BlueArchive -Strive-   作:笹の船

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ミレニアムに咲く一輪の花からの招待状

 ゲーム開発部がミレニアムプライスで受賞をし、無事廃部を免れてから少し経って。

 いつものようにシャーレで事務仕事や最近新たな趣味になりつつあるキヴォトスのIT技術の勉強をしていた時、アロナがシッテムの箱から飛鳥を呼んだ。

 

『飛鳥先生! ミレニアムの生徒さんから手紙が来てますよ!』

「ん? わざわざ呼ぶって言う事は緊急性の高そうな奴かな?」

 

 こうしてアロナがどの学校の生徒からの手紙かを教えてくれるのもアビドスのこと以来だな、と過去を思い出す。

 だが、こうして呼ぶということはそれなりの内容なのかもしれない。

 そう思って問いかけてみれば、返ってきたのは何とも歯切れの悪い返事だった。

 

『うーん……なんていうか、悪そうな雰囲気のメールというか……』

「悪そうな……?」

 

 いたずらの類だろうか。しかし、アロナにそれが分からないはずがない。

 少女の姿をしており、その情緒も外見年齢とさほど変わらないアロナであるがOSやセキュリティソフト、ハッキングツールとしてのスペックは類を見ないレベルだ。郵便ポストには手紙の中身を(あらた)めるスキャニングソフトもある。危険物などであればそれこそアロナはもっとわかりやすく警告をしてくるはずだ。

 そうしないということは、ひとまずセキュリティ的にはさしたる危険はないのだろう。勿論、油断はできないが。 

 とにかく見て見ないことには分からない。飛鳥は郵便ポストを開いて、手紙を確認した。

 

「これは……」

 

 手紙の文面を見た飛鳥は再びミレニアムに向かう必要があることを確信した。

 

 ──拝啓、シャーレ顧問飛鳥=R=クロイツ先生へ。

 急なお呼び立てとなり大変恐縮ではありますが、明日の17時にミレニアムタワーのエントランスまでおいでくださいますでしょうか。

 ぜひ一度、お話を聞かせて頂きたく存じます。混沌を名乗る無垢なる魔導士のことについて。

 

 ミレニアムに咲く儚くも可憐な一輪の花より

 

 手紙の差出人についてはあまりピンとこないが、問題は飛鳥に聞きたいという話の内容についてだ。

 混沌を名乗る無垢なる魔導士。それが示す物……いや、人物など一人しかいない。

 ならば、それを知っている飛鳥には答える義務がある。

 話を聞く目的次第では、手紙を送ってきた生徒を諭す必要もあるだろう。

 だが、どう動くにしてもまずは会って話を聞かなければならない。

 そう決意し、飛鳥はスケジュールアプリで明日の予定の調整を始めた。

 

 

 翌日の17時。飛鳥はミレニアムタワーのエントランスに来ていた。

 最終下校時間も近いからか、エントランスの人影はまばらだ。果たして、一体誰が飛鳥に話を聞きたいというのか。

 

「あなたが飛鳥先生?」

 

 エントランスのベンチに座っていると、いつの間にか背後にいた女生徒から声を掛けられた。

 振り向いた飛鳥は、その生徒の恰好に思わず目を剥く。

  ミレニアムの白を基調として制服を大きく着崩して──というよりも、最早ブラウズは羽織っているというのさえはばかられるような着方をし、その上に申し訳程度に袖に手を通した黒いジャケットが引っかかっている。

 

「時間がないし、人目に付きたくないから歩きながら自己紹介させてほしい。とりあえず、ついてきて」

「わ、分かった」

 

 実に前衛的なファッションセンスをした女生徒に促され、飛鳥はそそくさと歩き出した彼女の後ろを付いていく。

 いくつかの曲がり角を曲がると先程までかすかに感じていた人気も完全に消え、辺りは飛鳥と女生徒の足音だけが響くようになった。

 そうなってようやく、黙って飛鳥の前を歩いていた女生徒が口を開く。

 

「自己紹介が遅れた。私は和泉元(いずみもと)エイミ。一年生。急に呼び出してゴメン。でも、出来れば急ぎでって部長が手紙を出しちゃったから」

「あの手紙は、その部長が?」

「うん。ここだよ」

 

 言いながらエイミはよどみなく、それでいて音を極力立てないような動作で扉を開けて中に体を滑り込ませる。

 なんだか、深夜まで研究室に残っていたことを思い出すなと飛鳥は思わず頬を緩めた。

 既に終業するべき時間になっても残っていた時、なんとなく守衛などに見つかると気まずいからとこうしてこそこそとした動きをしたことがあった。

 アリアは飛鳥に倣ってくれたけれど、フレデリックはそういうことはこれっぽっちもしようとしなくてアリアに叱られていたのを思い出す。

 

「部長、飛鳥先生が来てくれたよ」

 

 そんな思い出にふけっている飛鳥を、エイミの声が現実に引き戻す。

 エイミの呼びかけに、部屋の奥から機械が駆動する音と共に誰かが近づいてくる。

 それは、車いすに乗った色白の女生徒だった。エイミとは対照的にしっかりと服を着こみ、その上で膝上にはブランケットをかけている。

 その顔に浮かべられた穏やかな笑みは、なるほど確かに可憐という言葉が似合うのだろう。

 けれども、その目だけは好奇心と僅かばかりの警戒心。そして隠し切れない自信に満ちており、彼女がただ可憐なだけではない生徒であるのだとに飛鳥は気づいていた。

 

「ありがとう、エイミ。そして……初めまして、飛鳥=R=クロイツ先生。手紙という迂遠(うえん)な手段でのお呼び立てに応じて頂き、感謝いたします。私はヒマリ、明星(あけぼし)ヒマリと申します」

「よろしく、明星さん。手紙については気にしていないよ。むしろ、良いやり方だったと思っているくらいだ」

 

 飛鳥の返答にヒマリは気を良くしたのかその唇が緩やかに弧を描く。それからヒマリはエイミに視線を送った。視線を送れらたエイミは小さく肩をすくめてから飛鳥達が入ってきた扉の鍵を閉め、さらに扉の傍に備え付けられていた分厚いカーテンを引いた。

 

「すみません。物々しいのは理解していますが、万が一にでも他の生徒の耳に入るような状況は避けたい内容ですので」

「その警戒心は間違っていないと思う。いい判断だね、明星さん」

 

 飛鳥の賞賛にさらに気を良くしたのだろう。緩やかだった弧が大きくなる。

 しかし、それも一瞬のことだ。先程までの可憐な微笑みは消え、真剣な面持ちとなったヒマリが飛鳥のことを真っすぐと見据えた。

 

「早速ですが、本題に入らせていただきます。少し前、飛鳥先生はゲーム開発部と──天童アリスと共にこのミレニアムタワーを襲撃しましたね? その時に現れたあの『ハッピーケイオス』という人物について……知っていることを教えて頂けないでしょうか」

 

 ヒマリが言い切るのとほぼ同時に、硬いものが背中に押し付けられる感触がした。

 

「ふむ、随分と前衛的な質疑応答だね。アレは招待状というより召喚令状だったのかな?」

 

 思った以上に勢いよく硬いもの──おそらく銃口だろう──に背中をどつかれて前につんのめりそうになったのをこらえたのがバレてないだろうか、とはおくびにも出さず軽口を叩いてみせれば、ヒマリは酸っぱいものでも口に含んだみたいな顔をした。

 

「……どうかしたのかい?」

 

 余りにも苦々しい顔をするものだから、思わずそう問いかけてみればヒマリは額に軽く指先を当てながら小さくかぶりを振った。

 

「……いえ、お気になさらず。エイミ、銃を下ろしてください」

「……いいの、部長?」

「本音を言うならよくありませんが、私があのリオと同じやり方をしたという事実にこのミレニアム一の頭脳と美貌を誇る私の理性が絹を割いたような悲鳴を上げたくて仕方がないのです」

 

 どうやらそのリオという生徒──おそらくミレニアムの生徒会長調月(つかつき)リオのことだろう──と同じやり方をしていまったのが気に入らないらしい。

 だが、一体誰にそんなことをしたのだろうか。余り穏やかな場面ではなさそうだが。

 

「その、答えにくいのなら無理をしなくて良いけど……前にもこんなことがあったのかい?」

 

 飛鳥の問いかけにヒマリは軽く咳払いをしてから表情を整えて──それでも僅かに眉間にしわが寄っていたけれど──口を開いた。

 

「あれはミレニアムの生徒会長であるリオと私が秘密会談を行っている時です。”秘密”と付けているくらいですので、当然全ての痕跡を消しての会談となりました。そして、私たちの隠ぺい処理は完璧だったといっていいと思います。キヴォトスのどんな生徒であってもその痕跡をたどることなど絶対に出来ないし、その会談について事前に知り得ることはできないはずでした。超天才美少女ハッカーであるこの私は当然として……あのリオとの会談です。彼女がそんなヘマをすることはありません」

 

 その時のことを思い出すかのようにやや伏し目がちに話だしたヒマリだが、話すにつれて眉間の皺が深くなっていく。

 

「会談の内容は飛鳥先生もご存じの『天童アリス』という生徒を──いえ、あの得体の知れない『AL-1S』を今後どうするかについてでした。そこへハッピーケイオスと名乗るあの方がやってきたのです」

 

 そこまで話してヒマリは一度言葉を切ったが、飛鳥にもその先のことは大体の想像が付いた。

 

「それで、リオのお付きの護衛が侵入者であるあの方を取り押さえたのです。その時に今の飛鳥先生と似たようなこと*1をおっしゃっていまして……あの方がおっしゃっていた飛鳥先生は自慢の弟子、というのは事実だったのだと実感すると同時にあのリオと私が同じことを考えてしまっていたという現実にこのミレニアム一可憐な花である私の心は無残にも散ってしまいそうになっているという訳です」

 

 一通り話し終わったらしいヒマリは、そこで大きくあからさまなため息を吐いた。それどころか、ハンカチまで取り出して目元に添えるような仕草までし始める。余程自分のとった行動にショックを受けているらしい。

 が、それを見ているだけでは話は進まない。そう思った飛鳥はヒマリに話を聞くことにした。

 

「それで……ケイオス──いや、師匠について何が知りたいんだい?」

 

 飛鳥の言葉に鳴くような素振りをしていたヒマリの動きがピタリと止まり、先ほどまでの演技じみた表情とは全く違った真剣な目が飛鳥を真っすぐと見据えた。

 

「飛鳥=R=クロイツという先生から見たハッピーケイオス、という人物はどう見えるのかを」

「ふむ……」

 

 ヒマリの問いに、飛鳥は少し前に同じような問いをゲーム開発部の生徒達からされたことをもい出した。

 あの時のように、理屈ではなく思ったことそのままを言葉にしてみよう。

 

「最高のドラマを求める脚本家を気取った世界一の大魔導士。その為なら、正義にも悪にもなれる危険な人物、かな」

「ドラマ、ですか……それは具体的にどんなドラマなのでしょう」

 

 ヒマリの問いかけに、飛鳥は空を飛ぶホワイトハウスでのケイオスとのやり取りを、そしてシャーレで再会した時のことを思い出す。

 

「そうだな……人が試練に直面した時、それを乗り越えようと必死で抗う。そんなドラマだよ」

 

 飛鳥の答えにヒマリは一瞬キョトンとした表情をするも、すぐに何かに思いあたったらしい。

 

「……なるほど。だからあの方は私達がアリスをどうするか、という話に飛び込んできたのですね。キヴォトスの技術では再現しようのない、あの超高性能なロボット(AL-1S)が果たして人間になれるのか。そして、その得体の知れないロボットを私達が受け入れ共に歩めるのか……協力と言えば聞こえがいいですが、脚本を書いていたつもりの私達ですらあの方にとっては舞台上の役者(キャスト)に過ぎなかった、ということですか」

 

 最後の方はほとんど独り言にも近いようなトーンで語るヒマリに、飛鳥は彼女がかなり聡い生徒であるということを理解した。

 だからこそ、これ以上ケイオスに深入りしないように釘を刺しておくべきだとも思った。

 

「明星さん。今ならまだ間に合う。師匠とは手を切るんだ。今回は味方だったかもしれないけれど、いつ敵に回るかも分からない。そして、敵に回った時の師匠ほど厄介な人はいないよ」

 

 しかし、そんな飛鳥の言葉にヒマリは静かに首を振った。

 

「すみません、飛鳥先生。先生の懸念はもっともですが……私達にはまだあの方と手を切るわけにはいきません」

 

 予想を裏切るヒマリの返答に、飛鳥の唇が思わずキュッと引き締まる。

 ケイオスのことであるから、無法な代償を要求することはないのかもしれない。それでも、結果として生徒達が危険な目に遭う可能性は捨てきれないのだ。

 

「あの方は……私達がまだ知らないキヴォトスを脅かす脅威について何か知っています。なればこそ、私達は彼からそれを聞きだし、解き明かし、備えなければなりません」

 

 けれども、ヒマリの言葉に飛鳥は考えを改める必要があるのだと分かった。

 なるほど。確かにケイオスであれば世界の裏側について何かを知っていてもおかしくはない。もとより誰も知らなかったバックヤードへ到達できるほどの魔導士である。

 ”本”がなくとも、そういった裏事情を知ることは可能だろう。

 ならば、それを利用する手はない。それは確かに道理である。

 例えそれが彼の手の上で踊ることになってもだ。勿論、道化で終わるつもりは毛頭ない。

 

「分かった。ただ、何かあれば相談して欲しい」

 

 飛鳥がヒマリの言葉に首を縦にすると、彼女はやや驚いたように目を見開いた。

 

「……自分で言うのもなんですが、正直飛鳥先生から協力が得られるとは思いませんでした」

「勿論、本当は師匠とは手を切ってほしいよ。でも、彼ほど世界を見て回ることをしてきた人物を僕は知らない。その師匠が何かを知っているというのなら、間違いなくその情報には価値がある」

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、という訳ですか。分かりました、では何か分かったら相談させていただきます。相談の方法は──そうですね。今回と同じくお手紙を出しましょうか」

 

 どこか楽しそうにヒマリの唇が弧を描く。一方の飛鳥は、そんな彼女の思考が読めず眉尻を下げることになったが。

 

「確かにアナログな手段であれば師匠を出し抜けるかもしれないけど……大変じゃないかい? ずっと師匠を誤魔化し続けるというのも非現実的だろうし、無理に手紙にこだわらなくても……」

 

 そう。相手はあの師匠だ。たとえ手紙というアナログな方法を使っていても、いずれはヒマリが飛鳥と内通していることはバレてしまうだろう。

 第一、今こうして飛鳥とヒマリが会話していることすら想定内かもしれない。

 そんなことを考えている飛鳥に、けれどヒマリはなおも楽しそうな笑みのまま返した。

 

「いいえ。だってこの方が、まるで映画に出てくるスパイのようで面白いではないですか♪」

 

 なるほど。実に師匠的な考え方だ。ゲーム開発部といい、ミレニアムには案外こういう考え方が出来る生徒が多いのかもしれない。

 ならば、ここは乗ってみるのも良いだろうか。他者を、師匠を理解してみる一助になるかもしれないし。

 

「──それなら、何か暗号を決めないとね」

 

 そうして飛鳥が笑みを返せば、薄暗い部屋に一輪の白百合が大きく咲き誇ったのだった。

*1
ケイオス曰く『斬新な質疑応答』

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