ゲーム開発部が新作ゲームの開発を再開してから一週間が経った。
結論から言えば期限ギリギリだったとはいえ新作ゲームの開発は完了し、無事にミレニアムプライスの参加受付に成功したのだった。
更に、三日後に控えるミレニアムプライスの授賞式を待たずにWeb版を公開しようというモモイの言葉にユズが同調し、そのままWeb版も先行公開することとなった。
そんな修羅場を潜り抜けたゲーム開発部と飛鳥達は、ユーザーからの反応を待ちながら飛鳥が彼女達を労う為に持ち込んだお菓子とジュースをテーブルに広げてのんびり……できていなかった。
「ううっ……! まさかあんな一気にダウンロード数が増えるなんてぇ……! 嬉しいんだか怖いんだかもうわけわかんないよー!」
オレンジジュースの入ったコップを持って小さくカタカタ震えながら声をあげたのはモモイだった。
モモイ達は前作の評判から、今作はミレニアムプライスまでの間にそこまでプレイされることはないんじゃないかと思っていたらしい。
しかし、現実はそんなモモイ達の予想を良い方向で裏切った。
なんと、既にダウンロード数が4桁を超えていたのだ。
予想外のスタートダッシュに、皆どう反応したものか困った顔をしていた。
「ドキドキします。いっぱい高評価、貰えたらいいですね」
「大丈夫。きっと、大丈夫」
期待8割、不安2割な表情でパソコンのモニターの前で座って待機しているアリスに、もうほとんど自分に言い聞かせるような言葉をかけながらソファの上で丸くなったのはユズだ。こちらもモモイと同じように小刻みに震えている。
「う~……! 自信がない定期テストの前だってこんなに緊張しなかったよ……」
落ち着きなく体を小さく左右に揺らすのはミドリだ。唇が尖ったり、への字になったりと中々に表情も忙しい。
そんな四者四様な生徒達の様子を見て、飛鳥は何とも懐かしい気持ちになっていた。
「ふふ、こうして君達を見ていると自分が学生だった頃を思い出すよ」
「飛鳥先生の学生時代かあ。なんかあんまり想像つかないかも」
「確かに。先生ってなんかあんまり人にものを教わるみたいなイメージ湧きませんね」
「はは。そんなことはないさ。僕だって人にものを教わっていた時期くらいある」
モモイとミドリのあんまりな評価に、飛鳥はコップに注いだウーロン茶で唇を湿らせながら苦笑いをした。
「……あ! そう言えば、あの時ケイオスは言ってました! 飛鳥先生は自慢の弟子だって!」
「えっ」
不意に思い出した、と言わんばかりに声をあげたアリスの言葉に飛鳥はテーブルの上のチョコパイを手に取ろうとした体勢で固まった。
恐る恐る周囲を見渡せば、ゲーム開発部の生徒全員から熱い視線を向けられているのが分かった。
「そう言えば、何で忘れてたんだろう! ねえ、先生! アイツとどういう関係なのさ!」
ガバっと立ち上がったモモイが飛鳥の肩を掴んでガクガクと揺らしてくる。
「も、モモイさんあんまり揺らさないでくれるかな……?」
三半規管がキャパを越えてシェイクされている感覚に僅かばかりの気持ち悪さを感じ始めながら、飛鳥がモモイを制止すれば彼女はハッと我に返ったように飛鳥の肩から手を離した。
「あっ、ごめん先生。つい興奮して」
「い、いや……大丈夫」
何度か深めに呼吸をしながら、飛鳥は頭を悩ませていた。
さて、どこからどこまでをどう説明したものか。
とりあえず、当たり障りのなさそうなところを話せばよいだろうか。
「そうだな……彼は、師匠は僕に魔法を教えてくれた人なんだ」
「魔法使いの先生……つまり大賢者ってことですね!」
目を輝かせたアリスの言葉に、飛鳥はゆっくりと頷いた。
「ああ。師匠は僕の故郷で誰よりも偉大な魔導士だった。まさに賢者と言ってもいい」
「じゃあ、あのハッピーケイオスって人は良い人なの……? 本当にこの間は私達に……ううん、アリスちゃんに試練を与えに来ただけ?」
ミドリの問いかけに、飛鳥は小さく唸りながら視線を下に落とした。
「……いや、今の彼は少なくとも良い人とは言えないよ。ただ、かといって悪い人かと言われればそれも違うかもしれない」
「なにそれ? 良いヤツだったり悪いヤツだったりするってこと?」
「……それはきっと、彼を見た人の立場や見方で変わるんだろうね。でも、師匠はきっと良いとか悪いとかはどうでもいいんだ」
飛鳥の言葉に四人は小さく首をかしげる。飛鳥は、そんな反応をする彼女達に苦笑いをした。
「訳が分からないと思うのも無理はないよ。でも、師匠の行動原理は多分たった一つなんだ」
「それは……なんなんですか?」
「一言で言うなら『ドラマの為』かな」
飛鳥は自分で言っておきながらこれは伝わらないだろう、と思った。
けれど、ゲーム開発部の生徒達の反応はそんな飛鳥の予想を裏切ってああ、と納得したかのような声をあげる。
「いや、分からなくはない……けど。それ、現実の人を使ってやるの……?」
「つまり、ハッピーケイオスって私達がゲームのシナリオとか世界観を練ってるのと同じことを現実でやろうとしてる……ていうかやってるってことだよね……?」
「アクシデントとか、いきなり思い浮かんだアイデアを全部取り込みながら現実の人で面白いシナリオを描く……うう、どうしたらいいかって考えただけでも頭破裂しそうなのに……」
「まるで世界を裏から操る魔王みたいです。……つまり、勇者であるアリスはまた魔王ケイオスと戦う日が来るということですか……?」
アリスの言葉に、いつか来るその日を想像したのか生徒達皆がげんなりした表情でため息を吐いた。
けれど、飛鳥はそれよりもケイオスの行動原理を何となくでも理解した彼女達に驚いていた。
そして同時に、確かにゲームという世界とそこで紡がれる世界をいくつも旅し、あまつさえ自分達でそんな世界と物語を作り上げた彼女達だからこそなのかもしれないと納得もしていた。
「しかし、世界を裏から操る魔王か……言い得て妙かもしれないな……」
フレデリックがいたら「どの口が言いやがる」なんて言われそうな言葉を言いながら飛鳥はフッと笑みをこぼした。
お前が言うな、と言われるのは分かっているがケイオスだってずっと裏で暗躍していたのは確からしいことは闇慈*1から聞いたことがあるのだ。あながち的外れでもないだろう。
「でも、きっと大丈夫さ」
大丈夫。そう言った飛鳥に、生徒達がキョトンとする。
そんな彼女達に、飛鳥は今日までのことを思い出す。
始めてミレニアムに来た日を。廃部を回避しようと動き出した時のことを。
廃墟でアリスに出会い、彼女がゲーム開発部の仲間になった時のことを。
G.Bibleを求めて廃墟へ赴いた時のことを。”鏡”を奪う為に生徒会へ襲撃をかけた時のことを。
文字通りの大冒険だった。苦難という苦難がいくつもあった。
けれど、その全てを彼女達は乗り越えてきたのだ。今できることは、全てやった。
「今日までの大冒険を君達は乗り越えてきたじゃないか。だからこの先どんな苦難が来たって、必ず乗り越えられる。今回みたいにね。勿論、困った時は僕達に言ってくれればも手を貸すよ」
だから、大丈夫。そんな言葉の代わりに飛鳥が微笑めば、生徒達はふにゃりと頬を緩めた。
「さあ、折角たくさんお菓子とジュースを持ってきたんだ。少しくらいはゆっくりして、息抜きをしようじゃないか」
今はただ、戦いを終えた勇敢な戦士達にひと時の休息を。
そんな気障ったらしい言葉を脳裏に浮かべながら飛鳥は取ろうと思っていたチョコパイに手を伸ばした。
……最後の一個だったそれは、飛鳥の指先がチョコパイに届く前にモモイに横取りされたが。