今度は本気で
「ダメだ」
「なっ……!?」
ホシノに背を向けながらフレデリックが拒否の意志を示すと、信じられないといった声が彼の背中にぶつかってきた。
それを無視して昇降口へと踵を返すとタタタ、と慌ててフレデリックとの距離を縮めようとする足音が響いてくる。
「ちょっと先生、まだ──」
「ダメだ」
「まずはおじさんの──」
「ダメと言った」
足を止めながら有無を言わさない圧を醸し出したフレデリックの拒否の言葉にホシノも足を止めたらしい。
アビドス高校の昇降口に季節外れかと思いたくなるような寒々しい風の音がこだました。
「先生、
だが、ホシノはそれでもめげなかった。
フレデリックの右側から回り込んで彼の顔を見上げようとするそんなホシノから逃げるように、フレデリックはグラウンドへと歩き出しながらため息を吐いた。
「何を言いてえかは大体想像がつく」
そんな彼の後になおも引っ付いて歩いてくるホシノがやや不満そうな低い声で問いかけた。
「じゃあ何を言おうとしてたのか当ててみてよ」
そう言ってホシノは一気にフレデリックを追い越し、彼のゆく手を遮るように腰に手を当てて立ちはだかった。
そんなホシノを見下ろしながら、フレデリックは再びため息を吐く。
「大体なんだそのナリは? パーティーの予定があるとは聞いてなかったんだがな」
あのいつもふわふわとした雰囲気のホシノは今、様々なポーチやホルスターの取り付けられたチェストアーマー、ダンプポーチを身に着けていた。
彼女が着込んでいるアーマーに取り付けられた全てのマガジンポーチにはしっかりとマガジンが詰め込まれ、リグの中央にはそのマガジンを使うのであろうピストルも収められている。
さらに折りたたまれた盾を背負っており、普段フレデリックがジャンクヤードをそうしていたように愛用のショットガンを肩に担いでいた。
加えて動きやすいようにだろうか。普段は下ろしている桃色の髪を高めの位置で一つにまとめてポニーテールにしている。
「まあまあ、そのパーティーに一緒に行く人をこれから誘うところなんだってばー」
いつものどこか気の抜けたような声で笑うホシノだが、フレデリックは心底嫌そうな表情を表に出すことをこらえられなかった。
フレデリックにそんな顔をさせているのはホシノが誰の目にも明らかなほどに臨戦態勢な見た目をしているのもそうだが、極めつけは彼女の目だった。
【少し付き合ってもらうぞ】
【またお前か】
今フレデリックを真っすぐと見つめるその二つの目は、出会う度に勝負を挑んできた若い頃のカイのそれとそっくりだった。
だから、その目を見た瞬間にフレデリックはアビドスの生徒達の様子を見に来たという本来の用事を全て放り投げてでも帰ることを決意したのだ。
こういうのは一度でも乗ってしまったら相手が満足するか納得するまでずっとぶつかってくるのは経験で知っている。
それだけではない。ホシノはフレデリックから見てもかなりの戦闘力を持った生徒だ。
前回夜のグラウンドで戦った時は状況的にホシノがベストコンディションではなかったこと、またフレデリックが持ちうる手札をホシノが知らなかったからこその一方的な戦いになっただけである。
ギアとしての力を失ったフレデリックにとって最早ベストコンディションの、それも前回の時以上に装備を固めてきたホシノ相手に手加減をする余裕があるのかは怪しい所だ。
だというのに、ノノミから今度ホシノを傷つけるようなことがあったらジャック・オーに言いつけるとまで言われている。
時折フレデリックと手合わせをすることもあるジャック・オーは別にそのくらいで騒ぐような女ではないが、ノノミが──生徒がジャック・オーに泣きつくというのが問題なのだ。
どう考えても、面白がって生徒の味方をしてくるのが目に見えている。そうなれば、一体何をご馳走させられるのか分かったものではない。最近も趣味で散財したばかりだというのに、これ以上出費が増えるのは余りよろしくない。
「で、フレデリック先生。私が何を言おうとしたのか、当ててみてよ。そしたら通してあげるからさ」
嘘を吐け嘘を。と吐き捨てなかった自分をフレデリックは褒めたくなった。それくらいにはホシノの目はギラついているのだ。
だが、言わねば話は進みそうにない。アビドス高校の校舎にどうしてホシノしかいないのか、と思ってからフレデリックは再びため息を吐きそうになった。
いざという時はかなり頭の回るホシノのことだ。どうせ今回もあれやこれやと後輩達を言いくるめて一人で留守番するように仕向けたのだろう。
となれば、もう逃げ場はないのだろう。
「……また模擬戦をしろとかいうんじゃねえだろうな」
「せいかーい! さっすがフレデリック先生。私のこと分かってるじゃん」
「ったく……しゃあねえな」
後でノノミをどう言いくるめるかを考えなければならないことに頭痛を感じながら、フレデリックはジャンクヤードを手元に転送する。
何とかのらりくらりと言い逃れてもいいのだが、どうせいつかはこうなるのはあの目を見れば明らかだ。そのことを
ならば、いっそのこと誘いに乗って早々に黙らせてしまった方が話が早いだろう。後のことを考えるのが面倒くさくなったフレデリックは、いつも通りそんな乱暴な結論に行きついたのだった。
あの夜と同じように、フレデリックとホシノは向き合うように立っていた。
前と違うのは、身に着けた装備の数か。いや、それだけではない。
ホシノの表情が前回とは別人のように余裕のある物になっていた。それに、どこか期待で胸をいっぱいにしているようにも見える。
「覚悟はできてんのか?」
首に手を当てながら軽く首を振ってゴキゴキと音を鳴らしながらフレデリックがホシノを軽く睨む。
「激しいダンスをする覚悟なら、バッチリだよ」
背中に背負っていた盾を取り出し、展開しながら構えたホシノが待ちきれないといった様子で笑みを浮かべた。
「上等だ。泣き言は聞かねえぞ」
言うが早いか、フレデリックがホシノに向かって猛然と走り出す。
当然、それを黙って見ているホシノではない。盾を構えながら、ショットガンをフレデリックに向けて発砲した。
が、狙われていることなど百も承知だったフレデリックはジャンクヤードを盾のように構えながら強引に前に進む。
「げっ……!?」
ホシノの引きつったような声に構わず、彼我の距離をあっという間に詰め切ったフレデリックは盾のように構えたジャンクヤードをそのまま
が、手ごたえはない。確認するまでもなくホシノがそれを回避したのは明らかだった。
フレデリックの視界の端に桃色の線が走ったのを見て、即座にフレデリックは
先程の強引な攻めは飛鳥が開発した防御シールドありきの無茶な戦法だが、何度もつかえるような代物ではない。
二度、三度と銃声が鳴り響いて収まる。防御魔法を解いてホシノの方へ振り向けばなんとも嬉しそうな、そして得意げな笑みを浮かべたホシノの姿があった。
「何がおかしい」
「いやぁ、その魔法。使ってくれたってことはそれなりに本気でやってくれてるってことなんだなって思ってさ。それ、カイザーの理事が乗ってたゴリアテとおんなじ奴でしょ?」
ホシノの言葉にフレデリックは小さく肩をすくめ、それから唐突にジャンクヤードの切っ先で地面を払うことで返事とした。
「ガンフレイム!」
「おおっと!? うへ、サービスしてくれるじゃん!」
なおも笑いながらガンフレイムの射線上から逃れるホシノを追うように、フレデリックはガンフレイムを連発する。
決して速くはない、そして射程が長いわけでもない火柱だが、それでも当たれば人一人を高く吹き飛ばすだけの威力を持った爆発を発生させるガンフレイムを前にホシノは回避に徹していた。
決して隙がないわけではないのだが、それでも反撃に転じないのはフェイントを警戒しているからなのかもしれない。
そして盾で受けようとしないのも、前にまともに盾で受けてしまった時のことを思い出しているからなのだろう。
「どうしたの先生!? そんなところからガンフレイムばっかり撃って……芸がないんじゃない?」
軽やかな足取りで、けれど油断のない目つきのホシノがフレデリックを煽る。
事実、これでは展開は変わらない。それはフレデリックも分かっていた。どこかで均衡を崩さなければ、泥沼の戦いになるのは間違いない。
しかし、フレデリックはこれこそが狙いだった。ガンフレイムの威力を良く知り、そしてフレデリックがフェイントをかけられることも知っているホシノ相手だからこそできる、文字通りの時間稼ぎすること。それが彼の狙いだった。
そして、その狙いはちょうど達せられた。ならば、今度はこちらから攻め込む番である。
「なら、今度は少しデカいので行くぞ」
言いながら、フレデリックはガンフレイムを撃つのを止めて再びホシノとの距離を詰めるべく駆け出した。
「っ!? チッ!」
突然距離を詰めてきたフレデリックに、ほんのわずかに対応が遅れたホシノが舌打ちをしながら散弾をばら撒いて迎撃する。
が、フレデリックはそれを読んで既に地を這うような姿勢になってホシノに向かって突進していた。フレデリックが通り過ぎた地面を散弾がむなしく掘り起こしていく。
「ガンブレイズ!」
「ヤバッ……!」
慌てて盾を構えるホシノの横を、法術のトリガーワードと共にフレデリックはそのまま通り過ぎる。
「えっ……!?」
驚きに目を見開きながらすれ違って行ったフレデリックの方へホシノが振り返る。振り返ってしまう。
直後、フレデリックを追いかけるように発生した火柱によってホシノは宙に打ち上げられた。
「コイツで終いだ!」
打ち上げられたホシノを見上げながら、フレデリックはガンフレイムの連発中に準備していた術式の発動準備に入る。
フレデリックの足元から炎が吹きあがり、その炎と熱の勢いで髪が逆立つように舞い上げられる。
しかし、流石はホシノと言ったところなのか。なんと打ち上げられながらもなんとか空中で宙返りをして体勢を整えていた。
それだけではない。宙返りしながら、ホシノはショットガンでフレデリックに狙いを定めていた。
余程実戦慣れをしていなければ出来ないようなとっさの判断に、素直に大したものだと思いながらもフレデリックは容赦なく法術を発動させる。
確かにホシノの判断も反応も大したものだ。しかし、それでもフレデリックの方がずっと早い。
「サーベイジファング!!」
動きはガンフレイムと同じだった。だが、そこから飛び出してきたのはただの火柱などというには余りにも大きすぎるものだった。
平屋くらいなら飲み込めそうなほど巨大な火柱が一斉にホシノを襲う。それは正しく炎の津波と言えるような余りにも暴力的な光景だった。
悲鳴すら上げる間もなく、ホシノが炎の津波に呑まれていく。
終わった。フレデリックは自分の勝ちを確信した。
その時だった。
「うりゃあっ!!」
気合と共に分厚いカーテンが力一杯開けられたように炎の津波が横へと流されかき消されていく。
「何だと……?」
フレデリックの唸るような声に、得意満面の笑みを浮かべたホシノが軽やかに着地を決める。
「へへ。実はバリアって先生達だけの特権じゃないんだよねえ~」
盾を軽く持ち上げながらどこか誇らしげにすら見える笑みを浮かべるホシノに、フレデリックは面倒なことになったと眉をひそめた。
「それじゃあ、第2ラウントと行こうよせんせ──」
「あーーーーーっ!! ホシノ先輩また無茶なことしようとしてませんかぁっ!?」
突如グラウンドに響き渡ったのはノノミの怒ったような声だった。
「……あっちゃあ、時間切れだったかあ」
困ったような声をあげるホシノが、構えようとした盾を地面に立てて戦闘態勢を解く。
フレデリックはフレデリックで何とか終わったかとため息を吐きながらジャンクヤードを肩に担ぎなおした。
「あーあ。今日はこないだのリベンジしてやろうって思ってたのになあ」
そう言いながらホシノはその場に腰を下ろす。それどころか、そのまま大の字になって地面に横たわり始めた。
「おい、寝るなら帰ってベッドにしておけ」
以前カイに言われた言葉をまさか自分が言うとは、と変なことを考えながらフレデリックがホシノに向けて釘を刺せば、ホシノは目をつぶったまま両腕をフレデリックの方へ伸ばしてきた。
「ん!」
「……なんだその腕は」
「
「ああっ!? 先生、やっぱりホシノ先輩にひどいことしたんですね!? ジャック先生に言いつけるって言ったのに!」
「そうなんだよ~。あんなにお願いしたのにフレデリック先生ったらひどいよねえ~」
「おいこらホシノ。テメエ言い方ってもんがあるだろうが」
ここで言うノノミの「ひどい」とホシノの「ひどい」にはどう考えてもその言葉に込められた意味が大きく乖離しているのだが、それを知るのはホシノとフレデリックだけである。
そして、ノノミはこの二人のどちらの味方につくのか言うまでもないだろう。
「やっぱり! 先生。また私にひっぱたかれるのと、ジャック先生にお仕置きしてもらうの。どっちがいいですか?」
「待て、流石に誤解だ。話を聞けノノミ」
「ん、ヴァルキューレ呼んだ方がいいかな?」
「いや、流石にそんなヤバいことしてないでしょ。……してないわよね?」
「す、すみませんフレデリック先生……いつもご迷惑をかけて」
あとから追いついてきたのであろう対策委員会のメンバーが来たことによって、場はさらに混沌としたものになった。
「やれやれだぜ……」
無駄だの無理だの言ってしょぼくれられるよりはずっとマシではあるが、それにしたってヤンチャが過ぎる生徒達を前にフレデリックのため息が風にさらわれて消えていったのだった。
なお、後日ホシノとフレデリックの模擬戦の一部始終をノノミから聞いたらしいジャック・オーが、やはりフレデリックの予想通り彼をからかってきたのはまた別の話である。