳥は気まずい気持ちになった。
「美甘さんは少し下で休んでもらっているよ。……今度、謝罪しに行く、と後で伝えておいてくれ」
「う、嘘……ネル先輩が負けるなんて……」
驚きに目を大きく見開いたアカネに曖昧な笑みを返しながら、飛鳥はへたり込んでいるゲーム開発部へと近づいていく。
そうしてへたり込んだゲーム開発部の前まで来た飛鳥は、その場にしゃがんで彼女達と視線を合わせた。
「皆、本当にすまなかった。ケイオスが関わってくることを予測すらできなかったのは、僕のミスだ。……”鏡”については、もう諦めよう。ここまで派手に戦ったんだ。流石に、これ以上表立ってセミナーやC&Cの皆と戦うのは無理だろう?」
飛鳥は己の力不足を──否、最悪の想定をしようともしていなかった自分に腹が立っていた。ゲーム開発部をサポートすると言っておきながら実態はこれだ。
これでは自分が持ち込んだ厄介事に生徒達を巻き込んだだけで、ゲーム開発部の廃部の回避どころかむしろ廃部になる手助けをしてしまったのと同義である。
だが、そんな後悔を今表に出すべきではない。
だから、表面上は穏やかに微笑みながら口の中を強く噛んだ。強く噛みすぎて、口の中に血の味が広がっていく。
けれど、そんな飛鳥にゲーム開発部の生徒達は互いに顔を見合わせてなにごとかを言おうと口をもごもごとし出した。
「……? どうしたんだい?」
「そ、それが……飛鳥先生、これ……」
モモイが懐から一つの記憶媒体を取り出す。
「ケイオスがどっかに行く前に、これ渡されたの。……”鏡”だよ、これ」
そう言って差し出された記憶媒体を前に、飛鳥は思わず呆然としてしまった。一体、自分がいない間に何があったというのか。
師匠のことである。きっと満足できる何かがあったのは確かなのだろうが……。
そう考えこみそうになった飛鳥を現実に引き戻したのは、アリスの声だった。
「飛鳥先生。アリスは……アリスたちはあの黒魔導士の出した試練に打ち勝ちました。多分その報酬が”鏡”なんです。でも……」
「……でも、どうしたんだい?」
アリスは何かを言おうとして、目を泳がせながら口を閉じ、また開いてを何回か繰り返した。
やがて決心がついたのか、アリスは目を閉じてすうっと息を吸う。
そうしてゆっくりと目を開いてから、モモイ、ミドリ、ユズへ順番に目配せをした。
アリスに目配せをされた他の3人も、アリスの言いたいことを察しているのか小さく頷く。
「アリスたちには、もう”鏡”は必要ないと……そう思うんです」
力強い瞳だった。アリスだけでなく、モモイ、ミドリ、ユズもだ。
その迫力に、飛鳥はただただ圧倒された。分断されたのはほんの数分のはずだ。
なのに、その数分が彼女達をこんなにも変えた。
「アリス達は、元々行き詰ったゲーム制作の最後のピースをG.Bibleに求めていました。G.Bibleのセキュリティを突破する為に必要だから」
飛鳥は小さく頷く。ユウカ達に迷惑をかけると分かっていて、それでも自分の感情にしたがって今回の騒動を起こすサポートをしたのだ。
だというのに、どうしてここにきてその目的である”鏡”を放棄するようなことを言い出すのだろう。
疑問が顔に出たのか、あるいは疑問に思われることを見越していたのか。答えたのはユズだった。
「し、正直、まだちゃんと分かってるわけじゃないんです。で、でも! ケイオスって人と戦って……なんとなく気づいたことがあって……」
「気づいたこと?」
「は、はい……! 私とモモイ、ミドリ、アリス……皆を繋いでくれたのはゲームです。あの夢みたいな時間が、皆を繋いでくれた。そんな夢が覚めないようにって、みんなで一緒にゲームを作らなきゃって。そう、思ってたんです」
ユズの言葉に、ミドリが目を僅かに輝かせてその言葉を引き継ぐ。
「きっと、私もユズちゃんとおんなじこと思った。お姉ちゃんもだよね?」
「もち! 飛鳥先生! 今日、私たちが手に入れたのってきっと”鏡”じゃないんだ。そういうことだよね、アリス?」
そう言ってモモイがアリスにウィンクをすれば、アリスは花が咲いたような笑みを浮かべて大きく頷いた。
「はい! 飛鳥先生、アリスたちが手に入れたのは──そう、”絆”です! モモイ、ミドリ、ユズ……ううん、3人だけじゃありません。ユウカ、アカネ先輩、アスナ先輩。ヴェリタスの皆やエンジニア部の人たち。皆との絆です!」
自信満々に言い切るアリスに、うんうんと頷くモモイ、ミドリ、ユズ。
そんな彼女達を前に飛鳥は彼女達の成長と言えるその変化を前に──素直に喜ぶことが出来ずにいた。
何かを掴み、満足感に浸っている彼女達に水を差すようなことはしたくない。けれども、絆という”言葉”だけでは”鏡”を放棄するという彼女達の選択に対し飛鳥は納得できそうになかった。
絆の力があったとして、それだけでどうにもならない問題は世界に山ほどあるのだから。
目の前の問題を解決できるかもしれない有効なものが目の前にあるのに、曖昧で気持ちのいい言葉に踊らされてソレを放棄した結果最悪の結末を迎えるなんてこと、飛鳥には許容できない。
ソレを許容できるのなら、フレデリックやアリアをギアに改造などしなかった。あんな罪など、犯さなかった。
だから、飛鳥は小さく息を吐いてゲーム開発部の皆を正面から見据えて問いかける。
「すまない、君達の答えが間違っていると言いたいわけじゃないということを前置きさせてもらったうえで聞かせてくれないかな。僕にはその”絆”が”鏡”を放棄するだけの理由になり得るとは思えないんだ」
飛鳥の言葉に、ゲーム開発部の表情が固まる。想定の範囲内の反応だ。だが、これで終わるつもりはない。
「だから、教えて欲しい。アリス、モモイさん、ミドリさん、花岡さん。君たちの言う”絆”が”鏡”がなくてもミレニアムプレイスに出品する為のゲーム開発にどう役に立つのか……昨日までずっと君達が頭を悩ませていた”足りないもの”をどうやって補ってくれるのか。……僕は、昨日までの
飛鳥は真剣だった。自分が他人の心を理解できていないであろうことは、アリスたちの気持ちに水を差してしまっているのであろうことは百も承知だ。
それでも、出来たはずのことを見逃して後悔するということだけは避けてほしかった。
「アリスちゃんたち。飛鳥先生の言葉に同意をするわけじゃないんだけど、”鏡”は一回持って帰って」
「早瀬さん……?」
そんな飛鳥の言葉に賛同したのは、意外なことにユウカだった。
驚いて振り返って見れば、ユウカは頭をガシガシとかきながら大きなため息を吐く。
「ゲーム開発部が”鏡”にたどり着く前にその子達が今の結論を出したというのなら私としても特にいうことはありませんよ。でも、”鏡”は今その子達の手の中です。襲撃犯に目的のものを盗られておきながら、結局いりませんでしたって目の前で返されたという事実が漏れれば
「確かに、襲撃犯である僕たちが生徒会を滅茶苦茶にするだけして何の成果もなく引き下がり、あまつさえそのことに平気そうにしていれば『ミレニアムの生徒会は1部活に軽んじられる程度でしかない』という誤った認識が広がることになる……」
「その通りです。そんなことになったら、学校が滅茶苦茶になるのは明白です。であるなら、ちゃんと”鏡”を奪っていってから後日返してもらった方がまだカバーストーリーだって組み立てやすいでしょう?」
組織を運営する団体が周囲から軽んじられてしまっては、組織の先行きも決して良いものとは言えない。それは飛鳥も良く知っている。
ならば、ここはユウカたちセミナーの顔を立てる為にも”鏡”を持って帰るべきだと飛鳥は判断した。
「皆、今の話は聞いたね? いったん”鏡”は持って帰ろう。話の腰を折ってしまってすまないけれど、絆については今度聞かせてくれないかな。色々あって、皆も興奮してるところもあるだろうし……僕もケイオスについて考えることがある。色々情報を整理して、落ち着いた状況でゆっくり話そう。……いいかな?」
ユウカの方からアリスたちの方へ振り返りながら飛鳥がそう言えば、彼女達はしぶしぶといった表情のまま頷いた。
そうして、ゲーム開発部を中心としたこのドタバタ騒ぎはひとまず収束することとなった。